『ユフ戦記』07


戦争計画 player A 後編3

 レイは叛乱軍の補足、迎撃を避けるため海上から皇都に進入する。
夜間とはいえ、マナを放出して飛び回っているわけだから用心に越したことはない。
皇都湾上空に差し掛かると、昏い海面に派手な明かりを燈した二隻の巨艦が浮かび上がる。
大小三十隻近くのお供を連れ回し、(帝國人が正直者だと仮定すれば)戴杖式への慶祝を述べに遥々帝國本土から馳せ参じたタカチホとホタカ。
言わずと知れたタカチホ級の一、二番艦。噂ではさらに二隻が建造中であるという。

勿論、帝國人はともかく帝國政府が正直者であるなど有り得ないというのが列強各国の共通認識であるし、レイもそれに賛同している。
現に恐れ多くも皇主旗艦専用と定められた皇都西港の第壱埠頭に停泊している上に、其の主砲は皇都中枢部を指向している。
何かあれば、叛乱軍の鎮圧に協力すると理由をつけて皇軍を吹き飛ばそうという魂胆だろう


これだから帝國人は信用ならない。
その上この傲慢さときたら。
カイアールでもそうであったように、この世界は武力と発言力が比例関係にあり、そして帝國軍が世界最強であると信じているようだった。
皇国をはじめとする列強諸国にとって腹立たしいのは、少なくとも後者については事実であるということだ。

帝國艦隊上空を通過し、レイは皇宮の斎聖殿を目指す。
戴杖式を控えた皇太女は、世俗から離れた斎聖殿で禊をし皇主たるの心構えを斎官に説かれるのが慣わし。
であるならば、皇太女を斎聖殿に隔離し軍との接触を断つことが叛乱軍にとって最善の筈。

村と両親を帝國軍に焼き払われ、兄と生き別れてカイアールの砂漠地帯を彷徨っていた私を拾い上げ、王家の養預子として姉妹のように接してくれた皇太女殿下。
装飾過多の服を無理やり私に着せ込み、翼竜で連れ回し、怪しげな御菓子を拵えては毒見をさせられる以外はなんの不満もなかった。
ここで恩義を返さず、いつ返すというの。


 同時刻 皇都皇宮斎聖殿内


 カリュンは卓上の法令案を見つつ、溜息を零す。
叛乱軍が署名を求める法令案だ。
中身は、皇国商人の自由な交易と、海外資本の大量導入。
そして皇主の権限を弱め、皇国商会の政治的発言力強化。
法律案の端々に見慣れない言い回しが挿入されている。
大方帝國の役人が作ったものを訳したのだろう。
全く、帝國人はいつも詰めが甘いのだから。

斎聖殿に見知らぬ兵士たちが乱入し、カリュンと斎官達を拘束してからもうじき二刻が経つ。
流石に部屋の中にまで監視はいないが、斎聖殿内とその周辺には叛乱軍が屯しているだろう。
連中本気のようね。

叛乱軍の兵士は訛りからして本国人ではないようだ。
商人たちが植民地で忠誠心の薄い民をかき集めてきたのだろう。
それだけならば大したことはないのだが、問題は連中の装備だ。
叛乱軍が所持していた装備は帝國のもの。
半年ほど前に、帝國が各国に武器が散逸した旨を伝え注意を喚起していたが、今回の叛乱を後押ししていながら失敗の時にはシラを切り通すための方便ということか。

 カリュンの中では今回の叛乱の全容が整理されつつある。
以前から、皇国の一部大商人の間では皇室に対する不満が募っていた。
その理由は、まず以って皇国軍の戦力拡張方針。
翼竜の強化、恐ろしく高価だが少数の近衛艦隊の整備、そして高価だが少数の陸戦装備。
これらの皇国国産兵器に加えユウジルド王国から大量に輸入される魔石類で皇国の軍事予算の大半が占められる。


皇国は、少数精鋭の軍備で以って帝國に対抗しようとしている。
これは、高度な技術を持ちながらコスト面から敬遠されていたような商人や技術者が台頭するのに引き換え、従来の汎用軍船を大規模に建造し、大量の火器、装備品を調達する旧時代の軍需商人達が黄昏の時を迎えていることを意味する。
結果、皇室への忠誠心を上回る不満を抱える商人が出現する。

恐らく帝國人に紛れてダークエルフが皇都に潜入し、煽動したのだろう。
資金や武器の援助、それから親帝國政権(これは帝國の支配下に組み込まれることを意味するが)下でのさまざまな特権を餌にした、というところだろう。
愚かなことだ。
帝國の独壇場となるような経済体制において、叛乱に功のあった特権商人などいつまでも存続できるものではない。
彼らが帝國にとって利用価値があるのは、皇国が帝國と対立している現状においてのみだというのに。


 叛乱人どもの十年後の将来設計よりも今宵のわが身の振り方を優先したいが、如何せん打つ手がない。
皇太女とはいえ臨時に統帥権を委ねられているし、実際に命が下達されれば全軍電雷が走ったように付き従うだろう。
だが外部との連絡が遮断されている現状では軍と接触できないし斎聖殿などその神聖さが一人歩きし近衛すら近づこうとしない。
中央集権を推し進め、王家の政治介入を排除した結果出来上がったのが、皇主の命令がなければ一発の銃弾も撃てない軍だ。
何かおかしいと感じても積極的に皇宮の中に入り様子見をすることはないだろう。
今頃私の命がないため動かず、その間に叛乱軍は私の命と称して皇都の中枢を押さえ、要人を拘禁ないし殺害していることだろう。

本当、肝心なときに役立たずな軍ね。
その責任の大半は軍組織を作り上げた歴代皇主にあるのだが。

誰か積極果敢で型破りな軍人はいないかしら。
斎聖殿での戦闘も辞さず、叛乱軍の包囲を突破して私の元に駆けつけてくれるような軍人は。
ともかく、手元の命令を皇都中の軍に伝えるだけで叛乱は収束するのに。


皇都皇宮斎聖殿上空


 レイの夜間視力が頼りないことを差し引いても、斎聖殿付近の敵兵力は軽く二百以上。
恐らく殿内も含めれば、四百を超えるだろう。
その上、愛騎の背中に備え付けられた戦術魔道通信端末からは、皇太女殿下の私兵(叛乱軍の誤認とみて間違いない)は帝國風の武器を所持しているという情報が飛び込んでくる。
単騎突破は無理だろう。
地上部隊は時間がかかる。斎聖殿を目指している間に叛乱軍は大規模な兵力を集結させるだろう。
翼竜が、少なくとも一個士隊(一二騎)、欲を言えば三個は必要だ。
近場で、私の顔と身分が割れていない翼竜部隊。
好みではないが地軍に頼るしかないようだ。

姉様、すぐに戻ります。
レイは呟くと斎聖殿を後にした。


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