『ユフ戦記』37
混乱7
「いやはや、帝國はとんでもない生産力ですな。我らの歩兵銃は年産2万やそこらですよ。それも単発式だ。装薬の生産だって楽じゃない、帝國のような贅沢は不可能です」
演兵場からの帰路、竜車に乗るフレス中将は口にする。
国家の存亡をかけた大戦争となれば生産数は上昇するだろうが、帝國の様なコストカットは望み薄だ。
「贅沢?帝國人は貧乏とか贅沢といった観念には無縁なのだろうよ。生まれついての金持ちは自分が金持ちだという自覚を持たないものだ。そして貧乏人はいつでも貧乏だという自覚を持つ」
「だからこそ世の中は僻みや愚痴ばかりで覆われるわけですな、いやはやうらやましい」
「まあ帝國が難敵だというのは判りきっていたことだ。それに金持ちじゃない帝國なんて想像もつかないじゃないか」
「帝國はともかく、我々の銃ですよ。ライフリングが厄介なんだ。
皇国も川の凍る冬場は刻条出来ないらしい。その点機械文明が行き着けば帝國のような生産力を手にするわけだ。我々とて全ての点で帝國に劣っているわけではない、魔道を使えば帝國より上を行く点もあるのだ。しかし帝國の物量には適わん」
「兵器と同じことが輸出品全般に言えますな」
「そうだ、我々が使うようなグラスの質まで帝國製の品質は達していないが、我々は全ての民に行き渡らせることは出来ない。しかし帝國は機械で大量に作る、それも民の手に届く範囲の値段でだ。そして近い将来全世界の民に供給することも可能になるらしい」
「とんでもないことだ。それに聞いたか?帝國は安価な金属を列強に売りつけようとしているらしい。機械で作られた金属塊の品質は高水準な上に安価で、欲しいだけ売ってくれる、もし列強が帝國からの輸入に頼るようになってみろ、全ての国は帝國の輸出禁止決定一つで工業が立ち行かなくなる」
「やはり対帝國戦は不可避なわけだ。ところでセムス君、皇国の同業者が勇気ある行動に出たのを存じているかね」
唐突に末席のセムスに話が振られる。おそらくここら辺で彼が呼びつけられた理由が明らかになる、そう感じながらセムスは応える。
「ええ、どうやら皇国地軍と我らの海軍も共に苦労することになりそうです。とくに皇国地軍には同情しますよ、帝國の弾幕の中に身を投じるのですから手酷い事になるでしょうな」
レンダルトが、苦味を潰した様な表情を浮かべる。
「あー、セムス君、王国はフランシアーノ皇国との間で誼を結んだわけだが、フェンダートにおいてもそれは発揮されるものである、そう皇国は云ってきた」
話が読めてきたぞ、畜生。
最近軍団が優遇されているのはこいつらの偽善のお陰だったらしい。
「いつですか、出発は」
「たった今だ、船は既に手配してあるし物資は前もって皇国に送ってある。すまないが我々の参戦は直前まで帝國に伏せたいのだ」
つまり、軍団の全員が家族に別れを告げてはいけない、そういうことだ。
「制海権を奪われて途中で沈められるなんて御免ですよ」
「その点は大丈夫、早期に主力が叩かれるようじゃどの道この戦争は負けだ。
無理を言って悪いが帰還後サンワユグ総督に推薦する、これだけは約束するよ。それから武功をあげる機会は十二分に保証されている」
意外にも驚きは無かった。
心中でひょっとすれば、という思いがあったのだろう。
興奮と不安の入り混じった面持ちで竜車の外を眺めたセムスの脳裏に、演兵場でみた帝國兵器が浮かび上がる。
「こいつは駄目かもわからんね」
セムスの言霊は風に流され、誰の耳にも届かなかった。