『ユフ戦記』09


戦争計画 player A 後編5

 連続した甲高い音が皇宮の杜に響き渡る。
皇国軍の、いや列強の銃には有り得ない発砲音。

スリツカヤの所属する第101近衛降下小士隊は帝國製機関銃の前では頭を上げられず、応戦すら儘ならない。
状況は押され気味というのは、かなり控えめな表現だ。


レイに率いられた近衛第一飛翔大士隊(半刻前の第三翼竜飛翔大士隊)は
定数より若干多い五十騎強の翼竜戦力を擁し、その内の半数が地上兵力を背負い斎聖殿前の杜に着地した。
一騎に当たり二人を運んで来たから、
二個小士隊(定数48)が展開したことになる。

が、斎聖殿の一つしかない出入り口には帝國製の武器を携帯した叛乱軍がおよそ500展開していた。
翼竜からの援護も散発的なものにとどまっており、敵陣突破どころか包囲殲滅されそうな状況だ。
装備云々の前に、彼我の兵力比が1:10という条件下では敵陣を突破して斎聖殿に辿り着けというのは不可能に近い。

「畜生、連中とんでもなく贅沢だ。一個小士隊当り二機は備えてやがる」


小士隊長のイワノロフ後衛竜士が愚痴を漏らす。

言うまでもなく機関銃を指している。
全ての皇国地軍士官にとって、帝國陸軍の火力は悩みの種だ。
カイアール紛争まで、帝國は鹵獲される危険性の高い状況下に帝國製の武器を投入するのを避けてきた。
正面戦力は同盟国に押し付けて帝國はいつでも退却のできる場所からの火力支援に徹してきたのだが、カイアールで大量の武器を列強に鹵獲されて以来方針転換を図っている。

「どうせ鹵獲されてもコピーなんかできっこないんだし、使えるときに使おう」

という開き直りとも取れる姿勢の結果、イワノロフの頭上を九十二式重機関銃弾が飛んでいく。

叛乱軍に余剰となった旧式兵器を供給しているのだろうが、帝國製火器は新式でも旧式でもひどく厄介な代物なのだ。
他の皇国地軍士官に先立って、イワノロフは帝國製武器の重火力に直面している。


皇国がユウジルドとの戦いで培った塹壕戦術を駆使すればやり過ごせるが、状況は攻勢を強いている。
速やかに皇太女殿下を救出しなければどこに連れ去られるかわからない。
最低限叛乱軍が殿下の御身を斎聖殿から移すことが出来ないように圧力をかける必要がある。

「小士隊長、連中が正規兵でないのは御の字ですな」

スリツカヤが小士隊中に聞こえ、敵には聞こえないような絶妙の音量で話しかける。
兵たちを不安がらせないのも下士官の務めだ。

「確かに、連中なっとらんね。
あれが部下だったら教練で扱いてやるんだがなあ」

イワノロフも気軽に応じるが、内心はかなり悲観的だ。
雪に溶け込むような冬季軍服と暗闇のおかげで集中射撃を食らわず杜の中に隠れていられるが、状況の打開を期待できるような材料はない。

「全く、翼竜部隊は何をしているんだ?
敵の兵力が全部こっちに回ってきたじゃないか」

イワノロフの疑問が氷解するまで時間は掛からなかった。


外が騒がしい。
カリュンが幽閉されている部屋には窓がないため状況を視認できないが、石造りの壁と廊下の向こうからはっきりと音が聞こえる。
久しぶりに耳にする戦場音楽。

どうやら、叛乱軍と皇軍が斎聖殿の門の辺りで接触しているようだ。
発砲音から察するに叛乱軍が押しているようだが、それよりもどうやって駆けつけてきたのかしら?
多く見積もっても中士隊程度の戦力で皇宮の中まで来てくれるとはどんな手品かしら。
その瞬間、カリュンは身の危険を感じた。
直感的に机の下に伏せる。

 連続した爆発音。
轟音と熱風が吹き荒れ、気がつけば部屋の壁に大穴があいている。
その外をみれば、廊下の天井近くの壁にも穴が穿たれている。
足元には、部屋の周りを警戒していたであろう叛乱軍兵士の屍。
なんという無茶を。
皇宮の、それも私の捕えられているであろう場所を攻撃するとは。


カリュンが一人ごちている間に廊下の穴から翼竜が舞い降り、懐かしい声が響き渡る。


「殿下、早くお乗りください。門で敵兵力を引き付けているうちに。
詳しいことは雲上で」

銀髪の少女が急かす。
確かに叛乱軍の手を逃れるのが最優先だ。

「レイ!
必ず馳せ参じてくれると思うてたぞ」

カリュンが翼竜の下に駆ける間に、騒ぎを聞きつけた叛乱軍が戻ってくる。

発砲音、そして翼竜の悲鳴。
さすがにカリュンを狙う様な真似はしないが、危険であるには変わりない。
小銃弾の五発や十発で飛行に支障をきたすような事はないが、結界の張れない地上ではあまり被弾したくはない。

レイの手綱に応え、翼竜が手近にあった壷を前肢で掴み叛乱軍の方に投げる。
それに飽き足らず周りの調度品を廊下の扉に向かって投げつけ、即席のバリケードを作る。

「そなたあれが一つ幾らするか存じているのか?
翼竜士官五世代分の給金は軽いぞ」
翼竜の背にまたがりカリュンは文句を言う。
レイは即座に手綱を引き、上昇させる。

「姉様のお命と皇国の命運に比べれば塵のようなものです。
ってどこ触っているんですか」

「久しぶりに会うと言うのにそなたの胸は成長しておらんな。
そなたの胸の成長を見込んで服を新調しておいたというのに」

レイも口では嫌がるそぶりを見せるものの不機嫌ではない。
なにしろ皇太女殿下が同乗しているのだ、幾ら叛乱軍といえども発砲する莫迦はいないだろう。
政治的な打撃が大きすぎるし、地上から飛び回る翼竜を攻撃する手段は限られている。
二人は言葉を交わしてじゃれ合いつつ、斎聖殿上空でファンツリックらと合流したときそれは起こった。


「敵発砲!」

警戒に当っている竜士が叫び、すかさず三騎程の翼竜が射線上に割り込む。
部下を犠牲にしつつ、レイたちは上昇する。
低空で加速前の翼竜など良い的だ。

「政治的状況を考慮して撃たないと仰ったのはどなた?
彼奴らが学のない雇われ兵という事を考慮していなかったのでは?」

銃弾が飛び通う中レイが皮肉を飛ばす。
盾になっている僚騎が血飛沫を撒き散らして大地に吸い寄せられていく。
機関銃ではない。
連中、対空用の重機を引っ張り出してきた!
カリュンも黙ってはいない。

「列騎竜士ごときが生意気言う前に加速させい。
このままでは良い的よ」

「姉様の胸が無駄な錘になっているのでは?
加速力をお望みなら基地航空隊にも新型を配備してください
それと今は百竜長で近衛指揮官ということにしてあるんで」

「減らず口を!
そなたの銀髪が月明かりに反射して目立つのでは?
その上階級詐称にありもしない近衛部隊をでっち上げ?」

「伸ばしたほうが可愛いと仰ったのは姉様です!
それに私が柔軟な対応を姉様は未だ囚われの身ですよ?」

「……」

「お姉様、どうなさいました?」

「なんでもない。
少し考え事をな」

そうだ。
帝国の連中は失敗する可能性も頭に入れていただろう。
最悪の場合皇国と全面戦争になるかもしれないのに。
ならばどうしてこんな無茶をするのかしら?
いや、この件に限らず帝國はどうもおかしい。
経済的な利益の為なら戦争をも辞さないようだ。
戦争の出費が利益を上回るかもしれないのに?
何が帝國をそうさせているの?


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