『ユフ戦記』03


戦争計画 player A 中編−1

レビンスキーが目を移したクウボ一覧、その内容はここ10年大きな変化はない。
そのことに不審な点はない。
帝國人はクウボの数よりも搭載する機械式飛竜の質的向上に傾注してきたからであり、決して航空戦力を軽視しているわけではない。

 帝國の保有するクウボ、その中核戦力はレビンスキーの手元にある資料によれば

タイホウ   同型艦なし 
ハクホウ   タイホウの準姉妹艦、同型艦なし
ショウカク、ズイカク(以上ショウカク級)
ヒリュウ   同型艦なし
ソウリュウ  同型艦なし
アカギ    同型艦なし、練習艦
カガ     同型艦なし、練習艦

(ただし、ショウカク級は新皇暦325〜327年にかけて二隻とも大改修を実施。タイホウ、ハクホウのような重装甲クウボに変容している)

このほか多数の軽クウボがあるが、殆どが通商路や遠隔地を守るために分派されているから直接の脅威とはなりえない。


アウステルの説明を聞き流しつつ、戦力配備状況へと頁を進めていく。われらが参謀本部長閣下は未だクウボの個艦性能をご説明なさっている。
知っていることを延々と聞かされるのはなんとも退屈なことだ。文官連中は興味津々のようだが。

皇国水軍が刃を合わせなければいけないのは第一航空艦隊のタイホウ、ハクホウ、ショウカク、ズイカクに加え、皇国を牽制するようにライアール諸島でうろうろしている第十六艦隊のジュンヨウとヒヨウの計六隻。
それだけのはずだ。少なくとも参謀本部はそう判断している。

「本当にその六隻だけで済めばいいんだが」
レビンスキーはひとりごちるがアウステルの声にかき消されて、注目を集めることはない。
頁をめくると、第一航空艦隊の箇所に目が留まる。
なんとまあ、連中本気か?面倒は近衛だけに背負ってもらいたいものだが、そうはいかないらしい。


帝國との交渉が決裂すれば、皇国には戦争しか選択肢は残らない。
ではどう戦うか。
長期戦になれば世界中に分派したクウボや練習艦となっているアカギやカガまで持ち出してくるだろう。うん、やはり短期決戦しかないわけだ。

開戦劈頭の痛撃。敵は大混乱。
そして復讐に燃える第一航空艦隊に近衛艦隊とユウジルド艦隊が手を取り合って挑み、少なからぬ損害を与える。その際味方の損失は問題にならない。
国際政治への影響と、長期戦の膨大な戦費や出血を懸念する帝國。
そして帝國臣民に芽生える厭戦気運。それを無視できない民主主義とやら。
そして列強二つが消え、直接帝國の圧力にさらされることを恐れる列強諸国。
お互いその辺でいいじゃないですか。
かくして講和は成れり。

はは、なんとも素敵じゃないか。
何事もそう上手くいかないだろうが、座して滅ぶよりは希望があるじゃないか。
決戦艦隊たる近衛艦隊が全てを握るわけだ。

レビンスキーの視線は隣席の近衛艦隊司令官、クロイツェン大提督へと注がれる。皇国の運命は閣下が握っているのですよ。


クロイツェンはレビンスキーのよりもいささか真面目であるから、アウステルの説明に耳を傾ける。帝國海軍艦艇の分析を終えた後、艦艇の配備状況へと話は移る。
第十六艦隊は目立った変動はなし。二隻のクウボと旧式の護衛艦のほか、ミナツキ級が対空用として六隻配備されている、と参謀本部長が説明したときクロイツェンの横から声が上がる。

「まあ、帝國の公式発表を信用すればの話しですな」

ここは宰相府で、相手は参謀本部長(水軍元帥)であることを考えれば、なんとも失礼な行為だ。こんな態度をとるのはクロイツェンの知る限り、一人しかいない。
案の上、発言の主は隣でタバコを(宰相や軍高官に断りもせず!)燻らせているレビンスキーだ。階級は提督に過ぎないというのに宰相や元帥を前にしてこの態度。
文官連中なんぞ眼を丸くしている。
これで艦隊司令まで出世したのだから、能力だけは確かだ。


「ええ、勿論そうです。ただ諜報部もずいぶん努力して裏をとっていますから、信用に値すると判断しています」

アウステルもレビンスキーの無礼な態度に慣れたもので、丁寧に応じる。

「ただ、第一航空艦隊に若干の配置転換がありました。タカチホ級がアサマ級と替わって配備されました。あなたの言う通り、帝國の公式発表を信用すればの話ですがね。そういえば、第4艦隊はいざというとき敵水上砲戦部隊へ対処することが主任務でしたねえ。」

アウステルは意地の悪い笑みを浮かべて付け加える。
それに応じて、レビンスキー顔を真っ青にさせながら声を押し殺すと、周りから笑い声が上がり、弛緩した様な空気が漂う。
なんとも無礼な水軍提督を冷徹な参謀本部長がやりこめる。
大臣や文官連中にすればアウステルに拍手喝采といったところだろう。

 これがレビンスキーの演技なのだから、なかなかたいしたものだ。
参謀本部長との息も合っている。こう見えて二人は仲がいいのだが、文官連中にはそんなそぶりを見せない。ともかくも、皇国にとって不利な話題を場の空気を悪化させることなく消化したのだから、その手腕は評価できる。


 一通り帝國軍の概略を説明したところで、アウステルがクロイツェンに近衛艦隊の状況説明を求める。レビンスキーとは異なり、宰相に一礼してからしゃべり始める。

「現在のところ、近衛艦隊の各戦隊は分散配置をしております。これは帝國軍に正確な戦力を掴ませないためであり、ある程度は成功しています。勿論戦時には集中運用を行いますが」

クロイツェンの述べたとおり、近衛艦隊の正確な戦力を帝國は把握していない。皇国宰相ですら正確な戦力を知らされていないのだが仕方ないともいえる。この問題について戦後帝國内で一悶着起こるのだが、皇国には戦後の帝國政治にまで気遣う余裕などない。

「初動では奇襲的に第十六艦隊を叩きます。この時点では戦略、戦術両面の理由からユウジルドの支援を受けられませんが、十分な成算はあります。」


「当然ですな、我々があれほど苦労して予算を捻出したのです。前座に負けるようでは話になりません」

金務大臣が声を上げるが、文官はこぞって首肯する。
増税と各方面の支出削減に加えて、大商人達に供出金をお願いに行ったのは彼らなのだ。支出削減の一環で給金をカットされるなか、商人に供出金を求めて歩き回ったあの過ぎし日々の苦労は誰もが鮮明に覚えている。
皇国が商人を保護するために成立した統一国家であり、その商人に『艦隊の建造費を出せ、しかし詳細は国家機密で教えられない』と言って回るのだ。その苦労は並大抵ではないことは経済観念の鈍いタブリンの旧貴族にも想像つく。 

 が、皇国も初動で二隻の準正規クウボを撃破することに自信を持っている。
この点については、皇国水軍内部では一致した見解を持っている。 
10年掛けたワイバーン・ロード部隊の大量育成。
恐ろしく高価だが破壊力の高い魔硝石をふんだんに使った対艦爆弾の備蓄。
それらを搭載する竜巣母艦と防空専用艦の建造、そしてそれらの集中投入。
第十六艦隊を叩くのはそう難しいことではない。問題は補充がきかない航空戦力の損耗がどこまで押さえられるか。
帝國の最精鋭たる第一航空艦隊との衝突まで余計な出血は避けたい。


「興味深いですな、今までにそのような形の戦いは記憶にありません。」
宰相がつぶやくが、クロイツェンは満面の笑みを浮かべて答える。

「はい、宰相閣下。
洋上航空兵力を持つ艦隊同士が衝突するのは戦史上例がありません」

つまるところ、全てが順調に進めば皇国水軍大提督にして功二級・皇国準男爵たるユーリッヒ・オプト・クロイツェンは、戦史上初の機動部隊決戦を勝利した指揮官として永遠に記憶されることになる。


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