『ユフ戦記』35


混乱5

「現在皇国政府と各王家の所有している現金、証券、利権、詳細がわかっている分を全てひっくるめて233億4千万デステルになります。踏み込んで調査すれば600億近くになるでしょう。この世界の列強としてはなかなかのものですが、帝國の総力戦の担保としては少なすぎます」

なかなかどころの騒ぎではない。600億デステルといえば皇国国家財政の5倍にも達する額だ。ユウジルドと共に列強の中でも群を抜いて豊かな皇国ですら帝國の戦費の担保とはならない、帝國軍はそれだけ金食い虫になってしまったのだ。

「とはいえ楽に勝てるのならそれに越したことは無い。みんなどうかな?」

予備役から戻ってきた禿頭の老人―実のところ海兵44期であり未だ50台なのだが―が真っ先に発言する。

「ともかく、速戦にしろ持久戦にしろフェンダートの確保は最重要事項です。第十六艦隊が壊滅した今フェンダートの海の守りは甚だ心許ない」

老人が社会的な分類に即して言えば変人といわれるカテゴリーに属することは、この部屋にいる誰もが承知している。
海軍出身者は彼が予備役に編入される前の話を聞いているし、それ以外の者も出会って一週間以内にそのような印象を抱いた。
皆が黒島に対するそのような第一印象を撤回すべき事由はこの数ヶ月で生じてはいない。
軍事に疎い者でもフェンダートが重要であるのはわかるが、問題はそのための方策である。

やはり黒島は変人と評してよいであろう。

「いいか、もし敵が本気ならば母艦兵力は一週間以内にフェンダートに来寇、上陸船団と合流しても二週間以内だ。それまでに可能な限り兵力を集結してしまえばいいんだ。 洋上で間の悪い民間油槽船から巻き上げて燃費を無視して突っ走れば、戦闘艦艇の7割が2週間以内にフェンダートに着く」

「一航艦では不足か?」

横槍を入れるのも海軍関係者らしい。

「正直な話、十六艦隊があれほど手も無く捻られるとは予想していなかった。一航艦を投入してもやってみないと判らん、というのが本音だ」

「それでGFをフェンダートに貼り付けるのか?」

「海軍を、だ。GFも方面艦隊も海上護衛総隊も関係ない、ありったけを貼り付けてしまえ。
フェンダートはそれが可能な港を持っている。
そうすればユウジルドが割り込んできても関係ない。
敵の決戦用艦隊がどれだけ爆弾を落とそうが対艦誘導段を撃って来ようが、戦闘艦艇の半分も沈めたら弾切れだ。
とにかく損害に構わず敵を追い掛け回せばいいんだ
残りの半分で補給に戻る敵艦隊を沈めたら小内海は安泰だろ」

「実行するかどうかはともかく可能なのか?」

陸軍から引き抜かれた中年男が尋ねる。

「現在のところ、フェンダートには200万トンの作戦燃料が備蓄してあります。一回こっきりの追撃戦には十分な量だと」

フェンダートは南小内海に浮かぶ小豆島くらいの小島であり、火山性であるためか酷く周囲の水深が深い。
その島の西側にある湾を小内海における橋頭堡として一大海軍基地に、交易の中継地に仕立てよう、というのが帝國の方針である。
現在は整地と岸壁の工事が終了したほかは小規模な海軍基地と2つの飛行場があるにすぎず、兵力も陸海軍合わせて百機程度の航空戦力と歩兵一個連隊が守備についている程度だが燃料弾薬はたんまりと蓄積されている。

「積極的なのは結構だけどね、戦争に勝利して海軍は水漬く屍なんて冗談じゃない。冬の小内海でどれだけ死人が出ることやら」

さすがに異論続出のようだから黒島にしては珍しく案を引っ込める。

「これが一番確実だと思うのですが。小内海さえ抑えれば通商破壊もよし、対地艦砲射撃もよし、皇都空襲も上陸作戦もお望みのままだ。
上陸を防げればそれでいいじゃないですか」

「確かに現実的ではあるがそれ故に受け入れがたいね。もう少し気の長い案はないのかな」

「私は、皇国軍が精強であることは経済的要因に拠っているものと考えます。無論その国民性なども考慮すべきですが金がなければ強力な軍を維持できないことは歴史的に明らかです。ですからその経済力を根底から突いてやればいいわけです」

山本の言葉に反応した経済学者に皆の耳目が集まる。

「具体的には?通商破壊もフェンダートの確保が大前提だ。云うまでもなく小内海に展開している潜水艦の母港はフェンダートなんだから」

「初動の失態でフェンダートを失っても私の計画ならば実行可能です。皇国が世界中を相手に交易をしていても、交易相手がいるから莫大な利益を上げられるのです。相手を全てつぶしてしまえば交易も何もあったもんじゃない」

言葉を切って続ける。

「まず陸軍がガルム大陸沿岸部を制圧します。レムリアから鉄道を引きながら前進していけばよろしい。ダルテッシュやローレシアにはネーデルランドから海底トンネルでも引いて軍と物資を運び込みます。ロディニア大陸も橋頭堡をいくつか確保しているのでそこから全域に勢力を伸張、そこから清華までこれまたトンネルを通します。これで列強とその衛星諸国は全て帝國の影響下に置けます。後は衰退していく皇国を傍観すればいいのです」

「おいおい赤松君、世界大戦でもおっぱじめる気かい?大体どれだけ時間を食うんだ?」

さすがの山本も赤松の正気を疑いかけている。

「40年間国家予算の5割を軍事支出にまわせば可能です。たとえ海軍が壊滅して小内海を奪われていても実行可能です」

「その間皇国が傍観しているとは思えんし、経済が持たない」

「8年目から帝國経済がマイナス成長に転じることも考慮しています」

「そして残るのは荒廃した4つの大陸と言うわけだ、もう少し現実的な案はないのかな。とりあえず議会でぶち上げて国民の支持が得られそうなやつだ」

「海空戦力をフェンダートに貼り付けて、とりあえず皇国がどんな艦隊を持ってきても上陸を許さなければいいかと。勝つ必要はないのですからじっとフェンダートにこもって損害をさけ、あとは消耗戦に持ち込めばいいかと思います」

「艦隊戦力をすべてフェンダートのエア・カバーの範囲内に留めておくのか。10日間でどれだけ集中できる?」

「一艦と一航艦をまるまる、あとは二艦と三艦の一部です。基地戦力としては3〜400機を投入できます。整備・運用面で支障がありますが一回こっきりの戦いならだましだまし運用できます。それ以降は補給部隊のピストン輸送になりますが制海権を失わなければ何とか」

「それでいこう。あさっての昼に議会でぶち上げるからそれらしく体裁を整えてくれ、どうせ潰されるだろうが海軍省の意見に首相が従わなかったと言う点が大事だ」


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