『ユフ戦記』25 


劈頭 5

「直援隊、突破されました」

数から云っていずれ突破されると思っていたが、余りにも容易く直援隊が駆逐されたことは衝撃を持って迎えられた。

「5001号艦級があれば」

幕僚の声が隼鷹の艦橋に木霊する。今更なにを、という声も出る。
帝國海軍士官たるものが、計画中止された母艦の名を唱えるなど何とも見苦しいが、周りは彼の心情を理解は出来ていた。

帝國の政治体制が変革され内閣の力が拡大された昭和二十年、新たな内閣のもとで第一次中期国防戦力策定案が作られた。
転移によって跡形もなくなった第五次艦船補充計画(D計画)、そして護衛艦艇と急造商船に振り回されたE計画。未だ商船の数は揃っておらず、護衛艦艇も十分とはいえないがとりあえず先の見通しが出来るようになった昭和二十年の計画は後にF計画として具体化するのだが、その中に5001号艦級と言われた航空母艦があった。

転移後に竣工した大型艦は大和、武蔵、大鳳、翔鳳と重巡一隻のみ。当初のC〜D計画に夢想されたような姿はなく、小型艦ばかりが竣工してきた。元の帝國海軍に立ち直るべく、そして対米戦に備えるべくF計画が提出されたとき、航空主兵者は「空母汎用論」を持ち出し、多数の中型空母を要求した。
内閣と議会の了解を得た計画は、二隻の装甲巡洋艦(後の浅間級)と四隻の空母を昭和二十年から建造しだし、昭和二十八年までに全艦就役させ、さらに四〜八隻の空母を追加建造することも視野に入れられた。これが5001号艦級である。
昭和二十一年中に一番艦を起工すべく飛龍をベースにした図面が引かれ、昭和二十年に先行量産型二隻分の予算が下ろされた。
しかし計画は突如中止に追い込まれる。中止を言い出したのは国民でも議会でも陸軍でもなく、身内の海軍内部からだった。

戦艦派からは、『空母十隻に及ぶ乗組員をどこから確保するのか、大体正規空母の艦長ポストが戦艦の艦長ポストより多いなんて莫迦なことがあるか』と云われ、各方面艦隊からは『ウチの基地航空戦力を削減しないでくれ、ただでさえ搭乗員が足りないのに』と泣きつかれ、航空主兵者からは『いまさら軽防御の母艦はないだろう、少数でもいいから重防御母艦が欲しい』と云われ、計画はいつの間にか立ち消えた。
5001号艦級六隻分の予算が流用され、翔鶴級の改装と浅間級二隻の追加建造がなされたが、その後帝國海軍は新たな正規空母を竣工させていない。
もしF計画が順調に進捗したならば。

少なくともこれまでに十二隻の中型正規空母が海軍に加わり、第十六艦隊にも二から四隻配備されていたはずだ。幕僚の愚痴にはこういった経緯があり、確かにそうであったならば斯くも容易く直援隊が突破されることはなかっただろう。(帝國海軍では正規空母にはなるべく新型の機体を搭載する事になっているからだ)
しかし現時点では妄想の域を出るものではなく、彼らに与えられたのは客船改造の準正規空母であり、それに対する不満を述べたいのであれば生きて帰らなければならないのだ。

「我々は与えられた戦力で最善を尽くすだけだ。全艦隊、全兵器使用自由」


自らに降りかかる災厄を振り払うべく、最初に蒼空に向け鉄と火薬を打ち込んだのは艦隊最外縁部の桑だった。
松型簡易駆逐艦として建造された彼女は、竣工当時の昭和十九年において海軍でそれなりの評価を得ていた。
当時高角砲を装備していた駆逐艦が少数にとどまっていたためであるが、昭和三十一年現在聯合艦隊から外れて方面艦隊に回されていることから今の松型の評価が分かろうというものだ。
彼女はいまや骨董品の域に達した三門の八九式四〇口径12.7センチ砲を振りかざし、上空を通過して空母に向かう敵編隊に機械文明の洗礼を毎分42回浴びせ掛ける。(無論機銃の射程外)電探を備えているとはいえ射撃装置と連動はしておらず、技本で開発が進められている近接信管とは縁のない方面艦隊所属艦の挙げた敵2騎撃破という戦果は褒められて然るべきだろう。彼女が出来ることはそれまでだった。

海上から伸びる火線がロイの眼にはいる。どの道真下の艦を避けても別の艦が担当している区域に突入することになるのだから、皇国軍は最短距離を突っ切る。
彼女の左前方に光が点り、そこからさして離れていない新竜の障壁が発光する。至近弾を喰らったのか、貴重な対艦弾を投棄して引き返してゆく。
小うるさい敵艦の射程を脱するまでもう一騎が至近弾を喰い、血飛沫を上げながら海面に吸い寄せられていった。
単艦で二騎撃破。
皇国人は帝國と出会うまで大砲で竜を撃墜するなど荒唐無稽だと思っていたが、帝國はそれを成し遂げている。それも、真下の艦は恐らく旧式艦だろうというのに。


帝國母艦と攻撃部隊の熱い逢瀬を邪魔しようとする護衛艦艇群は、母艦を中心に半径700フィフィクほどの輪形陣を形成して待ちうけていた。
全く、皇国では子供の逢瀬を邪魔するのは無粋な親のすることとされているのだが、帝國はずいぶんと過保護だ。
2騎の先導騎に率いられた164騎の内、爆装して母艦を離れたのは102騎。3騎が不調で引き返し、4騎が敵機械竜に喰われ、また2騎が敵艦の対空火器の前に脱落していた。レイとその部下は二個士隊24機、一騎も欠けることなく着いて来ている。果たして無事投弾できるのは何騎か。
前方でモリスデン十竜長の二個士隊が降下態勢に入っている。皇国航空戦力の基本的な対艦攻撃手段は急降下爆撃なのだ。ユウジルド製の対艦誘導弾を搭載するという案もあったが、重量・価格・性能を考慮した末に却下され、売り込み用にユウジルドが持ち込んだ誘導弾は母艦の倉庫に眠っている。


輪形陣に接近してから、モリスデン隊の最大の障害になったのは六隻の望月級防空駆逐艦だった。
搭載しているのは松級と同じ高角砲であるが、それを連装で四基、二基の射撃電探と射撃指揮装置で管制して、二隻の重巡や他の駆逐艦よりよほど正確に23kgの対空砲弾を打ち上げてくるが、いかんせん皇国の新竜のような高速飛翔体を射撃するには初速720mというのは低すぎた。初速が上がれば弾道は安定し、射程は伸び、より早い段階から射撃できるのだが、望月級より有力な防空艦は方面艦隊には配備されていない。そして同じ望月級でも就役時期の違いにより電探、射撃指揮装置に差異があり一律に正確な有効弾を送ってくるわけではないが、一隻あたり最大112発/分に達する火力がもたらす弾幕の濃さは腐っても帝國軍というべきだった。
早朝の清涼というには冷たすぎる大気を硝煙で汚染し、鉄片を撒き散らして攻撃隊の進路を阻む帝國艦隊だが、皇国の竜は帝國人の予想を上回る防護障壁の頑強さを見せ付け、モリスデン隊は3騎が投弾を断念し一足先に安全圏に帰るも、残存騎は飛鷹を攻撃するための位置につくことに成功した。
二手に分かれたモリスデン隊は1500フィフィクの高度から次々と死を招く降下に入ってゆく


左右から包み込むように飛鷹に飛び込んでゆく彼らは、対空射撃のお陰で5騎が射点を外しあらぬ方向の海面に水柱を立たせ、内1騎が障壁を砕かれ竜の断末魔の叫びを残して海面に吸い込まれてゆく。結局16騎が射点を確保し、投弾を実行した。
爆撃用の照準器などという洒落た物を持ち合わせていない皇国軍だが、その必要はない。敵の火砲を避け、最適の態勢を整えて、攻撃目標を竜に指示すればそれでよい。急降下に入って竜士に出来ることは降下姿勢を維持するか投弾を中止して回避行動をとるぐらいのものだ。後は竜が命中させてくれる。人間が竜を操って爆弾を命中させるより、竜が我が身で狙いを定めるほうがよほど正確なのだ。
低空で一挙に翼を逆立てて減速し、海面への激突を避ける彼らが注視する中で回避行動をとる飛鷹に吸い込まれた参弐七年式125テルト(約337,5kg)対艦落下弾は九発だった。

最初の2発が虚しく水柱を上げ、状況を知りうる帝國人を安堵させた後、最初に災厄に見舞われたのは飛鷹の艦首部分だった。
飛行甲板最前部の第一滑走制止索あたり、やや左寄りに着弾した125テルト弾は飛行甲板をやすやすと貫通し、前部揚錨機室を貫いた後に錨鎖庫でその内部に蓄えられた34テルトの魔法硝石を熱量に変換した。
帝國流に書き表すならば、爆速8,700 m/sec、熱量/質量比5,233 kJ/kg の力を秘めた魔法硝石はその威力を遺憾なく発揮し、飛鷹の左舷前部を内側から突き破った。直径1メートル半ほどの破孔から摂氏4度の海水が流れ込み、辛くも爆風を逃れた幸運な者達を応急措置に駆り出すことになった。


その直後に左舷後部に命中した一発は信管が不良だったのか着弾の瞬間に爆発し、回避行動中にもかかわらず必死に発艦させようとしていた整備兵もろとも3機の烈風を吹き飛ばして後部昇降機を使用不能にし、破片をあたりに撒き散らした。
その後至近弾が左舷付近に着弾し、オンボロの25ミリ機関砲に取り付いていた射撃手の胸を破片で砕き、余った破片でその隣にいた分隊長の左目と顎を砕いた後に最も大きな破片を腰に当て、彼の上半身と下半身に永遠の別離とは何たるかを教育した。
そして三発目の命中弾は艦中央部、艦橋の左よりに着弾し、飛行甲板に小さな穴を開けて上部格納庫に突入、そこで炸裂した。
爆発の衝撃は水平方向だけでなく垂直方向にも波及し、彼女の飛行甲板に大きな隆起をもたらした。その直後に5番高角砲付近に発生した命中弾がもたらした影響を考慮すれば、発着艦を行うには最低三週間の修理が必要であった。
即ち、それは彼女がこの戦場において母艦としては役立たずに降格したことを意味する。

五発目は右舷上空から61度の落下角を持って後部昇降機付近の舷側に命中、外板を突破して25ミリのDS鋼板を貫通して後部高角砲弾庫付近で炸裂した。
周りの可燃物を燃やし、密閉された艦内の酸素を消費し、その独特の空気の流れを利用して火災を拡大させる。即座に艦の命に関わるものではないが、速やかに鎮火せねばならないことは確かだった。

六発目も同じく後部に弾着、信管の調整を誤ったのか、飛行甲板を貫き、運貨船格納所、兵員室に達しても炸裂せず、舵取機室でようやくそのエネルギーを開放した。そのエネルギーは艦尾を破滅的な状況に追い込み、舵を根元からへしゃげさせ、2つある直径5500ミリのプロペラのうち片方を使用不能に陥れた。
艦内のいたるところで火が上がり始め、消火をしている横から新たな命中弾が発生する。
もはや皇国の竜が投弾を外している様を見ていちいち手を叩いている余裕は飛鷹の艦上からは消えていた。
さらに三発が彼女に命中することになるが、それを待たずとも彼女がこの異郷の海で艦歴を終えることは誰もが予感できることであったが、波間にその巨体を没するまでにいくばくかの猶予が与えられたことは八百万の神々に感謝してしかるべきであろう。隼鷹の幕引きに比べれば運に恵まれていたといってよいからだ。


旗艦たる隼鷹は飛鷹への初弾命中から220秒後に命中弾を受ける。
隼鷹への最初の攻撃を指揮したのは竜巣母艦リセルロードに所属するレンダース央騎竜士であった。士隊の指揮官階級である央騎竜士が二個士隊を統率しているのは彼女の上官たる十竜長が体調不良のため母艦で予備隊と共に残っているからだ。

彼女は先導の6騎に深い降下角を採らせ、新竜の降下限界速度に挑むよう指示した。
75度という(対艦攻撃としては)常識外れの降下角をとった6騎は高度160フィフィクで腹の重たい荷物を切り離し、海面への激突を避けるべくあらゆる方策を採り始める。時速800キロ近い速度で突入してくる6発の125テルト弾は海面を這い進むものに回避の機会を与えない。
大降下角、高速度がもたらす様々な危険と命中率の低下を覚悟してまで行われ、結果的に3発が命中したこの試みは後に高く評価される。
隼鷹のような目標であれば、弾着角と信管を綿密に設定すれば飛行甲板から機関室まで貫通させることも不可能ではない。しかし近衛艦隊の目標はあくまでも第一航空艦隊なのだが、その装甲化された飛行甲板を125テルト弾で貫けるかは未知数だった。いざとなれば200テルト弾の使用も可能だが、その大重量がネックになる。
その意味でレンダース央騎竜士の採った実験は、ひとつの解答となりうるものだ。

隼鷹への初弾は飛行甲板中央、艦橋よりやや後ろの第5横索付近に傷跡を残し、二層の格納庫を貫いてボイラー室で炸裂した。
6基の三菱水管罐の内2つが使用不能に陥り、残る機関室も蒸し暑い中被害極限作業に追われることになる。
続く3発は水柱を上げるにとどまったがもう1発の命中弾は、隼鷹に破滅的な影響をもたらした。落下角74.6度、終末速度803km/hで突入してきた125テルト弾は後部昇降機と六番高角砲の間を浸透突破、初弾と同じように二層の格納庫を貫いた後タービン室付近でエネルギーを開放した。この一撃が左舷後部を内側から破壊し、2000トンに及ぶ海水を艦内に導いたことはさしたる問題ではない。これがもたらしたタービンの使用不能と初弾のもたらした影響の結果、自力航行が不可能になったということが隼鷹の死を早めた。

隼鷹の艦橋で彼が被弾に気付いたのは午前七時三十九分のことだった。この海域における帝國海軍最上級指揮官である彼は、まことに帝國海軍軍人らしく、その時刻を正確に記憶していた。彼は、初弾が機関室に打撃を与えたという報告を受け、また数発の至近弾の後に直撃弾を受けたことも記憶していた。
時計を見れば、午前七時四十六分。五分ほど気を失っていたことになる。

何が起こったのだ?周りは焦げ臭く燻され、照明も一部不具合が生じているようだ。 とにかく落ち着かなければ。海軍士官たるもの冷静たれ、だ。
懐に忍ばせてあった紙巻に手を伸ばそうとする。拿捕した交易船から巻き上げたローレシア製の上物だ。
おかしい、何故か上手く掴み取れない。左手に切り替えて一本つまみ、火をつける。妙に紙巻が湿り火がつかない。数瞬オイルライターで乾かし着火する。
肺に紫煙を取り入れようやく冷静な判断を下せるようになったようだ。
数分前まで幕僚の喧騒に包まれていた司令部は奇妙な静寂に包まれている。
「状況を報告せよ」
自分の声が司令部に虚しく木霊するのを耳にして訝しがる。全く連中どこに行ったのだ?応急指揮は結構だが参謀の本職ではないじゃないか、司令部に何人か残してくれてもいいのに。
ふと彼の視界に赤と白のコントラストが映し出される。
おいおい、誰だこんな所に麻婆豆腐なんか置いたのは。それにしても随分赤いな、ここまで本格的だと味見してみたくなるじゃないか。手を伸ばそうとしてふと考える。
そういえば俺の右手はどこに行ったんだ?やむなく左手で掬ってみるがまだ生温かい。
おかしいな、辛味を感じないぞ?香辛料をケチるほど海軍は困窮していないんだが。
それにしても熱くなってきたじゃないか。作戦室に赤い光が差し込んでくる。光源は羅針艦橋のようだ。
おかしいな、まだ七時半だぞ、夕焼けには早すぎる。


炎に包まれた艦橋の一角、4発目の直撃弾がもたらした破片と爆風の通りすぎた作戦室で彼は誰のものとも知れぬ血に塗れた細巻を銜え、弾片で割られた航海参謀の頭蓋に手を伸ばし、茫洋と佇んでいた。


足を失った隼鷹に何発の命中弾が発生したのかは定かではない。
帝國に残された資料では16発とされ、皇国の公刊戦史では14発の直撃弾を得たとしている。
確実なのは二個分隊(6騎)の攻撃で3発の直撃弾を受けたこと、そして最初の直撃弾発生からレンダース隊の全騎が投弾を終える150秒ほどの間に隼鷹は幾度かの誘爆と延焼を繰り返し、その醜く変わり果てた姿を見せたくないのか煙で全身を覆い尽そうとしていたことである。24騎の攻撃で14発、六割近い命中率は奇跡的と言ってさえ良い。
もはや過保護な帝國艦艇といえども彼女たちの世話に掛かりっきりでいられるわけではない。さらに三個士隊が止めを刺した二隻の母艦が戦闘力を喪失したのを確認した皇国軍は、残存兵力で護衛艦艇への攻撃を開始したからだ。
艦隊決戦への未練が捨てきれないと見えて未だ魚雷を積んでいる艦は、魚雷の秘めた威力を誘爆という形で体感することになる。それでも寒海に投げ出された搭乗員は彼らにとって宝玉にも等しい存在であり、帝國艦艇は降りかかる火の粉を払いつつ漂流者の救助に奔走する。
いまや帝國艦艇の打ち上げる鉄と火薬の洗礼は弱弱しく、竜が我が物顔に飛びかよっている。黒煙を上げる帝國艦艇の上空を竜が勝利の凱歌を歌いながら舞い踊る様は誰が勝者かを全ての帝國将兵に教え込むものだった。

皇国水軍近衛艦隊と帝國海軍第十六艦隊による史上初の機動部隊決戦が終了したのは午前七時五十六分。皇国水軍が未帰還11騎、負傷17騎という母艦兵力一隻分の損害と引き換えに勝ち得た戦果は満足すべきものと云って良い。
しかしこの事実が公表されることはなかった。お世辞にも戦争資源が有り余っているとはいえない皇国にとって、戦果の対外的公表すら帝國との交渉材料に組み込まれる。帝國本土で騒ぎになるのは見えているが。


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