『平成日本召喚』34


――1

 護衛艦群を指揮する、あしがらのCICには、ほっとした雰囲気が流れた。
 自らの艦隊を狙ってきた誘導弾、<対艦魔法の槍>の尽くを叩き落したのだ。
 ある程度はそうなっても仕方が無いだろう。
 各艦の情報を収集するが、特に異常が見られない事も、それを後押ししていた。

 但し不安が無い訳では無い。
 SM-2及びESSMの消費が恐ろしいレベルへと達していたのだ。
 発射した総数、なんと152発。
 特にESSMの消費が顕著だった。
 これは、<対艦魔法の槍>の防御力の高さが原因だった。
 <大協約>側としても<対艦魔法の槍>が迎撃される事は想定していたし、実際、“帝國”との戦いでも、何発もの<対艦魔法の槍>は、防空網にて打ち落とされていた。
 如何にして防空網を突破するのか。
 其処への回答としての、<対艦魔法の槍>への防御力の付与であった。

 大型なSM-2ブロックUであれば1発で落とせるのだが、比較的小型なESSMでは2発、必要となっていたのだ。
 如何に対潜兵装のアスロックを降ろして、その分、積み込んでいるとは云え、この大消耗は厳しかった。
 次が来たら耐えられない。
 だがそれでも、今は凌ぎきったのだ。

「君の言うとおりだったな」

 第4次メクレンブルク支援護衛艦隊群司令は振り返って笑う。
 そこには濃緑の陸上自衛隊冬期常装を来た、自衛官としては珍しい程に肥えた男が立っていた。
 襟元には機甲科の徽章が光っているが、所属は其処では無い。
 情報本部。
 自衛隊の情報収集、及び分析機関だった。

 メクレンブルク王国側との連絡役として乗り組んでいた、この人物が、海上自衛隊による先制攻撃を止めたのだった。
 今の国内情勢では、“自衛隊は最後まで戦争を回避しようとした”と云う事実があった方が良いと、又、<大協約>海軍側の主力対艦装備――<対艦魔法の槍>の能力から、例え最高級のソレが打ち込まれて来たとしても、海上自衛隊の装備と錬度であれば、無傷で乗り切れるとも主張したのだった。
 幕僚団は、それでも被害を受ける確率が無いとは言い切れない、軍事的に於いて絶対は無いのだから護衛艦隊群の現状から見て、先制攻撃をするべきだと主張したが、司令は、前者の主張を受け入れたのだった。
 戦争は今だけで、戦場でだけで行うのでは無いのだ、と。

「差し出がましい事を、申し訳ありません」

 本来は、傲岸不遜で人を喰ったような情報本部の自衛官は、丁寧に礼を言う。

「いや構わんよ。決断をしたのは私だ。その私の目が狂っておらず、良かったよ」

 笑う司令。
 それから尋ねる。
 反撃は止めぬよな? と諧謔味たっぷりに。

「存分に」

 短い返答に、益々笑みを大きくした司令は各艦に命令を出す。
 全艦、5発づつSSMを発射せよ、と。
 敵艦隊が27隻。
 27発に追加する13発は、作動不良等の発生した際への備えだった。
 SSMとしての交戦距離としては、些か近すぎたが、それでも十分には作動する距離であった。





 8隻の護衛艦より一斉に打ち上げられるSSM-1B。
 その数40発。
 それが亜音速で空を駆け抜けていく。
 ミサイルへと搭載されている目標選択アルゴリズムによって、特定の艦へと集中せぬように自ら目標を割り振り、そして突進する。

 それは<大協約>海軍が、この世界が初めて知る科学の一撃であった。




――2


「敵艦発砲!」

 見張りの声に、誰もが凍りついた。
 視線が、40km近い先を捉える。
 煙を引き、駆けて来る<対艦魔法の槍>の群れ。
 数は32。

「対空戦闘!」

 艦長の悲鳴じみた声に、第1甲板に並べてあった<魔法の槍>に取り付いていた男たちが、打ち上げようと必死に操作する。

「敵の<対艦魔法の槍>は低空を来ますっ! 照準が」

「最後まで諦めるな! システムを起動させろ!!」

 怒号の飛び交う甲板。
 準備が必死になって進められるが、間に合わない。
 元々が即応性に乏しいシステムであり、更には事前に対“帝國”戦闘を楽観していた事、そして交戦開始後に呆然としてしまっていたが為にだった。
 操作士が打ち上げの準備を整えた時には、SSM-1Bは既に終末突入段階へと至っていた。
 海面を這う様に飛んでいたSSM-1Bは、ひょいと蛇が鎌首をもたげるように高度を上げると、それから一気に帆船たちへと突入した。

 全40発のSSM-1B。
 作動不良によって目標をそれたものが4発。
 後方の、奇跡的に<魔法の槍>を起動できた艦による迎撃で、墜落に成功したのが3発。  残る32発が、27隻の帆船を襲ったのだった。



 連続して発生する火球。
 帆船たちは、その想定するものよりは遥かに凶悪な火力を叩きつけられ、その甲板はさながら煉獄の様相を呈していた。
 死と焔。
 それらが充満していた。


 木造構造のお陰でか、特に大型の1等戦列艦は即座に沈没と云う風にはならなかったが、それでも半身不随へと陥っていた。

「艦底部からの浸水、止まりません!」

「何とか吐き出させろ! このままでは艦が沈むぞ!!」

 汚れ、破けた制服を着た艦長が、自身も額から血を流しながら間の応急処置を命じていく。
 艦の状態は、控えめに言っても最悪ではあったが、艦長にはまだ、諦めるつもりは無かった。

「応急班は、急いで消火を……っ!?」

 近距離と云う事で大量に残っていた推進剤が撒き散らされ、そして引火し、艦上は正に火の海であった。
 だが、状況はここで終わらない。

「てっ“帝國”海軍が突っ込んで来ます!!!」


 見張りの絶叫。
 遠方を眺めた艦長にも、“帝國”海軍の船が突進を開始したのが見えた。

「“帝國”めっ!」

 それは怒声と云う名の悲鳴であった。




――3

 目視出来る限りに於いて、帆船は尽くが戦闘能力を喪失している様に見えた。  傾いている艦。
 人の逃げ出している艦。
 炎上している艦。

 だが、残念な事に白旗をマストに掲げた艦は居なかった。
 まだ交戦の意思あり。
 第4次メクレンブルク支援護衛艦隊群司令は、下命した。
 全艦へ、敵船団へと突撃し、砲をもってコレを沈める事を。

 SSMは使用できない。
 今の段階で全弾射耗しては、帰路に、無防備となってしまうので使う事は出来ない。  故に今、決着をつけようとすれば艦砲で行うほか無い。
 が、それを止めようとする幕僚も居た。

「無茶です提督。危険すぎます」

「確かに危険だろう。だがそれ以上に、今、ここで<大協約>海軍を討たねば危険すぎる」

 司令は断じる。
 今回、この様に味方に一切の損害も無く相手を倒せたのは奇跡に類されるものだ。  だからこそ、敵を叩かねばならぬ、と。

 もう1人の幕僚は、もう相手に交戦する余裕が無い事を理由に翻意を促すが、司令はそれを認めない。
 彼らは白旗を揚げたのか、と。
 応急対応に忙殺されてか、あるいは交戦の意思が今だ挫けていないのか、<大協約>側の艦には、まだ白旗を掲げた船は1隻もいなかった。

「ここで仏心を出すのは簡単だろう。良心を発揮するのは素晴らしいだろう。だが、それによって将来、この場を生き延びた敵艦によって護衛艦が輸送船が、民間籍船舶が沈められた場合、どうするのかね?
個々人のくだらん感傷で、将来に禍根を残す訳にはいかぬ。特に、この様な相手には、な」

 攻撃停止を進言する幕僚を睨みつける司令。
 一方的に停戦条約を破棄して攻撃を仕掛ける様な相手に、情けは無用。
 そう断言する。

「或いは君は責任が取れるのかね? 将来、この戦いで生き残ったフネが日本に被害を与えて」

 そこで議論は終わった。
 司令は、全艦に下命する。
 全艦、旗艦に続いて突撃せよ、と。





 後に、第一次メクレンブルク沖海戦と呼ばれるこの戦いで、海上自衛隊は24隻の帆船を撃沈し、
3隻を拿捕し、大量の捕虜を得たのだった。


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