『平成日本召喚』35


――1

 自衛艦隊によって、圧倒的と言って良い敗北を受けた<大協約>艦隊ではあったが、その事を海軍首脳陣が理解するまでには数年の月日を必要とした。
 何故なら、それとは桁違いの衝撃を受けたからである。

 <大協約>南部艦隊第2分遣艦隊の泊地、徴用されたばかりで<対艦魔法の槍>等の戦備がまだ整っていなかった20隻を超える帆船が屯って居る場所へ空爆を喰らったのだ。
 実施したのは航空自衛隊の誇る対艦番長たるF-2支援戦闘機、その空戦能力向上型であるC型。

 戦闘再開と共に、航空隊の全機が爆装して先制攻撃を仕掛けたのだ。
 賭博的要素の大きな作戦ではあったが、平成日本側はダークエルフ族からもたらされた<大協約>側の通信技術の詳細、限界からの判断であった。
 <大協約>第14軍団上層部の判断を末端が理解する前に、その末端を叩き潰す。
 航空隊全機、及び誘導役としてF-2E型が、偵察ポッドを抱えて先導する。
 通常爆弾とクラスター爆弾、127oロケット弾ポッド。
 それに自衛用のAAM-5を搭載してであった。

 スタンドオフ兵器は、F-2のE/Fが採用されると同時に航空自衛隊でも採用してはいたのだが、如何せん帆船の様な動力を内蔵しない艦船では、GPSやIRが使えないのだから仕方が無い。
 GPSに関しては、以前に日本国で推進していた準天頂観測衛星によるGPSの補完システム構築と云う計画があったお陰で、衛星自体の開発ならば、ある程度の目処がついていた。
 が、問題は重要な物があった。
 打ち上げるロケットである。
 平成日本は、この世界の情報、ロケットの打ち上げに於いて重要な諸情報――大気層の状態やら、重力の状況(何と言っても、この世界は魔法、魔力があるのだ。元の世界の情報など使える筈も無かった)等、殆ど知りえていないと云う事が問題であったのだ。
 これでは失敗上等、それで情報が収集できたのだと啖呵を切れる実験用のロケットならまだしも、実用の、人工衛星を搭載したロケットを打ち上げるには出来ない。
 現在JAXA、宇宙航空研究開発機構が情報収集を開始したが、食糧確保に関わる分野へと予算や物資が優先されている為、その歩みは遅々としたものであった。

 そしてIRに関しては<大協約>側の発展待ちと云う、何とも他力本願の有様であった。
 故に、無誘導兵器である。

 レーダー誘導の兵器、ASMもあるのだが、此方は、隊司令の勿体無いとの一言によって最初から検討されていなかった。

 それ故に、爆撃方法も少しだけ先祖がえりを起こした。
 多方面時間差超低空高速攻撃。
 一般には、スラッシングアタックとも呼ばれる爆撃手段が、今回は採用されていた。





 爆装し、飛ぶF-2C。
 先導するのは、偵察兵装を施されたF-2E機。
 そして編隊後方の上空には、E-767が控えていた。
 F-2Eが道を開き、E-767が導く。
 又、地上でも長距離偵察任務に就いていた特殊作戦群の部隊が、支援する事となっていた。

 万全と呼べる体制である。
 勝つべくして勝つ。
 その為に第22混成航空団・シュベリン王国派遣先遣群の元指揮官にして、現混成航空団主席幕僚の栗原二佐と第6飛行隊指揮官の神田二佐の2人は、停戦状況時にも丹念に情報を収集し、一時ある時を想定し、作戦の立案準備をしていたのだった。
 2人とも好戦的な性格をしている訳では無かった。
 只、部下を失わず効率的に勝つ為に、努力をしていただけであった。



 その努力の成果が、後に<大協約>海軍をして“100年の恥辱”と呼んだ一方的な殲滅戦であった。
 亜音速で次々と襲来し爆弾をばら撒いていく航空機に、帆を畳んでいた帆船が出来る事など何一つ、無かった。
 只々、標的でしかなかった。
 停泊中との事で要員の配置されていなかった<魔法の槍>は、即座に対応する事が出来ず、否。居ても同じであっただろう。
 そもそも対空索敵能力の低さから、的確な防空網を構築する事も出来ずにいたのだから。


 正に軍事テクノロジーの差であった。
 が、それだけであれば、今までの戦闘と大差は無い。

 “桁違いの衝撃”

 それを与えた理由は、平成日本の持つ軍事テクノロジーを目撃し、そして生き残った人間が居たと云う事であった。

『我々は魔か神かと戦っているのだろうか』

 深刻な疑問は、この戦いに生き残った<大協約>海軍唯一の高級将校であるバルザック少佐は、後に同僚へと漏らしたものだった。
 バルザックは全てを見ていた。
 港を埋め尽くしていた帆船や使役船が、逃げ惑うまもなく尽く炎上し海没するのを。  空を飛ぶワイバーン・ロードやワイバーンが、何を出来る事も無く地へと堕とされるのを。

 打ち上げられた防空用の<魔法の槍>は、航空自衛隊のF-2C戦闘攻撃機を捉える事は出来なかった。
 速度が余りにも違いすぎたのだ。
 上を見ても精々が600km/毎時のワイバーン・ロードを落とす為に生み出された<魔法の槍>は、射程の短さを代償に、800km/毎時に近い速度を与えられていたが、F-2Cは、それを遥かに上回る速度で飛び込んで来るのだ。
 どうにもなりようがなかった。
 否、そもそも索敵しきれないのだ。
 四方八方から予測も出来ない攻撃ゆえに、<魔法の槍>を予め指向させておく事も出来ない。
 魔法による対空探知の術も無い訳では無かったが、如何せん対ワイバーン級のマナを使用する存在を前提に開発されている為、魔法では無く科学の産物であるF-2C戦闘機を探知する事は不可能であった。


 只々討ち滅ぼされていく<大協約>南部艦隊第2分遣艦隊の残存艦艇群。
 燃え上がる船の様は、さながら海が燃える様であった。


 否。
 海だけでは無い。
 帆船の全てが炎上を始めると、航空機が振りまく災厄は地上をも狙った。
 連続した爆発。
 物資集積の場所や、或いは桟橋等の軍事用と思しき場所は尽く爆撃、或いは銃撃を喰らっていく。

『………………我々は勝てない』

 民家風の見かけのお陰で攻撃を受けずに済んだ兵站指揮所にて、バルザックは空を見上げて呟いていた。


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