『平成日本召還拾遺物語その2』04


――1

 ゆっくりと空を飛ぶティルトローター型UAV、ハヤブサ03。
 無論、竹の艦載機だ。
 西部方面普通科連隊(WAiR)と一緒に積み込まれた、特殊任務パッケージの1つだった。
 大陸奥地での難民及び救出部隊の脱出を支援する為飛んでいるのだ。
 そのハヤブサ03の合成開口レーダーが、竹の停泊する沿岸の沖をゆく船団を捕らえたのは全くの偶然であった。

 給油の為に竹へと帰還するハヤブサ03が、強い風の影響で洋上へと機位が流されたが為に発見出来たのだから。


「大型艦は居ませんが中型艦が7隻。多少歪ではありますが単縦陣を組んでいます。恐らくは戦闘艦ですな」

「こんな時に、か」

 唸り声を漏らす副長。
 発見した船団は、竹から60km程度の位置を航行していた。
 一応は水平線の向こう側でる。
 又、竹は擬装ネットを被っており、更には洋上からは簡単に見通せない入り組んだ狭い湾内へと身を隠しているのだ。
 発見される恐れは少なかった。
 だがその代償として、湾内からの脱出には時間が掛かると云う問題があった。
 状況としては最悪とまでは言わないものの、良好からは遥かに離れていた。

「詳細を探る為に、ハヤブサ03を回しますか?」

 船団の目的が何であるか、調べなければ対応する事は困難ではある。
 が、それには1つ問題があった。
 UAVを船団側が発見すればその首脳陣へと、この近海へと平成日本の戦闘部隊(竹)が展開していると、教える事になるからだ。
 ハヤブサ03――艦載ティルトローター型UAVイーグル・アイは、<大協約>やその他の軍によって運用されている主力航空戦力たるワイバーン・シリーズよりも遥かに小さい。
 だが、<大協約>軍にとって決して発見出来ない相手等ではないのだからだ。
 否。
 それどころか、UAVは<大協約>軍にとっては最優先で発見すべき目標なのだ。
 UAVが飛んでいたら、その後では必ず“帝國”軍が攻撃を掛けてくる。
 それが、<大協約>軍の一般的認識であった。
 “悪魔の監視者(ストーカー)”
 メクレンブルク王国を巡る戦いや、ボルドー王国での政権交代に纏わる事変などで活躍してみせた各種UAVは、<大協約>軍将兵からは、そう忌み嫌われていた。

 無論、忌避されているだけならば問題は無い。
 だが軍隊と云う所は、問題を忌避するだけでは済まさない。
 問題があればそれを乗り越えようと足掻くのだから。

 先ず発見に関し、従来の<大協約>軍ではワイバーン等や機械竜を探索する為に開発された生体反応捜索系の対空探知魔法が使用されていたが、新しい“帝國”――平成日本では無人の機械竜、UAVを多用する為、それに対応して、熱量探索型の探知魔法が開発されていた。
 目的は、内燃機関が発生させている熱量である。
 そして、この探知魔法は、探索のみならず対空攻撃にも転用されていた。
 熱源反応追尾型の<魔法の槍>、AA(対空)41型を開発したのだ。

 その探知方式の問題(生命反応探知に関しては、マナを介しての為、かなりの遠距離を探知する事が出来るが、熱源追尾の場合は、マナを介しない為、魔法による探知距離の強化をしているとは云え、比較出来ない程に探知距離が狭い)から、AA41型はかなりの短射程となっていた。
 がしかし、その分速度も向上しており、又、誘導方式に憑依魔法を基にした遠隔誘導魔法を採用したお陰で、徹頭徹尾人が誘導する事が可能となり、高い追尾能力を持ったのだ。
 その代償として、一度に誘導できる数は極端に下がってはいたが、平成日本にとっても、その能力は全く侮れないものであった。


「………どうかな。わざわざ我々がここに居る事を教える必要は無いとも思えるが………………」

 副長の表情は渋い。
 現状でも竹は、十分に危険を冒しているのだ。
 これ以上の厄介事は御免蒙る。
 それが、個人としての見解ではあった。

「現状で取れるだけデータを集めておいてくれ。俺は艦長へと報告する」

「了解です」



 艦長の反応は、更に渋い顔であった。
 これは別に、船団がどうこうと云う訳では無い。
 燃料の問題である。
 現状、只でさえ身動きの鈍い難民の救助の為にヘリを派遣する事となっているのだ。
 そこへ更にUAVを追加して飛ばし続けられる程の余裕は、竹には無かったのだ。

「ヘリは、全員の収容には2回は飛ばさんとならん。その分の燃料を考えるとキツイな」

「大喰らいですからな、ブラックホークシリーズは」

 とは云え出さない訳にはいかなかった。
 故に、UAVに割り振られる燃料は、自然と減らされる事となる。

「………仕方が無い。臨検チームを湾外周部に派遣して、彼らに監視してもらおう」

 臨検チーム。正式には立入検査隊と良い、海上自衛隊が低脅威度戦争への対応能力を求められるに従い、設置された部署であった。
 臨時では無いものの、本業としての任務も別に持った人間で編成される部隊である。  ある意味で、古い意味での海兵隊であった。

「帆船の速力ならば、水平線上に姿を現しても、此方まで到達するのに時間がかかる。何とかなるさ」

「はっ、了解です」

 ある意味で、割り切りであった。





――2

 ザベィジ領内にて停車中の第404独立警備大隊第1中隊。
 その指揮車として使用されている009式装輪装甲車の車内に今、2人の客が居た。
 1人は、ザベィジの政府関係者であり、もう1人は経済産業省資源エネルギー庁から外務省の外局である、国外戦略資源庁へと派遣された人間だった。
 名は井伏。
 ガァバン王国との国境線に近い辺りの地下資源探索の任に当たっている人間だった。
 この井伏が、第4041警備中隊が停止している理由だった。
 第4041警備中隊の行動の名目は、井伏らザベィジ南部領資源探索チームの警備であったのだから、当然だろう。
 だがコレが、厄介ごとでもあった。

「これ以上のガァバン領への接近は、彼らに対する無用の刺激になります。そうなれば、この近郊での資源探索は困難になります」

 まだ若い井伏は、強い口調で断言する。
 平成日本とガァバン王国との間で、無用な摩擦は避けるべきだと。

「しかしこの辺りはザベィジ領の筈だが?」

 困惑を覚えつつも、第4041警備中隊の隊長は隣に立つザベィジの政府関係者――まだ若い、オルトルへと尋ねる。
 オルトルは頷く。

「はい。ここから後30kmはザベィジ領です。“帝國”とガァバン王国との協定でそう決まっています」

「実効支配も出来ていないのに、古い協定なぞ無意味だ。ガァバン王国は文明の程度こそ低いが、その人口は30万を超える。そんな国相手に、5000人にも満たないようなちっぽけな国が相手にされる筈が無い」

 だから、この辺りの支配圏を持つガァバン王国との揉め事は起こすべきでは無い。
 傲岸不遜に言い放つ井伏。
 ザベィジを馬鹿にした表現に、不快げな表情を隠せないオルトル。

「わが国は確かに小国ですが、その領土を無意味に奪われる謂れはありません。特に、外国の方に」

「ではどうするかね。軍隊を派遣するかね? ザベィジの軍事力は100人にも満たない程度の、武装警察の筈だが?」

 対するガァバン王国は数千の兵が居るぞと哂う井伏。

「結局は喪うのだよザベィジは。この辺りを。国の規模に比べれば持ち過ぎたものだ。仕方があるまい」

 余りと言えばあんまりな井伏の言葉に、絶句するオルトル。
 だが呆れていたのはオルトルだけでは無かった。

「井伏さん、貴方の言い方は余りにも失礼だぞ。それにわが国は、国外派遣者が他国の領土問題へと深入りする事を禁じている筈だ。口を慎みたまえ」

「隊長さん、貴方は余りコッチの世界の事を知らんのですね。この程度の事までも考えなきゃ、こんな辺境では仕事は出来んのですよ」

 最低限度の礼儀を護って憂慮の念を告げる中隊長に、井伏は笑って答える。
 それまでの礼儀正しい言葉遣いから、一転した口調で。
 目には加虐的な煌きがあった。

「にしてもだ」

「でもすとも無いです。わが国には資源が必要で、それも安価に必要です。なら、その為には……ねぇ?」

 これ以上を自衛隊を国境線に接近させて、国際紛争を誘発させるべきでは無いと告げる。

「現実問題、紙の上ではザベィジの領土でも実際はガァバンが支配している。どちらを重く見るかは簡単な話だ」

 だから、ダークエルフ族を見捨てるべきだと告げる井伏。
 たった10人にも満たないダークエルフ族を助ける為、平成日本の資源状況を秤に掛けるのかと。

 正論ではあった。
 だがそれを全面的に受け入れるには、些か問題があった。
 だからこそ中隊長も又、態度を一変させた。

「確かに井伏さん、貴方のそれは理屈だ。だが、同時にそれは貴方1人の判断でしかない」

 独断だと断言する中隊長。
 国民の信託を受け、平成日本を統治している文民政府の指示はダークエルフ族の保護であり、又、資源採掘に関する交渉相手としてザベィジ政府を認めている。
 この状況に於いて、我々には選択の自由は無い、と。
 そんな、現場で政府の指示も聞かずに判断行動をしていては、何時か来た道だとも。

「我々自衛官には目標を選択し判断する権限は無い。それが民主主義国家の軍事力と云うものでしょうが」

「馬鹿な、戦争になるぞ!」

 是非も無し。
 そう言う中隊長に井伏は眦を上げて叫ぶ。

「何もダークエルフ族を救うなと言っている訳じゃ無い。ただこれ以上、ガァバン領に接近せずに、救助をすれば、それで妥協点になるじゃないか」

 だが中隊長は厳しい笑みを返す。
 それでは、任務が実施できないのだと。
 第4041警備中隊に与えられた任務は、ダークエルフ族の難民の保護であり、その為には国境線へと進出する必要があるのだ、と。

「戦争? それが政府や、国民が求める事であるならば是非も無し。そういう事だ」

「杓子定規な事を! それ程に政府や国民は万能じゃないぞ!!」

 何を今更。
 そう言って冷笑する中隊長。

「それを言うなら国家公務員を職にするべきでは無かったな」

「愚かしいぞ、軍人の分際で国家戦略にっ!」

 激昂した井伏の言葉を断ち切る様に、中隊長は言葉を発した。

「それは貴方の私論だ。国家の、日本政府の戦略では無い。そしてそれを発言するだけなら兎も角、策定されている国家の命令に反し、あまつさえ友好国を侮辱して信頼関係を損ねた諸々の発言は、国外派遣される公務員へと課せられた義務違反だ」

 最後に付け加えた。
 故に告発せねばならない、と。

「なっ」

 告発の言葉に、顔面蒼白になる井伏。

「馬鹿な、俺は国の為にっ!!」

 中隊長に掴みかかろうとした井伏を、傍に居た下士官が取り押さえる。

「おやめなさい井伏さん。抵抗をすれば拘束をせざる得ない。公務執行妨害だからね」

「………」

 抵抗を止め、全身から力を抜く井伏。
 それから卑屈に笑う。

「告発は冗談だよな? 私は国の為に考えて行動しているんだぞ。国の、国の利益の為にだ」

「冗談ではないよ井伏さん。残念だが貴方の行動は認められない」

 口の中で、オルトル氏が居なければ内々で対応出来たのだが、今回はそれが出来ないと続けた。
 後ろを確認する中隊長。
 オルトルが厳しい目で井伏を睨んでいた。
 一罰百戒。
 井伏の判断が井伏自身の愚考であり、それに日本政府は加担していない事を示す為、日本政府は井伏に対し、厳罰をもって望むだろう。



 手錠を掛けられて連れられていく井伏、その背を一瞥した警備中隊先任下士官は阿呆がと呟いた。
 40近い先任下士官は、一切の同情も無く井伏を見ていた。
 思慮の浅い馬鹿が、調子に乗ってTPOを弁えずに自説を披露して自爆したと、嘲笑に近いものをも感じていた。
 これがゆとり教育とやらの弊害だな、とも。

 だが、先任下士官が井伏の事を考えていたのは、その一瞬だけだった。
 先任下士官らしい態度で、中隊長に部隊の前進準備が整った事を報告した。

「宜しい。では行こう。同胞と、邦友を救う為に」

「はっ」


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