『平成日本召還拾遺物語その2』01


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 松型2000t級高速多機能艦。
 これは日本列島周辺海域に於ける武装工作船の浸透や、島嶼占拠などの低脅威度紛争へ対応する為、海上自衛隊が新たに建造した艦であった。

 主武装は57o砲、20oCIWS、MK-41VLS。
 この他にも、各部に重機関砲を多数、装備出来る様に設計されていた。
 特徴はRMA(情報による軍事革命)の概念を大きく取り入れた事にあるだろう。
 個艦による能力発揮だけでは無く、RMAによって繋がった周辺のユニット、部隊とも連携して対応する。
 特に、航空自衛隊や陸上自衛隊とのリンクを前提に設計されており、本艦型は独立した艦であると同時に、各種情報処理システムの端末、或いは情報収集手段としての側面が強い艦型であった。

 又、その他にも、モジュール化した各種装備を換装する事による汎用性の獲得もあった。
 此方は、米国が計画したLCSでも実施されたものであり、特別に述べる事では無い。
 対空対艦対潜と云った各種基本能力の向上や、小規模特殊部隊の投入能力の確保。
 或いは限定的ながらも掃海能力の確保など、多岐にわたるものであった。


 転移前に海上自衛隊は、低脅威度紛争にも対応できる、新しいワークホースを手に入れていたのだ。
 尚、本艦型がミサイル艇に準ずる形で、植物名――木の名前を採用した理由は、政治的なものだった。
 防衛大綱による機動艦艇(護衛艦)保有数の上限問題である。

 当初は主としてDEの代替として考えられていた本型ではあるが、DEの代替として出した場合、保有数が厳しく制限される事となる。
 又、野党やマスコミ等が、護衛艦部隊の規模拡大は軍拡であるとの主張を行う事も予想された為、便宜上、DEでは無くミサイル艇や哨戒艇の代替として予算が請求される事となったのだ。
 故に命名基準がミサイル艇や哨戒艇の[鳥の名、草の名、種別に番号を付したもの]に準じる事となった。
 鳥の名はミサイル艇で使用されており、異なる任務であるのに近い名である事は紛らわしいとの事、そして本型は2000tと小型とは言い難いが為、木の名が与えられる事となったのだ。

 尚、この松型が漢字表記なのは、ひらがなでは余りにも弱弱しい印象を見るものに与えるとの意見があった為であった。
 この結果、他の艦艇も漢字表記をする事が決められたのだが、主に予算面や煩雑さなどの問題から、標記の改定は全く進んでいなかった。

 そして全くの余談ではあるが、一部の軍事趣味者の間には、旧帝国海軍の松型にあやかってとの意見も根強いのだが、現実としては、結果的にあやかる事となったと云うのが事実であった。





 さて竹である。
 松型高速多機能艦の2番艦たる本艦は、F世界への転移後に行われた海上自衛隊の再編成に伴って新設された、西部方面軍へと編入されていた。
 艦隊では無い。
 自衛隊の統合運用と云う面から、空陸海の三自衛隊を統合運用するシステムが構築されているのだ。

 主な任務は哨戒。
 小さい物は海賊から、大は<大協約>まで。
 日本の生命線である食料供給用の海路を保護し、治安を維持するのがその任務である。
 事件事故があれば、ガスタービンエンジンによる快速を生かして現場に急行し、対応をする。
 海賊行為は即、取締り。抵抗をすれば武力行使も辞さない。
 船体後部に搭載した救難任務用のモジュールを活用する。

 機動投入が前提の、戦闘集団である機動護衛艦隊群に比べ、その姿をよく目にする松型高速多機能艦は、海上保安庁の巡視艇とならんで、日本籍船や日本に組する船の乗組員にとって、正に守護者であった。


 が、この日は少しだけ様子が違っていた。
 時は夜。
 風が出て荒れはじめた海を、竹は通常は灯されている灯火を全て消して進む。
 それは、通常の任務ではあり得ない事であった。



 ブリッジの左舷やや後ろに設けられた張り出し。
 通常は重機関銃の据えられる其処には、今、双眼鏡を握った男たちが屯していた。


 双眼鏡を覗いているのは、海上自衛官だけでは無く陸上自衛隊の迷彩戦闘服を着込んだ、白い肌に長い耳を持ったダークエルフ族の若者も居た。
 海が荒れつつある中、潮を被りながらも周辺を必死に警戒していた。

 レーダーが使えない訳では無い。
 只、未確認ながらも<大協約>側がレーダー波の探知手段を発見したとの報告があった為、竹の艦長が念の為に止めさせているのだった。
 理由は、述べるまでも無いだろう。
 竹は日本の管制海域を抜け、極秘裏に<大協約>側の海域へと侵入しているからだ。

「左舷より報告。左舷を航海中の帆船、縮帆を開始。尚、本艦に気付いた様子無し」

「右舷はどうか?」

「………今尚、船影は見られずとの事です」

「宜しい。前方への警戒も厳とせよ。この海域の海底調査は行われていない。座礁にはくれぐれも注意せよ」

「はっ」

 艦長席に座ったまま、双眼鏡を手に言葉を紡ぐ艦長。
 その表情は厳しい。
 この世界に於いて領海と云う概念は無いに等しく、故に相手国の港湾にでも入港せぬ限り違法等と言われる、非難を浴びたり唐突に攻撃を受けたりする事は無いのだが、竹は就役したばかりの最新鋭艦である。
 下手に傷を付けたくない。
 そして、<大協約>側相手に厄介ごとはしたくないとの思いから、艦長は、艦の運用に最新の注意を を使わないのもその一環である。
 レーダーを使わないのもその一環である。
 乱暴な仕草で帽子を被り直し、それから艦長はこの任務与えられた時の事を思い出した。





 定期的な、短期の哨戒任務から帰還した竹の艦長を出迎えたのは、西部方面軍司令官だった。
 直々のねぎらいの言葉。
 珍しい事ではあった。
 新設されたばかりの西部方面軍の司令官とは、それ程に暇な立場では無いのだから。
 如何に竹が方面軍の水上戦力の次期主力である松型の最新鋭艦、それも配備されたばかりとは云え、あり得ない話であった。
 が、竹艦長はそれを珍しいとは思わなかった。
 当然だろう。
 司令官執務室には、司令官以外にも濃緑の陸上自衛隊常装冬服を着込んだ人間が居たのだ。
 これで単純に、任務の労をねぎらう等と思える程に竹艦長は暢気では無かった。

『新鋭艦の任務、ご苦労』

 形どおりの挨拶。
 それからソファに座るように、そして煙草を勧められる。
 竹艦長と西部方面軍司令官の仲は、それ程に親しいものでは無かった。
 にも関わらず、好意を示されたのだ。
 陸上自衛官が居る事も含めて、司令官の意図を竹艦長は誤解しなかった。

 何か面倒ごとが言われるな。

 そう思いつつ、竹艦長はソファに座り、煙草を銜える。
 宮仕えである。
 不条理な命令でも、拒否権は無いと割り切っていたのだ。
 相手が好意を示している間に、取れるものは全て貰おうと竹艦長は割り切っていたのだった。
 お互いに本題に入る前の、潤滑油としての世間話。
 本土の話やガルム地方の話。
 そんな、実に日本的な遣り取りの後、司令官は話を切り出した。
 曰く、ガルム大陸南部域にて困難な状況に陥った友邦人民を救って欲しい、と。

『救出任務、ダークエルフ族ですか?』

 竹艦長は疑問を、と言うよりも確認をする様に呟いた。


『ああ』

 肯定する司令官。
 それから状況の大まかな説明を行う。
 窮地に陥っているのは、竹艦長の言うとおりにダークエルフ族の民で、数は20余名。
 元々はガルム大陸の奥地に隠れ住む者たちであった。
 隠れ里の様な場所に、細々と住んでいたらしい。
 それが、窮地に陥ったのは、別に隠れ里が見つかったからでは無かった。

 理由は平成日本である。

 同族意識のかなり強いダークエルフ族は、平成日本の庇護を受けられる様になってからは、各地に隠れ住んでいた同胞たちを積極的に集め始めたのだ。
 ところが、この集合の途中で、特にダークエルフ族への差別意識の強い地方にて、何らかの不手際で、移動中であった連中が見つかってしまったのだと云う。

 事態は急を要すると言っても過言では無いだろう。
 まだ捕らえられてはいないが、如何に護衛役が居るとは云え女子供が中心の集団である。
 そう何時までも持つ様には思えなかった。

『それは又………』

 煙草をもみ消して立ち上がる竹艦長。

『この救助要請が入ったのが1時間前だ。まだ救助作戦に関する詳細は固まっていない。悪いが頼むぞ』

 特殊部隊を乗せ、救助に向かう。
 必要があれば限定的な武力行使も認められる。
 が、全面戦闘は出来る限りさけるべし。
 面倒な話ではあった。
 が、竹艦長は昭和の末から平成に掛けて育った日本人らしく、人権と人道に対して高い優先順位を与えており、であるが故に、困難に対して面倒と感じるよりも戦意を感じる類の人間だった。

『お任せ下さい。竹は閣下の求められる任務を十分にこなして見せます』

『頼む。詳細は彼に頼む』

 司令官の紹介を受け、前に出た陸上自衛官。
 敬礼と答礼。
 陸上自衛官は西部方面軍の虎の子、精鋭たる西部方面普通科連隊の中隊指揮官であると自己紹介をした。


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