『ユフ戦記』17


戦争計画 player B 7

現在、世界の平和を乱す原因となっている帝國軍は、一向に縮小の気配を見せません。
わが国が大きな軍事力を持っているからこそ、恐怖心に駆られて軍備を整える国が出てくるのです。
我々が軍備を放棄すれば、世界中の国もそれに倣うでしょう。
我々は、行動を見せねばなりません。
わが帝國軍が大陸から軍を撤退させ、軍縮を行い、そして大陸の資源地帯を開放することで大陸の緊張は霧散し、平和が訪れる。子供でも分かる理屈であります。
これは帝國の義務であるにも拘らず、目先の利益のみに目が行く資本家や一部の選挙民は愚かにもその義務を放棄して享楽的な政治選択しか行いません。
わが国の責任はそれだけではありません。
不幸にも先の戦争で国土が荒廃した国々への補償、それをなさねばならないのです。
誠意を尽くした謝罪と補償、これが何をおいても実行しなければいけないことは誰にでも分かることであるのに、政府と軍は先の戦争の非を認めません。
愚かなことであります。
彼らへの補償のために、帝國の持てる技術を全て無償で供給すれば、帝國は財政負担をすることなく復興支援を行えるでしょう。福祉を増進させると同時に各国への支援をも行える、妙案といえるでしょう。
そして彼らは技術をもたらした社会主義の偉大さに気付き、世界を導く唯一の光であることを知るのです。

平成三年 八月十一日分衆議院本会議議事録
社会革新党 土井たかこ氏の発言より抜粋


昭和六十年 帝都

 「安保臨時総会開催はんたーい!」
一人の中年男が拡声器を手に叫ぶと、数十万の群集が唱和する。
「政府は平和を守れ!」と口々に声が上がり、街を行進する。
この日、過去いかなる戦役においても敵国がなし得なかった、帝都の都市機能麻痺という偉業を市民団体が成し遂げたのだ。

日曜日の帝都には、全国から五十万とも言われる人々が詰め掛け、火炎瓶や石を警官隊に向かって投げつける様は壮観といえる。

そのお蔭でセイノール王国第二級爵にして外務卿であるメイアートを乗せた車は、身動きできずにいるのだが、物は考えようだ。
人口たかが百万に満たない国、その貴族の一員であるメイアートにとって、帝國外務省が用意した車に乗っていられるというのは悪い経験ではない。
恐らくセイノール王国の国王陛下ですらこのような高級車に乗れまい。
そしてこの後に予定されている帝国ホテルでの1週間に亘る宿泊中、思う存分帝國料理を楽しめるであろう。
費用は全て帝國持ち,華の帝都を存分に楽しめそうだ。
まさに最上の贅沢、外交官特権万歳だ。
別段、彼だけがこのような役得にあずかっているわけではない。
世界相互安全保障機構の加盟国大使は、今帝都で泡沫の夢を見る機会に恵まれている。
加盟国であるサンサルドバの安全保障が危機に曝されているため、その対処のための臨時総会が開かれる予定だ。


とはいえ、メイアートはサンサルドバの行末に不安を抱いているわけではない。
帝國をよく知らない田舎者が帝國の友邦に侵攻するという見世物が稀に起こるのだ。
その都度帝國は安保の一員として兵力を派遣し、近隣諸国も兵力を供出する。
結果はいつも同じ、帝國軍の圧勝、そして戦場は帝國兵器の見本市となり、スコットランドとマケドニア以外の各国は羨望の眼差しで見るのが常である。

 その圧倒的な実力を誇る帝國軍と政府、その最大の敵は国内の『良識派』の面々だ。
彼らは、サンサルドバの大衆が敵に虐殺されても責任は負わないだろう。
ただ、彼らの感情と彼らにしか理解しえぬ特殊な価値観が命ずるままに動いている。
帝國軍の派遣が遅れて惨劇が起これば、彼らは反対運動を展開したことも忘れて抗議運動をするだろう。

「しかし凄いね、ある日突然全国から数十万の人間が集まっても、帝都の食糧が足りなくなるということはないようで」
後席のメイアートは運転席の男に話しかける。
帝國外務省から付けられた、恐らく警察官であろう男だ。

「そうですか?帝都に人が集まるのはいつものことですよ」
どうやら恵まれた国の人間はその自覚がないようだ。
セイノールのみすぼらしい王都では、千の流民を養うことも出来ないだろう。
食糧の生産技術、流通システム、保管、全てが帝國とは比較にならない。
恐らく彼の領地収入より多額の俸給を受け取っているであろう男に、再び問いかける。
いい暇つぶしになりそうだ。


「ところで、あの人たちを取り締まらないのかね?騒乱罪の構成要件に合致していると思うのだが?」違法性阻却事由も見当たりそうにない。

「ああ、あれはお祭りなのですよ、彼らの精神を昂らせるための。
多少は大目に見てあげないと。府中もあんなに収容できないでしょうし」

「若者の通過儀礼といったところかな?ひとしきり騒いだ後は正装に身を包んで就職活動に励む輩の」

「うーん、それだけだと説明が付きませんね。年配の方や女性もたくさんいるようですし。
思うに、誰しもが逃げ出せる仮想現実世界が必要なのでは?
自分の信じたい事柄があり、多数で騒ぎ立てることでその正当性を信じられる。
革新政党はその仮想現実の構築に一役を担うのです。もし彼らが現実しか見ることがなければ、発狂しかねませんよ。
五十万の精神変調者よりも五十万の市民運動家の方が扱いやすいのでは」

「なんとも複雑なものだね、民主主義とは。狂人の意見でも一票は一票ときている。
こんな政治ごっこと内乱ごっこをやる余裕があるなんて、流石帝國だよ」

「御国ではどういたします?」

「良くて絞首刑、普通なら天婦羅にするかな。衣はつけないが」


「成る程。
しかし誤解していただきたくないのですが、帝國は昔からこうだったのではありません。
おかしくなったのはユフ戦争あたりからです」

「それは知っている」
メイアートは後席から眺める現代高層建築群と帝都の杜、伝統建築とデモ隊というコントラストを楽しみながら考える。
確かに、山本閣下の行ったことは、責められる事ではない。成果も上げた。
しかし、閣下が今の帝國を見たらどう思うだろうか?
市民運動というのは見ている分には非常に面白いのだが、これがもたらす悪影響は無視できない。
ことに、遠く離れたセイノールでは、帝國がくしゃみをすればセイノールは肺炎になるとまで云われている。
確かに、今日革新勢力が帝國で生き残っていう不思議な現象は、ユフ戦争前後の政治的混乱に原因を求めることが出来るだろう。
それは昭和三十一年まで遡らなければならない。


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