『ユフ戦記』15


戦争計画 player B 5


 緒方は三菱の格納庫を後にし、上機嫌で篠原の車に乗り込んだ。

「中佐殿はご機嫌麗しいようで」

「そりゃあ帝國が世界に誇る戦闘機、その最新鋭を見られたのだから機嫌が悪いはずない」

「仰るとおりです。
ではもう一つ最新鋭を御覧になりますか?」

帝國に主要軍用機メーカーは五つ存在する。
三菱、中島、愛知、川崎、川西だ。
他にもいくつかの企業があるが、この五社が図抜けているといってよい。
このうち愛知は攻撃機に特化しているし、川崎は陸軍とのつながりが深い。
よって金と人手の掛かる海軍の新型戦闘機選定に参加したのは三菱、中島、川西の三社だ。
川西は紫電改という傑作機を送り出したメーカーだが海軍の期待に沿えず、基礎研究段階で選考から外された。
よって篠原がいう最新鋭の片割れとは中島の試作機のことだ。

「無論だ。
正直なところ飛行機愛好家として雄風は好意的に捉えられない。
軍人としては別なのだが」

ははあ、どうもこのお嬢さんは三菱の保守性がお嫌いらしい。
たしかに古色蒼然たる見た目が三菱の特徴だから無理もない。
とはいえそれでも雄風を見て喜ぶあたりが軍人らしい。

「了解しました、では早速中島さんの所にお邪魔しましょう。
保守的な機体でないことだけは確かです」


「ええ、性能に不満がないけれど私のスコットランド航空隊があんな無骨な機体で占められると思うとぞっとするわ。
中島さんには期待させていただこう」

 帝國の最友好国たるスコットランド王国航空隊の機種選定に個人の趣味をはさまないで頂きたいというのが篠原の内心だが、下士官らしく感情を面に出さない術を憶えている。
それにどうやらこのダークエルフは彼の苦手とするタイプらしい。
篠原は黙って中島に割り当てられた一角に車を走らせた。

 中島の格納庫(規模的には整備工場群といったほうが分かりやすい)は遠目からでも判別できる。
巨人機が屯しているのは中島の格納庫前だけだからだ。

中島飛行機がいつから巨人機の開発構想を練っていたのか定かではない。
対米戦を睨んで転移前から中島知久平の頭の中にあったと言う者もいれば、日本の対外戦略とレムリア空爆の成果から発想を得たと言う者もいる。
もっとも転移前の国力や資源調達に関わる外交上の障害を考えれば、転移後にその構想を得たとするのが真っ当な物の見方というものだが、何しろ中島知久平のことだから常識では計れない。
中島知久平が世を去ったため全ては闇の中だが、確かなのは昭和19年から推し進められている大型陸上攻撃機の開発は中島の宿願であり、それが具現化しつつあるということだ。
もっとも海軍からは見向きもされず、陸軍から求められる機体も(中島にすれば)小柄な機体だから、実際に採用されるのはいつになるか分からない。

「あれはなにかしら?
四発機ということは連山の後継機かしら、それとも陸サンがご注文を?」

先ほどから篠原の耳には踊るような声が聞こえてくる。
どうやら上機嫌になると女性らしい言葉遣いが聞けるらしい。
どうやら大きな物が好きなのは男に限らないらしい。
たしかにあんなデカブツが空を飛ぶといわれても俄かには信じがたい。


「さあ、詳しいことは分かりませんが陸軍の発注の筈です」

「そうよね、海軍が雷撃の出来ない陸攻を欲しがるはずないもの。
じゃあ噂の新型重爆はあれで決まり?」
残念なことに、海軍は来るべき対米戦に向けて陸攻部隊から雷撃訓練を免除したことがない。

「知りませんよ、たかが曹長に何を期待しておいでで?」
微かに篠原の声に不機嫌さを感じ取ったにも拘らず緒方の口調は変わらない。

「そうよね、あなたはたかが曹長だもの。
中島の人に直接聞くことにするわ」
颯爽と降りてゆく緒方の背中を篠原は睨みつける。
あのダークエルフの傍にいると何か嫌な予感がするのだ。


 スコットランドに採用されるかもしれないという期待を持った中島側から二時間に及ぶ説明を受けたが、彼女の心を沸き立たせるような物はなかった。
結論から言えば中島の戦闘機は期待外れだったのだ。

 確かに性能は一級品だ。
最高時速750キロを誇り、作戦行動半径1,200キロというのは確かに魅力的だ。
機体や翼の形状も斬新で彼女の審美眼に堪えうるが、如何せん発動機を含めて繊細すぎる仕上がりだった。
雄風と同じ発動機とはいえ最高出力の向上を狙いピーキーな仕上がりになっている。
機体も高速化を狙った故に低速での安定性を欠き、対地任務も難しい。
要は、高性能と引き換えに整備に手間が掛かる上に対戦闘機戦以外はこなせない単能機というわけだ。
零戦を十五年間にわたってだましだまし使用してきたスコットランドにとって整備が難しいというのは大きな欠点だ。(性能はレムリアのワイバーン・ロードを圧倒できればそれでよい)
人口との関係から人手をかけられないし、帝國人にいつまでも整備して貰う訳にはいかない。
帝國も、部品と資金は供与するから、ある程度整備の仕方を覚えてくれと言い出している。
帝國からすればたかが百機にも満たない戦闘機供給でも、スコットランドからすれば維持するだけで国力を削がれるほどなのだ。

結局彼女を喜ばせたのは試作型重爆の性能と、中島が独自に開発しているという六発機構想だけだ。

邦国壱千余、その筆頭は我等がスコットランド王国などと云ってみた所で、正規空母一隻分の基地航空戦力の維持すら出来ないというのが実態だ。
大人しく雄風を採用するのが賢明かしら?
それともダークエルフはおとなしく情報部と特殊作戦部に勤めていればいいのかしら? 不機嫌な顔でぶつくさ呟く緒方を車に乗せ、篠原が問いかける。

「中佐殿、もうこんな時間ですし、いったん宿舎のほうに案内いたします」
言われて時計を見てみればそろそろ午後5時になる。
機内で昼食を取れなかったから、そろそろ栄養を補給しなければならない。
彼女が返事をしようとした時、金属が砕けるような爆発音が聞こえてきた。


「何の音?」
緒方が尋ねると篠原はひねくれた顔で答える。

「たかが曹長でも川西の連中の仕業ということぐらいは分かります。
しょっちゅう発動機の事故を起こされていい迷惑ですよ」

「発動機が事故?いったい何をやっているの」
既に成熟の極みに達しているとされる日本の発動機技術を勘案すれば納得がいかない。

「さあ?
この期に及んで熱心に新型戦闘機の開発を続けているのは確かです」

妙な話だ。
今回の選定にあたり緒方が渡された資料は三菱と中島の物だけだ。
川西は設計途中で外されて資料すら出回っていないし、明日の飛行試験にも加わらない。
であるのに金の掛かる戦闘機開発を未だに続けている。
その理由は川西がよほどの莫迦か、新型戦闘機が(実現すれば)よほどの高性能かどちらかだ。
できれば後者であって欲しいが。

「なにをしてるの篠原曹長。さっさと川西のほうに車を進めなさい。
私が欲していることぐらい読みなさい、この愚図が」
期待のあまり興奮し、夫に対する言葉遣いを今日初対面の人間にしていることに気付いていない。
篠原は力なく頷き川西の方に車を向ける。


 川西の技術者たちは驚くほど緒方に好意的だった。
何しろ紫電改以降戦闘機を正式採用されず細々と支援機や民間機を作ってきたのだが、久々に戦闘機を買ってもらえるかもしれないことを考えれば彼らの態度も合理性に裏づけされたものといえよう。
採用された三菱や、発動機を製造している中島には十分な利益と今後の開発機会が保証される。
採算的見地から見ても主力艦戦の採用というのは旨みのある話しだし、何より帝國の第一線機を製造しているということだけで関連企業の対外的信用度が急上昇する。
それに比べて将来の市場規模予測が難しい民間機と少数の支援機を生産するというのはどう考えても楽観できる将来設計ではない。


「こちらが我々の試作機です」

川西の技術者に案内されて格納庫に入った緒方の前には見慣れない形の戦闘機があった。
後退翼を採用した、戦闘機にしては大柄で流麗な機体。
機首に集中された二十粍機関砲が四門。
分厚い操縦席周りの風防と双発の発動機。
だが何より目を引くのは発動機の前にあるべきはずのペラがないことだ。

「ペラがありませんが取り付けていないだけで?」
あまりに常識外れの発動機に緒方は問いかける。

「いや、こいつはペラの作り出す推進力ではなく、燃焼ガスを直接推進力として利用します。ここがこいつの最大の売りということで」
だからこそ機首に機銃を集中配備できるのだろう。
最近流行の航空機用電探を取り付けるときも何かと便利そうだ。

「後退翼は?」

「高速を発揮しますから、その際の対策ということです」

「面白そうな戦闘機ではありますが、実際のところどうなのですか?」
興味をそそられたのは確かだが緒方の声には懐疑的なものが混じっている。


「発動機は故障が多く、三十時間も使えば廃棄所に直行です。
その代わり性能は素晴らしいですよ。
最高速度は時速900キロを突破しています」
緒方の顔がますます疑念に満ちたものになってゆく。
そのような高速性を得たところでどこの誰に使うというのか。
相対速度に差がありすぎれば空中戦で命中を期することは困難だというのに。

「中佐、我々は以前からフランシアーノの航空戦力に疑問を覚えているのです。
お耳に入ったことがあるかもしれませんが、連中のワイバーン・ロードの速度と列強諸国のソレは全く別物だという噂です」
緒方の顔色を見て壮年の技術者が先回りをするが、確かにそのような噂が一部の将校の間で囁かれていることは事実だ。

「では、このような高速性にも需要があると?」

「ええ、そればかりか高速重火力で一撃離脱という帝國の流儀に些かも反しないものであります。
将来の対フランシアーノ戦や、妄想に近いような対米戦でも必須のものと考えています」
この男の皮肉には緒方も苦笑する。
帝國戦闘機が高速性を重視すべきとの方針に反して未だに根強い格闘戦万能神話が設計に反映している。雄風がその代表選手だ。

「なるほど、あなた方の言い分は理解しました(納得しているかは別問題ですが)」 では基礎段階で外された原因をお聞きしたい。
幾ら保守色の強い帝國軍でもこれだけが原因ではないはずです」

「500キロそこそこの戦闘行動半径、大型母艦でしか運用できず失速しやすい機体、何より実績のない発動機。
外されるには十分な理由では?」


「なるほど、ところで飛行実験のほうは?」

「五機試作して、計六十四時間行いましたが現存するのはこの一機のみです。
あまりにも危険なので現在は本社とこちらで発動機の地上試験を行うのみです」
恐ろしく生還率の低い実験機だがスコットランドにとってその数字は逆に利用できる。

「確認しますが、実用化にこぎつけた場合必ず帝國にとって重要な存在になるのですね?」

「いいえ、重要ではなく不可欠な戦力になると確信しています。
であるからこそ湯水のように金を使いわが社だけが発動機の開発をしているのです」
スコットランドと帝國の関係から緒方は即座に決心した。

「もし川西さんが三日以内に飛行実験を行っていただければ、スコットランド王国はこの戦闘機を次期主力といたします。
価格は問題ではありませんが、私は来週頭には外務省に概算予算を通知せねばなりませんから価格のほうも割り出していただきたい、それと資材と整備員の派遣供給もお願いします。
我々の手に負える発動機ではなさそうですから」


この戦闘機が抱える問題はスコットランドにとってさして重要ではない。
実戦に投入されるわけではなく、あくまで国家の象徴としての戦闘機配備だ。
金は帝國外務省から出るから心配は要らない。
将来帝國がこの種の戦闘機を必要として、その時までに蓄積したデータと経験を帝國に提供できれば政治的な効果は大きい。
それまでに何人のスコットランド王国の戦闘機乗りが事故で命を落としてもさしたる問題ではないのだ。
それに川西もデータを得るためなら喜び勇んで人員を寄越すだろう。

「よろしいのですか中佐?
当方としては願ってもないことですが」
中年男は正気を疑うような目つきだ。
彼らからすれば十五時間やそこら飛んだだけで落ちる戦闘機、その改良に国家を挙げて命を張るなど彼にとっては狂気の沙汰だ。

彼らにはいつ主に見捨てられるか分からない不安に陥っている飼い犬の心情は理解できまい。
まして帝國にとってダークエルフの存在意義は薄れつつある昨今では、帝國の同情と親近感を得るというのは必須だということを。

「何の問題もありません。
王国には八十人の戦闘機乗りと三十五人の予備がいますから、多少無茶な空戦機動を試してみるのもいいかもしれませんね」

緒方はダークエルフの搭乗員が枯渇するまで実験を続けるつもりでいるが、結論から言えばこの判断は開戦後大きな影響を与えることになる。


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