『ユフ戦記』41


血染めの島 3


信濃級戦艦の続報!
一番艦信濃は8月に聯合艦隊に引き渡されて以来猛訓練に励んでいるがその詳細は軍機に包まれており、本土以外では帝國人に対してもその存在が知らされていない。
編集部としては読者諸兄のご要望にお応えするためかなり危険な橋を渡って取材を重ねてきたので、判明した範囲でご質問にお答えしよう。

まず11月号のおさらいであるが、写真を見れば判る様に主砲は3×3の9門であり大和級以来のスタイルを崩していない。高千穂級の四連装砲塔はやはり例外的なものだったようだ。
そして主機関であるが、高千穂級のようにガスタービン機関と重油専焼缶の二本煙突を設けるのではなく一本化されていることから恐らく重油専焼缶であろう。吾妻級重巡に搭載された艦本式をデチューンし、蒸気圧は45キロ、蒸気温は470度程度に抑えているものが搭載されているものと考えられる。ここまでは先月号で伝えたものであった。

本誌が空撮を行った結果両用砲は高千穂級と同じ七式65口径5インチの連装砲(C型)であることが判明している。
これの寸法はわかっているから信濃を真上から撮影した写真とあわせれば艦の大きさが判ると言うわけだ。
(なんと海軍は信濃と他の艦の対比を恐れて並べて停泊するようなことはしないのだ。ちなみに両用砲の砲煙は本誌取材班への警告射撃だ)
写真の結果、全長は290〜300メートル、全幅は42〜43メートルぐらいか?基準排水量は8万と推定する。
…おかしいな、議会には6万5千トンの戦艦ということで予算を請求していた筈なんだが?
それはさておき主砲の口径だが、8万トンで51サンチは些か厳しいだろうこれも空撮からの砲塔のサイズと照らして長砲身46サンチとみた。

ここで読者からのお便りを紹介しよう。長崎県在住の14歳の子供からだ。
『もし主砲が46サンチだとして主砲弾は大和級と同じものが使用されるのでしょうか』
これは非常に難しい質問だが誰もが気になるところだ。
この件を艦本に問い合わせた新人記者は1週間仄暗い海軍省の地下室にお世話になったこともあり、ここから先は本誌独自の取材結果だ。

帝國海軍はどうやら特定の距離ではなく全砲戦距離で満遍なく強さを発揮する砲を好むと言う性癖を持ち合わせているようで、ここから考えれば極端な軽量高初速、大重量低初速の砲はありえないだろう。
また大和級の主砲換装が検討されているという未確認情報もあり、これを砲弾補給の一本化のためと捉えれば現段階では大和級と信濃級の主砲弾は異なる可能性が高い。

次はこれも子供から、北海道在住の11歳、ペンネーム未来の砲術長からのお便りだ。
『僕は戦艦の砲術長になるため日夜勉学に励んで兵学校を目指しています。そこで気になるのですが装填装置は……



背後からの足音を拾い女は忌々しげに本を閉じる。
真偽はともかく本国には齎されることの無い新たな情報、それが帝國本土では簡単に手に入る。
それが持ち帰れない理由は、潜入した工作員の生還率が低いことが挙げられる。
はっきりいって、彼女のような皇国の工作員が帝國本土に潜入できた例はあっても五体満足で帰還した者は一人も居ない。

午後4時22分、予定時間を超過している。

「20分遅刻よ、サイン。
それなりに説得力のある言い訳を期待しているわ」

「申し訳ありませんメルズさま、ただ気になる情報があります」

大気振動を抑制する結界のなかサインとよばれた若い男が小声で応える。
傍目から見れば帝國見学に来た大陸の富豪夫妻とでも見えるのだろう、事実彼らは厳しい審査を潜り抜け帝國本土の土を踏むことを許された大陸貴族に成りすましている。
「どうした」

メルズとよばれた女が先を促す。
帝國人から見れば20代前半というところだが事実は全くの逆だ。
彼女の遠い青春時代、そのときに皇国貴族との間にもうけた双子の男児は既に彼女の手を離れている。
一人は魔力に乏しく人間並みの寿命しか持ち合わせなかったが子宝に恵まれ武卿の当主として天寿を全うし、彼の曾孫の一人は水軍大提督にまで登りつめている。
もう一人は彼女の魔術的才能を受け継いだのか、120年ほどかけて皇室魔導院の第4局副局長にまで登りつめている。
彼女自身はその後に迎えた四度の繁殖期を活用することなくひたすら職務に精を出している。
新たな子に魔力を分け与えるよりも自身が栄達するため、という見方が一般的だが二度と会うことの無い人間の貧乏貴族に操を立てている、と言う見方もあるが真相はわからない。

「一つ目、京都に潜伏していたオウスが消息を絶ちました」

オウスは(といっても上司である彼女にも真名はわからないのだが)帝國政府の不自然な金の使い方を調査していた若者だ。
それが神州島特別開発推進計画という謎の言葉を探っている最中姿を消したと言うのだ。

「いつだ?」

「一昨日の夜、薄汚れた長耳どもが河原町辺りを闊歩していた日のことです」

「二つ目は」

メルズの脳裡からはオウスに関わる事象が遠ざけられた。
彼女は神州島特別開発推進計画という物自体は重要度の高い計画ではなく、工作員を炙り出すために帝國とダークエルフが仕掛けた罠ではないか、そう考え始めている。

「二つ目は…機密度は高くありませんが帝國人以外にはあまり知られていない話です」

メルズは峰に火をつけて先を促す。
タバコ自体は嫌いではないが帝國製は好きになれない。
とはいえ帝國が輸入タバコに高額の関税をかけている以上帝國製を吸うしかない。工作資金も無駄にするわけには行かないのだ。

「帝國が我々から買い取っているサムイム州やフツクル王国の土には帝國の戦争遂行に不可欠な重灰銀や不錆銀が含まれているようです。(彼らはタングステンやクロムと呼んでいますが)
彼らは属領で採って精錬するよりも我々から買い取って精錬するほうが安上がりであると考えているようで」

「つまり我々は帝國のために貴重な戦争資源を提供していたというわけか」

それも気付かないうちに、我々もおめでたいことだ。

「まことに。同様の話がユウジルドでもありますが…ここから先の話は裏が取れていません。
どうやら帝國人はブーランジェ地方の黒い森に並々ならぬ関心を持っているようです。
なんでも今後石油に頼らない産業基盤が出来上がるとか。
これの裏取りも神州島特別開発推進計画という壁に阻まれています」

黒い森とは通称死の杜とも呼ばれ、魔物が棲んでいるわけではなく森の魔力も感じられないのに迷い込んだものを蝕むという奇怪な場所だ。
ともあれ神州島特別開発推進計画に関わる情報は欺瞞情報の可能性が高い、という判断基準を構築しつつある彼女にとってさして心動かされる話ではない。
上司のそのような心中を察してかサインは進言する。

「出すぎたことを言うようですがメルズ様は帝國の防諜体制を過大評価しているのではありませんか。
侮ることも重大な過ちに繋がりますが過大評価も同様です」

まだこの仕事について50年程度の若造の言葉を聞きメルズは苦笑しつつ問いを発する。

「サイン君、右手の物についてどれだけの知識を持ち合わせている?」

メルズは丘の下に見える建造物群を指す。

「帝國海軍大神工廠、転移前に?計画と共に約25億円、現在の貨幣価値にして100億円以上の巨費を投じて建設された九州最大の海軍工廠にして世界最大級の造艦施設でもあります。
転移の影響から建設は遅れましたが昭和22年から帝国全体の艦艇建造能力を押し上げるための六・十計画の一環として160億円余りを投じ12万トン級艦艇を建造可能な甲号船渠を三つ、5万トン級艦艇を建造可能な乙号船渠を二つ持つ工廠へと威容を一新しました」

サインは帝國で仕入れた情報を元に全く教科書どおりの答を返す。

「その通り、サイン君新時代の戦艦を建造可能ならしむために拡張したというのが帝國海軍の言い分だがそれを鵜呑みにするのか?
いいか、帝國海軍がそこまで巨費を投じた大神工廠で建造した戦艦は高千穂級の乗鞍と浅間級の白馬、この二隻だけだ。
それも両者とも二号船渠と四号船渠を使ってだ。
甲号船渠で建造された帝國海軍の艦艇は一隻も無い、民間向けの油槽船を何隻か建造した程度だ。
生産性の無い軍艦と言うものを建造するためにそれだけの金を投じるなどおかしいと思わないか?」

そういわれればサインも疑問に思わないでもない。
帝國のような巨大な国家であればそれなりにまともな振る舞いをする筈。
それが帝國内では使い勝手の悪い戦艦建造計画ばかりが報じられている。

「艦隊の建造計画そのものが欺瞞情報と解釈しているのですか」

「そこまでいうわけではないが、戦艦というものはその戦術的な価値以上に国家の能力を示すものであり戦争を抑止すると言う効果も持ち合わせている。
それなのに対外的に新造戦艦の存在を秘匿するというのはどうも合理的な理由を欠いている様に思える、帝國国内でこれだけ外部との情報格差が存在するのもおかしい。
この雑誌の写真を見てみろ」

そういってメイズが手渡したのは世界軍事の12月号だった。
その信濃(これほどの巨艦というわりに情報がこれまで漏れていないのも不思議だが)が写っている写真をみてサインが訝しがる。

「本来の姿からは些か変容して、少なくとも魔術的には存在しない筈の部分が写されています」

「私は既存の艦艇をコラージュしたものと疑っている、あるいは実在したとしてもそこまで巨大な艦ではないだろう、帝國なら官民一体の防諜活動くらい成し遂げても不思議ではない」

「なるほど、賢明な帝國人ならこんな艦を造るよりも空母を建造しそうなものです。 危うく私も欺瞞情報を鵜呑みにするところでした」

「新戦艦建造のために大神の三号船渠を拡大するなどという情報もあるがそれも眉唾ものだ、恐らく巨大油槽船のためだろうよ」

流石に帝國もそこまで軍備に金は使わないだろう、戦艦とは特殊な材料と高度な技術を要求される代物だ。
浅間、高千穂と八隻も戦艦を造っておきながらさらに巨大な信濃級、500号艦級、そして600号艦級を各四隻建造するという10・8・4計画など常軌を逸しているし、彼女達には全長380メートル、上部幅55メートル、深さ18メートルの巨大な三号船渠で建造できぬ戦艦など冗談としか思えない。
その大部分は存在しない計画であろう。

「ともかく、これ以上帝國にいても危険ばかりで得られるものはない。
最重要の情報は手に入れた、後は本国に知らせるだけだ」

「では?」

「そうだ本日1300第一航空艦隊が呉を後にした、一隻も欠けることなく。
フェンダートあたりを空襲されて慌てふためいたのだろうよ」

「あとは如何に大陸に抜けるかですね。
それも可及的速やかに、情報と女はとれたてが一番ですから」

魔道通信機の類は監視が厳しく帝國に持ち込めないが、口に出してからサインは失態に気付いた。
少なくとも齢百八十に達する吸血鬼の前で発してよい言葉ではないが、彼女は聞き流すことにする。
痛めつけるのは皇国に帰ってからでよい。

「レムリアの旧王都付近に通信機を置いてある。
明朝1000の福岡発帝國航空レムリア行225便を手配してある、この男に成りすませ。
九州北部の有力者御曹司とその妻、新婚旅行はガルム大陸北東部2ヶ月の旅だそうだ」

筑豊の炭鉱王として名を馳せた麻生氏の一人だ、新婚旅行先で失踪とは使い古した悲劇だが他に方法は無い。
潜入した際に貴族を殺したことはそろそろ発覚したと考えたほうがよい。

「我々のほかは?」

「帝國本土で生き残ったのは私と君だけだ。
今夜半摩り替わる、血を提供していただいた後死体は処理しておけ」

彼女たちが帝國本土から生還した初めての吸血種であるが、帝國のダークエルフが情報戦において失態を演じるように皇国の吸血種も例外ではない。
情報は収集よりも選別が難儀あるという近代戦の原則に反しダークエルフも吸血種も人間と同様に見たいものだけを見る、という習性からは逃れられない。
メルズは後に小内海に姿を現した信濃級を見てこの日の事をたびたび後悔するのだが、それはもう少し先の事である。
とあれ彼女たちは一航艦の出撃日時を伝えると言う点に関しては完璧に任務を果たした、その点は評価されるべきだろう。





月刊 世界軍事 ―世界で一番売れている軍事情報誌―   昭和31年11月号
(10月16日発売、本土からの持ち出しを禁ず)

目次

総天然色写真集 
ついに捉えた、これが信濃型戦艦だ!  神州島沖で訓練中の信濃を激写
 9月就役の新艦艇群
 遅々と進まぬ空母建造 川崎・神戸造船所から
 新型艦戦・雄風と烈風64型模擬空戦
 神州島火力演習

特集? 概算要求からみる帝國軍     海軍篇                                     12頁
 総記                                                          12頁
 次期主力艦、500号艦級は計四隻要求の見込み 気になる主砲は?                             .14頁
 昭和38年に就役? 600号艦級の部内検討をスッパ抜く                                .20頁
 潜水艦の大型化は一段落                                                .24頁
 駆逐艦の大型化は天井知らず、次期水雷戦型・防空型共に主機関の選定終える                        26頁
 新型重爆は見送り、連山・生産続行                                           .30頁

特集? 概算要求からみる帝國軍    陸軍篇                                       34頁
 総記                                                         34頁
 噂は本当だった! 昭和32年から軍靴変更完全・オーダーメイドか?                             38頁
 新型戦車32年度は120両、気になる配備先は?                                    46頁
 空挺師団新設へ向け作業本格化 陸軍・専用輸送機の開発を目指す                             50頁

本職に聞く、帝國軍の現状と展望                                              56頁
 牟田口陸相、本誌記者に大いに語る   〜陸軍の未来は暗い、正面戦力拡張のためには輜重の規模を抑制すべき〜        56頁
 陸軍参謀本部・某参謀激白!   〜4単位師団は重過ぎる、混成旅団の時代が来る〜                     62頁
 山本GF新長官   〜艦載機のジェット化と母艦の大型化は避けられない〜                          65頁
 岡軍令部総長、戦艦の未来を語る 〜大型化の限界は近い1隻の20万トン級よりも2隻の8万トン級を〜              68頁

シリーズ連載                                                        72頁
 艦隊戦闘の基礎 第42回 艦隊防空陣形を考える                                      72頁
 陸上戦闘の基礎 第42回 これで貴方も塹壕堀の名人                                   78頁
 列強戦力チェック第22回 知られざる清華の魔術師たち、その実力は?                           85頁
 聯隊訪問    第55回 本土を遠く離れて〜フェンダートの第62聯隊〜                         90頁
 転移前は    第12回 アメリカの底力                                        96頁


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