『ユフ戦記』28


守るも攻むるもくろがねの 3

昭和21年11月3日                 発 軍令部   宛 艦政本部

5月の内示にあるように、次期主力艦の起工時期は昭和25年度まで遅延をきたすことになれども、各員新戦艦建造に備え研究に励んでいただきたい。
軍令部は新戦艦に以下の要望を付す。

@米高速戦艦に対抗可能な主力艦(注1)
金剛級が予備艦となった今、わが海軍は艦隊決戦においてBB61級の浸透突破ならびに補助艦艇への後方攪乱という危機に直面している。
これに対して軍令部は、米高速戦艦への対応可能な速力を備えた高速戦艦を可及的速やかに欲する。
第一義的に速力、次いで主砲交戦距離においてBB61級に対抗可能な防御力、火力の順に求める。BB67級へ対抗可能な火力は求めない。
就役時期は昭和28年内に4隻の就役を求める。

ABB67後継艦級およびその後継艦へ対抗可能な主力艦(注2)
火力・防御力・速力全てにおいてBB67後継艦級に優越すること、ならびに本級が就役にいたる段階で既に登場していると思われる米新造戦艦に対抗可能な高速戦艦。
昭和30年までに4隻以上を就役されたし。
以上二種類の主力艦の研究を艦政本部に求める。


昭和21年12月10日                 発 艦政本部   宛 軍令部

軍令部に対し当方の所感を述べる。

@BB61級に対抗可能ならしむため以下の要目で検討に入りたい
基準排水量 35,000トン
兵装    50口径16インチ砲9門
速力    33ノット
防禦    25,000m〜35,000mにおいて自艦の主砲弾に耐えうること

A米新造戦艦に対抗可能な戦艦に関して以下の要目で検討に入りたい。
基準排水量 62,000トン
兵装    45口径18インチ砲9門
速力    30ノット
防禦    20,000m〜30,000mにおいて45口径18インチ砲の直撃に耐えうること
Aに関しては大和級の機関を換装し若干の改正を施すことで建造可能。機関の小型化ならびに副砲の撤廃により大和級よりも小型化しうる。
軍令部の返答を待つ。


昭和21年12月24日                発 軍令部   宛 艦政本部   
         
艦政本部は主力艦の何たるを理解していない。
@に関しては舷側防御が極めて脆弱であり、海戦において距離を保つ牽制役を果たすべき高速戦艦である点を考慮しても及第点を与えられない。艦政本部の提案通りに建艦すれば、本級は極めて限定的な場面でしか使用できずその戦術的価値はあまりにも低いといわざるを得ない。
速力と砲力に関しては及第点を与えられる。
Aの艦政本部案に対して、軍令部はこのような提案を呑むことは出来ない。砲力・防御力・速力全ての点で全く同意できない。大遠距離砲戦、中距離砲戦双方において米新造戦艦に対抗可能な火力ならびに防御力を要求する。また、20インチ級の主砲搭載艦との交戦を考慮し、装甲貫徹可能距離に速やかに詰め寄りうる速力を求める。
艦政本部の再検討を要求する。


昭和22年1月11日                  発 艦政本部   宛 軍令部

海軍大臣通達により軍令部要求@に基づく計画艦を仮称300号艦級、Aに基づく計画艦を仮称400号艦級と呼称する。
先日の軍令部意見に関して艦政本部は以下の点で意見の一致を見た。
@仮称300号艦級の防御力・速力を向上させることに関しては十分な予算を与えられるならば実現可能。
Aしかしながら、@を実施した場合排水量の飛躍的増加と建艦期間の長期化は不可避的。昭和25年内に起工した場合でも昭和28年まで全艦就役は不可能。
B仮称400号艦級に関して、軍令部の要求を満たすためには排水量の増加は避けられず、ドワーフからの技術移転を利用してなお、基準排水量は少なくとも70,000トンに達する。
C45口径18インチ砲よりも大威力の主砲を装備するには50口径18インチ乃至45口径20インチ砲を実用化しなければならない。高い砲身精度が要求され、新型砲弾の開発と合わせて多額の予算と研究期間を要する。
D以上より仮称400号艦級を起工可能ならしむには甲号船渠の整備される昭和27年以降まで待たなければならず、本級の就役開始時期は昭和31年まで遅延する。
軍令部の返答を待つ。


昭和22年1月25日                  発 艦政本部   宛 軍令部

以前軍令部より依頼のあった次期主力艦の搭載主砲に関する概容を纏めたので一読されたし。
別紙1に砲身製造費用の概算、別紙2に各砲弾製造費用の概算、別紙3に砲身生産移行までの期間を添付した。
使用砲弾は全て新開発のもの。
なお標的装甲は全て炭素浸透における表面硬化装甲を想定。
(略)
以上を総括すれば45口径砲と50口径砲を比すれば、ほぼ全ての砲戦距離において50口径砲の貫徹能力が優越し、十分な砲身精度が確保しうるならば同一距離における命中率も50口径砲が若干優越する。他方、砲身寿命は2割程度減じざるをえず。
50口径砲においても軽量砲弾は近距離砲戦時に舷側への貫徹力に優れるも中距離では重量弾と大差なく、落角の大なる砲戦距離においても高い舷側装甲貫徹力を維持するも甲板打撃の有効性に疑問符をつけざるを得ない。対して重量弾は遠距離における効果が顕著であり、高初速故の弾道不安定を惹起せず、弾長増大による終末弾道への影響も非鉄高比重金属の一部使用により解決しうるがその際の弾丸単価は高騰の可能性あり。


昭和22年2月25日                 発 軍令部   宛 艦政本部

先日貴方から送付された書簡は大変有意義なものであった。今後とも新型主砲の研究・開発に邁進されたし。研究・開発予算は問わない。
先月11日、25日の貴方からの連絡を受け、軍令部は次期主力艦に以下の性能を要求する点で一致した。なお、これは軍令部・GFの総意である。

仮称300号艦級
兵装 50口径16インチ砲10門以上
速力 35ノット
防禦 20,000~30,000メートルにおいて自艦の主砲弾に耐えうること
   炸薬量300kgの魚雷に対して、片舷4本受けても戦闘行動を続行しうること。

仮称400号艦級
兵装 50口径18インチ砲8門以上
速力 33ノット
防禦 20,000~35,000メートルにおいて自艦の主砲弾に耐えうること
   炸薬量400kgの魚雷に対して、片舷5本受けても戦闘行動を続行しうること。(注3)


昭和22年3月2日                  発 艦政本部   宛 軍令部

貴方の要求を受け入れれば、艦型肥大、建造費の高騰を招くことは確実である。防禦要目に関しても、従来の設備で要求を満たす鋼板を製造するのは困難。仮称400号艦級の速力は達成可能と見るが、艦政本部は排水量の増大を抑えるために30ノット程度の艦を提案する。仮称300号艦級の速力に関しては再考されたい。


昭和22年3月10日                 発 軍令部   宛 艦政本部

主力艦はあらゆる状況に投入しえる物でなければその戦略的効果が大きく削がれる。そのために、今後の主力艦には砲力、防御力、速力が高い次元で調和せねばならない。単一目的にのみ投入しうる巡洋戦艦、低速戦艦を軍令部は求めていない。
なお、対米戦研究会の報告によれば、米国は以下の性能を持つ主力艦を昭和30年頃に4隻程度就役させる見通しであることもあわせて通知する。
BB70?級(注4)
基準排水量  70,000〜80,000トン
主砲     45口径18インチ砲12門 
速力     27〜30ノット
早急に基本設計案を提示すべし。


昭和22年5月27日                  発 艦政本部   宛 軍令部

軍令部の要求に対して以下の基本設計案を提示する。
      
仮称300号艦級
基準排水量 52,500トン
兵装    50口径16インチ砲 三連装四基
速力    33ノット
機関出力  238,000馬力

仮称400号艦級
基準排水量 86,000トン
兵装    50口径18インチ砲 三連装三基
速力    33ノット
機関出力  306,000馬力

艦政本部では技術的見地から仮称400号艦級の排水量を80,000トン程度に抑えたい。


昭和22年6月13日                 発 軍令部   宛 艦政本部

仮称400号艦については概ね賛同しうる。工期、建艦の技術的課題を研究されたし。今後の重量軽減策は追って共同で検討したい。(注5) 仮称300号艦級については、砲力、排水量が過剰。45,000トン、主砲10門に抑えられたし。速力も35ノットを希望する。


昭和22年7月16日                  発 艦政本部   宛 軍令部

仮称300号艦級について以下の艦型を提示する。
甲案 三連装二基 連装二基
可もなく不可もなく、砲塔の製作もさしたる困難なし。

乙案 連装五基
砲塔の製作は容易。但し、艦の長大化、防禦重量の増加は避けられず。
 
丙案 四連装二基 連装一基
防禦重量面で最も有利。重心低下にも効果大と認む。ただし四連装砲塔内の機構に関して艦政本部内で不安視する向きあり。
なお、連装砲塔重量は1156トン、三連装は1561トン、四連装は2090トンとの試算あり。艦政本部は甲案を推す。


昭和22年8月3日                  発 軍令部   宛 艦政本部

軍令部としては丙案が望ましい。
仮称300号艦級は主力艦建造再開後速やかな起工と竣工を求めており、搭載機関も早期に選定していただきたい。この件に関して、出力の向上ならびに軽量化に繋がりうる軍令部提案を添付する。


昭和22年9月14日                  発 艦政本部   宛 軍令部

再検討の結果、艦政本部が検討しうる仮称300号艦級の概容は以下の通り。
基準排水量 46,500トン
兵装    50口径16インチ砲 四連装二基 連装一基
速力    33ノット
機関出力  210,000馬力
防禦    舷側装甲 365ミリ(傾斜角20度) 水平装甲 185ミリ


昭和22年10月7日                 発 軍令部   宛 艦政本部

再三の要望にもあるように、仮称300号艦級の35ノットという速力要求は国防上の一大事に関わることであり、米高速戦艦を捕捉できなければその存在価値は一挙に低下する。
技術・予算面を口にするが、戦艦建造に予算の二文字はない。
ただし使用船渠の関係から45,000トンに押さえるべし。(注6)


昭和22年12月13日                 発 艦政本部   宛 軍令部

40,000トンを超える大艦で新型機関を使用せよとは軍令部は危険について如何に考えているのか。(注7)


(注1)後の高千穂級
(注2)後の信濃級
(注3)400号艦級における軍令部の防禦要求は過剰といってよい。これは近い将来米国が20インチ砲搭載艦を就役させると見ていたからである。
(注4)対米戦研究会の妄想の産物
(注5)航続力の減少ならびに副砲の撤廃、防禦要綱の一部見直しによって排水量を軽減させたが、それでも基準排水量は81,000トンに達した。
(注6)50,000トン以上の戦闘艦艇を建造する甲号船渠は全て後継艦のため使用される予定であり、民間造船所は航空母艦が発注される予定であった。
(注7)艦政本部の懸念は的中することになる。


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