『平成日本召還拾遺物語その2』02


――1

 ガルム大陸南部東岸沖をゆく竹。
 その航路は、この辺りまで手広く商売を行っているメディチ家から提供を受けた航路図を基に、出来る限り一般の船舶に出会わないものが選ばれていた。
 当然だろう。
 既に、平成日本の支配圏からは遠く離れているのだ。
 <大協約>の明確な支配下には無いとはいえど、用心をするに越した事は無いのだから。

「周辺警戒、どうか」

 竹の艦長が声を上げる。
 平和な海をゆく竹ではあったが、艦長は島影を利用するなどして出来る限り遮蔽を利用し、又、常に周辺への警戒を怠らなかった。
 それは、現場へと急行中とはとても言えない状況。
 だがそれでも、竹の艦長は自分の判断を誤っているとは考えなかった。
 確かにダークエルフ族の避難民の状況も危険ではあったが、同時に、未知の海へと進出し、任務を遂行せねばならない竹の状況も、容易で安全とはとても言えないものなのだ。
 特に今回の様に、綿密どころか杜撰とも呼び難い計画で動くともなれば、その危険性は容易に跳ね上がる。
 竹の艦長にとって、ダークエルフ保護も大事な任務ではあったが、竹とその乗組員達を護る事も、大事な任務であったのだから。

 その事が判ってるのだろう。
 フト、竹の艦長は思う。
 竹に乗り込んできたWAiR(西部方面普通科連隊)に同行して来たダークエルフ族の将校は、この航行に関し、何も言って来ないのは、と。
 恨み言の1つでも受ける覚悟はしていたのに、とも。
 迫害を受ける側特有の、強い同朋意識を持つ事が知られているダークエルフ族なのに何故、其処まで考えたところで艦長は、頭を振るって意味も無い考えを頭から追い出した。
 どう考えようとも、どう思われようとも、自分は自分の任務を遂行するだけなのだと。

 艦橋の人間で、そんな艦長の様子に気付いたものは居なかった。


 尚、全くの余談ではあるがWiRに付いて来たダークエルフ族の陸自士官は、こんな事を竹の艦長が考えている事を知ったらこう言ったであろう。
 助けようとしている事が嬉しいのだ、と。
 今まで誰も、平成日本や“帝國”以外は誰も、この世界の人間達は誰もダークエルフ族へと手を差し伸べてはくれなかったのだ。

 部下の安全に留意するのは指揮官の務めだ。
 だがダークエルフを護る事は務めでは無い。
 義務でも無い。
 純粋な要請なのだ。
 危険を理由に拒否する事も出来たのだ。
 にも関わらず、平成日本は動いてくれた。
 この状況で何故、恨み言を言わねばならないのか、と。

 正に彼我の認識の差であった。




 こうして航海する事4日で、竹は目的の場所へと到達した。
 そこは南国、亜熱帯特有と感じさせる植生の森と、複雑に入り組んだ入り江とで構成される場所だった。
 2000tと、護衛艦としては小型な竹ならば余裕で身を寄せる事の出来る場所。
 ダークエルフ族が“帝國”崩壊後の放浪時代に発見した場所であった。

「まるでジ○ングだな」

 狭い入り江へと竹を停泊させる準備をしながら、誰かが呟いた。
 それは時を渡ってしまった護衛艦、その奮闘を描いた漫画の名であった。

「全くだ」

 乗組員の誰かの趣味か、竹の食堂には全巻が揃えられていた。

「違いは核くらいか?」

「違いない」

 笑いが起こる。

 だが、のんびりとしていたのはそこまでであった。
 竹が完全に停止すると共に、乗組員たちの動きは忙しくなっていく。
 艦の固定や擬装にである。
 アンカーを下ろし、適当な木々を利用して舫を結ぶ。
 それから積み込んであった擬装ネットを張り、遠距離からでは艦のラインが判らないようにする。
 艦の擬装は魔法によって熱、或いは生命力探知をなされては無意味ではあったが、何事にも手を抜けないのが自衛隊の宿痾であり、かなり徹底的になされていた。
 が、同時進行で、飛行甲板ではヘリの発進準備が進められる。
 格納庫から引き出される濃緑の迷彩が施されたUH-60J。
 通常型では無い。
 護衛艦でも運用可能な様に改造された、特殊部隊向けの機体であった。

 機体と共に乗り込んできた整備士が、手早く準備を行う。
 燃料の積み込みと各部のチェック、そして対空と対地の自衛装備を搭載する。
 ベテランの整備士たちは手馴れた仕草で確実に、そして短時間で仕上げる。

 出撃。

 手すきの乗組員たちが見守る中、WAiRの兵と装備とを満載したUH-60Jは、ふわりと空へと飛び立っていった。





――2

「行ったか」

 ブリッジから見送る艦長。
 この作戦に於いて彼の力量で何とか出来るのはここまでだった。
 後は陸戦部隊に任せるしかない。
 か弱き者たちを救って欲しい、その思いを込めて見送ると、それから思考を現実へと向けた。

「スマンな。どうだった?」

 艦長の先に立つのは副長であった。
 手にはクリップボードを持つ。
 艦長は艦が停泊すると共に、艦に残っている燃料や食料、そして水の量を確認する様に命じていたのだ。

「はい。各残量は予想通りです。ある程度は誤差もありますが、修正の範囲内に収まっています」

 詳しい数字の書かれた報告書を差出しながら言う副長。
 目を通す艦長。
 確かに、言葉通りであった。
 若干、生鮮食料品の在庫の減りが早かったが、この辺りは暑い場所なのだ。
 以前に、野菜などが傷む前に使用しますとの報告が上がってきており、特に問題では無かった。

「しかし、燃料は4割を切ったか」

「はい。残念ながらも、奇跡は起きなかったようです」

「だな………………本艦唯一の泣き所だな」

 それは航続能力であった。
 小さな船体ゆえに、燃料の搭載量は余り入らず、更にはエンジンに燃費が良いとはお世辞にも言えないガスタービンを採用しているのだ。
 航続能力は優秀とは言いがたいものであった。
 出港時に燃料を満載していたにも関わらず、目的地到着時の残りが4割を切る。
 帰れない――訳では無い。
 其処は帰路に補給艦を手配する事で決着がついていた。
 既に補給艦のときわが、此方へと向かっていた。
 問題は、この場所にどれだけ居続ける事が出来るかであった。

 艦は停泊中にも燃料を消費するのだ。
 当然であろう。
 艦内の生活環境を維持し、そして各種機能を常に使える様にしておくにはエンジンを回し続けねばならないのだから。

「予定では3日で、全てが片付く筈だ。今はそれを信じよう」

「はっ」

 下がる副長。

 艦長席に背を預ける艦長。
 頬を撫でる。
 予定通りに終われば良いが、そんな風に考えながら。
 実戦に於いて予定とは、常に覆される運命にある。
 平成日本の転移後、竹と共に少なからぬ実戦に参加していた艦長は、儚い願いと知りつつも、全てが上手くいく様に願った。

金属音

 後ろで重い音がした。
 振り返る。
 其処にはブローニングM2機関銃が弾薬箱と一緒に置いてあった。
 必要時に、艦橋両脇のウィングに設置する為に持ってきたらしい。

 そう言えば、コッチも問題だったな。
 他人事の様に艦長は考えた。
 それは、竹の固定武装に関する事であった。


 竹――松型高速多機能艦は、その艦容の割には、固定兵装は乏しいものであった。
 元々が沿岸部での哨戒と警戒任務、あるいは海上保安庁船舶への直接的な火力支援を目的とするのだから、当然である。
 海上自衛隊が偏愛する、OTO 76oスーパーラピッド砲を本型が採用しなかった理由も、ここにある。
 対水上戦闘が、武装工作船程度の脅威を前提にされている為、76oの威力では性能が過大でったのだ。
 又、それ以外にも理由があった。
 コストである。


 主力護衛艦(ワークホース)として整備の進められているゆきかぜ型護衛艦(19DD)は、汎用DDにではあったが、防空システムにはSPY-1Fを採用し、又、対空ミサイルではESSMを搭載しているが、必要があればSM-2ミサイルすらも運用が出来る為、準DDG(と云うかこれだけの防空性能があれば、米国以外の極一般的な国家では、DDGとして分類している)と評しても良い程の高性能艦ではあったが、それ故に高額化していた。
 その額、実に900億オーバー。
 兵器が高額化するのが世の常であるとは云え、それは汎用DDに許される額では無かった。
 それ故にゆきかぜ型に平行して、戦闘システムをイージスから国産のFCS-3改へと変更した、いわば準同系艦が整備される事となった。
 あやなみ型護衛艦(21DD)である。
 がしかし、各種機能を削る事は出来ず(と云うか、ゆきかぜ型にも採用されなかった、最新鋭の低周波ソナーを採用する等の、対潜能力を強化してしまった結果)850億を切る事は出来なかったのだ。


 これら、値の張る汎用護衛艦達と平行して整備する必要がある為、松型は、極めて限られた予算で、建造せねばならなかったのだ。
 故に電子装備では国産では無く海外のものでも積極的に採用されていた。
 ドイツ製の、小型なフリゲートにも搭載可能なTRD-3D三次元捜索レーダーを採用。
 このレーダーで対空ミサイルを誘導し、又、砲用にはFCS2-31を搭載。

 又、基本的に対潜戦闘を優先するのが海上自衛隊護衛艦の伝統であったが、これもスッパリと諦めていた。
 VLSアスロックを搭載しないのである。
 MK-41VLSが16セルの最小ユニットを採用していた事も理由にあったが、それだけでは無い。
 そもそも粛音性に優れた最新鋭の潜水艦を発見する為には、大型で高額なソナーを搭載する必要があるが、松型では予算や艦容(最低でも5000t級の船体を必要とすると見られていた)等の問題から、搭載する事が出来なかったのだ。
(とはいえ松型にも一応は、自衛用と割り切った小型低出力、そして低価格のソナーが開発搭載されてはいる。
ある意味で松型専用に開発されたのは、このソナーだけであった)

 発見する事が出来ないのならば、艦から遠方への火力投射は不要だと割り切ったのだ。
 必要があれば対潜ヘリを運用すれば良い。
 故に松型高速多機能艦には、たかなみ型DDに近い規模のヘリ格納庫が用意されていた。
 後、高額になりそうな様々な能力付与は、任務毎にパッケージ化された装備を搭載する事で対応するのだ。

 この他、艦の設計に関しても低コスト化のコンセプトは徹底されていた。
 複雑なデザインは一切が排除され、建造コストの削減と運用コストの抑制を第一に設計された結果、モノハル(単胴船体)型の船体が採用されていた。
 これらの涙ぐましい努力によって、松型の建造コストは350億にやや届かないという所に抑える事に成功したのだった。




 成功作。
 そう言っても過言では無かった。


 が、それも平成日本がF世界に転移するまでの事だった。
 どう考えても異常としか言いようの無い、世界の転移と云う目にあった平成日本の置かれた状況に於いては、松型は非常に微妙な位置づけをされる羽目になっていた。
 コンパクト過ぎたのだ。
 船体も武装もが。

 船体に関して云えば、竹の艦長が頭を悩ませている通り搭載できる燃料や物資の少なさから、この広大な大内海で運用するには航続能力、或いは継戦能力が低すぎた。
 燃費の悪いガスタービンエンジンを採用しているからと云う側面もあったが、そもそも設計の段階では、日本近海だけでの運用を前提としていたが為、特に燃料に関し、その搭載量を削られて居たのが大きい。
 その意味では、松型は正にミサイル艇の延長であった。


 又、その他にも武装の問題がある。
 松型は、ボフォース社の57o砲を主砲に採用している。
 これは武装工作船程度の小型船舶を相手にするには必要十分な威力ではあったが、この世界にはそんなものは存在しない。
 この世界の主敵は、武装工作船よりも巨大な帆船なのだ。
 武装工作船の様に、ピンポイントでエンジンやブリッジを破壊する事で継戦能力を奪える相手では無かったのだ。

 最悪の場合、松型の艦長たちは対空用のESSMを対艦用として流用する事でしのごうと考えてはいたが、ESSMの単価を考えた場合、自衛戦闘で用いるには余りにも不経済極まりなかった。

 松型の主砲をOTO76oへと換装する案もあったが、低価格化を実現する為に極度に軽量コンパクト化を推し進めていた松型は、OTO76o砲を搭載し運用するには艦の許容量が乏しかったのだ。
 200tと云う、松型よりも一桁小さな船体でOTO76oを搭載しているはやぶさ型ミサイル艇を考えると、悪い冗談にしか聞こえない話ではあったが、事実であった。
 本気で搭載しようとすれば、艦の構造から手をつけなければならないのだ。
 しかも改装には1年程度は時間を要するのだ。
 そこまでする位ならば、1から設計し直した艦を作った方が早いし、安い。

 それに砲力こそ不満はあったが、艦が全く足りていないこの状況で、砲力だけを向上させる為に、今のままでも十分に使える艦を年単位でドックに入れる様な余裕は、平成日本には無かった。


 故にだろう。
 現在では、松型の拡大型が計画されていた。
 2倍程度に船体を拡大し、実戦で得た戦訓をフィードバックさせ、より使い勝手のよい船を建造する予定だと云う。


 だが、それは今の竹の状況には全く関わりの無い話であった。
 将来の事よりも、今、手元のもので対応する。
 無いならば無いなりに何とかするしか仕方が無いのだから。

「さてどうしたものか」

 誰に言う事も無く、竹の艦長は呟いていた。


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