『ユフ戦記』06


戦争計画 player A 後編2

 自室に戻ったレイは素早く軍装を整える。
たかが新米の列騎竜士(帝國のいう中尉に相当)とはいえ、まがりなりにも士官である彼女は個室を与えられているから、女であっても気兼ねなく着替えられる。
尤も彼女が異性の目を気にするか否かは甚だ疑問であるが。

皇国軍が採用する翼竜飛翔服は士官と下士官、兵の物に相違点はない。
竜を駆るにはそれなりに機能性を考慮した服を着る必要があるから、自ずと服の外観は限定される。
であるならば、わざわざ階級で別個の服をつくる必要はなく、階級章のみで区別するのが合理的である、と誰かが発案したおかげで彼女が翼竜飛翔服を着用しても一瞥しただけでは階級がわからない。


雪と雲の迷彩効果を期待してか、白鼠色に彩色された飛翔服を着た後、軍刀を手にしようとした手が止まる。
家から持ち込んだ私物、そのうちの姉に託された鋭剣が目に入ったからだ。
姉がかつて南方の地で翼竜飛翔士官として名を馳せた際に佩用していた逸品。

ジグリード・ロイという名は、ロイ王家と血縁があるものの直系ではないことを示すから、彼女がロイ王家の養預子であることを知る物はいない。
剣を持っていればいろいろ役に立ちそうだ。
レイは軍刀に代えて鋭剣を手に部屋を出る。

 誰か同士を募りたいところだが、着任して間もないこの基地で信用の置ける人物を未だ見出していない以上、単独で行動するしかない。
それよりも誰にも告げず、迅速に行動したほうがよい。
レイは基地の廊下を歩くと、上官の部屋の扉が空けたままであることに気付く。
部屋は無人。
椅子には百竜長(中佐に相当)の階級章が縫い付けられた外套が掛けてある。
役に立ちそうな物は、上官のものであっても徴発してもよい。
まして今は皇室の一大事。
即座に皇国の如何なる軍令にも記載されていない規範を編み出したレイは素早く外套を取り、翼竜格納庫に向かう。


格納庫といえば聞こえがよいが、その実態は穴倉だ。
山の岩盤を穿ち、その中に皇都第三直衛翼竜隊の全騎…
即ちおよそ二百騎の翼竜が収められている。

レイは監視の目を潜り、速やかに愛騎のもとにたどり着く。
そこには冬毛を纏った翼竜が惰眠を貪っていた。
竜の尻を鋭剣で叩いて優しく起こすと、その背に跨る。
(無論軍規違反。竜の暴走を防ぐため格納庫の外まで手綱だ曳くのが普段のやり方だ)
幸い翼竜は知能が高いので、主人の内心を察し即座に反応する。
彼とて愚鈍たるを理由に鍋料理にされてはかなわない。

 レイを背にした翼竜は制止する兵卒を尾で気絶させると一気に上昇する。
その加速は他国の飛竜とは比べ物にならない。
直衛隊、口悪く言えば新米を扱き、教導隊が訓練するだけの部隊。
生殖能力を削除されたワイバーンロードとはいえ、新型を与えられているわけではない。
であるのにこの飛翔能力。
その理由を皇国人はこう解していた。


もともと、飛竜(あるいは翼竜、ここでは便宜上ワイバーンと呼称する)は、皇国の東にあるネストリア山系原産である。
大量のマナを消費するワイバーンは、その起源が人為的なものであるにせよ、
自然に生まれてきたものであるにせよ、人間の保護がなければマナの溜まり易い地でしか種族を維持できない。
ネストリア山系でワイバーンが全盛を振るっていたころ、他の地域では精々単騎のワイバーンが人里を襲ったという伝承がある程度だ。
これはかなり不自然な記述だ。
ワイバーンは社会を持ち、集団で行動する性質を持つ
(そのおかげで現在ワイバーンでスムーズに編隊を組めるのだが)から単騎で遊びまわったりしない。
故に、皇国人はそのような伝承上のワイバーンを、ネストリア山系での生存競争に敗れ、マナの薄い各地に逃げていったのではないか、と推測している。


確かに、ネストリア山系付近の国家がワイバーンを軍用として捕獲するまで、ネストリア山系はワイバーンが溢れ、人間が入れる場所ではなかった。
ワイバーンはネストリア付近の国家を軍事強国にするには役立ったが、それで国家の永遠の繁栄が保障されるわけではない。
古の、名前すら忘れられた大国がワイバーンの劣等種をエルフを通じて全世界に売り払った。
その劣等種が各国のワイバーンの起源だ、とする説がまことしやかに囁かれている。 これが真実かどうかは確かめる術はない。

だが、皇国以外に野生のワイバーンが生存している国はない。
そして皇国の翼竜部隊は他大陸の飛竜部隊に圧倒的な優位を誇ってきた。
(帝國人は知らないことだが、対帝國との紛争でも皇国翼竜飛翔隊は圧倒的なキルレシオを達成した。
新皇暦323年のカイアール紛争において、列強各国は帝國兵器の性能確認のため義勇軍を募り、投入した。
その際、皇国翼竜飛翔隊は四式戦や紫電改を主力とする対帝國戦闘機に対して撃墜17、被撃墜2という戦果を残しているが、皇国はその情報をひた隠しにしている)
手を加えていない在来種ですら、列強のワイバーン・ロードより優位に立ってきた。
生殖能力を削った種や新たに開発されつつある新型では、いったいどのような結果がもたらされるのだろうか。


であるからこそ、皇国は他国のワイバーンと自国のそれを区別して、翼竜と呼称している。暑いところでは寝つかない、餌が高価なものばかり、気位が高くて乗りこなすのが一苦労といった欠点を抱えているものの、帝国が出現した今も未だ有効な戦力として機能する、皇国はそう考えている。

ともかくも、レイは翼竜を駆り、皇都を目指している。
疲労を考慮しても毎時二百リーグで飛翔できるから、皇都上空まで六半刻(十分)程度だ。


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