『ユフ戦記』42


血染めの島 4

帝國標準時12月8日(新皇暦訪雪月十一日)

寒風の中直上から陽光に照らされるセイロッシュの艦上では皇国の300年近い初等教育普及の、より正確に言うならば歴史教育の真価が発揮されようとしている。

「古の大皇国が滅び去った後、大地には幾多の国が入り乱れ争いを繰り広げ、地には魔獣が跋扈し空からは翼竜が襲い掛かり人の住む場は侵され続けた。
田畑は荒廃し川は血で染まり疫病は蔓延し我々の祖は衣食に事欠き当ても無く大地を彷徨い、それを省みぬ短慮な領主や宗教家たちが目先の利益にとらわれ戦を繰り返した挙句、蛮族の侵攻という民難を迎えた。
そのような窮状をみかねて五人の王が立ち上がり、魔導の力を従え吾等の祖を怪しげな神を唱える者、そして各地の有象無象の領主達を打ち倒したのは諸君も知るところだろう。

諸君、無数の領主を駆逐し日々の糧に事欠かぬようにして下さったのは誰ぞ。
諸君、寄進を募り邪な教えにより学問の道を衰退させた邪法の輩を放逐して下さったのは誰ぞ。
諸君、危難に際し魔導の力を賜りわれらに救いの手を差し伸べてくださったのは誰ぞ。
諸君、列強を圧倒する富力を大陸に齎し世界に燦然と輝く大国を現出たのは誰ぞ。

今諸君の力なくば皇国は八百万の神によって管掌されるであろう。
機械文明によって魔道の力は退廃するであろう。

五王の霊とその正当なる後継者に恩を返すときが来たのだ。

殺せ、狂信者どもを殺せ。
皇国が仰ぎ見るのは八百万の神ではなく皇主陛下に他ならないのだ」

最先任下士官らしき中年の男が兵士たちを鼓舞し、その熱気は伝染病のように彼らに波及する。
熱病にうなされたような振る舞いを見せるも、彼の言っていることはそう的外れでもない。
中間共同体の打破による中央集権体制と皇国商人が世界各地から齎す富、そして魔導師の派遣や衣食の保障による民衆の支持。
これらが皇主の権力の源であり、その実態がどういったものであれ八百万の神に守護された帝國の侵攻は宗教組織による搾取という仄暗い過去を皇国人の脳裡に想起させるものなのだ。

セイロッシュだけではなく、上陸を間近に控えた船の上では同じような光景が繰り広げられている。
海上には無数の機動艇が群をなし浜辺に近づいてゆき、陸上では先遣隊が防御陣地を拵えている。
皇国地軍南遣団所属第九兵団長・サッカス提督は己の眼に映る光景に不満は無い。
少なくとも現時点では。

「兵らの気概に背くようで気が引けるが本格的な戦闘は明日以降になりそうだな。
ところで参謀長、この分では明朝上陸予定の部隊も今日に繰り上げれるのではないかね?」

「想定していたよりも順調ではありますが、全てと言うわけには行きません。
火力部隊を早めに上陸させ、攻勢に備えればいかがでしょうか。
現時点で兵を全て上陸させては補給が追いつきませんので」

早朝のフェンダート上陸開始から四刻あまり、皇国地軍南遣団は甲海岸と乙海岸(帝國人のいうところの北浜と富浜)にそれぞれ一個師軍以上の兵力を貼り付けた。
近衛艦隊の空襲が堪えたのか空からの邪魔も無ければ帝國陸軍が打って出てくる様子も無い。
予想された嫌がらせが全くないため、順調と言って良い。

「奴さんたちが空軍力を喪失したと仮定してもなぜ陸兵は打って出てこないんだ?
強襲上陸中の陸兵と言うのは全く理想的な獲物に思えるのだが」

あまり大っぴらに出来ない方法で入手した資料を検討した結果、帝國陸軍は水際撃滅を主戦術にしている、そのように判断されていたのは事実だ。
だと言うのに陸地からは一発の弾丸も飛翔してくることはない。
納得のいかない不可思議さと帝國陸軍の持つ悪い意味での神秘性からサッカスからすれば物静かなフェンダート島が魔王の待ち構える島のように感じられる。
水軍の艦隊は砲の射程内に帝國兵が見当たらずに些か拍子抜けしているが。

「兵団長、何も気にすることはありません。
帝國軍は本土から二個師団以上の増援を送り出しています。
大抵の帝國人士官であれば帝國海軍の勝利と増援の到着を信じて長期持久を選択するでしょう、連中もそれ位の融通性を持ち合わせていても何ら不思議ではないはずです。
あの丘など如何にも帝國軍が待ち構えていそうではありませんか」

サッカスはしばし考える素振りを見せて口を開く。
「歩兵と工兵を優先させよう、急いで塹壕を拵えるように。
それから渓谷(帝國人の言う入らずの谷)あたりまで状況を探ってくれ、あまり魔導師を使わずに」

「威力偵察で?」

「魔導師無しで帝國人相手に威力偵察?まさか。
規模と人選は任せるよ」

サッカスに部下を自殺させる趣味はない。
参謀長がうなずくのを確認し南遣団長との打ち合わせに向かうが、彼の気持ちは慣れない艦上ではなく恋しい陸地へと向けられている。
例えそこが戦場であっても。


同時刻・富浜より南方18キロ

「連中の手際の良さは予想以上です。 各種重火器と思しきものと魔獣などを多数伴ない、二個師団相当の兵力を2手に分けて海岸付近で穴掘りに勤しんでいるとのことです」

「参謀本部からの話では、蛮族どもに渡洋侵攻能力はないとのことだったんだが」

陸軍側の最上位指揮官である大村隆仁大佐の言葉に海軍側が反応する。

「私どもの軍令部からはフェンダートが空襲を受けることはない、と言われ続けましたが現状はあの通りです」

帝國海軍のフェンダート航空基地は連山55機、紫電改32機、彗星22機、その他11機を失い滑走路を含む基地施設は壊滅、その機能を喪失している。
陸軍側も建設中の滑走路に爆撃を受け現段階でこの島に利用可能な滑走路はない。

「まったく、航空支援も重砲もなしとは陸大で叩き込まれたものと些か異なるようですな。
われらに重砲がないのに海岸で塹壕を拵えるとは、フランシアーノ人も無駄骨ですな」

「大村大佐、もし宜しければ海軍の砲をお貸ししましょうか?」

海軍側の代表者は第十六方面艦隊司令官、階級は大将だ。
如何に陸海軍の指揮系統が別だとはいえ本来ならば大佐如きで対等な立場に立つことはないのだが、防衛戦となれば陸軍側が主導権を握らざるを得ない。

「いえ、それには及びません。
身動きできない艦から砲を取り外して運搬すると言うのはかなりの手間でしょうし、それよりも一刻も早く防御陣地を拵えなければなりません」

「やはり持久戦ですか?」

「ええ、聯合艦隊が敵艦隊を蹴散らした後にフランシアーノ本土に向かう予定だった三個師団が救援に来るとのことです。
幸いフランシアーノは小内海における陸軍の派兵拠点として整備されていますから、弾薬と食糧には事欠きませんし。
それでは陸軍側の状況を報告させます」

大村に促され少佐の階級章をつけた男が周りを見渡し口を開く。

「陸軍の戦力は第62聯隊、多くの聯隊と異なり4個大体編成です。
それと試験配備されている戦車中隊が二つ。
現在極北山と欠山に一個大隊ずつを配し防御陣地を拵えさせており、この二つが連携し谷への侵入を阻止します。
野砲部隊は潮風連丘に集中配備し残りの戦力は潮風連丘と欠山の間に展開、防御陣地の構築が済めば極北山と欠山の部隊を収容する、とりあえずこのような形でいこうと考えております」

「大村大佐がそれでいいというのならばそれが最善の策なのでしょう、我々には陸戦のことは良く分からないもので。
とりあえず使えそうな人間を海軍から抽出します、なんとしても極北港を守り通していただきたい。
ここ以外にGFの拠点となりうる泊地は、南小内海に存在しないのですから」

「援軍が来るまでの2週間やそこらで敗退する陸軍ではありません、民間人の統制と戦勝祝賀会の準備はお任せしますよ」

誰もが二週間程度の持久には自信を持っておりGFの勝利を疑うものもいない。
この時点では。


夕刻

フェンダートの北、極北山を抉ったような真円形の湾内に皇国地軍南遣団司令部をのせた船はある。
そのうちの一室に南遣団の首脳が顔をつき合わせて、真剣な面持ちで会議を進める。

「北浜には第六兵団の第62師軍の全部と第63師軍のうち二個旗軍、そして兵団重火力隊が展開済みです。
これに加えて第八独立戦竜旅軍の大半も」

大雑把に言えば、富浜と同様北浜にも一万強の戦闘兵員が到着した、ということになる。(無論、弾薬、補給物資は完全ではない) この調子で行けば明日昼過ぎには北浜への兵力展開を終えることになる。

「帝國からの抵抗は?」

南遣団長の問いに第六兵団、第九兵団参謀の首は横に振られるばかり。

「山に篭られたら厄介だな。
近衛艦隊の予想会敵は来月頭、20日ほどしかない、それまでに翼竜を運用できるようにせねば」

南遣団は近衛艦隊の新竜より見劣りするとは言え自前の翼竜部隊を持っている。
ただ、予想されたようにフェンダート付近の暑さは酷く、蒸し風呂と化した輸送船内で二百騎以上の翼竜のうち大半が動ける有様ではない。(新竜ほどひ弱でないとはいえ一月に渡る船内での軟禁生活は堪えるものだ)
戦力として活用するには山肌を刳り貫いた涼しげな翼竜基地に入れてから7~10日は必要という報告が上がっている。
翼竜の回復に10日、最低限の穴を掘るのに5日とすれば5日以内に一つの山を奪取せねば近衛艦隊への支援が出来ぬことになる。

「近衛艦隊の敗北は皇国の敗北ですから、とりあえず戦術目標甲(帝國人のいう極北山)がよさそうですな。
どういうわけか他の山と違い火山性ではなく山肌も掘りやすいようですから」

「極北山にも帝國兵が五百以上篭っているとの話です、うかつな手出しは出来ません」

「何を言うかと思えば、上陸して間もないうちなら帝國軍の陣地も未完、火力支援も薄いかもしれんが日が経つにつれ敵の防禦体制は整っていくわい」

「何のための魔道部隊だ、何のための魔獣部隊だ。
全軍揚陸して体制が整えば山の一つや二つ物の数ではないわ、カイアールの時とは違うのだ」

いい年をした中年、壮年の男たちが激論を繰り広げるなか南遣団長ムラーノ大提督が口を開く。

「魔獣部隊は奇襲に向かない、そうであったな」

「は、奇襲ならば魔導師の支援を受けた精鋭部隊が最適かと思われます」

サッカスの返答に満足げな表情を浮かべたムラーノの一言で軍議は決した。

「第六、第九各兵団から一個旅軍程度を抽出してもらおう。
南遣団からも虎の子の魔導師を派遣する、まだ準備の整っていない帝國陣地を奪取して来い。
卿らは帝國軍に夜襲をかけるのだ」


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