『ユフ戦記』22


 帝國標準時十一月二十九日午前五時二十分 デラウイ島北西六二〇浬

 攻撃部隊の発艦を一時間後に控え艦内の空気は不安と高揚が入り混じったなんとも形容しがたいものになっている。皇国水軍近衛艦隊が置かれている状況を考えれば無理もないことだ。無敵と称される帝國海軍に挑むという名誉を与えられたのだ、最精鋭の集う本国艦隊ではなく方面艦隊と対峙するわけだが、それでもクウボ二隻を基幹とし、その戦力は決して侮れるものではない。

「なすことがないならばどんと構えてくれればいい。忙しさが竜に影響を与えなければ良いのだが」

レイ・ジグリード・ロイ十竜長は無聊を囲っているようで、機嫌が悪いことは明らかだ。艦攻隊に編入されたことを根に持っているのだろうか、とサバトは当たりをつけたが真相は闇の中だ。

とはいえ、彼女の言っていることは間違いとは言い切れない。
乗組員や竜の世話員達のなすことは殆ど残されていないが、体の奥底から湧き上がる不安を打ち消すために、無理やり仕事を作り出して忙しく振舞おうとしているシンロードのみならず全艦隊に共通した光景である。
出撃前の早い段階から竜を興奮状態にするのは賢明な行為とはいえない、というのが皇国での常識であるからだ。


「確かにその通りでありますが、理論通りに行かないものですよ人間というものは。十竜長もこんなところに居らずに艦内で暖まっておれば良いでしょう」

 ロイの直属の部下であるサバト央騎竜士が窘める様な口調で云うが、彼からすれば迷惑なことこの上ない状況だ。
この上官に仕えて二年になるが未だにどう接してよいか分からない。
出撃前に体調を崩されてはかなわないから軽装で甲板に出て行った隊長を艦内に連れ戻そうということで隊員の意見が収束したのは確かだが自分が人身御供になる可能性を無視していた。

とはいえ上官には少しでも好ましい精神状態で戦闘に挑んでもらいたい。十竜長の精神状態で我々が死地に追いやられるようなことは滅多にないと思うが、殊生命に関する事柄は少しでも可能性を抑えておきたい。
「戻りたければ君だけ戻ればよかろう。デラウイからの報告が届いたら知らせてくれ」

もしかしてロイ十竜長は不安に苛まれて一人で居たいのだろうか?まさかこの人に限ってそんな人並みの行動を取るのだろうか。
疑問に思ったがサバトは諦めて黒豆茶と上官の外套を取りに入ることにした。


 同時刻デラウイ島西北西三五〇浬


1,200フィフィク(約3,600b)隔てた海面では風に揉まれた海水が荒波となっている筈なのだが、厚い雲海に宙が閉ざされ、魔道具がなければ手元のチャートも見えない状況で視認できるわけもない。
恐らく乗騎の張る障壁の外は痛さを感じさせるほどの寒気であろう。
彼とその相棒の任務は帝國艦隊を捕捉しその位置を知らせることにあるのだから、このような暗闇ではその眼は役に立たない。専ら新竜が抱えている魔道探索器によって艦隊を探し出し、その後接近して彼の相棒が眼に魔力を通して確認する、というのが任務の流れだ。

帝國艦隊の大雑把な位置は分かっている。
他ならぬ帝國が位置を教えてくれるからだ。
フェンダートを出港し、小内海を北上しつつデラウイ島を攻撃半径に収め、そこで変針、中部小内海に離脱するというのがお決まりのパターンであり、今回の行動もこれまでと何ら変わる点はない。
昨日までに民間船舶と偵察隊によってもたらされた情報が信頼できるとすれば、もうそろそろ遭遇してもいい頃合なのだが、帝國艦隊の予測位置に差し掛かっても魔石に何の反応も見られない。

ロース・デ・サンノルドと彼の同僚が竜の背中に乗ってデラウイ島を後にしたのは一刻半ほど前のことだ。
翼竜は新竜に比べれば速度の面で劣るが、かつて帝國海軍艦攻隊が腹に抱えていた航空魚雷よりも重い弐拾七年式魔道探索・通信複合機能器を抱えていることと新型偵察専用機が全て近衛に回されていることを考えれば現状に満足するほかない。
敵艦隊発見の手柄はサイフォン騎のものかな?
サンノルドは此処から三〇浬東に居るはずの同僚の顔を思い浮かべる。貴族的な顔立ちに高慢そうな笑みを浮かべて自慢してくるだろう。


少々気分は良くないが仕方ない。
たまたま自分の哨戒区域に敵が居なかっただけのことだ。
そう諦めをつけて変針点に差し掛かり竜をバンクさせようとした瞬間、探索器に微弱な光がともる。
この海の上に生命が居ることを示す光。サンノルドはスコープを一瞥し、距離と方角にあたりをつける。
距離は三〇浬、進路からみて右35度。マナの反応は少なくとも1,500人以上の人間がそこに居ることを示している。
「ビットルノ、とりあえず基地に連絡、それから接近して確かめる」

「あまり近づきたくないんだけどな。帝國の連中は夜間遠距離の飛行目標を探知できるそうじゃないか」

後ろから気乗りのしない声が浴びせられる。

「宣戦布告前だ、幾ら帝國でも攻撃はしてこない」
無論心底からの言葉ではない。
サンノルド騎の行動が帝國人を怒らせればただではすまないだろうが、接近してその姿を確認することが最優先だ。

寒い、早く基地に帰りたいというような竜の鳴き声を無視して帝國艦隊に接近したサンノルドらの通信を元に皇国水軍近衛艦隊から百六十余の竜が飛び立ったのは午前六時半のことだった。




おまけ
昭和三十一年十一月時点での帝國海軍組織表
帝國海軍
 聯合艦隊(内地、大内海中部担当・海軍主力)旗艦『三笠』(名目のみ)
  第一艦隊(水上砲戦主力、旗艦『信濃』)
   第一戦隊   戦艦  『信濃』『甲斐』(甲斐は年内に編入予定)
   第二戦隊   戦艦  『大和』『武蔵』『長門』『陸奥』
   第五戦隊   重巡洋艦『吾妻』『岩手』『御嶽』『八剣』
   第三航空戦隊 航空母艦『飛竜』『蒼竜』
   第三防空戦隊 駆逐艦  夕暮型五隻 上月型三隻
   第一水雷戦隊 軽巡洋艦『高津』駆逐艦 颪型 六隻 追風型一隻 夕雲型三隻 
   第三水雷戦隊 軽巡洋艦『嘉瀬』駆逐艦  夕雲型 十六隻 
   その他

  第二艦隊(前衛部隊、旗艦『浅間』)
   第四戦隊   装甲巡洋艦 『浅間』『白根』『剣』『白馬』 
   第六戦隊   重巡洋艦  『伊吹』『鞍馬』『筑波』『八甲田』
   第二水雷戦隊 軽巡洋艦  『九頭竜』駆逐艦 追風型八隻 敷浪型八隻
   第四水雷戦隊 軽巡洋艦  『天神』 駆逐艦 追風型八隻 敷浪型六隻 島風
   第四防空戦隊 防空軽巡洋艦『千曲』防空駆逐艦 秋月型八隻
   その他

  第三艦隊(即応予備部隊)
   第八戦隊   重巡洋艦 『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』
   第五水雷戦隊 軽巡洋艦 『酒匂』 駆逐艦 陽炎型十六隻
   第五防空戦隊 防空駆逐艦 秋月型四隻 望月型四隻
   その他 

  第一航空艦隊(洋上航空打撃主力、旗艦瑞鶴)
   第一航空戦隊 航空母艦  『翔鶴』『瑞鶴』
   第二航空戦隊 航空母艦  『大鳳』『翔鳳』
   第三戦隊   戦艦    『高千穂』『穂高』『磐梯』『乗鞍』
   第七戦隊   重巡洋艦  『利根』『筑摩』
   第一防空戦隊 防空軽巡洋艦『十勝』『常呂』上月級防空駆逐艦八隻
   第二防空戦隊 防空軽巡洋艦『物部』『熊野』上月級防空駆逐艦八隻
   その他

  第四艦隊(支援艦艇群)
   実験航空母艦 『赤城』『加賀』その他
 
  第六艦隊(潜水艦隊・帝國勢力圏内全てを担当)
   指揮艦  軽巡洋艦『大淀』『仁淀』
   五個潜水戦隊、十六個潜水隊

  第十一航空艦隊(内地基地航空隊)

  聯合艦隊附属諸隊

  第十一艦隊(北部小内海担当・司令部ボルドー) 
   重巡洋艦『高雄』『鳥海』
   軽巡洋艦『阿賀野』
   駆逐艦  松型四隻
        陽炎型三隻
        白露型二隻

  第十二艦隊(南部大内海担当)
   重巡洋艦『妙高』
   駆逐艦  松型二隻
        朝潮型二隻
        白露型三隻

  第十三艦隊(東部大内海担当・司令部シュヴェリン)
   重巡洋艦『愛宕』『摩耶』
   軽巡洋艦『能代』
   駆逐艦  松型二隻
        朝潮型六隻
        白露型二隻

  第十四艦隊(西部大内海担当)
   重巡洋艦『那智』  
   軽巡洋艦『矢矧』
   駆逐艦  松型二隻
        朝潮型二隻
        白露型三隻

  第十五艦隊(欠番)

  第十六艦隊(小内海担当・フェンダート配置 旗艦隼鷹)
   基幹戦力
   航空母艦『隼鷹』『飛鷹』
   重巡洋艦『羽黒』『足柄』
   望月級防空駆逐艦 六隻
   松型駆逐艦    八隻


 海上護衛総隊(司令部横須賀)
   護衛艦艇約百四十隻


補足します
第十一から第十六艦隊は聯合艦隊から独立して各根拠地に配備された艦隊で、それぞれ独自の航空隊や陸上部隊を持っています
補助空母は護衛総隊に配備され、有事の際に各方面艦隊に分遣されます
第四艦隊は旧式艦の保管や新技術の実験を担当します

新造重巡は
『伊吹』『鞍馬』『筑波』『八甲田』(昭和二十二年一番艦竣工)
『吾妻』『岩手』『御嶽』『八剣』(昭和二十九年一番艦竣工)
伊吹級はくろべえ氏の話にありました新型重巡がベースです
新造軽巡は
『天神』『高津』『嘉瀬』『九頭竜』(昭和二十三年一番艦竣工)
艦隊型駆逐艦は島風をベースに
颪型 (昭和二十二年一番艦竣工)七隻
敷浪型(昭和二十五年一番艦竣工)十四隻
追風型(昭和二十八年一番艦竣工)十七隻・以下建艦中
防空駆逐艦は秋月級以降
望月型(簡易型秋月型)(昭和二十一年一番艦竣工)十二隻 
夕暮型(昭和二十三年一番艦竣工)五隻
上月型(昭和二十七年一番艦竣工)二十七隻竣工
開戦時の艦艇は以上です。


inserted by FC2 system