『ユフ戦記』23


劈頭 4

最初の異変は午前七時過ぎのことだった。
夜明け前の皇国軍の偵察飛行を受け、全周警戒を実施した第十六艦隊(正確に言えば第十六艦隊はフェンダートを中心とする帝国海軍部隊を総括する概念であり、隼鷹を旗艦とする艦隊はそれに属するものに過ぎない)に『デラウイ島根拠地ニ異変ナシ、母艦四隻在泊』との報告がもたらされ、艦隊に安堵がもたらされた直後だった。
夜明け前に定時哨戒に出た彗星のうち一機が『ワレ大編隊ノ攻撃ヲ受ク』との通信を最後に消息を絶ったのだ。

 全く予想もしない方角での異変、
慌てて直援戦闘機隊を発艦させた第十六艦隊の輪形陣外縁に属する桑が、その電気的な触覚で艦隊に向かって飛来する編隊を捉えたのは午前七時二十三分のことだ。
松型駆逐艦に分類される彼女は直ちに十五浬後方の旗艦に知らせを入れる。

「桑から入電、真方位320より大規模編隊が接近中、距離は輪形陣中心から六十浬」

第十六艦隊旗艦隼鷹の艦橋は動揺を隠せない多くの者と表面上は冷静さを保つ者が入り混じっているが、兎も角一機でも多くの戦闘機を上げねばならない。
現在直援に出ているのは30機余り、小国相手なら万全の体制だが列強相手では不安を覚えざるを得ない。

「速度は?」
「300ノット以上としかいえません」
もし連中に攻撃の意志があれば10分程度で隼鷹の真上に姿を現すわけだ。
航空参謀が「連中はどこから沸いてきたのか」などと尋ねる中、それ以上の情報を持っていない通信士官としては苦笑しながら次の質問を待つ。

「上からは何も連絡はないか?宣戦布告はあったのか?」

「ありません。今から皇国の駐レムリア大使に問い合わせるそうです」

「司令、いかがしますか?」
航空参謀が尋ねる。公式には未だ戦争状態に突入していないから、迎撃してはいかがなものか、という問題が存在するのだ。
「全力でやれ、殴りかかってくる相手に頬を差し出す莫迦は居ない」

「よろしいのですか?」

「構わん、万が一のときは私が責任を持つ。どうせ領海侵犯をしている不審船群を実力で排除したとでも言うのだろう、精一杯抵抗しようじゃないか。どうせ国籍不明なんだから」

もはや皇国の母艦兵力が帝國の見積もりと齟齬を孕んだものであることは確かだ。こちらに殴りこんでくるということはそれなりの自身を持っているのだろう。彼らは皇国人に嵌められたのだ。

「航海、敵襲の後は全速で南に進路を取れ。敵基地の攻撃圏内を脱した後目にものを見せてくれる」
彼等の復讐が成就するかはこの段階では定かでない。

 直援戦闘機隊が最初に生体兵器と邂逅を果たしたのは艦隊から五十浬ほどの地点であった。村上中尉の目には白灰色の冬毛に包まれた竜が密集隊形で進撃してくる様子が映った。
数は控えめに見積もっても百以上、何か(彼の母艦に災厄をもたらせるためのものであることは確実だろうと思われた)を腹に抱えた竜の周りを手ぶら(といってよいかは分からない)の竜が固めている。
村上とその部下は即座に高度を上げ敵編隊を上方から襲撃することを決意したが、そうはさせじと竜が編隊から離れて向かってくる。
デラウイ島沖海戦の火蓋が切って落とされた。

直援隊の攻撃を阻止すべく、帝國人の知る飛竜よりも心なしか逞しい外観をもつ竜が攻撃隊と直援隊の間に割って入る。帝國軍は護衛など相手にせず攻撃隊を叩きたいのだが、護衛隊にすら数で劣っている現状では主導権を握るのは難しい。
一撃離脱で皇国の護衛隊を叩き、可及的速やかに攻撃隊に食いつこうとする帝國人の眼に信じられない光景が広がる。
機動性でワイバーンに劣る帝國戦闘機隊が採る常套手段、高速での一撃離脱戦法が全く機能しない。敵竜の後方を占位しても、竜は乗機を上回る速度で射点を外してゆく。如何に旧式化した烈風22型とは言え、速度面でも劣位とは!
格闘戦に持ち込んでも当然敵のほうが上手。目の前の敵を深追いすると別の敵が後方からやってくる。練度もなかなかのものだ。

新条少尉は5トン近くに達する乗機を18気筒発動機の力で強引に上昇させ、僥倖に近い強運を以って護衛隊を出し抜き後方からの一撃をかける。新型に比べれば劣るとは言え、4門の20mm機関砲を叩き込めば敵は血飛沫を撒き散らしながら冷たい海面への邂逅を余儀されなくなるはずだった。しかし彼の照準器には遠ざかる敵騎の姿しか映らない。速度計を見ても彼の乗機は350ノットを発揮している。
爆装をしていてなおあの速度!新条は悪い夢を見たかのような気分に陥るが、落ち込む間も無く後方から敵が迫る。素早く射点をずらす様に機を左に滑らせるが、敵は首を若干右に捻るだけで直進したまま火炎を吐いてくる。人が人を殴るように、竜は火で攻撃することが先天的に備わった能力だ。当然、狙いを違えるなどと云う僥倖は期待できない。まして新条は一つの幸運を使った後なのだ。
「くそったれがぁ!!」
彼の多くの同僚たちと同様の感情を吐露して、同様の結末を迎えることになる。

高温で焼ききられ、蒸発しつつあるガラスやジュラルミン、細切れになった金属と共に蛋白質を炭化させた物体を撒き散らす戦闘機を見ながらデルーク前衛竜士は感嘆する。  今まで自分の目前にあった帝國の機械竜が、飛沫となり陽光を乱反射させ雪が舞ったかのように幻想的な美しさを現出している。帝國の30機余りの機械竜に比べて、こちらは60騎余り。数のみならず、性能でも優位に立った皇国軍の損害は少ない。
かつて翼竜はカイアールで帝國の戦闘機隊に対して優位に立った。今回帝國が投入したのはそのときと大差のない機械竜。こちらは新たに開発された新竜。結果は最初から分かっていたのだ。
恐らく護衛隊の損害はわずか、攻撃隊の損害も5機以内のはずだ。彼とその仲間は己に課せられた任務を果たし、後は攻撃隊の領分だ。


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