『ユフ戦記』10


戦争計画 player A 後編6


言い争いをしながらも皇太女は叛乱軍の手を脱し、五黎山の翼竜基地に身を寄せた。
勅書を持った翼竜部隊が皇都中の実戦部隊に放たれ、夜明けまでに皇都中枢を奪回し、叛乱は収束する。

皇室転覆を狙った帝國使節団は何事もなかったかのように戴杖式に列席し慶祝を述べ皇都の沖に浮かぶ帝國艦隊に賓客を招待した。
事情を知るものからすれば厚顔無恥もここに極まれりというべき態度だが皇国は表立って帝國の陰謀を追求することなく、帝國人とダークエルフの入国制限を水面下で取り付けた。
即座に帝國と事を構えたくはないからだ。

とはいえ、叛乱部隊と帝國の橋渡しをしていたダークエルフの多くが犠牲になった。
魔道院が皇太女に抑えられ、証拠を残さないために機械通信を行えない帝國が叛乱軍との連絡をダークエルフに頼ったためだ。

戒厳令下でのダークエルフの活動は目立ち、多くが射殺された。
しかしダークエルフの存在を公認していない皇国は、そこから帝國の責任を追及できるわけもなく、見舞金として斎聖殿の補修費用を巻き上げる程度にとどまった。

 叛乱に関わった皇都の商人は直ちに拘束され、皇国から反体制派が合法的に一掃された。
ファンツリックらは無事近衛に編入され、
功一級のレイは近衛艦隊に配属され新皇暦331年現在、十竜長として竜巣母艦シンロードの飛翔隊長を任されている。


 月が小内海の波間に消えかかり、夜明けが近づく。
あれから三年。
あの時は一夜限りの叛乱騒ぎだったが、今年の冬は正面きっての戦争になるかもしれない。

それでも、この艦隊があればそう酷い事にはならないだろう。
レイの視界には、演習のために皇国中から集められた近
衛艦隊の全容がある。
 四十隻近い護衛艦艇が形成する輪形陣の中心に、十隻の竜巣母艦が配されている。
十二隻の母艦が完成したものの、一隻は完全な試作型、もう一隻は排水量が小さすぎて有効な打撃戦力となり得なかった。
よって戦力として運用されるのはこの十隻で全て。
開戦までに新たな艦が竣工することはないだろう。

とはいえ、悲観する戦力ではない。


十隻のうち七隻を占めるロード級(シンロードもその一つ)は、帆船としては空前の基準排水量255ボワーズの巨艦だ。
帝國に習い平坦な全通甲板を備え、側面に翼竜用のスロープを4つ備えている。
さすがに動力を機械化するわけにはいかず風に頼るしかないが、その帆の配置も独特だ。

甲板最外部にマストを立て、翼竜の離発着の邪魔にならぬように配置されている。
帆船としての機能は幾分損なわれたが、風の魔石で風力と風向きを調節できるから見た目ほど鈍重ではない。
何より帝國の機械竜と違い、合成風力がなくても翼竜は発艦できるのだ。

そして、翼竜のために整えられた最高の環境。
性能を向上させるため、生殖能力のみならず魔力の生成能力まで削除された翼竜(皇国は新竜と呼称)は、魔力をふんだんに蓄えた魔石(魔導師が宝石に魔力を込めたもの、 同質量の黄金に比し1.5倍程度の値段)を出撃前に丼一杯分食べる。
そして、気候の変化に軟弱な新竜のために整えられたのが館内の冷暖房だ。
皇国が長年の間飛行戦力を艦隊に組み込めなかったのは、翼竜のための快適な温度を維持できなかったからだ。


寒さは蒸気を艦内中の管に吹き込むことで解決できるが、南小内海は暖かい海流と日光のせいで酷暑が訪れる。
冬でも新竜のすごせる暑さではない。
魔法や魔道具を使っても恒久的に冷房を効かせないし、水を流して気化熱を利用する方法ではなんの役にも立たなかった。
そこで皇国が目をつけたのが、帝國人が使っている冷房だ。

 技術保持のため、分解すれば機能しなくなる冷房機と発電機をさまざまな制約のついた上で皇国は購入した。
皇室と一部の功臣用と偽り、業務用の冷房セットを三十機購入したその代金は皇国地軍一個兵団新設分の予算にも匹敵した。
(皇都の夏は暑い上、帝國人の誰もが皇国のワイバーンが温度に敏感であることを知らなかったため帝國人は何の疑問も持たなかったという)
要するに、帝國が出現しなければ竜巣母艦の実現はありえなかったということだ。
逆に、帝國が出現しなければ竜巣母艦を作る必要もなかったのだが。


この巨体に三十六騎の翼竜(満載値であり実際は三十騎程度)を搭載する。
(冷房と魔法石と食料があれば何とかなるのだ。
帝國の機械竜の様に面倒な装置は必要とされないからこの数が実現された)

近衛艦隊の航空戦力は、数の上では第一航空艦隊を凌駕する存在なのだ。

 「十竜長、発艦準備にかかります」

部下の声でふと我に返る。
彼の声が震えているのは気のせいではないだろう。
レイは皇都の英雄として虚実入り乱れた逸話とともに語られている。
演習といえどレイに話しかけるのに緊張するようだ。

レイは返事をし、艦内に戻る。
三年前とは全てが異なる。
自分の与えられた責任と権能、率いているワイバーンの性能、そして自分の乗騎。
最精鋭の近衛にふさわしく、皇国の中で望みうる最高の物が与えられている。
レイの前途は明るいとはいえなくとも、絶望に塗りつぶされているわけではない。
今日の演習の仮想敵は、言うまでもなく帝國艦隊だ。


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