『ユフ戦記』14


戦争計画 player B 4

 緒方グレイス海軍中佐を乗せた輸送機は盛大にエンジン音を撒き散らしながら北海道上空を飛んでいる。
どことなくくたびれた感のある機体、最早骨董品といってよい二基のハ25発動機で組み合わされた一式貨物輸送機が目指すのは帝國航空要塞、その外縁部に位置する紗那だ。

 帝國は対外戦に関して言えば絶対の自信を持っているが、だからといって本土防衛を怠っているわけではない。
確かに本土が奇襲されるなど容易に起こる事態ではないが、万が一に備えるという側面と対米戦を睨んだ防空網構築という観点からそれなりの努力を払ってきた。
昭和22年から開始された第一次帝國本土防空体制5カ年計画は、既存の陸海軍航空基地の情報を帝都多摩指揮所に集約し、統合的に戦力を運用するというものだった。
昭和31年現在では、それらの努力が実り帝國本土防空を一元的に指揮することが(軍組織上は)可能になっている。
それらの指揮通信網と実戦部隊を総称して帝國航空要塞と呼称されている。
その外縁部たる辺境の地にグレイス嬢が行かなければ行けない理由は、そこが人目に付かない辺境だからだ。


 紗那航空基地の三本ある滑走路のうちの一つに機体が滑り込み、緒方大尉が静止した機体から降りる。
真夏の呉、帝都といった町全体が蒸篭のような地獄から来た彼女にとってここは別世界といってよい。
とはいっても避暑に来たわけではない海軍中佐には、果たさなければならない責務がある。
スコットランド王国が帝國から受けるさまざまな支援物資、そのうちでもきわめて重要度の高い戦闘機のテストを見に来たのだ。

「中佐殿、長旅お疲れ様です。」

機体から降りると下士官と思しき中年男が緒方中佐の荷物を持ち、先導するように歩いていく。
下士官は階級に似合わず若いダークエルフに困惑気味だ。
ダークエルフの貴族階級では軍の高位情報員を帝國軍所属にして帝國とのつながりを維持しようとしているらしいが、緒方中佐もその一人だろう、と当たりをつけた。

「中佐殿を案内させていただきます、私篠原陸軍曹長と申します」


このあたりが紗那基地の複雑なところだ。
陸海軍が共同で使用しているから、海軍士官の出迎えに陸軍下士官が出てくるということがありえるのだ。
ことに戦闘機の試験を控えて海軍側が忙しいとあっては無理もない。

「よろしく、曹長。
帝國海軍中佐兼スコットランド王国連絡武官緒方グレイスだ
指揮系統が異なるのだからもう少しくだけて貰ってもかまわないのだが」


簡潔に挨拶を済ませると曹長は野戦用自動車に荷物を積み、エンジンを吹かす。
二輪車にのめり込むあまり財産と会社を磨り潰した狂人が実験的に作った四輪車のはずだ。
二輪車専門の会社のはずがなかなか実用性のある自動車を作るということで軍内部では評判になっている。
緒方の記憶が正しければホンダとかいう変人だ。

とはいえ、現在この紗那基地に新型戦闘機が持ち込まれているわけではない。
帝國海軍の次期主力艦上戦闘機の選定は五月に終了したし、陸軍は重爆に予算をとられているから次期主力戦闘機は二年後まで我慢すると表明している。
であるのにここ紗那基地で国内メーカーが戦闘機のテストをダークエルフたる緒方大尉に公開するのにはややこしい事情があるのだ。


しかし緒方の見たところでは滑走路から司令部まで二キロ程度だ。
ダークエルフ的感覚からすれば天照大神から授かった二本の脚を使うべきなのだが、曹長には別の思惑があるらしい。

「司令部には案内していただけないのかな?」
屋根のない野戦車ゆえに風が当って心地よいのだが、エンジン音がうるさいため自然と怒鳴るような口調になる。

「中佐殿、他の基地ではいざ知らずここでは司令には大した役割を与えられていません。
それよりも中佐殿を新型機のほうに御連れした方が宜しいかと」

「うん、そういうことならば納得がいく」

 択捉島紗那基地が他の航空基地と異なる点は、各種航空機の試験場という点だ。
帝國本土に敵の諜報員が忍び込むということはきわめて難しく、本土ならどこで飛行試験をしても機密が保たれるという意見があったが、まことに完璧主義の日本人らしく人里はなれた紗那に一大航空基地を拵えた。
この陸海軍共同基地に国内メーカーがそれぞれ割り当てられたスペースを持ち、すべての試作機をここに持ち込み、過酷な試験飛行に晒される。


 帝國の転移により初めて自前の国家を持つことができたダークエルフだが、国家の運営に当っては帝國のおんぶに抱っこという状態だった。
無論得意とする情報戦で活躍はしたものの帝國なしでは成り立たない国家だ。
とはいえ帝國もダークエルフを重用しさまざまな便宜を図ってきた。
皇室との血縁関係、そして当時最新鋭の武器を供与すると言ったものが代表格だ。

 その最新鋭の装備、中でも象徴的な戦闘機が旧式化してきたのだ。
帝國海軍が15年間の間に零戦から紫電改、烈風と主力戦闘機を変え、そして今年に入り雄風を次期主力戦闘機に選定したのに比べるとスコットランド王国はいまだ零戦を使用している有様だ。
とはいえ、機体が旧式でも同盟国のワイバーン・ロードに比べれば優速だし、スコットランド王国は正面戦力で帝國に貢献することは端から期待されていないから問題ではなかった。
しかし年々向上していく帝國の戦闘機の性能は諸国の憧れの的となり、その最新鋭機を保有するということは大きな意味を持つ−少なくとも帝國とスコットランドはそう考えていた。
そこで、スコットランド王国に新型機の供給を許可し運用を自由にさせ、以ってスコットランド王国の対外的地位を高めて貸しを作る、というのが帝國政府の出した結論だ。 とはいえ整備や修理は帝國人にしか行えないのだから、ダークエルフが勝手な行動を取れるわけではない。
そんなわけで、スコットランド王国長老格サンディーノ帝國伯爵令嬢にして帝國海軍中佐、スコットランド王国連絡武官の緒方グレイスがスコットランド王国次期主力戦闘機を見定め に来たのだ。

 「このあたりが三菱の格納庫です。ごらんになりますか?」
滑走路から離れ、建物が立ち並ぶ一角で篠原が案内を始める。

「無論だ。雄風を見せていただけるのかな?」
いけない、新型と聞くだけで涎が出そうだ。
淑女にあるまじき行為。

「実際に飛ぶのは後日ですが、整備の様子であれば大丈夫だと思います」

「それで充分だ。三菱の方にお願いしてみよう」

 二人が訪れたのは巨大な鉄扉の前だ。
スコットランド王国連絡武官と聞くとすぐさま責任者が出てくる。
海軍の正式採用が決まったとはいえ、スコットランド王国に採用してもらうのも悪くないからだろう。
50前後の技術屋に案内され、コンクリートの壁と鉄の屋根で固められた建物の中を移動する。
格納庫の端の部屋に明かりをつけ、三菱の責任者が語る。

「これが雄風です」

「烈風と大差のない外見ですね。若干大きいぐらいで」
緒方が指摘する。

烈風とは昭和二十三年に配備が開始された艦上戦闘機だ。
懸念の発動機問題を解決した後、時速670キロに及ぶ高速と高い旋回性能、重武装が高い次元で調和した傑作機だが、採用から8年が経ち改良を続けているとはいえ些か古さを隠せない。


「ええ、ベースは烈風ですから。
しかし、信頼性は抜群ですよ。無理をせず確実な性能向上だけを狙いましたから」
そこが恐らく海軍の目を引いたのだろう。

「発動機は?」

「中島さんの所の響です。離床出力は3,350馬力です」 

「あら?
じゃあ中島さんのところの分にも期待できそうですね」

「確かに同じ発動機ではありますが機体設計の部分ではこちらに分がありますな」
この中年男は自信満々のようだ。
「しかし最高速度720キロ、13ミリ機関砲8門と500キロ爆弾、そんなところかしらね」

「無理をすれば何とかなりますが、稼働率を落としては意味がありませんからな」
暗に帝國の戦闘機が性能向上しても使い道がないと言いたげだ。
だからこそ帝國も戦闘機開発に乗り気でなかったのだろう。

「大変参考になりました。
明日の飛行を楽しみにしています。」

帽を取って挨拶し、去ろうとしたとき技術者が声を上げた。

「おや、中佐はご結婚なさっているので?」
制帽を外した際髪留めが目に入ったのだろう。
最近帝國では女の命ともいえる髪を縛る魔力込めのリボンや魔石をあしらった髪留めが流行っている。
結婚に際して男から女に恭しく差し出すのが流行りだ。

「ええ、今年の6月22日に」
夫の緒方は瑞鶴艦上で烈風の整備員をしています、と告げる。
事実彼女の夫はまだ25になったばかりの整備兵で、実家は代々続く小作農家だ。
当然彼女が主導権を握る。

「それは奇遇ですな。
私の誕生日も明治36年の6月22日で。
これも何かの縁ですかな」

ええ、そうですねと帝國に着てから上手くなった曖昧な返事を返しつつ、緒方は篠原が待っている車に向かった。


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