『ユフ戦記』11


戦争計画 player B 1


オウミ[名・形動・個名]

1大きくて使いにくいこと、それにみあう価値がないこと、またはその様
2無駄遣い
3帝國が造った船の名前


昭和31年7月 帝都

 フランシアーノ程ではないが帝都の夏は暑い。
高層建築群とアスファルトの道路で覆われた中枢部は尚更のことだ。
その暑い帝都で上村少佐は直立不動のまま主が戻ってくるのを待っていた。
報道記者達がざわめきはじめ、重い扉が警備兵によって開けられると彼の主人が出てきた。
記者たちが無遠慮に光を焚き、集音機を向けて追いすがるのをあしらい老人は彼の元へ歩み寄る。

「閣下、お疲れ様です」

上村は声と同時に行動を起こし、中島自動車昭和二十九年製「新世界」の後部扉を開けようとするが、老人はそれを制止し助手席に体を滑らせる。
上村は苦笑しつつも冷房の効いた車内に入り、首相官邸を後に車を走らせる。
十気筒二百九十馬力のエンジンは防弾仕様の重い車体を力強く加速させる。


「海軍省ではなく横須賀に向けてくれ。見せたいものがあるんだ。
それと上村君楽にしてくれよ。
そう気を張られたら老体が持たない
君にもいろいろ聞きたいことがあるんだろ」

先に声をあげたのは今週就任したばかりの山本海相だった。
山本と上村は転移前からの付き合い(師弟関係といってよい)であった。
かつて山本が海軍次官であった頃、血気盛んな帝大生であった上村が自宅に押し入り時局に逆らう山本に噛み付いたが、山本に丸め込まれて以来は熱心な信奉者に姿を変えている。
山本を慕い帝大を出て予備士官として海軍に入り、そのまま海軍に腰を据えてしまった。
方面艦隊で燻っていた上村を中央に引き戻したのも新任海相である山本の指示だから、この少佐に対する山本の信頼が窺える。
山本と上村がそのような関係であったとしても濫りに海相に話しわけにはいかない。 近代国家とはそういうものだ。

「よろしいのですか?
たかが少佐、それも何の役職にもありついていないんですよ、私は」

「構わんよ。
君には山口君の下で働いてもらおうと思ってるんだ。
GF長官附きとあれば少佐といえどそれなりのものだろう」


「かしこ参りました。
しかし多聞丸がGF長官ですか、よくそんな無茶が通りましたね。
航空主兵派が三顕職のうち二つを占めるなんて嶋田閣下あたりにすれば好ましくない状況では?」

「うん?
嶋田君は国民の寵を失いつつある落日の宰相なのだよ。
せめて海軍の新進士官の支持は取り付けたいのだろう。
とりあえず次の総選挙までに海軍を固めてこいとしつこく言われたよ」

山本の言葉は全くの事実である。
転移以降急速に発達した経済と国民の政治意識が帝国の政治体制に大きな変革をもたらした。
誰もが転移前のクーデターを忘れていなかったし、亡霊のごとく軍に存在した旧親独派のクーデターで軍のあり方に危機感を募らせていった。
ノモンハンでの苦い経験も指揮権の一本化に一役買った。
憲法十一条と五十五条をはじめ多くの法律が改正、新設され内閣府の長として首相の権能は著しく拡大された。軍の指揮権もその中に含まれる。
その中で久方ぶりの海軍出身者の首相であった嶋田は昭和二十五年の就任以来幅広い支持を集め長期政権を担ってきた。

 嶋田内閣の根本は、巨大な公共事業により産官の支持を取り付け高圧的な対外姿勢を以って気分屋である大衆の心を掴むことにあった。
無論、女性参政権に代表されるさまざまな政策が付随していたが大雑把に言ってしまえばそのように要約できる。


そして新鋭の装備と予算をたっぷり与えられても人員は削減された陸軍。
かつて三百万とも言われた兵力をもっていた地上兵力は、大陸に貼り付けてある四個師団、本土の九個師団と予備が十個師団、これで全てだ。
あとは封建時代の香りが残る同盟軍。
当然陸軍の不満はあったが、兵站業務の著しい増加と拡大し続ける産業基盤を支えるには人員とポスト削減もやむをえないのだ。
なにより安定しつつある同盟国と邦国に面倒なことを押し付けられるし、日本の脅威となるような陸軍を保有している国は存在しない。
地政学的な観点からも考慮すれば親帝國領に地上軍を派遣する国はよほどの物好きといってよい。
嶋田は合理性を採り、陸軍の支持を諦めたといえる。

海軍も例外ではない。
艦隊の拡張が抑えられ、小型艦艇や大型艦の代艦を建造していたのは遠い昔だ。
嶋田が首相に就任した頃には護衛総隊の海防艦の数がそろい、旧式艦を方面艦隊に譲り渡した海軍はこれまでの反動から大艦隊の建造に着手した。
これが拙かった。
嶋田をはじめとする保守派は来寇する(かもしれない)米艦隊を捕捉、邀撃するための艦隊を建設しようとしたのだが、急進派は外洋型の艦隊(それも空母を主戦力とした)を望んだのだ。


元の世界の政治情勢にどのような変化があるかわからないが、対立をはじめてから艦隊を建造するのは遅きに失する。
転移後建造された戦艦は高千穂級と浅間級(浅間級の実態はは装甲巡洋艦)の八隻に過ぎない。
それも金剛級と扶桑、伊勢級の代艦としてだ。
日本が安穏と国内基盤を固めている間アメリカがどのような艦隊を造り上げているのか想像もつかない、ならば我々はアメリカがどのような艦隊を持ってきてもとりあえず撃退できるだけの戦力が必要であり、短期決戦に役立たない空母や補助艦艇(海防艦も更新を凍結する)など後回しという主張だ。
これを荒唐無稽な妄想といって切り捨てるわけには行かない。
確かにアメリカを多少なりとも知るものにとっては、ある日突然元の世界に帰還してアメリカと対立するかもしれないという恐怖を拭えないのが現状なのだ。
(この恐怖は昭和40年代半ばに転移の実態が明らかになるまで尾を引くことになる)


inserted by FC2 system