→①チワワ金融から借りる。 「……マジですか?」 己の選択とはいえ、そのあまりの短絡さに呆れてしまう。 「金に困ったら街金へGO!」って、おまえ…… 「つーか、根本的な解決になってねえ。来月利子でトンでもないことになるぞ……」 だが決断した以上は止むを得ない、恭也は渋々ながらもチワワ金融へと向かった。 だって、それが“漢”とゆーものだから。 【1】 ――30分後、恭也はチワワ金融本社ビルの前にいた。 「う~む、金貸しってやっぱり儲かるんだなあ~」 ビルを見上げ、思わず呻く。 ……何のことは無い。いざ借りる段になって怖気づいたのだ。 チワワ金融は、ミッドチルダ世界の消費者金融である。 (※なお地球世界の犬種であるチワワは勿論、それをマスコットとする日本の某社とも何の関係も無い。念のため)。 規模的には同世界限定、それもクラナガンを中心とした首都圏にのみ事業を展開する地方企業に過ぎない。 だが社員数といい利益といい到底中小企業とは呼べぬ、中々に羽振りの良い“地元の優良企業”だ。 だがその本社は、意外にもクラナガン郊外の第88都市区“イーストエンド”(通称“エリア88”)裏町にある築50年の古ビルだったりする。 本来ならそれこそ都心に自社ビルを持てる位稼いでいるのだが、何故かこんなボロビルに創業時から居座り続けているのだ。 ……まあ客層を考えればわざわざ大枚はたいて箔付けする必要も無いのかもしれないが、その渋さが分かるとゆーものだろう。 とはいえ、そんなボロビルでも「全体が」となれば、庶民相手の金貸しにしては大仰だ。 (※さすがに創業当時は一室を間借りしていただけだったが……) だからか恭也もちょくちょくその名を耳にするし、勝手知ったる裏町にあるため比較的身近な感じもあった。 知らないところは不安だし、小さいところから借りるのも気恥ずかし過ぎる。 かと言って、都心の立派なビルに入る度胸は無い。 そういったチキンさが、恭也にチワワ金融を選ばせたのだった。 「たのもう!」 暫しの逡巡の後、恭也は意を決してドアを潜る。と―― 「「「いらっしゃいませー」」」 何故か若い女性社員達に最敬礼され、そのまま囲まれて連行されちゃいました。 ……ほわ~い? 【2】 通された場所は、最上階の一室だった。 やたら広い部屋で、床はふかふかの赤絨毯、壁には絵画やら動物の剥製やらがごてごてと飾られている。 極彩色のあまり目がチカチカする。 (なんつー悪趣味な……) その派手さに辟易する恭也に、中で待っていたらしいブルドックの如き顔立ちの大男が、愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。 「ようこそいらっしゃいました。私、社長のホセ・チワワと申します」 「はあ……」 (――って! 社長!?) 気の無い返事をした後、その異常さに恭也は驚愕する。 何故、一介の客に社長自ら…… (はっ!?) もしかして……俺が丁度“来店ウン万人目”の客とかっ!? そんでもって「記念に社長室にご招待!」――うん、待ち構えていたことからしてそうに違いない。 確か、東京ネズミーランドでも来店100万人目にうんたらかんたらって言ってたし…… ……んなわきゃあない。 本人に自覚は無いが、実はこの男、イーストエンド裏社会の総元締めだったりする。(※小ネタ「恭也が友達を作るようです」参照) そんな存在が店の前でウロウロしてたのだからさあ大変、慌ててお招きした訳だ。 (こんな商売をやっている関係上、チワワ金融もそっちの世界と深い繋がりがあるのだ) 「さあさあ、どうぞお座りになって下さい。直ぐに何かお持ちしますから」 バカなこと考えて自己完結する恭也に、社長は猫なで声で席を勧める。 「すみませんね」 恭也はすっかり寛ぎモード、軽く頭を下げるとふかふかのソファーにどかりと腰を下ろす。 そして、運ばれてきたサンドイッチと紅茶を、うまうまと食し始めた。 「どうでしょう? お口にあいましたでしょうか?」 「ええ、こんな豪勢なサンドイッチは初めてですよ!」 その具材の種類と量の豊富さと質に、恭也は感嘆の声を上げる。 ……それはそうだろう。 これは近隣の高級ホテルに特注したもので、紅茶とセットで1ミッドチルダ・ポンド(※物価換算で1万円)以上する代物なのだから。 「ははは、お気に召して頂いて何よりです」 「この紅茶もまた絶品ですね」 飲み込むのも勿体無い、とばかりにまず香りを楽しみ、ついで一口含んで芳香と味わいを楽しむ。 そして何気なく部屋を見渡し―― とある物を見付け、思わず噴き出した。 ブーーーーッ!? (あ、あれは……) 美術品の中に混じって飾られている、場違いな“旗”。 黒旗に白地で描かれた、大きな目玉と突き出した拳…… 間違いない。恭也が酔っ払いながらデザインした、友情のシンボルマークだ。 「な、何故あれがここに……」 「私、ミッドチルダ友達民主党の党員なのですよ」 「ミッドチルダ……何?」 「ミッドチルダ友達民主党、偉大なる精神指導者“ともだち”が作られた政党です。 ……第二とはいえ、ここイーストエンド市議会の与党ですよ? ご存じないですか?」 「…………」 初耳である。 (つーか、あのネタまだ続いてたのか……) ぶっちゃけ、今まで忘れてたよ。 てっきり“こち亀”よろしく、一発ネタだとばかり思ってたのに…… 「と言いましても準党員ですがね? ……それも協賛員から昇格したばかりの。いやはや、正規の党員への道は長い!」 「組織内序列まであるのか……」 組織である以上、序列が必要なのは分かるが…… 友情をランク付けしているようにも思え、何かイヤだ。 だが、それにしても―― (まさか、俺が“ともだち”だって気付いてるんじゃないだろうな……) だから社長室に招いたとか。 むくり、と疑惑が頭を持ち上げる。 ……が、恭也はぶんぶんと首を振ってそれを否定した。 (いやいやいや! ずっと覆面してたから、それはないだろう) そして「家族やそれに近い存在ならともかく」と、己に言い聞かせる。 ……知らぬは本人ばかりなり。 “ともだち”の正体など、イーストエンド裏町の人間なら子供だって知っている話である。 ただ下手に指摘して機嫌を損ねられ、“絶交”されたら洒落にならないから黙っているに過ぎない。 寓話と違い子供も馬鹿ではない、王様の裸を指摘する者など誰一人としていなかったのだ。 【3】 恭也が食事を終えると、社長は本題に入った。 「それで、本日はいったいどのようなご用件で我が社に?」 「金貸しの元を訪れる理由など、一つしかないと思われますが?」 「やはり借金を? ……しかし、あなたの周りには金が唸る程ある筈ですが?」 社長は首を捻る。 何せ目の前の人物は、イーストエンド裏社会の帝王である。 それこそ毎月1万ポンド単位で金が入ってくる筈だが…… 一方、恭也は別の意味でとった。 (はやて達のことを言っているのか。流石金貸し、よく調べている……) はやて、なのは、フェイト…… そしてヴォルケンズ。 それこそ一流メジャーリーガー並の超高給取である身内連中を思い浮かべ、些か渋面を作りつつ答える。 「これはおれ自身の不始末なのでね…… 身内には頼りたくないんですよ」 (……なる程。組織には知られたくない類の話、か) 内心で社長は頷いた。 要は、秘密資金の提供を要請しているのだろう。 裏社会の帝王の「知られたくない類の話」など知りたくもないが、個人的な貸しを作るのは悪くない。 「なるほどなるほど、確かにそういう方も当社のお客様にたくさんおられます。 ――では、一体如何ほど御用立ていたしましょう?」 提供する価値はあると判断し、今度は金額を確認する。 (金額、か……) それは、当然の質問。 だがそれを聞き、恭也は狼狽した。 (そういや、幾ら借りるか考えて無かった……) ……ダメダメである。 (3万……いや5万円? 家計はノエルに丸投げしてるから、ようわからんぞ……) ノエルがキレた理由がよく分かるとゆーものだ。 だがまあ5万円(5ポンド)もあれば足りるだろうと見当を付ける。 「ご――……」 ……が、途中で口篭ってしまう。 慣れてないだけに、実際に金額を口に出すのが恥ずかしいのだ。 止むを得ず、恭也は右手を上げて“5”の数字を示した。 (……“5”?) 単位を言わぬ恭也に、社長は困惑する。 5本、か? いやいや、幾らなんでもそれは少なすぎる。やはり5束だろう。 ……ちなみに1ポンド紙幣が100枚で“1本”、1000枚で“1束”である。 当然のことながら、正解が“5ポンド”だとは思ってもいなかった。 だから、5束(5000ポンド)と見当をつける。だが―― (額を言わないのは、おそらくこちらの“誠意”を測るため。ならば――) 50束、出そうじゃないか! 「承りました」 この投資により、チワワ金融のイーストエンド内での地位は不動となるだろう。同業者一掃も夢じゃない。 内心、社長はほくそ笑んだ。 ・ ・ ・ 「では、どうぞ」 「1,2,3,4,5――確かに」 5枚の1ポンド札を受け取り、恭也は破顔する。 やれやれ、これでやっとノエルに顔立てできる…… 「あと、こちらもどうぞ」 「……これは?」 差し出された大きな紙袋を見て、恭也は首を捻る。 と、社長は満面の笑みを浮かべて言った。 「お近づきの印、食器セットにございます」 ……ちなみにこの表現、日本語で言うと「山吹色の饅頭にござりまする」に近いものがあったりする。 要するに、この袋の中に例の“50束”のポンド紙幣が詰まっているのだ。 (※コンパクトなのは圧縮・重量軽減の掛かった箱に入っているから)。 けれど帳簿上は5ポンドの借金。返済も当然5ポンド+その利子だから、事実上の贈与である。 だが、んなこと知らない恭也は額面通りに受け取った。 食器……皿か? 電子レンジ対応だと尚いいな~ 「助かります」 「いえいえ、これからもチワワ金融をどうか御贔屓に……」 社長以下の最敬礼を受け、恭也は帰宅の途についた。 【4】 目的を果たし意気揚々と隊舎に帰還すると、部屋の中によく見知った気配を三つ察知した。 (……なんだ、あいつらまた来てるのか) 恭也は苦笑する。 やれやれ、いったい何が楽しくて年頃の娘が…… 「ただいま」 案の定・ドアを開けるとはやて・なのは・フェイトの三人がいた。 彼女達は恭也を見ると駆け寄り、口々に文句を言い立てる。 「おかえりなさい、恭也さん♪ でもおそいですよ~~」 「お兄ちゃんおっそ~い!」 「まったく、何処で油売っとったんやっ! 待ちくたびれたで!?」 「ならアポくらい取れよ……」 相変わらず勝手な言い草にボヤきつつ、恭也は紙袋をテーブルに置く。 するとフェイトがとてとてと近寄り、彼の背中越しに紙袋を見る。 「? 買い物をしてたのですか?」 こんなにいっぱい珍しいですね?と興味深々だ。 「いや、貰ったんだ。食器セットらしい」 「ホントですか♪」 その返事に、フェイトがにこりと笑う。 「お食事の支度をしてたのですけど、お皿が足りなくて困っていたんですよ。開けていいでしょうか?」 「ああ、構わんぞ」 「ありがとうございます♪ 深皿だといいな~♪♪」 許可を得たフェイトは、鼻歌交じりで袋から箱を取り出した。 そして箱を開ける。すると―― どさどさどさっ! 封印を解かれた札束が元の大きさと重さを取り戻し、勢いよく溢れ出てきた。 机の上だけでは到底足りず、次々と床に落ちていく札束の山…… 「…………」 ……この事態に、フェイトは箱を開けた姿勢のままフリーズする。 「なっ!?」 同様に、傍で見ていた恭也もフリーズした。 正直何が起こったのか理解できない。「なんだよ、これっ!?」である。 (……ん?) ふと、フリーズしていた筈のフェイトが、自分を凝視していることに気付いた。 そのままの状態で、札束を凝視していた目だけをこちらに向けている。 「……………………」 ああ…… その視線と沈黙が痛い…… 「恭也さん……」 フェイトが、振り絞るような声で呟いた。 とても、とても悲しそうな声だ。 ……見ると、目が潤んでいる。 「お兄ちゃん、まさか……」 と、背後からも悲しそうな、振り絞るような声が聞こえてきた。 振り返ると、なのはがやはり今にも泣きそうな顔で見ている。 そして、両の拳をぎゅっと握り締め、俯き肩を震わせるはやて…… ――って!? ちょ、待っ!? 何やら皆さん、盛大に勘違いしてらっしゃるような??? 「~~~~~~っっ!!」 ぽふっ! と、今まで沈黙していたはやてが声にならぬ叫び声を上げ、恭也の胸に飛び込んできた。 「ごめん、ごめんなあ…… まさか、まさかそこまで追い詰められてたなんて、知らなかったんや……」 「???」 「お父さんも男の子やものなあ…… どんなに苦しくたって、意地があるから帰れんに決まっとるよなあ…… やっぱり、力尽くでも家に連れ戻すべきだったんや……」 「いや、その……」 「ごめん、ごめんなあ…… 本当にごめん……」 ひとしきり泣いて謝った後、はやてはきっ!と恭也を見上げた。 「……警務隊行こ」 「!?」 「私もついてくから、お父さんはな~んの心配もいらへんよ? ……だから人生やり直そ? な?」 「ちょ――」 「にゃー お兄ちゃん、毎週面会に行くね?」 「恭也さん! 私、何年でも待ってますからっ!」 「お願い! 話聞いてっ!?」 ……かくして三人に引き摺られ、恭也は警務隊へと連行されたのであった。 「これは何かの陰謀だ~~~~っ!!」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 結局なんだかんだで誤解は解けたものの、三人からめっちゃ怒られました。 その時のことは――正直思い出したくありません。ゴメンナサイorzおまけのボツ版。