『平成日本召喚』32


――1

 洋上を走る帆船の群れ。
 だがそれは艨艟、戦舟の群れであった。

 先頭を走るのは、魔法による強化の施された鉄板で全身を覆った戦闘艦だ。
 そのマストトップには、<大協約>南部艦隊所属艦である事を示す旗が翩翻と翻る。
 1等戦列艦ヴァルチャー。
 それが、その帆船の名であった。


「竜巣通報艦フェンサーより通信! 本文[“帝國”船団ヲ発見ス。方位2-8-4。距離112km。船団ハ、めくれんぶるく王国ヘ向ケ10のっとヲ超エル速度テ゛南下中。しー・わいばーんハ可能ナ限リ接触ヲ継続ス]です」

「ご苦労。返信で、接触中の騎には無理をするなと伝えたまえ」

 通信士官の声に応じて海図に書き込まれた“帝國”船団の様子を眺めつつ、艦隊司令官は頷いた。
 先にバトラーからもたらされた情報と、今回の接触で得た情報で、“帝國”船団の動きが図に乗り、一直線に“帝國”本領からメクレンブルク王国を目指している事が現れる。
 どうやら“帝國”は、我々の行動に気付いていないのだなと艦隊司令官は理解した。

「どうやら奇襲が出来そうじゃないですか?」

 同じように海図を眺めていたヴァルチャー艦長がニヤリと笑って言う。

「だな。連中は機械竜を飛ばしてはおらんのだろ?」

 その問い掛けに、傍らの参謀が手に持った書類を捲って答える。

「はい。現在までの所、連中が言う航空母艦は随伴していないとの事です」

「確か、似たいようなのが居たはずだが?」

「はい。同じように甲板が平らな船は船団に参加していますが、その甲板には荷物と思しきものが山積しているとの事です」

「空からの攻撃を警戒しなくて良い――そう理解してよさそうだな」

「ワイバーンに攻撃を仕掛けさせますか?」

 やる気を見せる航空参謀に、艦隊司令官は苦笑と共に否定する。
 それは宜しく無い、と。

「竜巣通報艦のシー・ワイバーンの竜騎士は、通常の竜騎士に比べて養成に時間が掛かると云う。
それに数も少ないしな。無駄な消耗は避けるべきだろう」

 艦隊に随伴しているシー・ワイバーンは、2隻の竜巣通報艦が搭載する24頭しか居ないのだ。
 先に“帝國”船団と接触したバトラーは哨戒任務を継続したが為、ここは居なかった。
 無論、無理を言えばそのシー・ワイバーンを動員する事は可能であったが、距離がありすぎる為、理想的な同時攻撃にはなり得ぬ事が予想されるので、数には入っていなかった。

 24頭のシー・ワイバーン。
 防御任務を考えるならば、それなりの戦力ではある。
 が、攻撃任務にと考えるには、些か心もとない数値であった。

「海の竜騎士達は、その勇気に曇りはありません!」

 先陣の誉れを与えて欲しい。
 竜騎士上がりの航空参謀が、後輩に花をと熱意を込めて言うが艦隊司令官はそれを制止する。

「勇気と献身とを疑う積りは無い。が、今回は駄目だ。第1派として使うには攻撃力が足りない」

 遠距離からシー・ワイバーンで攻撃を仕掛けた場合、当然ながらも艦隊の敵“帝國”船団との距離は、大きい為に接触までは時間が掛かる事となる。
 そうなると初手による混乱を生かしての接近、そして側舷主砲による斉射と云う、<大協約>海軍が延々と鍛えてきた攻撃方法が不可能になるのだ。
 被害を受けた艦が逃げ出すので、である。

 艦隊司令官は、一戦をもって“帝國”船団を殲滅する決意であった。

「次を待ちたまえ」


 一戦で殲滅するのに、次と云う機会があるのかと思いつつ、航空参謀は頷いていた。
 通常の戦いであれば次があるかもしれないが、奇襲攻撃を行うのだ。
 今頃、停戦の交渉場では停戦の破棄を宣告しているのだろうな、と足元で昼食を配達している水兵を見ながら航空参謀はため息をついた。

 宣告を受けた“帝國”が、部隊に警戒を発する前に叩くのだ。
 負ける道理など無い。
 艦隊司令部のみならず、下は水兵まで誰もが思っていた。

 だからだろう。
 昼食には、舌を湿らす程度の少量ながらもアルコールが付けられていたのは。


 この時点で、<大協約>南部艦隊第2分遣艦隊司令部は、状況を極めて楽観的に見ていた。





――2

 第4次メクレンブルク王国支援船団は、<大協約>側の行動を完全に察知していた。
 護衛艦のみならず、輸送船までも。
 そもそも平成日本では、漁船などに付ける無免許者でも扱える低出力レーダーですらも、捜索レンジが100kmを超えているのだ。
 外洋向けの大型レーダーを持つ民間籍輸送船が、<大協約>艦隊の動きを察知出来ぬ筈も無かった。



 ミサイル護衛艦あしがらのCIC(中央情報指揮所)は、緊張に包まれていた。
 戦闘意欲を滾らせた27隻の帆船が、縦列で接近してくるのだから。
 それも、船団の進路を遮る様に。
 誤解の余地の無い行動であった。

「やる気ですかね」

「恐らくは、な」

 現在、支援船団の護衛の任に就いているのは8隻の護衛艦だった。
 ミサイル護衛艦あしがらとみょうこう、そしてしまかぜ。
 これに汎用護衛艦のむらさめとはるさめ、ゆうぎり、せとぎり、はまぎりとで輪形陣を組んでいた。
 それは大威力兵器――核の攻撃を受ける事を前提とした大型の輪形陣では無く、対空火力の密度を上げる為、やや小柄な輪形の陣であった。

 なかなかの戦力ではあったが、海上自衛隊の艦艇としてはやや古さの否めない艨艟の群れであった。
 常に遠距離の航海を強いられる海上自衛隊は、人的資源や艦艇などのリソースが不足しつつあるのだ。

 帆船相手にならば、との意見もあったが、<大協約>艦船の主力兵器が<対艦魔法の槍>なる対艦誘導弾である事が判明してからは、そんな意見は皆無となった。
 誰もが<大協約>の艦船は、警戒すべき敵だと認識する様になった。

(※尚、コレは誤解であり、<大協約>に対する過大評価ではあった。
 人間は誰しもが、自分の判断基準で相手を見ると云う、好例と言えるだろう)

「先制攻撃が出来れば、楽なんですがね」

 ため息を漏らす艦長。
 各艦、SSMを定数一杯に積んできている。
 合せて64発だ。
 それを半分でも放てば、余裕で相手を殲滅出来るだろう。

 但し、その場合には、国内世論がトンデモナイ事に成るのは見えているが。

 27隻の帆船が各4発ずつ<対艦魔法の槍>を撃ったとして、108発が艦隊に襲来するのだ。
 冷戦時代のソ連もかくやと云う数値であった。
 イージスシステム艦が2隻居るとは云え、万全では無い。
 恐らくは酷い事になるだとう。
 だからこそ、と第4次メクレンブルク王国支援船団護衛戦隊司令は腹を決めていた。
 自分たちが盾となるのだと。


 制帽を被り直し、それから諧謔の色を込めて戦隊司令は笑う。

「諦めたまえ。我々は軍人ではなく、自衛官なのだから」

 それから、各護衛艦に下命する。
 輪形陣を解き、船団の前に集結する事を。
 そして、敵船団が攻撃を開始すると同時に、即座に全SSMの発射が可能な様に準備する様にも。
 自分たちが全滅しても、相手を殲滅する。
 その覚悟であった。

「私は自衛官になる時に、誓ったんですよ?」

 戦闘準備が整って後、緊張感が充満するあしがらのCICにて、艦長は口を開く。

「何をかな、艦長」

「簡単ですよ。幸せになりますって」

「――素晴らしい誓いだな。そしてそれは実現する、か」

 自衛官として、国の盾になるのは誇らしいだろ? と笑う戦隊司令。
 艦長も笑う。
 ですね、と。そして続ける。

「ですが、あの値の張るSSMを8発、全部発射するなってのも、艦長の冥利につきませんかね?」

 国のお金で満足を得るなんて、背徳的ですらあると続ける。

「だからまぁ、お礼奉公ですかね」

 だから船団には<大協約>の艦なぞ、指一本触れさせませんよ、と。

「なら頑張らんと、な」

「ええ。税金の無駄遣いは国民から批判されますんで」

 ひねくれた戦隊司令と艦長の会話。
 その時、通信士官が声を上げた。

「メクレンブルクより通信です!」





 <大協約>側は甘く見ていた。
 平成日本の技術力を。
 或いはシステムを。
 故に、大きな対価は払う事となった。


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