皇国地勢院所蔵 新皇暦参弐五年製作 世界全図


色を塗ってあるところがそれぞれ皇国と王国の直轄領

赤字で表示されているのが列強ないしそれに準じる勢力

中小の国家もしくは属国は書くまでもない

より詳しい図版は皇国交易会所属の商人ないし、三等政務官および軍務官のみ閲覧可能


しかしこれだけの地図が世間に流通していることは、皇国の経済、科学水準の高さを証左するものである



<ユフ戦記 超外伝 〜皇都よりお詫びをこめて〜>

この作品を336、337の両氏に捧げる


凛と張り詰めた雰囲気を漂わせる彼女は、いつになく不機嫌であった。
北方出身からか、清華渡来の白磁器のような白い肌。
漆黒の瞳と艶やかな髪に彩られた顔の造形は、神々が細心の注意を払い最高のパーツを最適な座標に配置したものであり、現代皇国芸術の粋を集めても再現できまい。

その万人が讃えるであろう美貌とは裏腹に、内面に激情家としての一面を持つ。
贅肉をそぎり落した、たおやか腕は、蒼穹においては鋭剣を手にし飛竜を駆り帝國軍機六機撃墜を果たし、皇都においては蠢動する親帝國勢力を近衛とともに叩き潰した。
部下に篤く、有能な上官には敬意を払い、無能な上官を蔑む。
勇猛にして冷静、大胆にして細心、まさに皇国の理想とする部隊指揮官。


軍服を脱ぎ現在の地位についてからは外見にふさわしい振る舞いをしてきたが、その本性は皇国人であれば誰もが知っている。
手には白金を元に精緻ながらも簡素な金細工が施された杖の先端には五色の宝玉がはめ込まれている。
五色の宝玉は皇国の藩屏たる五王家を意味し、それらを一つの杖に纏め上げられるものは、現世にはただ一人。

フランシアーノ皇国ロイ王家第三息女にして第弐拾四世皇主、カリュン・フェースト・ロイ・フランシアーノ。
御年二十一。

不機嫌な理由は他でもない。
皇国地勢院の失態、それに尽きる。

「ヒッテング院長、面を上げよ」


ヒッテングは、帝國であれば美空ひばりも裸足で逃げ出すであろう佳声を耳にし、思わず鼓動が高まる。
役職としては重要でありながら、皇主と連携する必要性が薄いことから皇国地勢院長が謁見する機会は非常に限定される。
それも彼ただ一人に声が向けられる機会など、この先あるかどうか。
麗しき陛下の声による性的興奮とその怒りへの恐れが調和し、奇妙な精神状態を形成しつつある。

「余がこの指揮杖を手にして以来、これほど不快な思いを覚えるのは初めてのこと。
人生においては、戴杖式前の帝國の策謀に次いで二度目だ」

ああ、お怒りになられた陛下も御美しい。
これほど愚息が張詰めるのはあの青春の日々以来のことでございます。
それにしてもこのヒッテング、陛下の心中での存在感がたとえ一時であれ帝國と肩を並べるようになるとは、欣快の念に堪えません。


ねっとりとした不躾な視線を豊かな胸元に感じカリュンの眉は危険な角度をとりつつある。

「そなたどこを見ておる。もうよい、面を伏せたままでおれ」

ああ、御麗姿を目にすること叶わずとも、その声だけでこのヒッテング十回はイケます。

まさかそのような不埒な思いを抱いていると知る由もなく、カリュンは続ける。

「余は人の能力を見極めることにはひそかな自負があった。」

当然である。五王家の王子王女は数多おるとも、
その中で王室諮問会の指名を受け至高の座につくのはただ一人。
他は半ば実体を失った各王家に戻されるから、王族の苦労は並大抵ではない。
であれば、生半可な能力や人望で皇位に就くことなど有り得ず、カリュンが自らの能力に自信を持ったとしても誰も咎めることはない。


「それが、勅任官たる皇国地勢院長が世界全図に幼稚な失態をいくつも盛り込んだとなれば、余の矜持と自負は崩落を目前にしておる」

ああ、私の理性も崩落を目前に控えております。

「誰があのような物を拵えたのか」

「シロべえと申す若者でございます。
なにぶん政治学畑のものでして。
徹夜で飲み歩いた後宰相府内の会合を文章にして纏め上げた後でしたから多少の不出来は仕方ないかとそれを精査せず世に出したとしてはまことに遺憾であります。
地勢院長の名に懸けて、速やかに回収し訂正を致します」

「そなたの名が失墜しようがそんなことはどうでもよい。
問題は皇国に対する視線だ。
まともな地図を作れぬ国の軍事力に誰が脅威を覚える?
誰が交易を任せる?」


確かに、海洋国家として精細な地図を持つことは至上命令である。

「他の列強の地図に比べれば、格段の出来では?」

「なんとまあ、無礼な口を利くものよ。
地勢院にどれだけの予算を割いていると思うてか。
飛竜を飛ばして地図を拵えるなぞ、皇国ぐらいのものよ」

鋲で裏打ちされた靴音を黒晶石の床に高らかに響かせながら、ヒッテングに歩み寄る。

ああ、そのおみ足で股間を御踏みあそばしていただけるなら、私めはたちどころに達してしまいます。

「そなたに秘められた自殺願望があったとはな。
いつでも協力するぞ。
不本意だが臣下と民の利益を最大限に取り計らうのが皇主の役目だからな。」

どうやら声に出してしまったようだ。
首筋に冷たい杖の感触。
これで首を叩かれれば臣下は死を選ばなくてはいけないが、未だ首をなでるだけ。
どうやら慈悲深い陛下は猶予を与えてくださったらしい。

「もうよい、行け。
アテゴラスとアウステルが奏上に参内する時間だ。」

「最後に陛下、お一つだけ」

「うむ」

「女王様とお呼びして宜しいでしょうか」



<KUROの解説>
シロべえ様から頂いたユフ戦記世界の世界地図です。
超外伝は、上記地図を修正した際にシロべえ様が書かれたSSです。


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