『ユフ戦記』02


戦争計画 player A 前編

新皇暦331年(昭和31年) 夏
フランシアーノ皇国宰相府内

「帝國の艦隊戦力は着実に増強されつつあります。おそらく五年もすればユウジルドと組んでも対抗不可能となります。」

25平方フィフィク(約225u)程度の薄暗い部屋に乾いた声が響き渡ると、その場にいた全員が呻き声をくぐもらせた。

ある程度予想できていたことであるが、仮想敵の戦力分析に責任を持つ水軍諜報部部長のシグリド准提督の言葉であると、それなりの重みを持つ。誰もが冷徹な現実に向かい合わされると、場の空気は沈みがちとなる。

その空気を察知して宰相のアテゴラスは問いを発する。
「アウステル殿、貴官の意見は如何?」


発言を求められたフランシアーノ皇国水軍参謀本部長は冷たさすら感じさせる双眸を以って室内を見渡すと、おもむろに口を開いた。
「准提督の意見はかなり的確に現状を突いています。まずはお手元の黒い冊子を御覧頂きたい。」

室内に海軍高等養成学校講義室を思わせるの緊迫した空気が流れる。思わず背筋を伸ばすものもいる。 皇国の上層部は文武問わず官僚出身であるから、出生の貴賎を問わず高等教育経験者となる。
建国当初の小さな国家ならいざ知らず、広大な海域と点在する植民地や多くの民族、膨大な水軍艦艇、そして目端の利く商人を纏めるには貴族階層の尊大な姿勢を以ってするのは限りなく不可能に近いことをこの300年の経験が教えてくれる。
そして高等教育を受けたものは、教練担当者の冷徹な迫力に無意識のうちに畏怖を憶える。

アウステルは参謀本部に返り咲く前は水軍飛竜学校の校長をしていたから、誰もが苦しい高等教育時代を思い出すのも無理からぬことであった。

各々がその迫力から逃れるように手元の冊子に目を落とす。
慣例からいえば水軍諜報部の後は地軍諜報部が発言することになっていたが、全体的な戦力比較で場の空気を変える様な発言は望めない。恐怖心に駆られて会議を進めても実りは少ない。細心であることと臆病であることは違うのだ。
アウステルの迫力により帝國に対する恐怖心が幾分緩和されたことは確かだから、それを計算して問いを発したアテゴラスはなかなかの心遣い上手といってよい。まあその程度の呼吸が読めなくては列強の宰相とはなれないから当然といってよいが。


部外秘の印を押された黒い冊子には収集した帝國の軍事情報が記載されている。
帝國はどのような思惑があってか実戦部隊の艦艇情報を公開している(建艦計画に関しては別で、徹底した秘密主義を採っている)。まあ一般的な見解では現状の海軍力を公開することで相手を威圧することが目的だとささやかれている。事実はまさしくその通りであり、なにも目新しい発想ではない。清国海軍にかつてされたことをそのまま列強に行っているだけである。
そのためユウジルドでも似たような情報を握っている。部外秘なのは皇国の情報収集能力ではなく分析能力だ。平たくいってしまえば、皇国が帝國海軍にどのような評価を与えているかが秘密の対象となっている。

それではいっそ建艦計画と国家予算も公開してはいかがかと部内では議論があったのは確かだ。が、詳細な国力や技術段階、今後の見通しまで与えれば、早まって戦争を仕掛けてくる可能性があるといわれたため、近未来の帝國軍の予測はフランシアーノ独自のものだ。


「まず、帝國海軍の艦艇を説明します。第16頁を御覧ください。」
アウステルに従い冊子をめくると、帝國海軍の艦艇一覧が艦種別に記載されている。

水軍実戦部隊の代表として会議に参加している第4艦隊司令官レビンスキー提督はまず水上砲戦の王者、センカンの一覧に目を向けた。
なにせ彼の率いる第4艦隊は旧態依然とした戦列艦を主力としているのだ。気にならないはずはない。
見るところ帝國海軍は依然として良好な状態で艦隊を維持しているようだ。何を以って良好とするかは人によって異なるが、少なくとも比較的新型の艦艇を揃えているのだ。


あれほどクウボの直衛として恐れられたコンゴウ級の各艦は現役を退き予備艦扱いになっている。
まあ解体されないのは正規のクウボ部隊に随伴できる速力を惜しんでだろう。 対地艦砲射撃の代名詞とされたフソウとその准姉妹艦の計四隻は解体されて名簿から姿を消している。

では帝國海軍が水上砲戦部隊に見切りをつけたかといえばそうではない。帝國の基礎工業力が確固たる物となり財政的にも余裕が出てきた(とされる)ころに、新型重巡の能力不足を懸念してコンゴウ級の後釜が登場した。
新皇暦324年(昭和24年)に4隻全艦が就役したアサマ級。
帝國海軍は巡洋戦艦といっているが我々から見れば超高速戦艦だ。
なにせ皇国水軍には砲力でも防御力でもアサマ級に対抗できる艦はない。
時速約21リーグ(33ノット)の快速自慢が備えるのは50口径10フィング砲。それを三連装砲塔に収め、前部に2基後部に1基備えている。
コンゴウ級より口径は劣るものの、進歩した冶金技術と砲技術による単発あたりの貫徹力の向上に加え半自動装填装置を採用し発射レートを高めた結果、少なくとも中砲戦距離ではコンゴウ級やフソウ級を圧倒するといわれた。


レビンスキーには知る由もないが、就役当時、高速と新式の対空システムから発揮される強大な防空力から現場(特に機動部隊指揮官)から絶賛されたが軍上層部の砲術屋たちからは不満タラタラであった。
(その延長線上に組閣したばかりの嶋田首相がいたのだが)

彼らは、少なくともナガト級と同等の火力と防御力(アサマ級は若干防御力を犠牲にしている)がないと元の世界に戻った場合使い物にならないと主張した。
(まあ元の世界云々はともかく、アサマ級の砲力と射程は対地砲撃をするには満点といえなかった)さらに、機動部隊に随伴できる速力も欲しいと言い出したことにより必然的に大型化したが、軍拡を推し進める内閣の援護射撃を受けて新皇暦329年には4隻の新型高速戦艦が揃った。


 その成果がレビンスキーの読んでいる冊子に記載されている。

タカチホ級、50口径13.7フィング(16インチ)砲を4連装二基、連装1基装備。 防御力は、主要部分は自艦の砲撃に耐えられる直接防御を採用し、艦全体はフランシアーノの航空攻撃とユウジルドの魔法の槍に対する間接防御を採用している。
ナガト級を優に上回るといわれる攻防力をもつ艦体に命を吹き込む機関はドワーフから冶金技術を移植したことで高圧缶の小型化に成功しオーバ−20リーグで動き回る、基準排水量1700ボワーズの正真正銘の怪物。

 彼はその実物を目の当たりにしたことがある。それどころか帝國海軍から乗艦の招待に与ったのだ。
現皇主陛下の戴杖式にあわせて、帝國海軍が友好の使者と称して皇都にタカチホ級全艦を派遣してきた。そのとき、彼は帝國があれほど多くの小型(それでも彼の基準からすれば巨艦といえるが)クウボを持ちながらセンカンを建造するのかを、直感的に理解した。センカンはその単純な機能に、男性的な力強さと美しさを体現する外観を兼ね備え、過去の実績もある。
そのわかりやすさがあれば海洋戦力の象徴として衆民の圧倒的な支持を得ていると聞かされても得心が行った。


それにあれだけの金満国家だ。
クウボの方が柔軟な運用が出来ても無駄遣いをする余裕があるのだろう。
しかしあの時タカチホ級に乗艦したときは度肝を抜かれたが、冷静になって考えれば帝国の外洋戦力の主体は第一航空艦隊だから、戦争になっても随伴してくるのはアサマ級だ。タカチホ級はヤマト級とともに本国で鎮座ましますことだろう。
あんな怪物と撃ち合うことのなればどう考えても将来設計をふいにしてしまう。

 まあアサマ級であれば、われらが航空部隊で深手を負わせるのも決して不可能ではない。その後動きの取れなくなったアサマ級の捕獲ぐらいなら手伝ってもよいが、元気なうちから会敵するのには気が引ける。ただでさえ強力な敵艦に、航空部隊の整備に金と資材を取られ一向に増強されない水上砲戦部隊。最近ではユウジルドとのいさかいが無くなり、従来型の軍備を削って維持費を浮かしてまで決戦用の艦隊を整備しているのだ。面倒なことは新鋭艦ぞろいの彼らにやってもらいたいものだ。

アウステルが説明している内容は水軍提督である彼にとって既知のことであったから聞き流しつつ、問題のクウボ一覧へと目を移した。


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