『海兵隊式貧乏神の場合』


 彼は彼女を見つけた。齢二六〇〇は堅い貧乏神の知ったにまだ生まれてもいない、新5500t級軽巡【吉野(仮称)】船魂は、眠たげに目をしばたかせる。
「おい、貴様!」
「……むみゅ〜」
「起きろ! 起きろ! 起きろ! マスかきやめ! パンツ上げ!」
「きゃっ、あ・あなたは誰ですか!?」
「口でクソたれる前と後に『サー』と言え! 分かったか、この公共投資の墓場め! 悔しかったら、社会資本の再生産をしてみろ!」
「サー、イエッサー」
「ふざけるな! 大声だせ! タマ落としたか!」
「サー、イエッサー!」
「貴様ら雌豚が俺の貧乏ゆすりに生き残れたら、兵器になる! 戦争に顕現する戦いの女神だ!!
 その日までは産業廃棄物だ! 地球上で最下等の鉱物資源め!」
「サー、イエッサー!」
「貴様らは厳しい俺を嫌う!
 だが、それだけ学ぶ!
 俺は厳しいが公平だ。艦種差別は許さん!
 巡洋艦、駆逐艦、海防艦、潜水艦、その補助艦を俺は見下さん!
 すべて――、平等に価値がない!
 俺の使命は役立たずを刈り取ることだ!
 愛する海軍の害虫を!
 判ったか、ウジ虫!」
「ふざけるな! 大声だせ!」
「サー、イエッサー!!」
「お嬢様、続けてよろしゅうございますか?」
「はい……」
「貴様、排水量は?」
「五〇〇〇トンです、サー」
「まるで、そびえ立つクソだ! 新五五〇〇トン型なんぞと言われとるくせに! サバ読んでいるのか!?」
「その方が臣民の皆さんに親しみやすいから……」
「何だ、貴様!
 おれをクソ莫迦だと言いたいか!?」
「い、いえ……」
「貴様、生まれは?」
「まだ生まれてないけど、佐世保です」
「何だ、貴様! そのなりで巡洋艦の聖地の生れだと!? 駆逐艦の聖地、舞鶴を見限っただと!?」
「はっ、はいぃ〜」
「佐世保で造られるのは、巡洋艦と潜水艦と補助艦だ!
 姉貴の利根や阿賀野とは似ても似つかんし、沈んだら最後浮かび上がれるとも思えんから潜水艦でも無い!
 貴様、補助艦か!?」
「違います〜ぅ」
「なぜ、トン単価が莫迦高くなる竜骨なんぞある?
 貴様、そんなに臣民の血税を啜り取りたいか!? 違うというなら姉の香取を見習って、商船構造にしてみろ! 重油喰らいな蒸気タービン降ろして、ディーゼル積んでみろ!」
「ひーん」
「オマケに14サンチ連装だと!? そんなに姉たちのお下がり2つ重ねで飾り立てて、見せびらかしたいか!?
 貴様など、駆逐艦の5吋で十分だ!」
「そんなぁ〜」
「そら、空から敵だ! やってみろ!」
「うてぇー」
「ふざけるな! それで墜とせるか! 気合いを入れろ!」
「う、うてぇー」
「迫力無し! 練習しとけ」
「しかし、ご大層に菊の御紋なぞ付けよって! 貴様、もしかしてワシを誘っているか!? それともウブな初年兵タラシこむつもりか、この淫売め!
 カマを掘られるだけ掘られて、相手のマスかきを手伝う外交儀礼もないやつめ、きっちり見張るぞ!」
「だって、私、巡洋艦だから、軍艦だし……」
「なんだって!?」
「軍艦なら、御紋付けないと…… 大蔵省の人が……」
「なんだって!?」
「なんでもありません」
「ふざけるな! 艦首噴き飛ばして、ドブ水流し込むぞ!」
「後進全速ーっ!」
「沈むか? 俺のせいで沈むつもりか? さっさと沈め!
 いいや、計画承認すらゆるさん! 俺がこの世でただ一つ我慢出来んのは―――、タマに撃つタマがないがタマに瑕、とかいう贅沢だ! 貧乏神の許可無く、予算成立は許されない!」

 ……こんな貧乏神はイヤだなぁ


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