『平成日本召還拾遺物語その2』05


――1

 第4041警備中隊の展開は、若干の齟齬こそあったものの順調に実施出来ていた。
 地元出身のオルトルが街道の情報を提供し、これに独立警備大隊では第1中隊にのみ編成されている偵察隊が中隊本隊に先行して収集した地形の情報を兼ね合わせているのだから、ある意味で当然かもしれない。

 ある意味で示威行動をも兼ねている為、煌々とライトを点灯して進んでいる009式装輪装甲車の群れ。
 そのやや後方の車内で、中隊指揮官は手元のディスプレイを確認していた。

 ザベィジ側から得られた情報。
 外務省国外戦略資源庁が収集した情報。
 物見遊山と称して、地方へと足を伸ばした偵察隊が集めていた情報。
 ダークエルフ族から供出された情報。
 第4041警備中隊に先行する偵察隊が収集した情報。
 そして、竹のUAVが収集した情報。
 それらが見事に纏め上げられて表示されていた。

「こうしてみると莫迦のお陰でスムーズに進むな」

 誰に言う事もなく呟いた中隊指揮官。
 無論、莫迦とは井伏だ。
 この言葉の理由は単純である。
 井伏が愚にも付かない戦略論を打っていた間に先発させていた偵察隊が収集していた情報を含めて、何事にも抜かりの無い中隊先任下士官が、気を利かせて整理してていたのだ。

 そもそも、情報を得る事は簡単でもその整理分類は簡単では無い。
 特に、不整地を疾走する事で大変に揺れる事となる車内で、それをするのは大変な事である。
 それが、出来ているのだ。
 怪我の功名、正にその言葉通りだった。

 中隊指揮官が内心で危惧していた外務省との対立に関しては、外務省のザベィジ総責任者の大野か、抗議では無く詫びの通信が届いていた事から、無視出来る話となっていた。
 そう詫びである。
 仕方が無い(該当地域を担当していた外務省の人間が井伏しか居なかった)とは云え、ロクでもない奴を派遣してしまった事を丁重にであった。
 中隊指揮官が恐縮してしまう程に、であっった。





 少しばかり時間を戻してみよう。

 第4041警備中隊へと派遣した井伏資源調査官が、当の第4041警備中隊によって拘束された。
 その一報に、ザベィジ領事たる大野は素の表情でハァ? と言葉を漏らしていた。
 但しその表情は、困惑と云うよりも嘆息にも似たものであった。
 又か。
 又やったのか、との。

 情報の疎通の為に派遣した筈の資源調査官が、何故に協力しに行った筈の自衛隊によって拘束されるのか。
 通常であればそこに疑問を持つのではあるが、以前より井伏の性癖――国家の指針に対する不満を隠さず、気分が高揚すれば、誰彼構わずに自分の国家論を述べる事を知る大野は、疑問を抱かなかったのだ。

 いらん場所で、いらん事を言ったに決まっている。
 ため息を、鼻息で吹き飛ばして、腹立たしさを腹の中で捏ねる。
 売国的省益優先主義者の分離に成功したと思ったら国士様の跳梁か、外務省には莫迦しか居ないのか。
 罵声を漏らそうとする口元を、大野はさり気ない仕草で塞ぐ。
 それは極真っ当な社会人として見栄だった。
 秘書を兼ねる敏腕の特別派遣情報官であり、かなりに魅力的な女性であるアスラの前で、見苦しい真似はすまいと云う。

「どうされますか?」

 微笑ましいとすら言える大野の行動にアスラは、ダークエルフ族としての鋭敏な感覚で把握しつつも、大野の面子を慮って無視の態度を示した。

「どうもこうも無いよ。第404の方へは僕から詫びを入れておこう。作戦中の隊へは………うーん、まぁ後からかもしれないけど、此方へもだね」

 一応、言及はしておいた方が心証が良いだろうとも続ける。

「………井伏資源調査官に関しては?」

「少し自衛隊の所で頭を冷やさせよう。話を聞くのはそれからで良いよ。まぁアチラとしても変な事はしないだろうしね。それよりもザベィジ政府へとの方が先だよ。万が一、話が先に政府に行ったら面倒だからね」

「はい。では私はアポイントメントの方を」

「うん。御免、面倒だけど今から宜しくね」

 先手を打つ事で、被害を局限させる。
 それは軍事にせよ外交にせよ、リスクマネージメントに於いて共通する事であった。





――2

 国境付近を進む第4041警備中隊。
 殆ど未整備地と言って良い程に荒れた街道ではあったが、009式装輪装甲車の足回りはしっかりと大地を捉えていた。


 009式装輪装甲車。
 元々は将来装輪戦闘車両シリーズと呼ばれていたものの成果だった。
 但し、状況の変化によって内容はかなり変わっていた。
 最大のものは目的だろう。
 全普通科(歩兵)部隊へと普及させると云う目的が外され、防衛庁の国防省昇格に伴って重要度の上昇したPKO等の海外派遣任務へと投入する部隊の為にとされたのだ。
 理由は様々であったが、結論として言える事は1つ。
 装輪装甲車は、敵との正面からの交戦には不適格である――ただそれだけであった。
 低価格である事や、機動性の高い事は長所ではあったが、戦場に於いてそれだけでは意味が無いのだから。
 無論、装輪と装軌では求めるものが違うと云う意見もあるにはあったが、そもそもとして、であるならば何故に普通科の足として採用するのかと云う疑問へと帰結するのだ。

 一寸した攻撃から搭乗員を護れる程度の装甲を持って、前線以外の場所の機動に使用するのであれば、装甲化したトラックの方がコストパフォーマンスが激しく高いのだ。
 正論である。
 故に、陸上自衛隊は次期主力歩兵戦闘車輌を装軌式装甲車と決めた。
 極真っ当な陸上自衛官は歓喜したと云う。

 但し、問題が1つあった。
 開発中の将来装輪装甲車シリーズである。
 官僚組織の宿痾として、一度決めた(予算の付いた)事は最後まで実行したがるのは陸上自衛隊でも同様ではあったが、防衛庁の省昇格に伴って誰もが傷つかない形で解決出来たのだった。
 こうして陸上自衛隊は、装輪装甲車をPKO向け部隊と広域展開指定部隊に採用する事で普通科の足を護ったのだった。


 閑話休題


 さて、陸上自衛隊にとっては鬼子にも等しい009式装輪装甲車ではあったが、その使用実績は意外にも良好なものであった。
 日本人の作る兵器の悪癖たる凝り性が良い方向へと発揮されたのだ。
 重装甲にして重武装。
 装輪装甲車としての概念に対して、ある意味で真っ向から喧嘩を売るコンセプトの本車輌は、PKO等の、様々な任務にて自衛官の身を護りぬいていたのだ。
 正面が20o級の直撃に耐久出来、また側面でも12.7oを防ぐ。
 火力はテレスコープ弾の開発の遅れから、89式歩兵戦闘車でも採用している35oが採用されてはいたが、必要十分――と云うよりも、十分に大威力な火砲であるのだ。
 機動性以外のあらゆる面で、009式装輪装甲車は優秀な装甲車であったのだ。


 そしてそれは、この転移等と言う信じがたい状況下に於いても同様であった。
 だがしかし009式装輪装甲車がその性能を十全に発揮してはいても、それが作戦の良好なる進捗に直結するものでは無かった。

「阻止されただと?」

 中隊指揮官が眉を歪めた。
 通信機の向こう側、報告を上げたのは偵察隊だ。
 本隊に先行してザベィジとガァバン国境へと向かっていたのだが、それが不可能になっていると言う。

『ええ。一応、こちら側とされている場所な筈なんですが、火を持った連中が道を塞いでるんです』

「馬鹿な真似を。連中は何を考えてやがる」

『さっぱりですな。コッチの車輌を見て気勢を上げてますんで、まぁ見事に興奮状態でして』

「………正気を無くした群集かよ」

 面倒だな、と顎先を撫でる。
 第4041警備中隊の車輌に、警察が使う様な放水車は含まれて居ない。
 群集を傷つけずに下げる事は困難であった。

『人員の規模は上を見ても50名には行かんでしょうね』

「街道を塞いでいるのか?」

『というよりも、平地の全部ですね。見事に塞いでやがります』

「たった50名だろ? 強引に行けんか?」

『狭すぎるんですよ、ここ。峠みたいな場所ですんで』

 偵察隊は、左右への展開が行い辛いのだと続けた。
 バイクはまだしも、軽装甲機動車では無理だと。

 そもそも、軽装甲機動車の不整地踏破能力はそれ程に高く無い。
 にも関わらず夜間、初めての場所を越えようとすれば、スタックするのがオチである。
 敵愾心の強い連中の前で車輌がスタックしてしまえば、しなくても良い苦労をする羽目になるのだ。
 厄介な状況であった。

「判った。対応を考えるんで、チョイとまってろ」

『了解です』

 通信機を切って、振り返る中隊指揮官。
 視線の先には生まれて初めて装甲車にのって、車酔いをして青い顔になったオルトルが座っている。

「大丈夫か?」

「まぁ何とか、ですが………」

 口元を押さえつつオルトル。
 可愛そうにと、気遣わしげにその姿を見つつも中隊指揮官の口は任務を優先して動く。

「悪いが聞きたい。国境線、ポイントb――悪い。この街道からベイン地方への道が暴徒によって封鎖されている。他に道は無いかな?」

「207号線が、ですか………なら、あー225号線を使えばベインへと進む事が出来ますが、そうなると、20km程後ろに下がる事になりますし、それに、かなり北周りをしますんで………207号を使うよりも50kmは確実に遠回りです」

「それしかないか」

 中隊指揮官が事前に得ていた情報とも合致した。
 が、彼としては地元民らしい裏道情報を望んでいたのだが、それは無かった。

「都合70kmか」

 “帝國”支配下にあったザベィジでは、距離などの単位は全て“帝國”に準じており、又、測量自体も、“帝國”が実施している為、その数値は当てに出来た。
 が、その数字は問題であった。
 夜間であり、路面状態を警戒しつつ進むのだ。
 70kmの道のりを踏破するのに下手をすれば、4時間は掛かる危険性があった。
 現状で包囲され、苦境に陥っているダークエルフ族難民にとって、その時間は致命傷になりかねないものであった。

「是非も無し、だな」

 中隊指揮官はため息を漏らした。





――3

『あっ、あー私はザベィジ国の地方巡視官オルトルです。ここはザベィジ国の領土です。貴方がたはわが国の領土へと不法に侵入しています。速やかに退去して下さい。繰り返します。ここはザベィジ国の領土です。貴方がたはわが国の領土へと不法に侵入しています。速やかに退去して下さい』

 ハンドスピーカー越しでも、緊張の色を隠せ無い声でオルトルは呼びかける。
 その後ろには中隊指揮官と警護の自衛官が付き添い、さらにその後方へは威圧する様に、エンジンを掛けライトを点灯させたままの装甲車の群れがあった。

 50人にも満たない群集相手には、些か大人気ないとも言える様な体勢ではあったが、中隊指揮官はコレがお互いに被害無く通過できる最善の方法だと思っていた。
 どんな人間が、戦闘車両の迫力に耐えられると言うのか。
 ごく真っ当な判断だ。

 だがしかし彼は、1つの事を忘れていた。
 相手がキチガイにも類される集団だった云う事を。

「ここはもうガァバンの領土だ。腰抜け貧弱のザベィジ野郎はとっとと下がりやがれ!」

「そうだそうだ」

「それに俺たちには理はあるぞ! <大協約>で認められている、ダークエルフ狩りの途中だってな。
ガァバンの国内に巣をはりやがった汚いダークエルフを駆除するんだ。邪魔はするな」

 軽装甲機動車ならまだしも、35o砲を搭載する009式装輪装甲車を前にしてこの態度である。
 ある意味で立派なものだと言えるだろう。

 呆れる様な気分で群集を確認する中隊指揮官。
 蛮勇狂気。
 或いは一向一揆みたいなものかと、群集が松明と共に武器として持った農機具の群れを見て思う。
 そう、群集は手に手に、鍬や鎌の様なものしか持っていないのだ。
 にも関わらず、近代兵器に対して一歩も引かない。
 呆れるしか無かった。

『わが国は、ダークエルフに対する迫害を支持しません。それにここはわが国の領土です。ガァバンの法は関係ありません。退去して下さい』

「ふざけるな! 我が王らの情けで存在する様なザベィジの分際で!!」

「そうだそうだ! その言い様は不敬だ!! 貴様はガァバンを舐めているのか!!!」

 理屈抜き。
 何と言うか、どこかの半島の事を思い出す中隊指揮官。
 だが思い出しで、苦笑しているだけでは済まない。
 中隊指揮官にも目的はあるのだから。
 オルトルの肩を叩く。
 その合図にオルトルは、安堵した様な表情でハンドスピーカーを中隊指揮官に渡した。

『私は日本国陸上自衛隊ザベィジ派遣群の火場二尉です。貴方がたガァバン王国住民が、ザベィジ国内より自主退去しないのであれば、ザベィジ政府の要請から実力行使を実施します』

 道案内もだが、この為にオルトルは部隊に随伴したのだ。
 日本国陸上自衛隊第4041警備中隊が、随時に能力を発揮出来る様に。
 中隊指揮官――火場二尉の言葉と共に、009式装輪装甲車の砲塔が一斉に動いた。
 照準を合せる様に、筒先が下を、群集を狙う。
 正に大迫力。

「繰り返します。貴方がたが、ザベィジ国内より自主退去しないのであれば、実力を持って排除します」

 が、群集の反応は意外なものだった。

「馬鹿な、ニホンはわが国を支援するのでは無かったのか!?」

「そうだよな? 確か日本は“帝國”では無い。無条件でダークエルフを庇護しないって聞いたぞ!」

「そうだそうだ。ならニホン、コッチを手伝え!!」

 予想外。
 否。
 それよりも絶望にもにた気分を味わう火場二尉。

 ナニが原因かなどと悩むまでも無かった。
 火場二尉は、外務省の夜郎自大、大馬鹿野郎の井伏だと直感した。
 大方、ザベィジ領内に不法侵入した連中と接触したのだろう、と。

 火場は知らぬが、それは事実だった。
 調査をする労働力にも不足していたが為、井伏は国境を越えて侵入して来ていたガァバンの国民を“現地住民”と称して雇用していたのだ。
 だからこそ群集はある意味で自衛隊に、ニホンへと近親感を抱いていた。
 俺たちを、オラが国を、この地方の雄として認めている大国だと。


 暢気な群集。
 性質悪い冗談のような状況。
 だが火場の内心は、諧謔の欠片も無かった。
 それを一言で言うならば、あーあ。である。
 馬鹿が勝手な行動をして、更に馬鹿集団が調子にのったので俺は実力行使を、それも穏当では無く過激なソレをせざる無くなったと。
 無論、理由は、隣にいるオルトルである。

 平成日本は決してザベィジ国を見捨てない。
 約定を違える事はしない。
 その事を、身をもって示さなければならなくなったのだ。


 その事を言わずにおれば良かったのだがな、と哀れみにも似た感情を群集に抱きつつ火場二尉は、オルトルへと尋ねる。
 この様な場合、どうするのか、と。

「どうする、とは?」

 疑うような目で火場二尉を見るオルトル。
 当然と言えば当然だろう。
 内心で井伏へと万を超える罵声を浴びせつつ、火場二尉は謹厳な軍人としての表情を作る。

「ザベィジ国としての対応です。彼らは暴徒であり、国内へと侵入した武装集団です。そして我々は、貴方がたザベィジの要請を受けて動きます」

 火場二尉の言葉の裏にあるものを察したオルトルは、小さく笑った。
 力なく。

「武装した流民の流入をわが国は歓迎しません。彼らが自主的に退去しないのであれば――殲滅します」

 いっそ優しいといえる声色で告げるオルトル。

「それは要請として判断して宜しいですかな?」

「ええ。お願いします」

「了解しました」

 己が指揮車とした009式装輪装甲車へと戻る火場二尉。
 その背をオルトルは黙って見つめた。




 第4041警備中隊は、その保有弾薬の1割を消費し、それから再び行動を開始したのだった。


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