『ユフ戦記』33


混乱 3


昭和31年12月1日  金沢


「新堂中佐がお見えになりました」

従兵の声に我に返り、大沢は書類から顔を上げる。

「入ってもらえ。それから熱い茶を2つだ」

新堂は入室するなり形ばかりの挨拶を交わし腰掛ける。新堂とは転移直後、資源獲得に奔走していた頃からの付き合いだ。

「どうかな、君の聯隊は」

新堂はこの秋に、第九師団隷下の第九野戦重砲聯隊を任されたばかりだ。
帝國陸軍は全ての歩兵師団に重砲聯隊をつけているが、その装備はまちまちだ。
第九師団の場合九六式15センチ榴弾砲を64門与えられている。一昔前では聯隊としては破格の火力と言われただろうが、機甲師団に比べれば見劣りする。
資源地帯における魔物との戦闘や戦闘人員の削減により帝國陸軍は歩兵用火器の刷新を果たしたのに比べ新型重砲の配備は遅々として進まないのだ。

「なかなかのものです。射撃精度だけでみればかなりのものですが、悪路の行軍ということに関しては駄目ですね」

「そりゃあ仕方ないよ。牽引車で引っ張るんだから自走砲のようなわけにも行くまい」

「で、師団長閣下、我らが聯隊に何か問題でも?教導の連中が回ってくるのですか?」

「いや、上からは演習の準備をしろと言われている。大掛かりな演習になるからと念を押されたよ。君の聯隊にも早いうちに準備をしてもらおうと思ってね」

そいつは妙だな、師団単位の演習とは途轍もない金を食うものだ。よって年度ごとに予算割が決められ、全て事前の予定通り遂行される。
にも拘らず急な演習とは。

「我々だけですか?」

「いや、仙台の連中も引っ張り出されるようだ。大内海沿岸のどこかと言われているが詳しいことは。新堂君、どうにも寒さに強い連中が集められているようだ。おまけに糧食は本土から携行せよとのお達しだ。君は何を連想するかね?」

「その前に質問をお許しください。携行する物資はいかほどですか?」

「弾薬は三万五千トン、燃料は一万五千トンだ、食糧は540万食。無論わが第九師団だけで、だ」

帝國において、一個師団が一日活動するのに六万食以上の糧食が必要だが、演習であれば近隣の邦国から幾らか援助が出るはずだ。それなのに食糧も、とは。
そして、一個師団が攻勢に出る際、一日に400トンの弾薬と150トンの燃料が必要になると言われる。
演習に出向くのが第二と第九師団の寒冷地部隊と来て、突発的に大掛かりな移動となると新堂の頭には1つしか浮かばない。

「戦争ですね、それも相手は皇国です。食糧からして90日間、しかも演習にしては弾薬が多すぎます」

「恐らくその通りだろう。2週間以内に陸地から離れろとのことだ、二個師団に消耗物資をつけて船に乗せるなんてことは余程だよ。今頃上のほうでは船の手当てに奔走してるだろうよ」

「何も我々じゃなくてもいいじゃないですか。歩兵1個聯隊を欠いてその上機甲大隊の戦車だってオンボロですよ。近衛とか第三、第四、第七とかもっと充実したのがいるじゃないですか。精鋭ぞろいの第六でも」

「そう言うな、運悪く我々が即応状態だったんだ。耐寒装備は欠かすなよ」

「わかりました、私も軍人ですから。
しかし師団長閣下、自走砲を手当てしろとは言いませんなせめて牽引車はまともな奴を揃えてください。転移前の自動車なんて新品でも使い物になりません。
それと小銃です、いくら野戦砲聯隊だからと言って九九式はないですよ、いまどきボルトアクションだなんて。実際撃つかどうかは別にしても兵の士気にも関わります、突撃銃とは言いませんがまともな銃を支給してください」

「銃の訓練は?」

「兵のお守りみたいなものですよ。車に積んでいたら何かと安心ですから」

まあ少し待ってみろ、と告げ大沢は苦笑しながら電話機に手を伸ばす。

「ああ第九師団長の大沢だ。吉良君に取り次いでくれないか?そうだ、特務砲術科の吉良大将だ」

特務砲術科はちょっとした問題児だ。現在では一個師団を有するに至っているがそれに至る過程は陸軍にも漏れ聞こえてくる。

「貴様のところで腐らしている七式をちょいとばかしまわしてくれ。おいおい、特務の戦車を調達できたのは誰のお陰だ?うん?そうだ、よろしく頼むよ」

受話器を置いた大沢は新堂に向き直る。

「銃は何とかなる」

「車両はどうでしょう?」

抽斗から一枚の紙切れを取り出し新堂に渡す。

「岐阜日野の工場で車両が眠っているそうだ。200両くらい消えても参本は目を瞑ってくれるらしい。他には?」

「何から何まで有難くあります。ところで閣下、最近興味深い研究を目にしました。自動装填装置を備えていない師団砲兵の命中精度、発射速度とカレーの味、口にする頻度との間に幾らかの関連性が見られるそうです」

帝國軍は長期保存出来る戦闘糧食を装備しているが、90日間と言う期間を考えればバリエーションの少なさが気にかかる。新堂がカレー作りの達人であることは第九師団で知らないものはいない。

「シービーシーからボンカレーを15万食分調達している。のこりはヱスビーから30万食、カレーの王子さまだ。満足か?」

大沢は新堂の裏表を知り尽くしているのだ。

「は、閣下。あとは燃料焼夷弾を幾分多目に頂ければ満足であります」

新堂は色気のある敬礼を見せ部屋を後にする。
さすがにレトルトが嫌だの甘いのは嫌だのは言わない。大陸に5年も貼り付けられた某師団に比べれば遥かに恵まれている。(18ヶ月で師団は交代すると言う規定にも拘らずだ)
趣味で戦争をやっているわけじゃないんだ、多少の我侭は許されてしかるべきだろう。 新堂が満足げな表情を浮かべ司令部を後にしたのは、山本が日本を混乱に叩き落す45時間前のことであった。


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