『平成日本召還拾遺物語その2』07
――1
濃淡あるの緑色の迷彩に彩られたUH-60Jが低空、地形を這うようにして飛ぶ。
出来る限り、攻撃を受けないようにと警戒しているのだ。
それは洋上にて、<大協約>海軍の<対空魔法の槍>と思しき攻撃によってUAVが撃墜されたが為の事であった。
「アテンダント、“お客さん”はどうだ?」
海に出る前に立ちはだかった、最後の稜線を前に、機長がキャビンコマンダーとして、機体後部のキャビンに詰めている副操縦士に確認する。
『大丈夫です。若干顔色の悪い人も居ますが、こんな操縦じゃ、誰だって気分が悪くなります』
「悪かったな、下手糞で」
『本気じゃないくせに』
「ったりまえだ、バカ野郎」
『じゃ、腕のお上手な機長殿は機体を安全に動かして下さい………カーゴドア、ロック確認。
各種機材、固定確認。幾らでも無茶な機動はやってください』
「良いぞ相棒。子供たちが遊園地に行ったら、アトラクションに“刺激が足りない”って訴えるような奴をかましてやろうじゃないか」
ふと、視線を隣へと走らせる機長。
本来そこに居るはずの副操縦士は後部キャビンに座り、今、其処にはダークエルフ族の母親が、まだ娘と言っても良い外見の女性が乳飲み子をしっかりと抱きしめていた。
顔面は真っ青となっていたが、我が子を抱く手は寸毫たりと緩んではいなかった。
否。
益々強い力で抱きしめていた。
護らんなな。
その親子に自身の家族を、まだ若い嫁と子とを重ねた機長は続ける。
「そんな未来があったって良いじゃないか?」
以心伝心。
機長との付き合いの永い副操縦士は、その気持ちを理解した。
こそ、だから笑って答える。
必ず届けましょう、と。
稜線を前に更に高度を下げる機体。
少しでも機体コントロールを誤れば墜落するような高度をだ。
これが通常のUH-60Jであれば、そんな飛行は自殺願望以外の何物でも無かったが、この機体では、事情が違う。
現地改造でレーダーやその他、OH-1などの機体の予備部品を流用されて作られた、所謂M型、マニアがMホークと呼ぶ機体にとっては、造作も無いとまでは言わないが、無茶では無かった。
M型のUH-60J機長として様々な特殊任務に就き、ベテランと呼ばれて良い飛行経験を積んだ機長は、
武装し、更に難民でも満載した事で鈍重となった機体を大胆にして慎重に操る。
機の状態が判っているのだろう。
機長の隣に座っている母親も、緊張の色を更に強める。
「大丈夫だ」
えっと、唐突に声を掛けられたダークエルフ族の母親が機長を見る。
その視線を感じながら機長は続ける。
「信じてな」
方頬を上げ、機長は男臭く笑った。
その時、機体は山を越える。
俊敏な動作で、機首を下げると一気に駆け下る。
その先には入り江の真ん中に存在する、緑の塊があった。
偽装ネットに囲まれた、竹だった。
木々の上を這う用な見事な挙動で、UH-60Jは竹の後部甲板へと着地する。
着地の衝撃に、難民たちの間から歓声が上がる。
彼らは漸く、自分たちが安全な場所へと到着できたとの感動を味わえたのだ。
その事を副操縦士も理解してはいたが、彼――UH-60Jにはまだ仕事が残っているのだ。
ガァバン王国領内に残っている者たちの回収だ。
だからこそ、彼はUH-60Jの扉を思いっ切り開いた。
「さぁ、暖かい食事と衣類が用意されています! ようこそ日本へ!!」
殊更に明るい声で、副操縦士は声を上げた。
竹の甲板士官に誘導され、飛行甲板下の多目的格納庫へと降りていく難民たち。
彼らは口々に感謝と、そしてまだ残っている自衛官やダークエルフの同胞を救って上げて下さいと言いながら。
深い満足感を覚える機長と、副操縦士。
だが感慨に耽る暇など無かった。
急いで再出撃をせねばならないのだ。
UH-60Jには整備員が取り付く。
燃料の補給、そして機体各部と特にチャフ・フレアのチェックを行っていくのだ。
機体状態は良好であり、異常は発見されない。
航空燃料に関しては、竹の航空燃料タンクに残っていた分をありったけ注ぎ込んでいく。
満タンには届かないが、それでも8割程度には成った。
いざ、発信準備良し。
機長がエンジンを起動させようとした時、それを止める声があった。
「こちらハヤブサ02、何事ですか、発進するなってのは!?」
インカムに向けて怒鳴る機長。
『非常事態だ。どうやら、連中が此方の位置に気付いたらしい』
連中とは即ち、この近海で行動中の<大協約>艦隊だった。
敵対する意思がある事は、情報収集にと接近させたUAVハヤブサ03を問答無用で叩き落した経緯からも、明白であった。
ハヤブサ03が撃墜された時点ではまだ、竹の位置は判明してはいなかったが、UH-60Jが帰艦したが為、場所を突き止められたのだった。
竹が身を潜めている湾の外周に展開した竹臨検陸戦隊が、こちら側へと<大協約>艦隊が接近を図っているのを察知したのだった。
竹に搭載されたUH-60Jは、(M)型として特殊戦向けに改造される際に只1機だけ、破損し破棄される事と成っていたAH-64Dのエンジン周りの部品を流用することで実験的に、
IR(赤外線)ステルス能力を付与された機だったのだ。
故に通常、短時間であれば<大協約>の熱源探知魔法に捕捉される事は無い筈であったが、今回は条件が悪かった。
ダークエルフ族難民を満載した事で速度が落ちていたが為、<大協約>の対熱源探知手段に捉えられてしまったのだった。
『既に敵艦隊で此方に一番接近している艦は30km程度の所まで来ている。今、ハヤブサ02が飛び立てば、即座に撃ち落される危険性がある』
マニュアルに沿っての勧告。
故に、否、だからこその反発。
「馬鹿な。なら見捨てろってのか!」
怒鳴り声を上げる機長。
今、ガァバン王国領内に残すという事は、死ねと言うのと同義だった。
WAiRの連中は、携帯していた食料の殆どを難民たちに分け与えていたのだ。
如何に精強を誇り、ダークエルフ族と居るとは云え、この状況で救援が来る迄のサバイバルは、決して容易なものに成る筈が無かった。
『一時的に避難するだけだ』
「一時的? なら即座に救援に来れる目処はあるのか!!」
『………』
機長の剣幕に押し黙る通信相手。
その時、空電音と共に通信相手が変わった。
『威勢が良いな、機長』
「艦長?」
『ああ。余り彼を虐めるな。艦の決定権は俺にあるんだからな』
「じゃぁ艦長、何で行ったらいかんのですかっ! このままじゃ残ってる連中
は………」
『………機長、君は無事に飛べるか?』
その問い掛けに、機長は手元の複合表示ディスプレイを眺める。
竹と敵艦隊の位置を確認。
「出来ます。少しばかり派手にはなりますが、この距離ならまだ行けます」
竹と<大協約>艦隊の距離は約30km。
対空用のAA型<魔法の槍>の射程に入りこんでいたが、同時に、30kmと云う数値は標準的なAA型<魔法の槍>にとっては有効射程どころか最大射程に近いものである為、チャフやフレアを併用する事で安全に離脱出来る。
本UH-60Jを操って特殊作戦に従事し、幾度もの戦渦を乗り越えてきたベテラン機長は、そう判断していた。
『行くなら今、か?』
「はい」
即答する機長に、艦長は苦笑を浮かべる。
怖くは無いのか、と。
対して機長は怖いことは怖いが、彼らを置いていく事の方がもっと嫌だと言い切った。
『………そうだな………』
言葉を濁した艦長、だがそれも一瞬の事であった。
時は金なり。
決断をするならば、速ければ速い方が良いのだから。
『ならば行きたまえ。合流は本海域の北方とする。一時間後にビーコン(誘導電波)を発信する』
「了解! 一時間以内には戻ってきます」
機長は寸毫の迷い無く、返答していた。
――2
フレアとチャフをばら撒いて飛び立つUH-60J。
濛々とした煙に包まれた竹、その2000tと云うこの世界に於いては巨大と言って良い船体が震えだす。
主発動機、ガスタービンエンジンが動き出したのだ。
錨が巻き上げられ、偽装ネットが乱暴ながらも手早い仕草で取り外されていく。
入り江の外周へと展開していた臨検陸戦隊を載せた小型のゴムボートを、艦の後部に
取り付けられていたクレーンで回収する。
全ての準備が終わると共に、ポッド式推進器が竹へと推力を与え、その船体を狭い入り江から広い海原へと誘う。
出撃。
竹は、戦闘に備えて手早く準備が行われる。
レーダーだけでは無く、57o砲と20oCIWSとがグルグルと動く。
流石に対空ミサイルであるESSMの稼動試験をする事は無かったが、それでもシステム上の確認だけは入念になされた。
準備は、兵装だけでは無い。
各部の水密ハッチも閉ざされる。
そんな竹の戦闘準備が整う様を、艦長はCICにて把握していた。
戦闘準備発令から、3分で全てを終えた竹。
「艦長! 竹の戦闘準備は完了です」
松型高速多機能艦の戦闘準備時間としては、平均値以上の数値に、艦長は満足げに頷いた。
それから1つ、確認する。
収容したばかりのダークエルフ族難民に、何か暖かいものは振る舞えたのかと。
一応は回収後に暖食を提供する様に準備をしていたのだが、事前の予定とは異なり、
即戦闘となりそうなのだ。
忘れられてはいないだろうかと、心配をしたのだ。
「……大丈夫みたいです、艦長」
確認した士官が笑顔を見せる。
どうやら、万事そつなくこなす先任下士官が、難民たちの弱まった胃の事まで考慮して、粥を用意し、配っていたらしい。
「胃に優しく、でも卵入りで栄養価は十分。でも汁ものじゃ無いですから、零す心配は少なし。
流石は先任ですね」
「良くもまぁ、だな」
海上自衛隊の下士官は、日本帝国海軍以来の優秀さを誇っているのだ。
ある意味で、この程度は当然と呼ぶ範疇なのかもしれなかった。
「宜しい。ならば我々は派手に戦争をしようじゃ無いか」
ディスプレイを睨む艦長。
竹の進路、北手には3隻の帆船が展開しつつあった。
彼我の距離から見て、他の帆船がUH-60Jの帰艦までの間に脅威へと成る危険性は乏しかった。
マイクを取り、全艦への放送のスイッチを入れる。
「こちら艦長。総員、手を休める事無く聞け」
『我々は是より敵艦隊を突破する』
ブリッジにて双眼鏡を睨んでいた士官が、片頬を緩める。
『交戦規定は何時も通りだ。此方から攻撃は出来ず、敵から攻撃を受けるまでは何も出来ない』
格納庫で忙しく偽装ネットを畳んでいた航空科の乗組員達が、手を休める事無く聞いている。
『困難な状況だ。だが恐れる事は無い。何時もの事だ』
機関室にて、エンジンの具合を確認しながら機関士達は目配せしあう。
『このフネに乗り込む諸君が、その全力を発揮すれば、乗り越えられない苦難では無い』
イスに座った医官が、腕を組んだままスピーカーを見上げる。
『そして来賓の方々。我々は全力を尽くします。どうか安心して乗っていて下さい』
両手で粥の入ったお椀を抱えたダークエルフ族の幼女を、その母親が抱きしめる。
「大丈夫だよ」
母親の仕草に、母親の不安を感じた幼女は、あどけない顔で笑う幼女。
「お日様の国なんだもの」
只々信じる幼女、対して母親はそれ程に楽観的にはなれない。
当然だろう。
彼女は艱難辛苦、様々なものを乗り越えてきたのだから。
だが、信じる他は無い。
他に何も、ダークエルフ族には残されてはいないのだから。
世界中から敵視され、追い立てられ、種族としての力は衰えているのだから。
そう思うが故に、母親は娘を抱きしめた。
「そうね。信じましょう」
そう呟きながら。
――3
風を背に進む帆船。
その艦後部の ブリッジで大男が顎鬚を撫でながら、鋭い目で前方を睨んでいた。
無論<大協約>の船、竹と相対する3隻の帆船で最大の船、1等戦列艦ベアルンの艦長だ。
名はバルロル。
列強海軍出身の指揮官だった。
「“帝國”、こんな所で何をしていると云うのか」
パイプから派手に煙を吐き出しながら、吐き捨てる様に言う。
「どうせロクでもない事ですよ」
断言するのは、その傍らに控えていたベアルンの副長。
彼は対“帝國”の諸戦争にて身内から戦死者を出しており、筋金入りの“帝國”嫌いであった。
「彼らは欲深く、そして狡猾ですから」
「だな、副長。ならば我々がなす事は簡単だな」
「はい。連中の陰謀を打ち砕くのです。一切を」
胸を張って言う副長に、バルロルは大きな満足感を覚えながら頷く。
「宜しい。秩序ある世界の為、1つ、汗を流すとしようじゃ無いか!!」
ベアルンを含めた3隻の帆船は、やや広がりながら竹に迫る。
各艦、距離を取っているのは竹の速力を勘案して逃さない為にであった。
そしてベアルンが竹と接触する。
「信号手、信号旗上げろ! [停船せよ。然らずんば攻撃す]」
するすると上げられる信号旗。
風に棚引く。
暫しの時間だけ待つバルロル。
唇の端を歪めながら彼は帝國艦、竹が反応を示さない事を期待していた。
何故なら、如何に<大協約>が反帝國――平成日本と対立しているとは云え、戦争状態に無い現状で、何の法的根拠も無いままに砲門を開く訳には行かないからだ。
是は<大協約>内部での変化が主因だった。
バルロルの様な対“帝國”主戦派からすれば腹立たしい話ではあったが、<大協約>の中枢、大議会でも最近は、徒に“帝國”と戦火を交えるのでは無く諸事に於いても、ある程度は、交渉を行ってみるべきとの、言わば対“帝國”融和派が一定の影響力を持つ様に成っているのだ。
最も、これは理によっての事では無かった。
幾度もの対“帝國”戦での結果によるもの、信じられない程に浪費された戦費と、そして低い勝率が原因であった。
言わば、利によってであった。
ある意味で当然であった。
<大協約>も発足から長い年月を経た事で、利益誘導の為の組織へと変貌していたのだから。
利益の出ない戦争など、誰も望むものは居なかった。
故に、バルロルの様な人間にとっては腹立たしい状況へと成る。
即ち、もし無法によって“帝國”と砲を開かば、処罰されかねないと云う。
時間が流れる。
バルロルの期待に応じるかの様に、竹は反応を示さなかった。
後ろに控える従者に時間を確認する。
旗を上げてから2分が経過していた。
「どうやら連中は無視する――」
「敵艦、信号旗を上げます!」
マストの上からの言葉に、舌打ちを隠す事無く内容を尋ねるバルロル。
対する返事がマストから続く。
「舐めやがって!」
副長が怒気を振りまく。
竹の返事は単純であった。
曰く[本艦は貴艦の指示に従う義務無し]、そして続けて[攻撃は不法なり。この場は公海上]。
どちらとも正論ではあったが、ベアルンのブリッジ・クルーにとっては望んだ返答では無かった。
「艦長!」
「………そうだな」
冷静な返事を返してきた敵艦に、頭を冷やされたバルロルは冷静に知恵を回す。
如何にして火蓋を切るか。
ベアルンを、竹の進路を塞ぐ様に操りながら考える。
「敵艦との距離、10里(10km)! 信号旗を上げました。内容[本艦の進路より退かれたし]」
「っ!」
憤怒の空気がブリッジを包む。
実際、竹の進路を妨害をしているベアルンではあったが、彼らは自分の正義を信じて
疑っていないのだ。
そんな人間にとって竹の上げた信号旗は、盗人の猛々しいものと見えていた。
「………返信。[貴船が湾に停泊していたのは………このままでは信号旗で組めぬな。
訂正![貴船は、協定に違反した疑いあり。調査する。停船せよ、然らずんば攻撃す]」
思わぬ長文に、信号旗を操る乗組員たちは数多い信号旗を急いで取り出し、ロープに
括り付けてマストに引き上げる。
「ふん、逃れられまい。全艦へ、戦闘準備!」
竹の返信を待つ事無く、戦闘準備を下命する。
ベアルンは一等戦列艦であり、両舷合わせて40門の大砲を備え、更には<大協約>の規定通り、対艦<魔法の槍>を6発、対空の<魔法の槍>を12発搭載していた。
甲板スペースの問題(操艦に必要な面積もあり、甲板の3割程度しか<魔法の槍>の使用
スペースに取れないのだ)から、縮帆して準備をしてでもしていない限り、同時に全てを使用出来る訳では無かったが、それでも対“帝國”艦船として ベアルンが侮りがたいのは揺るがしがたい事実であった。
特に、竹の様な独航艦にとっては。
「やる気満々だな、敵艦の艦長は」
呆れた様に呟く竹の艦長。
覚悟をしていた事ではあったが、それでも出来れば回避したが、相手がここまでやる気を
出していては仕方が無かった。
対空システムを即応状態へと移行させる。
敵艦との距離が近すぎる為、システムの間に人間を介しては間に合わなく恐れが在ったのだ。
竹は、再び信号旗で[停船する必要は認めず。攻撃は不法なり]と掲げたが、誰もそんな信号旗が効果を発揮する――この場を平和裏に切り抜けられる等と思わなかった。
緊張感が竹のCICに漂う。
いつ戦闘が始まるか判らないのだから当然だろう。
いっそ、此方から発砲出来れば楽なのだが、軍人というよりも自衛官としての教育を受けてきた竹の艦長にとって、それは出来ない相談であった。
緊張感が更に高まっていく。
微音
誰かが生唾を飲み込んだ音が、意外な程に大きく響いた。
その時だった。
「敵艦発砲!」
それは正に絶叫であった。
戦闘。
ベアルンを含めて3隻の帆船が全て、対艦<魔法の槍>を放つ。
その数各2発、計6発。
比較的小型なベアルン以外の2隻の帆船にとっては全力射撃であったが、1等戦列艦であるベアルンにはまだ余裕があった。
大型の対艦<魔法の槍>でも最大で4発までなら同時に使用する事が可能なのだ。
にも関わらず2発しか撃ち出さない理由は、その残った甲板スペースをもって対空用の
<魔法の槍>の射撃準備を整えているからであった。
竹からのSSMを警戒しての事だった。
平成日本の文民政府は、自衛艦が非戦時に於いて先制攻撃をする事は絶対に無いとの事を宣伝してはいたが、人間は誰もが自分の基準で相手を見るものであり、そうであるが故に<大協約>の軍人――それもバルロルの様な人間たちは、平成日本を信用していなかったのだ。
即座に反応する竹。
ドイツで開発された三次元捜索レーダーをライセンス生産したTRD-3Dが、標的である
6発の対艦<魔法の槍>の諸元を把握し、その情報をVLSのミサイルへと伝達する。
そして艦の前部甲板のVLSは、諸元を得ると共に即座に対空ミサイルたるESSMを放った。
その数は4発。
システム的な限界、完全な自己誘導では無いが故にだった。
ESSMはある程度の自己誘導能力を持ったミサイルではあったが、着弾時にはまだ、母艦からの支援を必要とするのだ。
TRD-3Dに導かれて飛ぶ4発のESSM。
空に生み出される4つの火球。
乗組員たちが熱心に整備したESSMは、その機能を十分に発揮したのだ。
初弾発射から約30秒。
だがまだ気は抜けない。
2発の対艦<魔法の槍>が竹を狙ってきているのだから。
この時点で残る2発は、竹から約4kmの場所まで迫っている。
近い。
が、まだ安全距離を割り込んではいない。
殆ど自動的に更に2発、ESSMを発射する。
連続的に打ち上げられた2発。
更なる白煙が、竹を包む。
共にその飛翔は安定している。
発射して10数秒。
竹から2kmの距離で、1発目のESSMが見事に対艦<魔法の槍>を無力化する。
四散する対艦<魔法の槍>。
が、それがアクシデントを呼んだ。
四散した対艦<魔法の槍>の破片が、残る1発のESSMに降り注ぎ、故障させたのだ。
飛翔していた2発の対艦<魔法の槍>、その距離が近かったが故に起きた事であった。
「なに!?」
ESSMのコントロール喪失、その報告に艦長は一瞬だけ声を上げた。
だが人間的な反応が出来たのはそれだけであった。
時速700km近い対艦<魔法の槍>にとって、2km近い距離など極僅かな距離でしかなかった。
人間が反応できる様なものでは無いのだ。
ベアルンの艦上では歓声が上がった。
中る。
<大協約>の側の誰もが、そう思った。
だがしかし、現代の科学技術によってシステム化を推し進められた竹は、その自動化されたシステムをもって立ち向かう。
艦中央構造物の後部に設置された20oCIWSが火を噴く。
正に火を噴くが如き勢いで発射される20oタングステン弾。
機械によって良く誘導されたソレは、見事に対艦<魔法の槍>を貫く。
爆発、四散する対艦<魔法の槍>。
ただ問題は、その場所が余りにも竹に近すぎた事であった。
竹が揺れる。
CICの艦内情報を表示するディスプレイが黄色く、そして赤く染まっていく。
「被害報告!」
即座に艦内の被害情報を集める。
深刻ではないものの、それでも無視し得ない被害が竹に出ていた。
人的な被害も深刻では無い。
特に、竹の奥深い場所に居るダークエルフ族の難民たちには被害は無い。
その事に艦長は安堵を覚えつつ、増速と反撃準備を下命する。
ガスタービンエンジンが出力を上げ、速力が20ノットから一挙に30ノット以上へと増速する。
SSMを搭載していないものの、竹には反撃手段として57o砲があるのだ。
彼我の距離が10kmを切っているのだ。
後少しばかり、数分距離を詰めさえすれば、余裕で相手に有効打を与えられるだろう。
黒く表面が焦げ、細かい穴が開いた57o砲が獲物を求めて蠢く。
数分で戦闘開始。
比較的意味では小口径と言ってよい57o砲が射撃を開始。
対してベアルンは右へと回頭し、左舷の砲門を開く。
只の一門、しかし圧倒的な射撃速度と命中精度とを誇る57o砲の竹。
20門との圧倒的な手数があるど、数を揃えるが為に安価な前装式砲を採用しているが故、各門の射撃速度も命中精度も劣るベアルン。
2500t型高速多機能艦と1等戦列艦、帆船が戦いを始める。
――4
前傾姿勢で、力強く轟々とエンジン音を奏でながら飛ぶUH-60J。
ガァバン王国の軍事組織に発見されないように低空を。
竹との邂逅を求めて、急ぐ。
その後部キャビンでは、疲れ果てた男たちが身を寄せ合って休んでいる。
気楽な雰囲気は無い。
疲労に関しては、彼らはUH-60Jが救援に来るまでの間、現地の武装組織、自警団では無く真っ当なガァバン王国の地方領主が手勢、領主自身が騎士として直率する10名の歩兵と
睨み合っていたのだ。
領主の手勢は小規模ではあったが規律は緩んでおらず、悪くは無い錬度であった。
只、始めてみる“帝國”軍に緊張は隠せないではいたが。
そんな領主の手勢が脅威かと問われれば、否と答えるのが至当だろう。
辺境の国の、更に辺鄙な地方の領主が手勢なのだから。
その武装は旧式の前装式小銃であり、豊富な火器を残しているWAiRの面々にとっては、交戦をすれば鎧袖一触ではあったのだが、交戦する訳にはいかなかった。
当然だろう。
自衛は別としても自衛隊が、平成日本の軍が戦時でもないのに戦闘行為をするのは、
政治的に不味いのだ。
だからこそ緊張感と共に、領主の軍を睨んでいる。
但し、一触即発と云う訳では無い。
それはこの手勢を率いた地方領主が、比較的計算と云うか現実的判断力を備えた人間であった事が理由であった。
現在自国で吹き荒れているダークエルフ族狩りと云う狂乱と、“帝國”が行っている
ダークエルフ族保護政策と云う二つの事から、自衛官とダークエルフ族の混成部隊の目的を正確に察知し、手を出す事を禁じたのだ。
其処には、新しい“帝國”――平成日本に対する信用もあった。
それは平成日本が常に実証してきた自らの行動理念、他国へと侵略する事は無いと云う物が、自衛官たちの安全へと繋がったと言えるだろう。
にらみ合いはするものの、比較的、和やかな雰囲気で時間が流れる。
約40分。
それは濃緑色を基調としたUH-60Jが到着するまで続いたのだった。
そして帰路。
竹の状況は機長が話していた。
それ故に、空気が重苦しかった。
無事でいて欲しい。
誰もがそう思っていた。
「あっ!」
誰かが声を上げた。
目を覚ましていた男たちが後部キャビンの窓へと集まる。
竹が見える。
焼け焦げ、のろのろと海面を進む竹の姿が。
その周囲には、燃え上がっている3隻の帆船の姿があった。
『此方機長だ。竹から連絡があった――』
誰もがスピーカーを見上げた。
緊張と期待と共に。
続きを望んで。
『――“竹ハ沈マス゛。乗員乗客共ニ健在ナリ。貴機ノ帰艦ヲ祝ス” ミンション・コンプリートだな』
爆発する様な歓声が上がった。