『平成日本召喚』33


――1

 <大協約>南部艦隊第2分遣艦隊主力の首脳陣にとって不幸だった事は、<大協約>全権大使が平成日本の全権大使に対して宣戦布告を行った事を、その敵手である第4次メクレンブルク支援護衛艦隊群が知っている事にあった。

 <大協約>側としては宣戦布告とほぼ同時間に攻撃を仕掛ける事で、戦術的奇襲を行う予定であったのだ。
 だがそれは潰えた。
 第4次メクレンブルク支援護衛艦隊群は、万全の準備を行っていた。
 そして、その事を知らないのが<大協約>南部艦隊第2分遣艦隊首脳陣にとっての最大の不幸であった。
 否。
 訂正しよう。
 水兵達にとっての不幸であった。





 相対距離が40kmを切り、既に相手は水平線上に姿を現していた。
 黒い影が8つ、横一列に並んでいるのが見える。

「敵艦隊、確認! 数は8、横に展開しています。その後方に大船団です!!」

 報告がマストから降りてくる。

「? 連中、フネは良くとも運用は下手ですな」

 若手の参謀が呆れる様に笑った。

「或いは兵理、縦陣を維持できないか理解出来ないかだ」

 中堅の参謀も、合いの手を入れる。
 参謀たちの会話に、無駄な緊張感は浮かんでいなかった。
 皆が皆、自信と余裕を持っていた。
 それを与えたのは必殺の武器、<対艦魔法の槍>だ。

「全艦、<対艦魔法の槍>、13型弾及び22型弾の発射準備良しとの事です!」

 南部艦隊第2分遣艦隊に搭載されている<対艦魔法の槍>は、108発だった。
 うち16発は、Tk(“帝國”製爆弾)換算500kg級の弾頭を持つ、世界屈指の高速長射程を誇る決戦兵器、13B型弾頭弾だ。
 そして残る92発、うち82発はTK換算250kg級の弾頭を持つ汎用の<対艦魔法の槍>、22B型弾頭弾だった。

 此方は弾頭威力の低さもだが、飛翔速度が500km/毎時と低速であり、射程も40km程度と短い。
 が、それらは調達価格を廉くする為の努力の結果であったのだ。
 13型とは比較にならない低性能ではあったが、その分、量産が可能な、全てのフネに搭載が可能となのだ。

 そして最後の10発は、支援弾頭であるG型弾頭を搭載した、小型<対艦魔法の槍>44G型弾頭弾であった。
 此方は指定空域で自爆する構造をしており、自爆する事で該当エリアに視覚的、及び魔道的な索敵手段を
妨害するのだ。

 力技のみならず絡み手まで、彼らが考える限りの準備は抜かりなく、万全であった。

「提督、我らの戦備は万全ですぞ」

 恰幅の良い参謀長の言葉に、分遣艦隊司令官は重々しく頷く。

「ならば始めよう。全艦、<対艦魔法の槍>撃ち方はじめ!」



 分遣艦隊司令官の命令下、27隻の帆船達は<対艦魔法の槍>を放った。
 光の粉を風に撒き散らしながら甲板から打ち上げられた108発の光の弾。

 先頭をゆくのは、軽量短射程の代償として高初速、高速度を得ていた40シリーズの44型<対艦魔法の槍>だ。
 800km/毎時を超える速度で空へと駆け上がって行く。

「些か勿体無いですな」

 壮観と言って良い眺めに、声を漏らす参謀長。
 勿体無いとは、当然、たった8隻の戦闘艦相手に3桁を超える<対艦魔法の槍>を放った事に、だ。

「演習時すらも、こんな豪快な真似は出来ませんでしたからな」


「贅沢かもしれんが、必要だ参謀長。陸も空も負けている。ここで我ら海軍が派手に勝たねば、我ら<大協約>は、信頼を失う」

 重々しく呟く分遣艦隊司令官。
 贅沢は当然だろう。
 事前に行われていた想定演習では、“帝國”10000t級大型鉄製動力艦であっても10型級なら1発で、20型級なら3発で能力喪失するとされていた。
 これは、はるか昔、実際に行われた“帝國”海軍との戦いで得た戦訓だった。
 それが108発。
 8隻の艦を相手にするには必要な<対艦魔法の槍>、その実に3倍を超える数を打ち込んだのだ。
 誰もが自信を感じるのも当然であった。

 だが、分遣艦隊司令官は手綱を緩めない。

「では諸君、洋上格闘戦だ! 全艦へ命令。艦外装呪紋の使用を許可。本艦に続き、突撃せよ!!」

「はっ!」

 分遣艦隊の全艦が、その船底部から淡い光を発する。
 戦列艦やフリゲートは建造時から装備する、徴発帆船は応急的に付けられた外装呪紋の稼動だ。
 その目的は増速。
 水中の抵抗を軽減し、速度を上げるのだ。
 効果の継続時間は1時間ほど。
 高価である事と同時に、使用後にはまる1週間は使えないと云う欠点があったがが、1度の決戦で決着をつけようと考えていた<大協約>海軍にとっては、そんな欠点は無いも同然だった。

 各艦の速度が目に見えて早まった。

「砲戦用意!」

 艦長の怒号が上がる。
 その時だった。
 見張りが声を上げたのは。

「敵艦隊……なっ…!」

 絶句する見張り。
 彼の双眼鏡の先では、8隻の護衛艦が煙に包まれたのが見えた。
 否。
 空へと駆け上がっていく多くの煙、否、何か。

「ほう。“帝國”も防空型の<魔法の槍>を開発していたか」

「提督、何を暢気な!! 13型弾を打ち落とされては………」

「慌てるな参謀長。我々は100発を超える<対艦魔法の槍>を放っているのだぞ? 多少は落とされても、体勢に影響は無い。それに、妨害用の44型がある。そうだな魔道参謀?」

「はい。先行する44G型弾は、従来の42G型弾と違い、母艦への着弾を必要とせず、展開出来ます。
具体的には、敵<魔法の槍>を察知すると共に炸裂し、対魔法捜索手段は無力化する事となっております」

 打てば響くと、魔道参謀。
 背筋を伸ばして答えた。
 それに、満足そうに頷く分遣艦隊司令官。

「だそうだ、参謀長。技術の進歩は恐ろしいな。最新技術をもっと勉強したまえ」

「はっ、申し訳ありません」

 だが、彼らに余裕があったのはこの時までであった。

 マスト下の事など気を配る事無く、ただ只管に敵艦隊を睨んでいた見張りは、分遣艦隊で最初に、自分たちの相手が異常である事に気付いた。

「かっ、数が………」

 彼の双眼鏡の先では、他の艦よりも一回り以上も太い横幅をもった艦が、まるで爆発するかの様に<防空魔法の槍>を打ち上げているのが見えた。





――2

 RMA化がされ、更にはCEC(共同交戦能力)を得ていた海上自衛隊の第4次メクレンブルク支援護衛艦隊群の全護衛艦は、旗艦であるあしがらの命令に従って防空ミサイルを打ち上げる。
 エリアディフェンスのSM-2が初手として、彼我の距離が短い事から直ぐにポイントディフェンスのESSMが放たれていく。
 さながら活火山の如く。
 ESSMはあしがらとみょうこうだけでは無く、本来は搭載している筈の無いむらさめとはるさめからも放たれていた。
 両艦とも、艦前部のMk41VLSからである。
 本来であれば、むらさめ型の主力対潜兵装であるアスロックを満載しているMk41ではあったが、今、その主力兵器たるアスロックは半分しか積まれていなかった。
 理由はある。

 元々この世界で、水中の脅威と呼べるものが天然のもの――海竜や真海竜などであり、<大協約>や列強諸国は潜水艦に代表される水中戦力の整備を行っていなかったのだ。
 無論、極秘裏に開発配備している可能性も存在してはいたが、ソレがダークエルフ族の情報網に全く引っ掛からない可能性は、奇跡に類されるものと見て良いだろう。

 故に、である。
 海上自衛隊はMk41搭載艦に限り、垂直発射型アスロックの搭載数を削る決断をしていたのだった。
 代わりに搭載するのは、無論、ESSMである。
 この決定以降、Mk41を搭載した護衛艦は準DDGとして見られる様になっていた。

 この強力な防空網によって、<大協約>海軍の象徴たる<対艦魔法の槍>の群れは次々と刈り取られていく。
 防空攻撃を阻止しようと、母艦の魔道士官からの指示で次々と44G型<対艦魔法の槍>が自爆し、光学的および魔法的なジャミングを仕掛けるが、全くの無駄であった。
 当然である。

 レーダーホーミング。

 海上自衛隊の対空兵装は、G型弾頭弾が想定していた手段では索敵していなかったのだから。






「馬鹿な………」

 誰かがそう漏らした。
 空には一発とて<対艦魔法の槍>は飛んでいなかった。
 全てが叩き落とされていた。

 旗艦ヴァルチャーの指揮所は鎮痛な雰囲気に包まれていた。
 誰もが容易には信じられぬ場景であった。

 <対艦魔法の槍>を<魔法の槍>で叩き落すという戦術は実在しない訳では無かった。
 <大協約>海軍でも実用化された技術ではあった。
 が、100発を超える<対艦魔法の槍>を尽く打ち落とすと云うのは、あり得ない事であった。
 1発の<対艦魔法の槍>に、1発の<魔法の槍>で落とせるとしても100発も誘導せねばならないのだ。
 そんな技術、存在する筈が無かった。

「信じられん」

 水兵から将校、司令部まで誰もが呆然としているが、極僅かに仕事に集中しているものも居た。
 見張りである。
 彼らには呆然としている暇など無かった。
 魔法によって通常のものよりも遥かに良好な遠方監視力が付与された双眼鏡が、煙にまみれた敵艦隊が、新たな行動を起こしたからだ。

「敵艦発砲!」

 その声は、静寂に包まれた艦上に良く響いた。


inserted by FC2 system