『ユフ戦記』36


混乱6

11月30日正午 ユウジルド王国王都郊外 レンソール演兵場


軽快な音がセムスの耳に心地いい。
地に伏せた兵士が引き金を引くたびに甲高い音が標的から響き渡る。

第14軍団長セムス少将が王国陸軍首脳部に呼び出されたのは昨夜のことだった。
未だ40台前半のセムスが軍団長の役職―帝國でいえば旅団長と師団長の中間―にありつけたのはカイアール紛争において聯隊参謀として目覚しい活躍をしたからだ。

レムリア王国の崩壊とカイアール紛争によってセムスと王国陸軍は3つの戦訓を引き出した。
一つ目は圧倒的な火力をもつ帝國軍に対し、列強の密集陣形に比べて王国と皇国の採る散兵戦術が極めて高い生存性を発揮すること。
もっとも、商人と衆民が力を持ち元首が彼らに様々な飴を与える両国にしか取りえない戦術ではある。清華あたりに実行させれば脱走兵が続出するであろう。
二つ目は帝國軍に対して強力な攻撃手段が無ければセンシャに蹂躙されるがままであること。
三つ目は魔道士官、砲兵、歩兵、戦竜の諸兵科連合部隊を編成しなければならないこと。
この三つである。

殊にセムスはカイアールから帰還した後に陸軍研究学校で諸兵科連合部隊の編成と運用を研究し、その成果が認められて軍団長に昇進を果たした。
王国軍の規定からすればそろそろ植民地総督あたりに昇進してもおかしくないし、彼もそのような期待を抱いてこの場にやってきた。


「今のがタイプ99、カイアール紛争において帝國軍が主に使用していた歩兵用火器であり威力、精度ともにわが軍の歩兵銃を超越しています。
速射性もかなりのものです。5発まで事前に込められ、1発ごとに遊底を操作することにより装填、排出を行います」

軍工作部のアセムーワ大佐が説明するが、その程度のことはこの場の誰もが知っている。タイプ38に代わって登場した大威力のタイプ99は、列強諸国がカイアールで嫌と言うほど味わったのだ。

施条銃を採用しているユウジルドや皇国でも弾込めは一発ずつ行う。
その歩兵たちが砂漠で帝國兵と衝突した結果は…悲惨なものだった。
以来王国では防禦・遅滞を主眼において戦術を構築してきた。

「しかし、最近帝國軍は主力歩兵銃の転換を進めています。ガルム大陸や諸国からの情報ですが、まず間違いありません。その内の一つがこれ、タイプ7です」

アセムーワの部下が木箱から油紙に包まれた金属体を取り出す。くろみがかった光沢が陽光に映え美しい逸品だ。木箱に皇国地軍の刻印が見られるからその辺りから提供されたのだろう。セムスにも記憶に無い銃だ。

「タイプ7はタイプ99とは大きく異なる銃です。
口径7.7mmという点は同じですが一発ごとに遊底を操作する必要はありません。引き金を引く、それだけです。8発の装填が可能で、この長く強度の高い銃身はわが国では真似できません。銃剣突撃での使い勝手も良好です」

とんでもないことだ。少なくともセムスはそう感じている。
銃の性能ではない。帝國は300万挺以上のタイプ38と20万近いタイプ99を保有している、そういわれていた。
であるのに、タイプ99の正式採用直後にタイプ7の配備が始まった。
タイプ99が普及する昭和20年以前から新型銃の開発を検討していたことになる。
帝國のような大規模な軍隊を抱え、その武器を全て国家が面倒を見るという国では小銃の開発一つとっても大変な苦労だろうというのに。

「そのタイプ7が将来の主力帝國歩兵銃ということかな?」

レンダルト大将が恐る恐る尋ねる。タイプ99を20万近く作っておいて新たな銃に走るとはレンダルトからすれば信じがたい。

「現在の主力銃です。近衛などの一部精鋭を除いて、一線級歩兵部隊にはタイプ7が行き渡っていると思われます」

「他の部隊は?」

アセムールが目配せをし、一同を地下射撃場に連れ込む。

「帝國人は将来50年に渡って軍主力を占める、そんな銃を求めていました。しかし同時に、帝國陸軍の人員は削減されています。
彼らがこの世界にやってきたときから人員は減り続け、恐らく常備50万以下であると見積もられています」

地下に続く暗い階段でアセムーワの声が響くが、そう的外れではない。尤も、昭和31年時点での帝國陸軍は人員35万―常備14個師団すら危うい数字―である。
(転移時、戦時とはいえ220万の兵を動員していたことを考えればいかに陸軍の努力が涙ぐましいものかわかろうというもの)

「少ない人員で多数の敵を相手にする、戦時には最低限の訓練しかつんでいない新兵でもそれなりに戦える、そして長年に渡って生産をすることでコストカットが可能、これらの条件から帝國が実戦配備を始めた歩兵銃がこいつであります。出所はきかんでください」

布地を解き、中から小ぶりな銃―十一式突撃銃―が出てくる。
全長はタイプ99やタイプ7の6割程度だろうか。

「こいつが帝國が将来の主力歩兵銃と定めたタイプ11です。弾を御覧ください」

アセムーワが金属の箱を取り上げる。中には黄色の弾が詰まっている。

「5.5mm弾を50発この箱に詰められます。この箱を銃本体に取り付けるだけで発射が可能です。そしてこの銃は発射速度を調節でき、この連射機能を選択すれば、4秒強で50発の弾丸を撃ちつくします」

さすがに皆声が出ない。単純な比較は出来ないが、火力だけで見れば帝國兵一人で一個小隊の王国軍を相手に出来る計算だ。

「この50発入りの弾倉は鉄かそれに近い金属で出来ていますが、未確認情報によればこれらは使い捨てであるということです」

セムスはまたもや眩暈を感じる。
金属で出来た高精度の製品を使い捨て?どんな冗談だ。

「小さな弾で射程と威力は我慢してその代わり大量にばら撒くのか。生産数は?」

5.5mmで駄目な相手でも帝國の豊富な支援火力で片が着くだろう。

「年に一万以上、弾は弾倉入りで1000万セット以上です。近いうちに年産五万挺に達すると言われています。正直なところ、弾薬の生産量は掴みきれませんが、小口径の弾薬にすることで生産コストを切り詰めています」

「この銃剣は?」

「基本的にタイプ99と互換性がありますが、初期の試作型では銃剣に魔法金属を使用していたようです。すくなくとも皇国の同業者はそう信じています」

「なんに使うんだ?」

「魔法金属によって仮想重心をつくりだし、近接戦で取り回しやすくしていました。全長の抑えられたタイプ11の場合、タイプ99と同じ間合いで使おうとすれば銃の根元を掴まなければなりませんから、そのままでは使いにくいそうです。
量産型ではそのような金属は使用しておりません。ともかくこれだけはいえます」

「なんだ?」

「われわれは少人数の兵士に高性能の武器を与え、教育することでその戦力を向上させました。帝國が同じことをすれば全員がこのような突撃銃を手にするでしょう、それも十年以内に」

アセムーワの知識は伝聞と信憑性の薄い新聞記事そして帝國公刊文書を元にしており、様々な誤りが含まれている。しかしユウジルド王国陸軍首脳部がその火力に戦慄を憶えたのは確かである。


「アムセーワ君、タイプ十一の模造品を作ろうとすればどのくらいかかるかな?」

「試作は既に開始しておりますが機構面で全く解明できない部分や判っていても工作精度の関係上実現できないものが多々あります。正直な話、魔道の助け無しではいささか時間を要します」

「魔道を用いるのであれば最初から魔導師を戦場に投入するさ。いささかとはどれくらいだ?」

「部隊に配備出来るまでに早くとも150年程お待たせするかと」


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