『平成日本召喚』39
――1
戦争が再開して4日目、この時点で<大協約>第14軍団第2連隊を基幹とする先鋒集団である第142作戦団は、メクレンブルク王国へと侵入、スィムラ砦の攻略へと掛かっていた。
如何に第14軍団が金満で、兵站に竜車をふんだんに投入出来るとは云え、歩兵を基幹とする戦闘部隊の進攻速度としては、驚異的なものであった。
自衛隊やメクレンブルク王国軍が出てこないが故に、無人の野を行くが如き第142作戦団の進攻が止まったのは、メクレンブルク王国からフォアポンメル王国へと延びるフランケル街道沿いに存在する防御拠点――スィムラ砦と出会う迄であった。
「噂される<帝國式要塞>ですな」
双眼鏡で、スィムラ砦を見た参謀長が断言する様に言う。
唸り声を出す連隊長、否、戦闘団司令。
他に何が言えるだろうか。
かつて“帝國”が各地に建設した<帝國式要塞>は、当時の列強軍の攻撃を尽く弾き返したと伝えられていた。
それだけの存在と相対したのだ。
戦闘団司令は戦意溢れるとは云え、同時に、軍閥の指揮官として当たり前のように最小限度の被害で最大限度の儲けを出したいと考える男であった。
「どうされますか?」
無視するか、或いは攻めるか。
無視する事も間違いでは無い。
砦に監視する為に、歩兵中隊でも置いておけば対応する事は可能だろう。
そなれば、敵の増援が来る前にメクレンブルク王国の中枢、王都を狙えるのだ。悪い話では無かった。
又、攻めるのも間違いでは無い。
砦側に野砲が持ち込まれていた場合、補給路を常に脅かされる事になる。
非常に不味い事態であった。
無論、メクレンブルク王国の王都を狙うのであれば、他にも幾つか道と呼べるものは存在してはいたが、どれもが5000名を超える兵員を支えるだけの兵站を通すには細すぎていた。
「攻めるしかあるまい」
面白くもなさそうに断言する連隊長。
厳重な防備を備えた砦への攻撃は、全くの好みでは無かったが、それ以上に、兵を餓えさせながら戦うのは趣味では無かったのだ。
他に選択肢などある筈も無かった。
「鉄竜隊に特竜と歩兵を付けて攻めさせろ。今日中には片をつけるぞ」
自分の双眼鏡を従者に放り渡すと、連隊長は自身の不機嫌さを歩き方で発散させながら指揮官用竜車へと向かった。
大軍と対峙するスィムラ砦。
その司令部脇に儲けられた展望監視所にて第2歩兵中隊の指揮官ビスケー・グランウンブルは、余裕ある態度で煙草を銜えていた。
「凄いな。あんな大軍と戦うなんぞグラウンブル家の誉れだな」
「あれ? 確か、中隊長のご実家って元々は農………」
ビスケーとの付き合いの長い、参謀が合いの手を入れる。
グラウンブル家は元々、と云うか今でも農家であったのだ。
ビスケーは食い扶持減らしで軍隊へと志願した人間だった。
「喧しい。あんな大軍相手にするんだ。伝統的な武家でもぶっとらんとやる気になんらわ」
「ごもっとも」
但し、2人の声には過ぎたる緊張の色は無い。
彼らは、陸上自衛隊施設科が築き上げたこのスィムラ砦の能力に、深い信頼を抱いていた。
その気分を一言で言うならば、“やれるものならやって見ろ”である。
尤も、本音としては出来るならば来るなと云う、至極素直なものであり、だが同時に、軍人としては、とっとと来いと願っていた。
彼らは、自分がここで苦闘する事の意味を理解していた。
「仕掛けてきますかね?」
「来ないときは、コッチから喰らわすさ」
無論、スィムラ砦から出撃する訳では無い。
砦に篭っている兵力はビスケーの第2歩兵中隊と陸上自衛隊の重迫砲小隊。後は万が一時の対機甲戦力としての役割と情報収集の為に特殊作戦群が1個分隊居るだけなのだ。
間違っても<大協約>の連隊規模戦力と正面から喧嘩を売れるような訳は無かった。
故に喰らわすのは、重迫撃砲だ。
しっかりとした掩体壕に潜り込ませた、4両の96式自走120o迫撃砲がだ。
敵がスィムラ砦を無視しようとした場合に備えて、善行が自分の中隊に充てられていたのを態々分派させたのだった。
「あの砲はちっこいが、射程が8kmはあるって代物だ。この砦の前面、街道は完全に射程内に入れている。
何があっても連中は無視出来んさ」
「………いや、撃つ必要は無くなりそうですね」
「ん?」
参謀の声に促されて敵陣を見たビスケーは、目をまんまるにして、それから楽しそうな表情で言う。
じゃぁ1つ、手柄を立てようじゃないか、と。
<大協約>軍がスィムラ砦に攻撃を開始す。
その一報は、直ぐにスィムラ砦からやや離れた場所へと身を隠した善行二佐のもとへともたらされた。
時は丁度昼飯時、お握りを齧っていた善行二佐は残りを一口にすると、お茶で流し込んだ。
「始まりましたか」
天幕の中で呟く。
手元の携帯パソコンには特殊作戦群やUAVが集め、後方ので分析したものが基幹連隊指揮システムを通して表示されている。
そこには、第142作戦団がスィムラ砦に襲い掛かっている様が表示されていた。
この時点で善行の予想と現実とには誤差は無い。
「各隊へ連絡。出撃準備を開始して下さい。但し、攻撃開始時刻は予定通りですので、余り締めすぎない様に注意して下さい」
数日を予定しての野営であった為、野営地の撤収は事前から用意していた。
それが善行二佐による下命で、即座に引き払う。
「もたもたするな! スィムラの戦友達を見捨てるつもりかっ!!」
先任下士官である若宮二曹の怒声が飛ぶ。
テントを解体し、89式装甲戦闘車に施されていた対空擬装を取り外す。
それまで、ひっそりと息を潜めていた第1独立装甲連隊第5普通科中隊戦闘団は、瞬く間に戦闘態勢を整える。
エンジンが始動し、駆動音と排煙を撒き散らす。
「善行二佐、第5中隊戦闘団の行動準備が整いました」
「宜しい。では、行きましょうか」
軽く散歩する様に言う。
彼我兵力差30倍を超える敵に攻撃を掛けようとする部隊の指揮官には見えなかった。
そして軽い動作で、89式装甲戦闘車へと乗り込んだ。
――2
鉄竜と特竜とを前面に押し立てた第142作戦団の攻撃は、この世界の軍の突破力としては破格のものであった。
規格外と言える程に、防御力を持った特竜。
そして機動野砲とでも言うべき火力をもった鉄竜。
並の城砦など、鎧袖一触と云うべき威力を持っていた。
にも関わらず、その先鋒は未だスィムラ砦を攻略しきれていなかった。
幅が4メートルを超える堀と地雷原とで進攻ルートを限定され、そこへ火力を集中されてしまう為であった。
如何に盾である特竜があるとは云え、随伴する歩兵の全てを護る事は出来ない。
そして更には、特竜は鉄竜を護らねばならない事も問題であった。
特竜が鉄竜を護る。
それは、特殊作戦群が01式軽対戦車誘導弾を持ち込んでいた事が理由であった。
たった2発しか持ち込んでいない貴重品の対機甲火器であったが、特殊作戦群の分隊指揮官は、鉄竜がスィムラ砦の入り口を狙える位置へと到達するや否や、一切の躊躇無く、ダイブモードでの発射を下命したのだ。
飛翔、そして命中。
非冷却型赤外線画像センサーは鉄竜、Mk-Z<カッティング>のエンジンを捉え、そして違う事無く突進したのだ。
そもそもとして、トップアタックを全く考慮していなかったMk-Z<カッティング>は、上面の装甲を貫かれ、呆気なく爆散したのだった。
故に、攻撃は歩兵による力押しになったのだった。
「ええい“帝國”人どもめ、腹立たしい」
仮設の本幕で憤懣を隠そうともしない作戦団指揮官に、参謀たちは背筋を伸ばすだけで精一杯だった。
最新鋭鉄竜Mk-Z<カッティング>は基準値、或いは97値と呼ばれる“帝國”軍主力鉄竜、97式中戦車の攻防能力を、あらゆる意味で上回った初の鉄竜だったのだ。
主砲は、97式中戦車の装甲であれば2倍まで余裕で破壊が可能。
装甲は、97式中戦車の主砲はもとより、高初速大口径対空砲まで余裕で防御が可能。
その代償として、機動性はかなり劣悪なものではあったが、それでも戦竜部隊の行軍速度には追従出来るが為、及第点は維持していた。
それがMk-Z<カッティング>なのだ。
“帝國”鉄竜と正面から戦える鉄竜、その名は伊達では無いのだ。
<大協約>の誇り。
だがそのMk-Z<カッティング>は、ただ一発の<魔法の槍>(<大協約>側は、01式軽対戦車誘導弾を、そう認識した)で撃破されてしまったのだ。
カガクに追いつこうとして、魔道で負けた。
そう作戦団指揮官は怒り狂っていたのだった。
「いっそ、無視されますか?」
参謀の1人が、恐る恐ると云った按配で尋ねてくる。
既に兵には少なからぬ被害が出ており、更には兵の盾として前衛に居た特竜にすらも被害が出ているのだ。
選択肢の1つではあった。
が、それを作戦団指揮官は一言で否定する。
馬鹿か、と。
「これだけの戦闘力を持つ相手だ、補給線上に居られては厄介だ」
作戦団の主力がメクレンブルク王国内部へと進出すると共に、補給線へと圧迫を掛けられては、どうにもならない。
それに、と続ける。
「戦争には勢いがある。何も無しに砦攻めを中止しては、兵の戦意にも関わる」
更に苛立たしく言う作戦団指揮官。
第142作戦団は、自ら泥沼にはまり込んだ様なものであった。