『ユフ戦記』18


戦争計画 player B 8

親愛なる閣下。
閣下が便りを開封されている、ということは我々の魔術の教えるところによれば、閣下は少なくとも手紙の内容を口外することがない、ということを指し示すので御座います。
突然の、それも話題と我々を取り巻く環境の都合上からこのような形で便りを届けることに閣下がお怒りを感じておられても何ら疑問ではないのですが、どうか心して最後まで目を通されたい。
我々が、無論、人間のしきたりや礼儀といったものになんら関心を持っていないというのは全くの過ちですゆえ。

 さて、閣下をはじめ貴国の顕人の多くが耳にされていることと考えますが、ガルム大陸北東縁が、『大日本帝國』と呼称される国家に併呑されました。あのレムリア諸共であります。
かように強大な国が、御国の取るべき舵と、将来において交錯する進路を取っているのではないか、という我々の危惧をお伝えしたいのであります。我々から陛下にお伝えするというのは叶わないために、こうして閣下にご迷惑をかけている次第であります。

蛇足ではありますが、彼ら『大日本帝國』が、われらの敵である闇の一族と結託し、開闢以来の、マナとオドの理に限らず、あらゆる理を覆そうとしている、との噂がこの耳に届いてきたのですが、もしこのような噂が事実であれば我々は人族の皆様方に我等の力を役立てていただくことも、吝かではない、ということをお伝えします。
あれは、我々と一見すれば似ているのですが、その本性は全くの別物であることは、今更確認するまでもないことであろうと思います。

 どうしてこのようなことを、我々がいち早く知りうるか、ということに関しましては、我々が精霊を操り、そして力あるものはより遠くの精霊を操ることが出来る、ということを想起していただければよろしいのでは。
さて、その精霊に関してのことなのですが、最近新たなことが分かってまいりまして、三百年を魔術とともに過ごしてきた私にとりましてもまことに興味深く、魔術の奥深さを思い知ったのではありますが、驚かずにお聞き願いたい。


 地の精霊に働きかければ、多少大地を震わすに能うことはご存知かと思われますがある種の、極めて限定された地形に、表象から判断するだけでは分からない、しかし大きな亀裂が地中に走っている場合、その震えがいっそう大きくなるのです。
さて、さらに興味深いのは、特定の地の精霊に、極めて振幅数の高い魔術波動を一定時間複数の方角から照射すれば、精霊は大地に働きかけず、その魔術波動を近隣の精霊に伝え、602メガスという短時間の内だけは、照射および輻射を受けた精霊は同じ振る舞いを見せるのであります。
すなわち鼠算のように、波動を伝え合い、そして同時に大地に働きかけるのです。

 しかし、これを人為的に起こすとなれば、様々な、殊に高振幅数に耐えるだけの魔術道具と指向方向の極めて高い精度が要求され、また多大な魔石と生贄、そして時間を要するでありましょう。
しかし、経済観念は御国が得意とするので譲りますが、実現可能性に関しましては、我々の協力という限定状況下であれば保障は出来ます。
尚、『大日本帝國』の本土が巨大な亀裂と数多の地の精霊に囲まれている、ということを付け加えます。
魔術の発展とは、人族にも我々にも好ましいことでありますゆえ。

宛先、差出人、日付ともに不明
行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)第13条4項2号の規定により公開


昭和三十一年 八月十五日 帝都

 「多少なりとも歴史を学んだことのある者からみれば、国家の意思が一点に収斂された上で効率的に目標に向かって邁進するなど極めて困難であるという認識を持たざるを得ません。
殊に封建色の強いこの世界の国々では、封建領主の意思と元首の意思が乖離するのは日常茶飯事であります。
われわれは、フランシアーノが洗練された政治体制を持っているとの確証が得られない以上、この世界の一般原則に即して彼の国を分析せねばなりません」

帝國の行政中枢たる首相官邸で閣僚や軍首脳を前にまくし立てる男、山本の記憶が確かならば大陸間相互安全保障機構の一員だ。
国際機関の職員が帝國の閣僚会議に出席している点に疑問を覚えるものがいたとしても不思議ではない。
大陸間相互安全保障機構(後の世界相互安全保障機構)の目的は、国際平和に脅威が生起した場合に加盟国が共同して対処することにある。
単なる軍事同盟の重層化ではなく、帝國を含む加盟国から供出された部隊全てに及ぶ広範な指揮権を有し、統一的に運用できるとされている。(ちなみに機構の要職は帝國宰相が指名し、天皇が任命する)
要するには旧大陸同盟を解体し、帝國の都合に合わせて再編したものだが、その兵力は侮れない。
帝國本国を除いても並みの列強以上の野戦兵力を(集中と運用に問題あるにせよ)動員できるのだ。


 とはいえ、その主任務は比較的小規模の紛争や加盟国の内乱に対し帝國が主導して(しかし帝國軍は実戦に投入せず)対処することにあるから、帝國が直接対峙するであろう対フランシアーノ作戦計画は参謀本部や軍令部が立てるのが建前だ。
しかし首相の広範な行政権を定めた改正憲法を以ってしても軍の全てを指揮監督できるわけではなく、軍令部長と参謀総長を親嶋田派で固めているとはいえ安心できない。 (帝國宰相が軍に直接行使できるのは人事権と予算というのが法律上の建前なのだから)
下手をすれば旧親米派や航空主兵者の息が掛かった作戦案が上がってきかねないし、それを宰相が拒絶するというのは法律的な見地からは問題点が指摘されている。
そこで腹心を大陸間相互安全保障機構に出向させ、機構の作戦案で以って帝國軍の作戦案にする、というのが嶋田の考えだ。
帝國宰相に作戦立案や直接の指揮権はないが、機構の長としてならば帝國を含む加盟国軍実戦部隊を指揮できるからだ。

山本の見るところ、嶋田の書いた脚本通りに進んでいるようだ。
少なくとも表面上は。
現に委員会の人間が説明する内容は、以前嶋田に聞かされたものに数字や専門家の意見等を飾り付けし、もっともらしく仕立て上げたものに過ぎない。
いつの間にか終わった説明を要約すれば、蛮族どもに高度な政治体制を取れるわけもなく、外交面や戦争に至るまでの過程は帝國の思うままに進行する、という内容だった。
続いて開戦後の作戦内容を説明するようだが、機構の作戦部員と云えその正体はノモンハンで名を馳せた旧陸軍参謀だ。


「先ほど大石君の説明にありました通り、帝國がフランシアーノと戦端を開くのは昭和三十二年の夏、あと一年ほどの準備期間があります。
現在帝國が戦力の面で圧倒的優越を確保していると雖もこの一年を無為に過ごす手はありません。
現状におきましては、開戦と同時に敵洋上戦力を無力化し、海軍主力をフェンダートに貼り付けて小内海の安全を確保するのが第一段階。
その後にライアール諸島を占領し、これを航空要塞にした後に敵本土に航空部隊で攻撃を掛け、戦力と生産能力を削ぎ落とします。これが第二段階です。
そしてその間にライアールに野戦軍を集結、敵本土への上陸を敢行します。これで王手となります。
戦争遂行に恐らく三ヶ月を要しないと思われます」

何か質問はありますか、と一旦話を切るが、誰も挙手しない。
とりあえず最後まで話を聞いてから、ということなのだろう。
その後は敵戦力の評価とわが方の投入戦力などが説明されたが、山本の目から見ればかの作戦部員の敵情把握はノモンハンの頃から何ら進歩していない、偏見と願望に満ちたものに思えた。
とはいえ、機構自体が役立たずかといえばそうではない。
帝國宰相の権限が強力になった今も軍の作戦立案に介入できないが、機構を使うことである程度文民統制が確保される。
そして、未だ陸海軍がそれぞれ別個の戦略を立案する中、機構は統合的な作戦立案を行っている。それなりに評価できる点があるのは確かだ。

 貴重な時間を宰相閣下と機構職員の精神的自慰行為を拝見させていただくといった苦行を終えた山本は官邸を後にして海軍大学に向かう。
途中宰相閣下が山本に居残って欲しそうな目をしていたが、気付かない振りをしておく。
今日は山本と海軍にとって輝かしい日々、その出発点になるべき日であり、全国から掻き集めた人材が海軍大学で待ち受けているのだ。


inserted by FC2 system