『平成日本召還拾遺物語その2』06
――1
敬礼と答礼。
「お待たせしました。騎兵隊です」
「ああ確かに騎兵隊だ。マカロニウェスタンも真っ青な、派手な登場だ」
諧謔の色を漂わせて言う火場二尉に、此方も少しばかりおどけて返事をする西部方面普通科連隊(WAiR)分隊指揮官。
2人は期こそ違うものの、防衛大時代からの友人関係だったのだ。
「いけませんか?」
「いや、大いに助かったよ」
握手をする2人。
ダークエルフ族難民第1グループと第4041警備中隊会話が、漸くの事で合流出来た場所は、木々どころか草すらも疎らな荒野の中。
丘と呼ぶのもおこがましい一寸した起伏の上でだった。
そんな2人の周囲では、第4041警備中隊が展開している。
009式装輪装甲車は停車して乗員たちを降ろし、軽装甲機動車は偵察機能の強化として車載されていた暗視装置を用いてガァバン王国自警団の逆襲を警戒している。
普通科――歩兵たちは、塹壕を掘り銃座を作るなどして戦闘態勢を取っている。
そんな厳重な警戒体勢の下で、第4041警備中隊に随伴してきていた大隊付衛生隊の自衛官らが、怪我人達を診ている。
消毒液の匂いが振りまかれるが、それ以上に、辺りには硝煙の匂いが強い。
当然だろう。
周囲は極寸前まで戦場だったのだから。
そう、先程までダークエルフ族難民第1グループはガァバン王国自警団に包囲され、攻撃されていたのだ。
隠密行動に秀でたWAiRや体力のあるダークエルフ族難民を集めていた第1グループであったが、余力に乏しい難民を集めた第2グループの囮として、やや派手に行動していたが為、ガァバン王国とザベィジ国の国境を越えた辺りで、自警団の包囲網に捉えられてしまったのだ。
襲い掛かってくる自警団。
手に手に鍬や鎌のような臨時の武器、或いは狩猟用と思しき弓矢を携えてであった。
対するWAiR側も、ガァバン王国領内では浸透工作を行っていた事の証拠を残さない為、余程の時以外の火器使用を制限してたが、国境線を越えていた事から反撃を行ったのだ。
通常であれば結果が容易に見える戦い。
否、戦うまでも無いだろう。
中世レベルの装備に組織としての規律も何も無い暴徒と、近代兵器を装備した高錬度の軍の戦いなのだ。
WAiRの隊員達は、此方が攻撃を開始した時点で自警団は逃げ散ると思っていた。
少し脅せば大丈夫だろうと思っていたのだ。
だがその予想は覆される。
バタバタと仲間が打ち倒される状況に於いて尚、自警団は狂的な熱意を持って攻撃を続行したのだ。
周辺から続々と集まり、三々五々と突撃をしてくる。
攻撃の手数――WAiRとダークエルフ族の護衛隊の数が少なかった事や、重火器の類が第2グループの護衛用にと渡して、火力が乏しかったと云うのもあるだろう。
或いは自警団側が、仕留める寸前獲物が手痛い反撃をしたという事へ逆上したと云うのもあるだろう。
結果として言える事は、このちっぽけな丘が血に染まったと云う事である。
第4041警備中隊が到着したのは、そんな熱狂的な自警団の圧力に側が屈しようとした時であった。
状況を見た火場二尉は、即座に部隊へと火力の自由使用を許可を出したのだ。
009式装輪装甲車の35o砲で衝撃を受け、更には完全武装の歩兵が展開しだした事で自警団は壊乱し、撤退していったのだ。
「有難う火場二尉。貴方の積極的行動で我々は助かった。本当に有難う」
満腔の敬意をもって感謝の念を告げるのはダークエルフ側の指揮官だ。
右腕を吊っている。
最前線で魔法を放っていた彼は、弓矢で射られていたのだ。
「いえ。我々は任務を果たしただけです」
分隊指揮官の時とは違って、真面目な表情を見せる火場二尉。
「我々がもう少し早く到着していれば良かったのですが………」
怪我人達に視線を送って、言葉を濁す火場二尉。
遅れた主因を考えれば、胸を張れる筈も無かった。
WAiRにせよ、ダークエルフ族の護衛隊や難民にせよ、無傷な者など誰も居なかった。
程度の差こそあれ、誰もが怪我を追っていた。
只救いなのは、死者が出て居ない事だろうが。
だがそれでも動かし辛い重体の者が2人は居た。
2人とも、防具も無く軽装のダークエルフ族難民だった。
「来て下さっただけで十分。診てもらっている2人、アンソンもハウも例え命を落としたとて感謝をするでしょう。
絶望を抱えて逝かずに済むのですから」
だから気にせずに居て欲しいと、続けた。
「そうそう。お前は真面目過ぎるのが玉に傷だな。此方はそれなり。一応のGood Endだ。後は………」
「第2グループですな」
女子供を中心に編成された第2グループを思い、ダークエルフ族の代表は祈る様に目を閉じた。
――2
逃避行によって疲労困憊となり、身動きの取り辛くなった女子供で編成された第2グループ。
此方は、第1グループが囮となったお陰で比較的安全に自警団の包囲網を突破する事に成功していた。
ヘリコプターの着陸の可能な平野に出ると共に、竹へと通信をし、迎えのヘリを呼ぶ。
12名の難民。
4名のダークエルフ族護衛隊。
5名の自衛官。
計21名が、平野地にある僅かばかりの岩の陰に身を寄せ合っている。
否。
それだけでは無い。
自衛官とダークエルフ族の、梟を使い魔としたエルが、若干はなれた高台から全周への警戒を行ってた。
又、岩陰の自衛官達も弛み無く、重火器を外へと向けて警戒している。
張り詰めた緊張感。
実は竹より、UAVが撃墜されたと云う事が伝えられているのだ。
周囲に的の姿が無いとは云え、何処かには装備良好の敵軍が存在しているのだ。
故に、最後の一瞬まで、気を抜けない。
抜かない。
気が緩めば、最後の最後に取り返しの付かない事になる。
その事を自衛官もダークエルフ族も、良く良く理解していた。
爆音
耳朶を打つ猛音。
それは空を圧して飛ぶ音。
「来たか………」
険しい顔をしていた自衛官が、片頬を緩めた。
聞きなれた轟音、間違う筈も無い。
特殊戦、特殊部隊での運用向けに改造されたUH-60Jブラックホークの飛翔音だ。
改造が転移後の、しかも派遣先での現地改造の為、形式番号こそ変化は無いが、自衛隊の内では、Mホーク、或いはUH-60J(M)とも呼ばれている機体であった。
「大丈夫、アレは味方です」
傍らで、硬い表情で、自衛官が渡したポンチョに包まって座り込んでいるダークエルフ族の親子に、自衛官は笑って告げた。
迎えが来たのだ、と。
「お日様の国の機……ヒコウキ?」
舌ったらずな言葉遣いに、自衛官は笑みを浮かべる。
「そうだよ。ヘリコプターって言うんだよ」
「へりこぷたー?」
可愛らしく首を傾げて、それから母親を見る女の子。
母親は優しい笑顔で、だが力強く娘を抱きしめた。
「貴女の祈りが通じたのかもね」
「うん」
満面の笑みで頷く少女。
その身は薄汚れていたが、笑顔は輝いていた。
隊内ではロリ疑惑を持って見られる程に子供好きな自衛官は、この笑顔を護る為なら死ねるとか、子は国の、人類の宝や等と、ヘルメットの下で笑み崩れていた。
荒野へと着陸したUH-60J。
乗り込むのは子供、女性、そして老人。難民全員である。
UH-60Jの定員を超えては居たが、全員が軽量――栄養状態の悪さから痩せており、又、子供を母親に抱きかかえて貰う事で何とかスペースを確保したのだった。
増槽や、武装をした上で重量が一杯一杯となったUH-60Jが重々しく空へと駆け上っていく。
そのキャビンの中から、子供たちが手を振っていた。
自衛官や、ダークエルフ族の護衛隊の面々も手を振り返す。
だが機体は名残惜しさを感じさせる事無く、即座に飛んで行く。
海へ。
「行ったな」
下士官が満足げな笑みを浮かべる。
「ええ」
ロ疑惑な自衛官は、胸のポケットからヨレた煙草を取り出して銜えると、下士官へも差し出す。
下士官は悪いな、と言って銜える。
護衛隊のダークエルフ族の連中にも渡すが、此方は、この世界では珍しい紙巻の煙草に、しげしげと見て、それから銜えた。
ZIPライターで火を点ける。
煙草は、臭いで所在が悟られる恐れがあるので、作戦中には吸わないのがWAiRの嗜みではあったが、UH-60Jを呼んだ後なのだ。
今更、臭いを隠すも無いと云うものであった。
一服。
正に至福の時。
「後1時間と云った所ですかね」
「いや、+30分はみておけ。乗り降りと燃料補給は同時に出来ん。松型は飛行甲板が狭いからな」
「ああ、でしたね」
倦怠感を口元へと浮かべて哂うロ疑惑自衛官。
下士官も、まぁ似たようなものだ。
「敵、来ますかね」
「判らん」
自警団は巻いた筈だったが、場所は未だにガァバン領内なのだ。
ガァバンの正規軍が動く可能性も否定出来なかった。
「まっ、何とかするさ」