『ユフ戦記』12


戦争計画 player B 2

大艦巨砲主義者に対して無論航空主兵者たちは今この世界で生き抜くのに必要な戦力(つまり母艦群と旧式化しつつある補助艦艇の刷新)を要求した。
最終的に航空派の意見を一部(あくまでも一部)取り入れる形で妥協はしたものの海軍は未だに戦艦にしがみついている。
だが嶋田にとって痛手なのは若手中心の航空主兵者が離れていったことではない。

いまや航空機メーカーは自動車をはじめとする機械産業全般に進出しており、巨大なコングロマリネットを形成しつつある。
彼らは陸軍出身者ないし航空主兵者が政権を取ってくれるほうが、嶋田より有難いと思いだしたのだ。(中島に至っては社運を賭けた超重爆計画を面罵されことを根に持っている)

造船業界も同様だ。
技術的難易度の高い大型艦の建造は大手メーカーが全て持っていってしまう。
ことに戦艦など高度機械文明を用いた芸術品といってよいから、転移後勃興した無数の造船企業は下請けすらできない。
民間商船の需要が一段楽した今は、小規模メーカーにとっては細々と護衛艦艇の発注をしてくれる外洋海軍が有難い。


 そして高圧外交をひた走る政権に辟易している商社(列強との商売がやりにくくなるのだから当然であるが)、極めつけは高度成長に伴う汚点を見せ付けられ一時の熱狂から冷めつつある国民。
これらを以って嶋田を批判するのは容易いことだが、五年にも及ぶ長期政権を支えたことからも分かるように評価されるべき点は数多ある。
ただ、時代の流れが変わりつつあり、転移前の軍人を代表し嶋田はその生贄になろうとしているのだ。
それを回避すべく嶋田の打った手の一つが山本の海相就任というわけだ。

「その点は理解できるつもりなのですが、どうも首相はのんびりしていませんか?
次の選挙まで待たなくても政権崩壊の足音が聞こえてくるのにおかしいですよ。
おかしいと言えば閣下もですよ。付人を外して私に運転手をさせるなんて何を企んでいるんです?
こうも帝都の様子が変わっているのに4年ぶりに帰ってきて運転しろだなんて」

「うん、最初の質問に関して言えば国民の視線を北方に逸らすとっておきがあるらしい。
働くのは我々だがね。
後の質問に関して言えば、横須賀に行けば身をもって分かるよ」

「それはなんというか、ずいぶんと金の掛かりそうな話に聞こえますが。
演習では済まないので?」

「済まないね。
嶋田君は長期間、できれば一年以上国民の意思が収束することを望んでいる。
戦局は演習の様に行くらしいが」


「見通しが甘すぎますよ!
一部ではフランシアーノの空軍力はかなりのものだと噂されてますよ。
ユウジルドも対艦誘導弾をたっぷり持っているとも聞きます」

上村は叫びながら車を湾岸幹線に進入させる。

「噂だ、恐らくそのとおりだろうが裏が取れているわけではない。
連中望む情報しか目を通さないんだ、そうでなければ電撃的な奇襲で二ヶ月以内にフランシアーノを屈服させると奏上するなど考えられん
どの道戦争は避けられないが」

「開戦不可避とはどういうことです?
我々に戦争を仕掛けなければいけない理由が現内閣(失礼、閣下も先週から内閣の一員ですな)の不人気以外にあるのですか」

「短期的に見ればそうなんだがね、長期的に見ればまた異なった見解が出てくる。
上村君、朝は何を飲む?」

「地獄のように熱く、地獄のように黒い珈琲ですな」

「私は紅茶だがね、それらは輸入品だろ?
それに限らず舶来品をずいぶん輸入しているが値の張るもの、量の多いものに限ってフランシアーノかユウジルドが一枚噛んでいる。
政府はそれらを止めたがっているが、今国民に贅沢をやめろなどといえば暴動が起こるぞ」


「確かに連中たっぷり儲けていると聞きますが帝國も貿易黒字を計上していますよ」

「同盟国と邦国相手にだろ?
帝國勢力圏全体で見れば若干の赤字だ。
そして国内から金が流出する(列強との取引には金銀が必要だからね)」

「連中が多少良い目を見てもいいじゃないですか、金も補う程度の産出量はありますし、同盟国相手には帝國紙幣が遣えますから十二分にやっていけますよ。
そんなことより戦争のほうが御免です」

「経済観念の発達した方々はそう捉えていない。
彼らは列強間においては金銀で貿易を強要されて帝國の金が使えない、そしてフランシアーノとユウジルドが唸るほどの金銀を蓄えておりなお増やしつつある現状に反発している」

「それだけで戦争を?」

「無論他の要因も複雑に絡み合うが最大の要因はそれだ。
そして勝利の暁には全世界の商人が本石町にまします日銀総裁の一挙手一投足に注視することになる。
無論貿易は全て帝國紙幣か銀行決済を用いることになる」

「なんてことだ。
両国の金を巻き上げ、収入を断って帝國流の金本位制を普及させるための戦争ですか まるっきり悪役じゃないですか。
いつ我々は強盗になるので?」

「来年の夏を目処にしている。
僕はそんなに上手くいくとも思えんがね」

車は横須賀海軍工廠の一角に滑り込んで行った。


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