『ユフ戦記』44


血染めの島 6

「一個小士隊が壊滅…魔術師の支援無しとはいえ、わずか20寸の射撃でか?」(20寸とは40秒のこと。ちなみに1巻は100寸=200秒、1刻は36巻=2時間)

各隊の指揮官を集合させて打ち合わせるが、シューエンはこの場にいない。
あの若者は二度と会うことの適わない別の場所に旅立った。
スルムとて帝國軍の火力については一応の知識を仕入れてはいてが、いざ自分の部隊が体感する段になればなにか形容しがたい戦術的思考に囚われる。
それが上級司令部の求めるものと合致しないことがわかっていてもだ。 無論彼は職業軍人故の使命感をもちあわせているし、軍学校から今日まで食わせてもらった恩義を忘れていない。

「ともかくも攻勢に出なくてはならない。
我々の任務は陽動であり敵が増援を繰り出すまでは圧力をかける必要がある、それも敵が困り果てるくらいのものを」

増援が来るまでに全滅するのではないかとも思うが士気を下げるような言葉は胸の奥にしまっておく。

「いかがなさいますか?
南の陣地は確かに向こうの山からの射撃を受ける恐れもなく、北の陣地からも射程外と思われますがいかんせん陣地の前が開けすぎています」

生きのいい若者らしい声はレイサム十竜長、スルムの副官を務める男だ。
とかく気の利く男であり事務能力も高いというまさに副官にうってつけの人材だが、本人に指揮官適性はなく軍もまた実地でそれを確かめようとはしていない。
スルムも軍上層部の考えを支持するがレイサムにはそれが不満らしい。

「中央は三陣地からの集中砲火が待っている、いかに林が深くても避けるべきだ。
北も崖が迫って隊を展開できないとくればやはり南の陣地にご挨拶に行くべきだ、一度顔を見せただけで別の場所に移ったとあれば皇国人が礼儀知らずだと思われかねんしある程度の広さがなければ我々の真価は発揮されない」

スルムが決定すればもはや反論は上がらない。

「幸い斜面の途中にも盾にできそうな岩がありますし、あの斜面までの林も深いものです。
物陰に伏せて敵の射撃を誘い、弾幕の薄くなったところを見計らって接近しましょう、あれだけの発射速度です弾切れか銃身加熱に悩まされる筈です」

指揮官の一人が具申したところ魔導師(魔術師の親玉とおもえばよい)が口を挟む。

「できれば少し間を置いていただきたい。
捜索魔術を使った連中は未だ魔力が充分に回復しているとは言えず、完全を期するなら一刻待っていただきたい。
それならば25人全員で隊を支援できますが現状では15人と言ったところです」

魅惑的な提案と言うべきだろう、死者を減らせる上に攻撃の成功率も上がるのだがスルムには一刻も早くこの山の予備兵力を吸引するという使命がある。

「それは出来ない相談です、魔導師どの。
戦場において完璧な状況が現れるまで待つことなど適わないものなのです。
さしあたっては我々の最善のためにご尽力いただきたい」



雲間に隠れた月が戻ってきたらしく斜面が再び明るさを取り戻す。

「おやおや連中まだやる気らしい、世の中には望んで痛い目にあいたがる奴がいるんだな」

金森にいわれて斜面の向こうをみれば、樹陰に皇国兵が隠れながら近づいてくる様が見て取れる。

「帝都じゃあ金を払って鞭で撃って貰う店がある時代だ、別に不思議じゃないさ」

「ここも東京だぜ、忘れたか?」

失念していた、本土から万里を隔てた僻地とは言え行政区分上は東京なのだ。

「それより俺の分の飯はどうした、取りに行ってくれたんだろ」

分が悪いと感じ取った佐伯は金森から味噌を塗って炙った握り飯を奪い取って頬張る、旨し。
やや濃い目の味噌は帝都では敬遠されるかもしれないが、隊ではそのような不満は出ない。
なにしろ富山の味噌なのだ、それに冷凍とはいえ氷見の鰤の焼き物まで添えられている(元は善通寺だが現在の第62聯隊編成地は富山)、景気付けには充分だ。

「お、動き出すぞ。小銃の出番はないと思うが持ち場に戻れ」

「盆祭りの射的でも金が取られるのに生身の人間に軽機を撃ち放題とはいいご身分だ、射的高みの見物といかせてもらうよ」

皇国人に活発な動きが見られる、撤退か攻勢のどちらかだがまず後者だろう。
ほんとに物好きな奴らだ、と思いながら二人の仲間に声をかけながら軽機を準備する。
今度は明かりがある分先程より効果が期待できそうだ。



再び死神の竪琴が不吉な音を奏でる。勿論三重奏だ。
兵が伏せている土や耕し樹に風穴を開け、岩を小石の山に変えようかという射撃だがキカンジュウの前に身を曝さず身を隠していればそこまでの脅威ではない。
スルムの第2旅軍は二個大士隊を攻撃用に前進させ、先ほど一個小士隊を失った第2大士隊を総予備にして機を窺う。
損害を出しつつも前進し件の斜面に接近する、ここまでの損害は50に届かないだろう。

「百竜長、そろそろ弾幕が薄くなってきてもよさそうですがね」

いった傍からレイサムの足元に弾が落ちてくる。
ここまで500フィフィクは離れている筈だが大した威力だ、レイサムは顔を蒼くして足元に地面を眺めている。
顔に出すようじゃやはり指揮官は務まらんなと考えていると不意に帝國軍の陣地の一角に明かりが点る。
その直後にキカンジュウのうちの一つが射撃を中止するとスルムは慌てて鷹目石を加工した魔術師謹製の遠眼鏡を取り出す。
帝國の陣地では数ある木箱のうち一つだけ大きさの異なる木箱をあけ油紙の包みを解いた鉄の棒を別の男に手渡す。
握り飯を銜えた男が布を手にキカンジュウの銃身を外し、鉄の棒と取り替える。
するとあの背後の箱にある油紙でくるまれた10本ほどの棒は全て予備の銃身で、あの獣車2台分の箱は全て銃弾なのか?
なるほど物を粗末にしてれば命を粗末にせずに済む、そういう考えなわけだ。
スルムはここに至って漸く帝國陸軍の真髄を理解した、少なくとも本人はそう考えた。

「駄目だ、連中途方もない贅沢してやがる。
ここにいても嬲られるだけだ、第1と第3に前進命令を伝えろ」

すぐさま攻撃命令が末端まで行き渡り、兵たちが活気付く。
如何に損害が少なくともやられっぱなしよりも敵に向かうほうが士気は高くなるというのは心理といってよい。

「火よ、人の光となり糧となり人類の英知の現れなる火よ。
その猛々しさを想い起させる時が来た、いまエフリートの御名に恥じぬ汝の力を見せつけよ」

「その色を紅くせよ、その物を炭にせよ、破壊と再生の不死鳥よわが右腕として異端の輩に真の精霊と魔術の力を示せ」

茂みに身を隠した10人ほどの魔術師たちが様々な呪文を唱える、いや、呪文が性に合わないものは口を閉ざしたままのまま魔術を行使する。
何れも火焔系の攻撃呪文であるが、それしか使えないと言うわけではない。
ただ塹壕に篭った敵に対しては衝撃、爆風系よりも火焔の方が有効であり、初歩的ゆえに消費魔力が少ないからである。

火球を形成して陣地に激突するのがあれば魔力が陣地に達してから発火するものもある。
800メートル以上距離が離れており、威力も精度もかなり低下している筈だがやられっぱなしの立場は性に合わなかったと見え味方からは歓声が湧き上がる。
魔術に妨害され帝國軍からの射撃が手薄になるのを見計らい、皇国軍が動く。

「第1大士隊、銃掲げ」

一斉に銃を掲げる小気味のいい音に続き再び号令。

「総員着剣」「着剣よし」
「いくぞ野郎ども、帝國軍の皆様がお待ちかねだ。白兵戦の真髄を見せてやれ」

うなり声、怒号、そしてかけ声。
指揮官も咎めるような真似はしない。
月明かりで部隊の様子は掴まれているし、兵の恐怖が薄れるなら何のことはない。
左右の物陰から二個大士隊約600人の皇国兵が帝國軍一個小隊の待ち構える陣地に面した斜面に出て行く。
距離は約250フィフィク、800メートル。



「3番壕は駄目だ、3人全員戦死」

「6番壕にも火がついた、総員水を被れ」

今のところ第2小隊の損害は酷いと言うわけではない。
戦死者が出るとは意外だったが、小隊長の指揮に不満はないし戦場だから文句は言わない。
ただ軽機の射撃が鈍ってどうにも困る、佐伯がそう考えていたとき第1小隊の方から発砲音が響く。援護射撃を要請したのだろう、妥当な判断と言うべきだ。
第1小隊の方にも火球が向けられ、射撃が楽になった瞬間皇国軍が斜面に躍り出てきた。
焼け付いて射撃精度が低下したのを感じ取り、この日三本目の銃身に変えて射撃を再開する。
その瞬間、彼は信じがたいものを目の当たりにする。
敵隊列の前方で機銃弾が勢いを失い、その後何かに弾かれる。
敵に損害がないわけではないが少なすぎる、二個小隊で射撃しても半分以上がここに辿り着くだろう。

「おい、ありゃあ何だ?」

戦死した給弾手に代わってその役についた金森は呑気な声で聞いてくる。

「お得意の魔法とかいう奴だろ、あんな使い方もあるんだな。
ここにつくまでに魔力が尽きると思うか?」

「尽きないほうに賭けてもいいぜ、交代要員を用意しているか魔力が豊富か知らんが成算無しで突撃するとは思えん。
貴様が怠けずに射撃してれば急速に消耗してくれるかもしれん、ほら第1分隊の軽機手は火達磨になってるんだ、真面目に頼むぜ」

「賭けはいいのか?」

「金より命だ、連中の顔を見てみろ。
復讐できるのが嬉しくて、踊り始めるのを必死で堪えてる様な顔だ」

距離は600ほど、佐伯の目では表情まで見えないがそういった空気だ。
陣地に乗り込まれればタダでは済まないだろう。

「そいつは同感だが早く次の弾持ってきてくれ。250発なんぞ10秒で射ち尽くすんだ、暇があればついでに鉄条網でも組んでくれないか」

無論そのような暇はない、急ごしらえの野戦陣地の防御施設は火力と塹壕、それだけだ。

近代装備を持ち合わせない蛮族に南陣地が突破されようという状況の中で中隊本部は混乱の渦に巻き込まれている。
二個小隊の軽機を浴びせかけているが、第2小隊のうち1つが沈黙し第1小隊の射撃は1キロから1キロ半離れているため弾速が低下し、魔法防禦に弾かれているのか大した効果を挙げていない。
塹壕は繋がっていないため救援に向かうには山中を迂回しなければならず、そのような余裕を敵は与えてくれる雰囲気ではない。
早急に何らかの手を打たなければ厄介なことになるのは目に見えているが大須賀はのんびりと紙コップの珈琲を啜っている。
たまりかねて須賀が進言する。

「魔術師とはなかなか大したもんじゃないか須賀。
あんなに便利なんじゃあこの世界で科学が発展しなかったのも頷ける話じゃあないか」

「中隊長殿、のんびりしている場合じゃないですよ。
第2小隊に陣地を放棄させますか?」

「先任、どうしたらそんな発想が出て来るんだ?
電話機をよこせ」

黒岩に繋げ、と付け加える。

「中隊長殿、黒岩です」

中隊下記分隊を束ねる軍曹が電話に出る。

「黒岩、お休みのところ気が引けるが帝國軍に穀潰しを養う余裕はないらしい。
仕事の時間だ、貴様の所の三式を準備してくれ」

火器分隊はこのような攻撃を考慮して山中に引っ込めてあったが、出番が来たというわけだ。

「生身の人間相手に対戦車狙撃銃ではなく三式ですか?」

黒岩は一瞬戸惑いつつ返答を返すが、早々と電話の向こうで指示を与えている。

「こういう趣向も嫌いじゃないだろ?
それとも目標が小さくて自信がないのか」

「発破をかけているつもりかしりませんが中隊長殿の脳が春の陽気に冒されるには早すぎやしませんか?
他の中隊ならいざ知らずうちの連中は転移前からの古参ぞろいですよ。 それで目標はどちらで?」

いまなお陣地に呪文をぶつけてくる魔術師か、それとも機銃弾を防いでいる魔術師かという趣旨だ。

「判らん、坂井の方からそろそろ要請がある筈だからそれまで待ってくれ」

なるほど、指示もないのに火力支援で危地を脱したとあれば小隊長の人望に関わるということか。
中隊長が電話を切ってしばしの後、第2小隊の坂井中尉から電話が飛び込んでくる。

「黒岩軍曹、魔術師を何とかしてくれないか。
このままでは持ち堪えられん」

「既に三式を準備させています。目標はどうしますか」

「盾で囲まれている結界を張ってそうな魔術師のほうだ、少し距離があるが頼む」

「諒解しました」

黒岩は電話を切り、第1中隊の最南端あたりに設けられた火力陣地に向かう。
既に2台のトラックと三式が到着して展開作業の真っ最中だった。



カイレスキーは第1大士隊の一員として行軍しながら、言い様のない崇拝の念を感じていた。
皇主陛下に忠実な魔術師の偉大さについては散々教え込まれていたし、この国の支配体制を支えるものとしての重要性も知っている。
それでも魔術師の力を目の当たりすると、あらためてその力に畏敬の念を覚える。
がっちり兵士に囲まれた魔術師に歩調を合わせているために足取りは鈍いが、重いというわけではない。
既に二個大士隊は敵の陣地まで150フィフィク前後まで迫っているが、損害は2割に達していないのだ。
2割という数字は通常ならば全滅一歩手前の大損害だが、帝國の弾幕を前にしての前進ならば奇跡的な低さだ。
現に盾で囲まれた魔術師たちが詠唱を続け、隊列は崩れていない。
一人の魔導師が空間装甲、すなわち敵の弾丸に呪いのようなものをかけて本来よりも多くの空間を通ったと認識させる。
その結果、銃弾は全て500フィフィク(1500メートル前後)分の空気抵抗を余分に受けるという極めて高度な魔術だ。
その前方で五人の魔術師が一定の距離をとり、広範囲の結界を張る。
これは無条件で敵の弾を弾くというものではなく一定時間内に無効化できる運動エネルギーは定まっている。
効果が決まっている代わりに当初想定した時間内であれば効果は持続する。
このあたりにスルムが開けた斜面を進撃路に選んだ理由がある。
限られた結界の空間に出来るだけの兵士を詰め込むためだ。
まことに魔術師達は偉大だ、帝國の銃火の前に及び腰になっていた自分が恥ずかしい。

後方からの魔術攻撃を受けつつも帝國人は射撃を続ける。
とはいえ、後方の魔術師も隊の後ろに着いてきているから精度、威力とも上がっているように見える。
目の前の隊で一人が頭を射ちぬかれ、二人が胴体に致命的な打撃を受ける。
空間装甲の影響を受けにくい上空から飛来した擲弾が魔術師の近くに落下しそうになるのを見て、ある兵士が擲弾を抱えてその身で爆圧を受け止める。
我が身を呈して魔術師を庇う事を誰も奇妙には思わない、シューエン隊の死に様に比べれば遥かに意義のある死だ。
あちこちでうめき声が聞こえ、カイレスキー自身も左肩に銃弾を受けたが歩みを止めるつもりはない。
じわじわと数を減らしつつ陣地から80フィフィク前後まで進んだところで右手に林が表れ、中央の帝國陣地からの死角に入ると魔導師が詠唱を中断する。
最後の一息のために魔力を補うべく、小物入れから魔力の詰まった魔石を取り出そうとすると一斉に護衛の兵士たちが盾を手に身を寄せて彼を守ろうとする。
短時間の機銃弾程度ならば持ち堪えられる、そう思って隊が停止したときだった。
帝國陣地にそれまでにない煌きがみえたのは。

そのときに至って漸く皇国兵は帝國陸軍というものを理解した、すなわち帝國においては陸軍の価値とは投射弾量と精度そして持続力によって評価されるということを、直感的に、だ。
帝國人は皇国からみれば確かに狂信者たちかもしれない、火力信仰という宗教のだ。
だがそれはこの異世界に適応するために止むを得ないことであり、そして将来満州の沃野で人員の目減りした兵力で共産主義者と殴り合う夢を捨てきられない彼らにとっては仕方のないことなのだ。



三式-三式75ミリ速射砲-は帝國陸軍が手持ちの速射砲の性能に不満を抱き、転移前に入手した友邦独逸の7.5cm Pak 40を改良、量産したものだ。
ライセンス料?そんなものはいらないし、支払い先も判らない。
ともかく比較的安価な三式と、軽量化したとはいえ1300kgを超える重量級の速射砲を自由に機動させられるだけの帝國陸軍の機械化という後押しがあったからこそ歩兵部隊は大陸の奥深くに潜む魔物に対抗でき、そして上陸されたその日のうちこの山の中まで引っ張ってきているわけである。

皇国人の見せた芸術的な魔術に対する返礼として帝國人もまた魔法じみた技量を以って応えることにした。
中隊に二門用意された三式のうち片方が野砲を含めるならばこの道24年という熟練の2番砲手によって標準を合わされ、六式硬芯徹甲弾は2,246gの発射薬により初速1007m/secまで加速される。
4,360gの弾丸は866m離れた地点で皇国人の側面に展開された結界を無効化し、辺りの皇国兵を三人ほど道連れにする。

結界が無効化されたのは2秒にも満たない間だがそれで充分だった。
即座に片割れが射撃を行い、1,520m離れた魔導師とその護衛たちに六式硬芯徹甲弾を見舞う。
硬芯徹甲弾は砲弾自体の比重が小さいために遠距離になれば極端に残速の低下を招くという性質を持ち合わせている。
確かに六式硬芯徹甲弾は1,520m進む間に残速816 m/secまで低下していたが、それでも理論上90degで立てられた厚さ127mmの表面硬化装甲を貫く威力がある筈で、事実厚さ15oのミスリル銀製の326年式対魔力処理済防楯を貫くには過剰というべきだった。
軽金属製の外殻をミスリル銀に食い込ませながら、タングステンカーバイト製の弾芯はミスリル銀が異常を感知し浄化作用のある聖光を放つのを尻目に見つつ防楯を保持する兵士の胸を易々と突破した。

無論それで終わりではない。
高温でスラッシュ化したミスリル銀を周りの兵士が浴びる中、弾芯は最後の運動エネルギーを振り絞り魔導師に到達しその右胸に浸透を始める。
肋骨をへし折りながら魔術漬けの生活のお陰で大して発達のしていない右胸の大胸筋を貫いて右肺を破壊して僧帽筋の付け根ごと肩甲骨を粉砕したあたりで飽きたらしく、漸く彼の体から去ってゆく。
肺胞に幾らか体に良くなさそうな重金属が混じったような気がするが、彼にはそれを気にするほどの余裕は失われていた。
胸に10センチを超える(背中には優に倍はありそうな穴が残されている)風穴を開けられて地に伏せた彼の周りには赤黒い血が染み出しており、瞬時に絶命したことは誰の目にも明らかだった。
速射砲による対人狙撃など滅多にお目にかかれるものではなく、ユフ戦争においては初めての事例であるが、魔導師(やられキャラだし面倒臭いから名前考えてませんでしたごめんなさい)は恥らうことも淋しがることもない。
速射砲による生身の魔術師狙撃というのは以後帝國陸軍の十八番になるのだから。

ともかく、皇国兵の守護として一手に信頼を寄せられていた六人の常人離れした人間のうち一人、それも最も重要な一人が失われた。
帝國の陣地まで250メートルを切っているが少し歩けば右手の林が切れて側面から盛大な射撃を浴びることになる。
陣地に辿り着けるとしても、単純な結界だけでは当初の予定を遥かに超えた凄惨な損害を伴うものになるだろう。
撤退すれば隊列の変更中に帝國人が猛烈な射撃を展開してくれるだろうし魔術師達は魔力が切れ掛かっている。

正直戻るまでに全滅しないという保証はない。
遥か彼方で帝國兵が再び三式に弾丸を装填し、塹壕の兵たちは着剣して皇国兵を待ちわびている。
進むべきか退くべきか、それが問題だ。

ほら、言った通りだろ金森。
世の中には望んで痛い目にあいたがる奴がいるんだってな。
佐伯上等兵の薄ら笑いが小隊全体に伝播しかけていた。


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