『平成日本召喚』38


――1

 メクレンブルク王国と<大協約>第14軍団の停戦終了時(※基本的に平成日本政府の立場は、メクレンブルク王国の同盟国として、国防への支援を行っていると云うものであり、又<大協約>側としても詳細な情報も無いままに“帝國”――平成日本と全面的な戦争を行うのは危険であると判断している結果だった)、陸上自衛隊の実戦部隊は第1独立装甲連隊のみであった。

 メクレンブルク王国の近海まで、第2師団の2個普通科連隊を基幹とした戦力を乗せた第4次メクレンブルク王国支援船団が到達してはいたが、船団の王国到着までにはまだ2日近い時間を必要としており、更に問題として、港湾設備が乏しい為、部隊を揚陸させるだけでも丸1日は必要。
 更には、部隊の戦闘準備を整える為に休養も含めて1日は欲しいと云うのが、メクレンブルク王国支援団の幕僚たちが出した答えだった。
 戦端が再び開いた状態で、丸1日の編成時間を必要とするのはある意味で贅沢な話ではあったが、第2師団の将兵達は2週間以上も船に揺らされていたのだ。
 いざ実戦ともなれば、出来る限り万全の体制で戦わせたいと云うのが本音であった。


 故に、現時点で福田一佐の手駒と呼べるのは、第1独立装甲連隊のみなのだ。

「もう少し、あと一週間でも後だったらね」

 湯飲み茶碗片手に呟く福田一佐。
 場所はメクレンブルク王都の近郊に設けられた自衛隊駐屯地、ヤマシロ。
 名前で判る通りこの駐屯地の置かれた辺りは、60年以上も昔に発生した反乱時に“帝國”海軍の戦艦<山城>が、反乱軍を焼き払った場所であった。
 諸々、反乱軍を焼き払った<山城>と“帝國”は、旧シュベリン王国にとって守護の存在となってはいたが、それにしても破壊力が圧倒的過ぎたのだ。
 その跡を見た自衛官達も、半世紀前に存在し、そして今は途絶えた暴力、或いは戦艦と云う存在の力に、感嘆の念を覚えていた。


 尚、そんな王都の近郊の土地が大規模に残っていた理由は、第1にはメクレンブルク王国が貧乏であった、荒れた場所の再建を行うだけの予算に乏しかったと云うものがあった。
(当時の“帝國”の投資は、主にバレンバンの油田地帯と港湾設備に集中しており、“帝國”消失時にはまだ、本格的なシュベリン王都への投資は行われていなかったのだ)
 更には、破壊の力が振るわれた地、或いは、焼き払われた者たちの恨みが残る地として、人々から忌避されていたのだ。
 それ故に、であった。
 又、比較的シュベリン飛行場に近かった事もある。
 合せて約60km平方。
 この広大な土地が、平成日本に貸し出されたのだ。

 第3施設団の手によって作られた其処は、外見こそみすぼらしくはあったが、その機能は十分なものが整備されていた。
 建物こそ後回しにされてはいたが、各種対空装備や通信網は完備しており、又、司令部などの主要施設も、コンテナとコンクリートでの即製ではあるものの、十分な強度を持った地下施設として設営されていた。
 対地戦闘への配慮は、余りなされてはいないが、これは駐留先のメクレンブルク王国との政治的な問題、乃至は、メクレンブルク王国への配慮が原因であった。
 自衛隊は面倒事、支援に入ったにも関わらず彼我の能力差から侵略者――或いは抑圧者の如く見られる事を警戒したのだった。
 その事を政府部内では、主に純軍事的な視点から問題視する向きもあったが、自衛隊側としては、2000年代初頭のイラクへの派遣以降、営々と蓄えてきた派遣先の住民の慰撫工作の経験から、軍事的問題よりも政治的問題を回避した方が、長期に亘る駐留の場合、問題を引き起こさないと学んでおり、それ故にの判断であった。
 無論、万が一敵軍が接近した場合は、即座に準備が出来る様に測量他、資材の準備などは滞り無く行われている。
 が、現在は盗人などの不心得者対策が主なものであった。


「<大協約>としては、その一週間が致命傷になる。そう判断したのでしょうね」

 傍らに立っていた情報幕僚が相槌を打つ。

「我々に攻撃の意図は無くとも、彼らから見れば………」

「軍事の基本やからね。相手の意図では無く能力にそなえるゆうのは。にしても、殴りかかってくるのは短期やね」

 お国言葉を交えた嘆息に、周りに居た者たちは微笑を浮かべた。
 精鋭の1個連隊に、更に1個師団が上陸してくるのだ。
 脅威と見られても仕方が無い。そう福田一佐も理解していた。

「全くです」

 無論、笑ってだけはいられない。
 情報を正確に集め、数限られた部隊でもって、このメクレンブルク王国を護りぬかなければならないのだ。

 そしてここに情報幕僚が居る理由は、偵察の報告を纏めたからだった。
 否、情報幕僚だけでは無い。
 <メクレンブルク支援団>に属する幕僚達の殆どが顔を揃えていた。

「<大協約>側は軍を3つに分散させています」

 情報幕僚の操作に従って、個々人の携帯パソコンに表示されていた地図に情報が追加されている。
 第1が、既にフォアポンメル王国を出撃して来ている部隊。
 素直に街道沿いにメクレンブルク王国へと迫るその部隊は、その統制が良く取れている様子から錬度の高さが窺え、まず間違いなく<大協約>第14軍団の正規軍部隊であると推測出来た。
 次に2番目が、メクレンブルク王国の東側に存在するデンミン王国から出撃した部隊だ。
 やや南回りに進軍してくるこの部隊、此方もある程度の人数は居るが行軍は速度こそあるものの、航空写真で見てすらも規律は見られず、錬度の低さが見て取れた。
 ダークエルフとメクレンブルク王国軍から付けられた騎士(連絡将校)の情報で、<大協約>軍が戦時に兵を集める集成師団だと推測された。
 そして第3の集団。
 此方は、フォアポンメル王国やらやや北周りからメクレンブルク王国に迫っていた。
 ただし、その動きは鈍い。
 陽動の可能性もあったが、フォアポンメル王国から出撃している時点で、錬度の高い事が予想された為、十分に警戒する必要があった。

 都合、3方から迫られているのだ。
 各軍はそれぞれが、最低でも4000名からの規模と推測されている。
 都合、12000名。
 対する自衛隊とメクレンブルク王国軍は、3000をやや上回る程度の人間しか居ないのだ。
 どう護るか。
 どのように軍を動かすか。
 悩ましい所ではあった。
 特に、陸上自衛隊部隊とメクレンブルク王国軍の指揮系統が、完全に統一されていると云う訳では無い、この状況では。
 一応、カナ女王直々に軍へは『ジエイタイの“要請”は、出来る限り応じるべし』との命令が出されてはいたが、軍には軍の面子があり、おいそれ簡単に従う訳にはいかないのが現実であった。
 その治世の永さもあって、メクレンブルク王国に於いて軍および国民から絶対と言って良い忠誠を捧げらたカナ女王ではあったが、そのカナ女王の言葉をもってしても、軍や国の面子と云うものを完全に取り払わせる事は不可能であったのだ。


「まぁ予定通りの対応をすればいいでしょう。防衛計画M-3号ですね」

 増援が傍まで来ているのだ。
 無理をして攻勢に出る必要は無い、と。

 基本的には守勢で、増援到着後、適時反撃に転じる、と。
 ある意味で極めて自衛隊らしい作戦計画だった。

 但し、第1の敵戦力集団との交戦に関しては、その方面を預かっている善行二佐からの上申を受け入れる形で、些か攻撃的な案が選択されていた。
 これは、まだ敵の後方に前線に立っている戦力と同数か、それ以上の戦力が存在するが為にであった。
 それらをひきずりこむ積りなのだ、スィムラ砦に。

 あるサブカルチャー好きの幕僚などは、『ナニ、支援ありの六芒郭攻防戦をやると思えばいいのさ』と笑っていた。
 無論、大半の幕僚はその意味を理解してはいなかったが。
 そして意味を判った幕僚は、一言『どちらかと言えば、熊本城防衛戦だな』と混ぜ返していた。

 尚、歴史好きの福田一佐は素直に“変則釣り野伏”と呼んでいた。


閑話休題


 兎も角、戦争の基本ラインは決まった。

「では予定通り、空自にはフォアポンメルの物資集積所を叩かせます」

 より正確に言えば、<大協約>第14軍団の拠点をだ。
 人員の多い<大協約>軍、その弱点を突くと云う話だった。
 広義の意味での兵糧攻めであった。

「それで結構です。後はデンミン王国ん方も忘れずに叩いておいて下さい。たしか別系統でしたね?」

 最後の言葉は末席に座った特務情報幕僚、ダークエルフ族のライル二尉へと向けられたものだった。
 立ち上がって頷く。

「はい。基本的に兵員を動員する場所へ、物資の集積は行われる事となっております」

 平時から、武器のみならず弾薬までたっぷりと蓄えているのだ。
 如何に<大協約>が金満家であるかを良く示していた。

「と云う事だ。航空参謀、優先順位はフォアポンメル王国、敵航空戦力策源地、そしてデンミン王国だ」

「………それでしたら」

「ん?」

 作戦幕僚が口を開いた。

「それでしたら、いっそデンミン王国からの第3集団自体へも空爆を行ってはどうでしょうか?」

 この集団は錬度が乏しいのだ。
 1度か2度、本格的な爆撃を行えば、その進行速度をかなり減じる事が期待出来ると告げた。

「………出来ますかね、航空参謀?」

 航空自衛隊からの幕僚(自衛隊の統合運用が始まって以来、連絡将校としてでは無く、幕僚として、正規スタッフに組み込まれている)が、自分のパソコンを操作して確認する。
 弾薬の備蓄分、兵員の状況などを。

 回答は一言。
 可能ではあるが、その場合は投射できる量が減ると云う事であった。

「優先順位から考えて、デンミン王国の物資集積所への投射分を回す事になります。その場合には両者への攻撃規模が低下しますが………」

 如何に航空自衛隊の攻撃力が高かろうとも、その弾薬が備蓄出来ていなければ意味が無いのだ。
 そして備蓄量は、お世辞にも豊富とは言い難かった。

 ありていに言って、航空隊の全機を爆装出来るのは4回だけであった。
 1回分は、非常時用に残しておく必要があり、そうなると3回分を分ける事となるのだ。
 なかなかに問題であった。

「………そうなると本末転倒ですね。良いですね。ならデンミンからの集団へは特科で対応しましょう。
予定通り第3中隊戦闘団で対応させますが、モラルブレイクを狙う意味で第7特科連隊の待機位置を、フォアポンメルへの街道よりもやや南側まで進出させましょう」

 第7特科連隊は、現在その全てが99式自走155o榴弾砲を定数装備しているのだ。
 その機動力は折り紙付きであり、又、その攻撃力は通常弾ですらも30kmを超える大射程を誇っているのだ。
 その能力は暴力的ですらあった。

「念のため、第3大隊は連隊本部へ残しましょう」

 第1独立装甲連隊の残余戦力で予備の戦闘団を作るのだ。
 3個の普通科中隊と1個の特科大隊が基幹である。

 尚、北の第3の集団への対応は、第5中隊戦闘団に戦闘ヘリ部隊を全部、支援に付けているのだ。
 無論、駐留場所はバレンバン油田、平成日本の生命線であった。

「指揮権は………」

「面倒ですね」

 思い出したように湧き出してきた指揮権の問題に、顔を歪める福田一佐。
 暫定的、そして非常時であるとは言え、形式的にみれば中隊の指揮官である二佐が、連隊の指揮官である一佐に命令をするのだ。
 諸々、問題ではあった。

「そうですね、こなると米軍が羨ましいですね」

 ため息を漏らす、福田一佐。
 米軍、アメリカ軍は本来の階級ともう1つ、階級が制度的に存在するのだ。
 任務に応じた階級への配置。
 ある意味で極めて合理的な、アメリカらしい行為であった。

「此方の方は、意見具申として纏めましょうかね――主席幕僚?」

「了解です」

 元々、階級の問題を言い出せば、第11普通科連隊の指揮官である福田も同じ一佐であり、第7特科連隊の連隊長と
同じ階級であったのだ。
 先任(先に階級に任じられていた)が為、面倒は回避出来たが、それが何時までの続くとは思えないのだ。
 特にこの様な、自衛隊の国外での戦闘任務が多発するであろう状況では。

「未来の話は別として、今回は“要請を受けて”として誤魔化しましょう。何時までもこうでは困りますがね」

 実際問題として、第7特科連隊の連隊長はそんな困った人格の主では無いので、これで今回は無視出来るだろうが、軍の規律と云う意味では、悪しき前例となりかねないのだ。
 早急に改善すべき事であった。

「はっ!」

 些か泥縄的ではあったものの、陸上自衛隊も動き出してたのだった。


inserted by FC2 system