『平成日本召還拾遺物語その2』03


――1

 ガルム大陸南部。
 特に大内海に面した地方は、枯れ果てた大地が広がる場所であり、そこでは僅かばかりの人間が、肩を寄せ合って生きた場所であった。
 正に、辺境の呼び名こそ似つかわしかった。
 その状況が一変したのが、“帝國”の登場である。


 “帝國”は、並の中小国は勿論の事、他の列強諸国より遥かに数多くの、そして大量の鉱物資源を必要としていた。
 “鉄の国”
 そう一部では揶揄された程であった。

 そしてそれが、この地方の状況が一変した理由であった。
 レアメタル。
 希少金属が、この地方の地下に眠っていたのだ。
 一変は急速であり、劇的であった。
 “帝國”が大規模な予算を投じて、インフラを整備したのだ。
 それは、地権を持った国家(と呼べる様な組織)も無かった為、好き勝手が出来たのが大きいだろう。
 苦労して生活していた旧住民達には、飴(雇用)を与え、その生活様式も尊重する事で恭順させ、万難を排しての開発であった。

 帝國軍が帝國人が、そして獣人及び“帝國”への忠誠を誓った品行方正な流民の一族もが入植したのだ。
 その地方の変わり様は、天変地異にも評される程であった。
 繁栄。
 旧来の住民が、その自らの語彙から選んだ都市名、幸福を呼ぶ蛙神様のザベィジの名を与えられた“帝國”の直轄都市は空前の繁栄をした。
 無論、過去形である。
 他の全ての“帝國”と関わった都市地方と同様に、この都市も又“帝國”の消滅と共にその繁栄の終焉を迎えたのだ。
 消滅しなかったのは、シュベリン王国と同じ理由であった。
 侵略する旨味の無さである。

 繁栄していたにも関わらず、おかしな話ではあるが、如何せん“帝國”の消滅と共に、ザベィジを支えていたインフラシステムが崩壊したのだから仕方が無い。
 鉱山都市としての機能のみが優先され、農業等の食料生産に関わる分野は御座なりにされていたのだから、“帝國”の物流システムによって食料が入って来なければどうなるかは、火を見るよりも明らかであった。
 実際、“帝國”消滅から数年後に<大協約>から派遣された調査隊が見たのは、巨大な建物の跡と、僅かばかりの人間の姿だけであった。
 そこに、過日の繁栄栄華を感じさせるものなど無かった。


 こうして、“帝國”によって生み出され、そして“帝國”の消滅に運命を共にしたザベィジが、再び歴史の表舞台に登場するのは、又、日本によってであった。
 “帝國”では無い。
 平成の、日本。

 平成日本も又、この地方へとレアメタルを求めて進出したのだった。





 木造平屋。
 それも、敷地面積は庭園を含めても300坪程度の日本式建築物。
 風では無い、準である。
 “帝國”支配時代に建築されたものだった。
 建材がガルム大陸産のもので構成されていたお陰で、“帝國”消滅後もこの世界に残っていたのだ。
 60年の歳月を越えた木造建築らしく、風情はあるが風格は無い。
 それが平成日本の、ザベィジ特別領事館だった。

 <大協約>と正面から立ち向かい、世界的にも、新しき列強と目される平成日本の出先機関にも関わらず、余りにも侘しい佇まいだった。
 が、それも仕方の無い事かもしれない。
 何故なら、ザベィジは都市と自称こそしてはいたものの人口3000人と、町に毛の生えた様な規模しか無いのだから。


 この世界に於いては帝國人――日本人である事の証明とも言われている背広、その襟元をラフに緩めた、やや小太りの男が腕組みをして領事館の庭園を眺めている。

 庭園は、日本から来た職人によって手入れされ、小さいながらも見事な庭ぶりを示していた。
 だが男の目は、庭を見ていない。
 冴え冴えとした夜気を含んだ風が流れるが、男は微動だにしない。

「お体に毒です………」

 凛とした、だが何処かしらに甘やかな響きを持った言葉と共に、厚手のコートが男の背に掛けられた。
 男の背後に、いつの間にか細身の人影――ダークエルフ族の女性が立っていた。
 さっぱりとした暗色系のスーツと、纏め上げられた髪が、秘書の風情を漂わせていた。
 否。
 秘書と言えるだろう。
 外務省特別派遣情報官。
 DEとも略称されるそれは、外地に派遣される大使級の人間の下へと配置させられる、情報収集及び分析を担当する者の事であった。
 そのDEたる彼女が付いている男は、無論外務省の官僚、ザベィジ領事であった。
 名は大野と云う。

「すまない」

「いえ………………」

 まだ若いとも言える大野ではあったが、その表情には険しさがあった。
 だからだろう。
 ダークエルフ族の特別派遣情報官であるアスラは、何も言えず、その後ろへと佇んでいる。
 アスラが何も言えないのには理由があった。
 それは、大野が庭を眺める様になった理由でもあった。
 ダークエルフ族への支援。
 より正確には、ザベィジの領土と見られている場所の南にある国家、ガァバン王国で隠れ住んでいた、ダークエルフ族の保護であった。

 文明の辺境とも揶揄されれる程に列強諸国から遠く離れ、又、貧しさ故に<大協約>からも相手にされなかったガァバン王国は、それ故に純粋なエルフの崇拝国であった。
 世界の守護者、文明の抑止力。
 そんなエルフ族の宣伝文句に、素直に酔いしれている様な、純朴な国であった。
 だからなのだ。
 平成日本の、“帝國”の復活を聞いたガァバン王国の民衆は、邪悪な帝國の手先である獣人族や、ダークエルフ族狩り立てようとの機運が盛り上がったのは。
 ダークエルフ懲戒隊。
 そう自称する民兵組織を組織し、さして広いとは言えないガァバン王国の領土の津々浦々を民衆は、松明片手に駆け回ったのだ。
 竹の任務である21名のダークエルフ族の保護も、この自警団によって隠れ里を発見されてしまったが為であった。


 そして大野。
 平成日本のザベィジ領事たる彼は、ザベィジ政府(実態としては、町役場程度の規模や能力しか持たない)に働きかけ、ザベィジへと駐留する自衛隊部隊の、領内自由移動、及び展開を認めさせたのだった。
 現在、ザベィジへと駐留するのは第404独立警備大隊。
 これは完全に自動車化された300名規模の小規模な部隊であり、国外の、重要拠点へと政府組織を展開する際に同行警備する為に新編された部隊であった。
 尚、未舗装地の多い辺境へと派遣される事の多いこの部隊が、装軌(キャタピラ)では無く機動力に劣る、装輪(タイヤ)駆動方式の装甲車を装備している理由は、兵站の問題であった。
 不整地での踏破能力に優れても、整備に手間の掛かる装軌が忌避されたのだ。
 付帯としてもう1つ。
 派遣先に於いて交戦するであろう相手の攻撃力が、薄い装輪装甲車の装甲でも十分に対応可能と云うのも考慮されての決定であった。

 この第404独立警備大隊でも精鋭の、009式装輪装甲車を定数装備する第1中隊が、ザベィジ政府の役人の同行を受けてザベィジ領南部(と、一般に認識されている辺り)へと展開を行っている。
 名目としては、平成日本の生命線、日本の国内外の資源開発に関わる問題を一手に引き受けている国外戦略資源庁による資源調査、その警備であった。



「………我々は無力なのだな」

 誰も聞かせる訳でも無く呟く大野。

 大野の無力感は、ダークエルフ族の保護に回せた部隊規模の小ささに起因していた。  独立警備大隊の1個中隊は2個小隊各40名の80名である。
 政府職員の保護警備と云う名目で動かせたのは、たったそれだけだったのだ。

 それは野党によって提唱された軍の暴走等への抑止措置であった。
 日本帝國陸軍時代の軍事組織の暴走を念頭に置いて主張されたソレは、一定の正論であり、政府も容易には退ける事が出来なかったのだ。

(尚、野党の極一部では、独立警備大隊の行動を監視する人間を部隊に随行させるべきとの意見を述べる者も居たが、誰も好き好んで危険地帯に行きたがらなかったし、そもそも政府としても、自らの自衛隊への統率能力への懐疑を好ましいとは思わず、又、自衛隊としては、その様な政治将校紛いの代物を受け入れたく無いと主張。
 こうして3者の利益が一致した結果、この意見は表沙汰に成る前に、提唱者の緊急入院と云う形で、幕引きが行われた)

 ガァバン王国でダークエルフ族を狩っている民兵組織が、1000にも手を届こうかと云う規模である事を考えれば余りにも小勢であり過ぎた。

 又、如何に第404独立警備大隊第1中隊がザベィジ領内の行動自由を得たとは云へ、ガァバン王国の領土内にまで進出し、追われているダークエルフ族難民を救助をする事は出来ないのだ。
 精鋭の西部方面普通科連隊から分隊が、その脱出支援として極秘裏にガァバン王国へと侵入してはいたが、如何せん8名と、極め付けに小規模な戦力なのだ。
 状況を気楽に見る事など出来る筈も無かった。


 護るとの約定を護りきれず、又、同胞を危険と判っても少規模でしか投入出来ない。
 他の手段は無い。
 如何にダークエルフ族の存在が平成日本にとって有為なものであるとは云え、その為に戦争勃発の危険性を看過し、大兵力を国交の無い国へと展開させる訳にはいかないのだ。
 何よりも平成日本の国益を、感情に流されず冷静に判断出来る大野は、正しい外務官僚であった。
 だが同時に個人としての大野は、内心に忸怩たるものを感じているのだ。


 そんな大野に、そっと頭を下げるアスラ。
 彼女は大野の内心、その様子を詳細に理解していた。
 ダークエルフ族の保護に、万全と呼べる状態で望めない事に不満を抱いている事を。
 だが、とアスラは思う。
 この人たちは知らないのだ、と。
 ダークエルフ族がどれ程の感謝を、日本人へと抱いているかを。
 大野は、日本人たちは万全でない事を悔いてはいるが、それがどうしたのだ。
 今までダークエルフ族に手を差し伸べてくれたのは“帝國”と、この平成日本だけなのだ。
 相互支援の約定は交わした。
 だがそれは、平成日本が困窮していたからこそ成り立った約定だ。
 今のダークエルフ族には往時の、“帝國”を支えていた頃の力は無い。
 情報を収集する事も、破壊工作を行う事も、全ての力が衰えていた。
 世界を敵にし、狩り立てられていたのだから当然だろう。
 情報分析能力こそ往時とは比べ物にならない程に向上してはいたが、それは弱者の生き残り技術であり、その程度で世界を、<大協約>を、エルフを敵に回してでも、護る価値は無いのだ。
 平成日本がどれ程に誠意をもって外交しようとしても、ダークエルフ族と手を組む“帝國”と同じ輩だと、非難され、エルフへの信仰染みたいものを持つ国(例えばガァバン王国)と国交を結ぶのは困難なのだ。
 にも関わらず、平成日本はダークエルフ族を見捨てない。
 それどころか、たった20名程度のダークエルフ族を救う為にも、全力を尽くそうとしてくれる。
 危険を推しても助けようとしれくれる。
 それがどれ程に嬉しい事か。

 だがアスラはその思いを口にはしない。
 出来ない。
 大野は男なのだ。
 男が内心で思う事を、容易に口にすべきではないと、強く思うが故にだった。
 だからこそ、そっと頭を下げたのだった。





――2

 深い森。
 その光の無い、全くの暗闇をいく影の群れ。
 人影、40近いその影は、人影であった。
 言うまでも無く、ガァバン王国の辺境で息を潜めて暮らしていたダークエルフ族と、その護衛の面々だ。
 一群で、真ん中に位置する難民のの大半は、極めて細い体躯であった。
 青年や壮年と呼べる世代の者は居ない、老人や女子供が殆どと言うのも理由にあったが、そもそも、食料状態の悪さがあった。
 ボロを着て、やせ衰えた体を支えあって進むダークエルフ族。
 その前後には、しっかりとした体格の男たちの姿があった。
 ダークエルフ族の部隊と、陸上自衛隊西部方面普通科連隊(WAiR)の分隊による誘導と護衛の部隊だ。

 軽やかとは言い難い動きで、道なき道を進む一同。
 どれ程に進んだ時だろうか。
 ふと、先頭をゆく男が片腕を上げた。
 小休止、だった。

 やや開けた場所にめいめいが腰を下ろし、休息を取る。
 追われる立場ゆえに、火を使えず、暖を取ることが出来ない。
 疲れ果てた避難民達は、身を寄せ合って寒さを凌ぐ。
 だが、護衛役はそうそうゆっくりとはしていられなかった。


「どうやら、道は塞がれつつある様です」

 そう告げたのはダークエルフ族の男性、エル。
 梟を使い魔として飛ばしている彼が、この一群の目であり耳であった。
 エルの表情には疲労の色が濃い。
 自らの体内の魔力をも使い魔に注ぎ、常に梟を空へと飛ばしているのだから当然であった。

 WAiRの分隊指揮官と、ダークエルフ族の護衛部隊の指揮官、そして難民たちのリーダーの前で、エルは情報を説明していく。
 ガァバン王国からザベィジへのルート、その大半に篝火が見える事を。
 それぞれが数十名との、少なからぬ規模である事も。

「自警団の連中、意外と知恵が回るな」

 呆れた様に告げる護衛隊指揮官。
 分隊指揮官の方は、事前に与えられていた地図を見ながら、情報を精査する。
 最後に取った連絡から、ザベィジに駐留する第404独立警備大隊から支援部隊が派遣されている事は知っていたが、その予定到達地点は、この自警団による包囲網の向こう側だった。
 十重二十重とまでは言わないものの、三重程度には包囲が成されていた。

「其処までして憎いのか、連中は」

 機嫌の悪さを語尾に込め、少しだけ視線を後ろに向ける分隊指揮官。
 痩せこけ、疲れ果てた弱者の群れ。
 細々と隠れ暮らしていた彼らが何をしたと云うのか。
 妻と子を持ち、平成の日本人として極普通の感性を持った分隊指揮官にとって、このガァバン王国の国民が示す熱狂は、理解の範疇外にあった。

「そんな良いもんじゃない」

 憂いを帯びた護衛隊指揮官の声。
 心持、その尖った耳を垂らしたその姿に、分隊指揮官は眉を跳ねさせた。
 もっと悪い、その事が想像出来なかったのだ。
 護衛隊指揮官は続けた。
 彼ら、ガァバンの民衆にとって、ダークエルフを狩りだす事は楽しみなのだ、と。

「遊びなのだ。日々への、ちょっとした刺激なのだ」

 ガァバン王国は辺境、田舎ゆえに娯楽は少ない。
 それ故に、だと。

「男を吊るし、女は犯す。何をしても、誰からも非難をされる事の無い相手だからな、我々は」

 自嘲と云うには余りにも悲しい声色で護衛隊指揮官は言葉を漏らしていた。




「どうなるんですかね?」

 暗闇の中で呟いたのは、WAiRの隊員だった。
 かれは年嵩の下士官へと尋ねたのだ。

「主語が不明瞭だぞ」

 歴戦の兵らしく、ふてぶてしい態度で目を閉じたまま、下士官は尋ね返した。

「いや、あの俺たちの状況ですよ」

 包囲されているのは判っていた。
 この隊員として、少なからぬ修羅場は潜り抜けていたのだ、空気は読める。
 だからだなのだ。
 疑問を抱くのは。

「迷ったか?」

「別にそんな訳じゃ無いです」

 隊員は第一くるってる団との呼び声も高い、第1空挺旅団上がりなのだ。
 迷うより先に手の出る、筋金入りの脳みそまで筋肉だった。
 兵士としては、迷う事などある筈も無かった。

「怖いか」

「それは今更です」

 特殊部隊と云う、軍事に詳しくないものにとって非常に有難がり易い看板を掲げていたお陰で、WAiRは様々な任務に投入されていた。
 その本質が、軽歩兵部隊であるにも関わらずである。
 それこそ人のみならず、竜だのゴーレムだのゴブリンだのとファンタジー極まりない連中と、小銃片手に、戦ってきたのだ。
 怖いなど、正に、今更の言葉だった。

「ならどうした」

「あの子が言ったんですよ。お日様の国の人だって。ホントにいたんだって」

 こんな状況なのに、精一杯の笑顔を見せて喜んだ、ダークエルフ族の少女。
 その姿が、隊員の脳裏には焼きついていた。
 子供故にか、素直に自分たちを信じた相手を、どうにか護ってやりたい。
 そんな、純粋な気持ちだった。

「判った。お前の状況は判った。1つ教えてやろう。その迷いを払う言葉を」

「何ですか」

「ロリは犯罪だ」

「………俺は真面目に言ってるんですがね」

「俺もだ。自衛官たるは憲法の精神を遵守せねばならんからな。甘い物好きのお前が、チョコを渡した辺りで、怪しいと思っていたのだ。愛があれば年の差なんてってのは、文学上の概念にしか過ぎんぞ」

「………………………」

「冗談だ」

 そこまで言ってから、下士官は目を開いた。
 暗闇どころか、人すらも見通すようなその目で、隊員を見る。
 平成日本から救援に来ました。
 そう告げた時、子供から老人まで、尻の座り心地が悪いほどに感激され、感謝されたのだ。
 子供たちは無邪気に。
 老人たちはかみ締める様に。
 そんな姿を見せられて、どうして見捨てる事が出来ようか。

「真面目な話、貴様、俺たちがあの連中を今更見捨てられると思うか? アレを見せられて」

「ええ。非常ですから」

「………………」

「仕返しです」

「いい度胸だ。今度の訓練が楽しみだ」

 非常に危険な雰囲気のままに、笑顔を見せる2人。
 他の隊員は、ソツなく、見て見ぬ振りをしている。




 そんな、非常に微妙な空気を破ったのは分隊指揮官だった。

 分隊集合の命令に、横になっていた面々が集まる。

「今後の方針が決まったんで伝達する。状況は判っているとは思うが、事前の想定よりも悪化している。
ガァバン王国の連中は、益々、我々を追う手を伸ばしている。現状のままでは早期に補足される事は免れない。
そこで、だ。護衛隊や村長とも話したのだが、グループを2つに分ける事にした。メインは難民だ。
比較的体力に余裕のある第1グループと、余力に乏しい人間の第2グループだ」

「隊長、それはまさか!?」

 体力の無い第2グループを見捨てて、第1グループだけで脱出を図るのか。
 脳裏に痩せ細った母子の姿が浮かんで、隊員は反射的に叫んだ。

「隊長の話を最後まで話を聞かんかっ!」

 それを下士官が制する。
 隠密行動中故に、決して大声では無かったが隊員はだまりこむ。
 下士官は部隊の背骨。
 そう呼ばれるだけはある威厳だった。

「すまんな。さて、2班の行動だが楽にはさせんぞ? 貴様らは、まぁ俺もだがあのダークエルフの難民に
感情移入をしている。好きでそうなったからには、まぁなんだ。文句を言うなよ?」

 小さく笑って分隊指揮官は告げる。
 囮は、体力のある第1グループだと。




 少しだけ時間は遡る。


『正気ですか』

 第1を囮とする。
 そう告げた時、護衛隊指揮官は呆れた様に呟いた。

 護衛隊指揮官と難民のリーダーが考えたのは至極単純な策であった。
 体力のある第1グループは護衛部隊と共に、並の人間では追いかける事の出来ない山の尾根を伝って離脱し、第2は将来の救援を待って、今は目立たぬ様に護衛も付けずに息を潜めて隠れる。
 第2が生き残れる可能性は、正直かなり乏しいが、全滅するよりはまし。
 それが護衛隊指揮官と、難民のリーダーの判断だった。
 重い判断。
 2人が情に薄い訳では無い。
 それどころか、ダークエルフ族は常に迫害を受けていた身なのだ。
 同胞への意識は、他のどんな種族、民族と比べても厚い。
 にも関わらず彼らは、自らの同胞を切り捨てる決断をした。
 それは彼らの矜持であった。
 ダークエルフ族としての、同盟者である日本人に対する切実な感情であった。

 重荷の存在を切り捨ててみせる事で自らの合理性と献身とを示し、それをもって平成日本の同盟者とし、その足を引っ張らない仲間である事をアピールしようとしたのだ。  それは悲しいまでの、弱者の理屈であった。

 そしてもう1つ、弱者を切捨てる事を同盟者にして庇護者たる日本人の口から言って欲しく無いとの悲しい思いも含まれていた。
 だからこそ、自分たちで切り捨てる事を決断した。

 それを分隊指揮官は真っ向から否定した。
 か弱き者を護れず、否、見捨てては、我々の存在意義に関わる、と。

『………無茶だ』

『無茶で結構。それに、ですな。我が分隊は結構な修羅場を潜っとりましてですな、そんな我々に簡単で安全な任務など正直ツマランのですよ』

 そう諧謔みたっぷりに、分隊指揮官は笑って見せたのだった。




 そんな流れを掻い摘んで部下に話す分隊指揮官。

 今後の行動の、一通りの説明が終わった時、最も鼻っ柱の強い隊員が笑って言った。

「アレですか、我々は隊長の趣味で苦難を乗り越える羽目になった訳ですか」

「趣味? そうだな、趣味だ。いや嗜好かもしれん。どうにも俺は女子供の泣き顔やらが嫌いでな」

 悪いか? と続けた。
 鼻っ柱の強い隊員は、其処まで開き直られては何も言えませんよと笑った。
 笑いが広がる。

「それに、だ。レンジャー徽章を取った時の事を考えれば、まだ楽だと思うぞ、俺は」

 笑って混ぜ返す分隊指揮官。

「そりゃぁまぁ、倒れたバディはムサイ奴らじゃ無いですからな」

「おお、なら人妻なら俺が抱えても良い。どんな山でも乗り越えてやるさ。ああ、オマケで子供だって、背負うぞ」

「この年増スキーめ。地獄へ落ちろ」

「熟年の良さが判らぬ阿呆が、何をほざくか」

 馬鹿馬鹿しいじゃれあいをする隊員たち。
 意識して笑いあう。
 それは極僅か、これからの険しい道を前にしての最後のリフレッシュの時間である事を自覚して故にだった。

 だが、その笑いの輪に加わらない人間も居た。
 常に冷静で“シューター”の渾名を持った男だった。
 この分隊で唯一、特別に調整してスコープを付けた64式自動小銃を背負っている。

「しかし隊長、強行突破じゃ無いですよね」

「指揮官が無策でどうする? なに、少しばかり考えてはある。我々は孤立無援では無いのだからな」

 休息を取っている一同の上空では、分隊指揮官の要請によって竹から発進したUAVが軽やかに舞っていた。


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