『ユフ戦記』29


守るも攻むるもくろがねの 4

「大砲が海戦において重要な役目を果たしてきたことは、帝國の嘗ていた世界でも現在ある世界でも共通して認められる事実である。
しかし、嘗ての世界で大砲の登場から海戦の主役となるまでは300年以上待たなければならなかった。
青銅砲よりも性能は劣るものの安価で大量に装備できる英国製鋳鉄砲が登場したとき、英国王室の輸出規制にもかかわらず鋳鉄砲は欧州に広がり、欧州諸国はこぞって大量の砲を装備した戦列艦を建造した。そしてハリー・グレース・ア・デュ号、グラン・フランセ号、サン・ジョアン号、エレファンテン号が建艦史に名を残した。
その後のガレオン船の発達に際しても未だ接舷移乗戦術や体当たり戦術に執着する者がいた。イタリアやスペインの保守的な輩である。
しかし我ら栄光ある帝國海軍の師匠であるロイヤルネイビー改革委員会はこのように総括した。すなわち、『国王陛下の海軍のおおいなる優位は各艦に耐えうる最大限の砲を割り当てることで注意深く維持されなくてはならない』と。
先見性のあるロイヤルネイビーが海戦の主役が大砲であることを宣言したこの日より、彼らは砲力と艦の安定性、機動性の調和に没頭した、
それから丁度333年後の今日、栄えある帝國海軍は一隻のくろがねの城をその艦艇簿に付け加える。
艦の名は信濃。
有史以来、砲力と機動性がこれ以上の次元で調和した艦を私は知らない。
そして、我々はなお歩み続ける。進歩的な我が海軍は、砲力と機動性の更なる高い調和点を探り続けるのだ」

昭和31年8月15日 内閣総理大臣 嶋田繁太郎


昭和31年11月29日 帝國本土近海・小笠原沖

「逆探に感あり」
「敵味方信号に応答無し」

報告が矢継ぎ早に司令塔にもたらされる。

「よろしい、正体不明艦を敵艦と認定する。砲戦準備かかれ」

井上三郎に出来る指示はそれまでだ。
彼がいかに将官であるとはいえ、戦隊司令は艦の乗組員に直接指示する立場にはない。 あとは井上の指示を受けて艦長が行動するのみだ。

「捜索電探、位置知らせ」

大井の声が響き渡る。
彼はこの最新鋭艦に艤装委員として付き合い、そして艦長としてこれまで鍛え上げてきた。
その成果を海軍首脳の眼前で見せてやるのだ。
大井に反応し昭和28年式2号捜索電探が出力410kWで周波数200MHzの電波を飛ばす。
捜索範囲は実験で160海里以上であることが判明しているが、相手が艦艇であればその範囲は限定されてくる。
観測機を飛ばせばいいじゃないかという意見もあろうが、今日最初の演習は発見から射撃にいたるまで全て電探を用いることになっているのだ。
円形の表示機に示された電子的痕跡を人間が知覚可能な情報に変換され情報がもたらされる。

「左舷60度、距離41,000」射撃準備に掛かる場合は、混乱を避けメートル単位を用いる。

捜索電探の示した数値だが、そこまで外れていないはずだ。大体40000前後と見てよい。 どうだろう、やってやれないことはないのだが命中は期待できない。大遠距離射撃は可能であり、それを目的に建造された面もあるのだが1対1という状況では距離を詰めてもよさそうだ。

「大遠距離射撃は出来れば避けたい。面舵」


撃たないのですか?41,000ならばこの艦の主砲射程内とお聞きしましたが」

司令塔にいる井上や大井から離れた場所、昼戦艦橋で海軍首脳陣に混じって突っ立ている男が声を上げる。
急造の第一種軍装で小太りな体を包むこの老人は海軍部内ではそれなりに有名な存在だ。
『比叡おじさん』と呼ばれるパッツィ家前当主がここにいるのはさして奇妙なことではない。
かつてボルドー沖に比叡がその勇姿を現したとき以来戦艦マニアとなった比叡おじさんは様々な贈り物を帝國海軍に贈りつけてきた。
比叡の乗組員へは帝國国内では入手困難な様々な高級酒や嗜好品を贈り、新戦艦が竣工するたびにどこから聞きつけたのかレリーフや純金製の縮小模型を艦長宛に送りつけてくるのだ。
ボルドーにおいても海軍軍人に様々な便宜を図ってきた比叡おじさんの夢は『死ぬまでに一度でいいから比叡に乗りたい』というものであった。
しかし夢破れ、比叡が帝國海軍の艦籍簿から消え去ったときの彼の落ち込みようといったらボルドーから半径100キロ以内に住む人間であれば誰でも知っていることだった。 しかし、老齢のためか体調を崩し帝國医学でも余命半年と宣告されたとき、帝國海軍は彼への恩返しを見せた。
絶対に見聞きしたものを口外しないこと、見学後は海軍病院で療養し、死ぬまで帝國本土から出ないことを条件に彼は演習中の最新鋭戦艦に乗り込むという栄誉にあずかっているわけだ。

「確かにそうです」

パッツィの質問に答えるのは上村少佐だ。
山本・山口一党である彼だが、GF長官附といっても大してなすべきことはない。
今日はその時間の持余し振りを買われて老人の相手をする役目を仰せつかっている。


「では威力が足りないのですか?」

「いえ、十分です。どのような艦を想定するかで話は変わってきますが、戦艦の主砲とはある距離を越えたときから射程距離が伸びるとともに威力が増大します」

「大落角弾の威力ですな」

隣から地鳴りのような、くぐもった声が割ってはいる。
声の正体はこの世界においても低いとされている日本人男性平均身長よりもさらに低い躯と無精髭が特徴的なドワーフ達、その一員である。
彼らはこの戦艦の建造に多少なりとも関わっているのだ。
特に砲弾に使用する高比重金属に関して彼等の協力なくば、恐ろしく高価な砲弾になっていただろう。軍令部が一式徹甲弾よりも重く、それでいて同じサイズの砲弾を求めたからだ。
特に終末弾道の安定を考えれば軍令部の考えも理解できるのだが、1トン半を超える砲弾にそう高価な金属は使えない。対戦車砲弾とはわけが違う。
そこでドワーフやダークエルフに教えを請いに行ったのだ。安くて使い勝手のいい高比重金属はどうしたら手に入りますか、と。

「ええ、本艦の主砲―弐拾七年式50口径46センチ砲―は1,675kgの徹甲弾を初速790m/ secで投射します。これは、射距離40,000において355mm以上の水平装甲を貫通するに足る能力です」

大和の同距離における水平装甲貫通能力が310mm前後であることを考えれば、長砲身、大重量弾のもたらす利点がお分かりいただけるでしょう、そう上村は付け加える。上村は航空主兵者であるが、戦艦が嫌いというわけではないのだ。
確かに45口径46センチ砲よりも浅い撃角でその威力を達成しているのだから、威力だけで見れば大したものである。
が、同時にこうも思う。
大和の主砲に代わってこの砲が世界最強の艦載砲になって3ヶ月と少し。呉で起工されたという511号艦が就役するまでのわずかな間であろうが、それまでは世界最強でいられる。
そしてその後は?
更なる巨艦が設計途上にある。
もう歩みを止めてくれる隣人はいない。どこか予算的・技術的限界にぶち当たらない限りその流れは止まらない。
一体どこまで突き進むんだ?航空機の発達やら軍縮やらで米国が戦艦を造り続けていないかも知れないじゃないか。


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