『平成日本召喚』30


――1

 機能性だけを優先させた調度の整えられた部屋。
 その壁に嵌められた巨大な窓ガラス、その向こうに広がるのは海、そして港。
 それを男が眺めている。
 背広ではあったが、民間人と云う訳では無い。
 防衛官僚だ。
 それも、現防衛次官の懐刀とも言われる人間だった。
 両腕を組んで、港を眺める。

 港では、漁船の群れが岸壁に固定されていた。
 食料確保の問題から、漁船には優先的に燃料が振り分けられているが、それでも燃料の絶対量が足りない為、出港出来るのは極一部の漁船だけであった。
 だが港は閑散としてはいなかった。
 巨大な船団が、港へと集結しているからだ。
 それは、メクレンブルク王国への増援部隊の輸送部隊だった。
 中心に位置するのは、空母にも似た平たい甲板一杯に重機材を載せたおおすみ型輸送艦3隻だったが、今回は、それのみならず派手な塗装が行われた民間の大型フェリーまで動員されていた。
 運ぶのは、北部方面隊から抽出された戦力であった。
 第2師団を中心に、第1戦車群及び第1特科団によって構成された<第二次メクレンブルク支援群>が運ばれる予定であった。
 無論、航空部隊向けの大量の燃料輸送やら、石油搬出用の機材などをも輸送しなければならない為、1回の輸送で全ての人員と機材とを運べる訳では無いものの、それでも普通科連隊と戦車連隊の各1個は、全部隊を一括して輸送出来る予定であった。


「壮観だな」

 山椒魚かひき蛙かと云った横に広がった外面の防衛官僚は、その外観に相応しいふてぶてしさと、不遜な口調で笑った。
 その後ろに控えていた女性秘書が整った眉を僅かに動かした。
 防衛官僚との付き合いの長い秘書は、その語調に何処かしら嘲る口調が含まれている事に気付いたのだ。

「?」

 その事に気付いたのだろう。
 防衛官僚は、後ろも見ずに言葉を発する。

「埒も無い話だ。それもツマラン種類のな。それでも聞きたいか?」

「はい」

 静かに肯定する秘書に、防衛官僚は少しだけ目じりを下げて、仕方が無いと言わぬばかりに続けた。
「あと何度、このような規模の船団をこの港から出す事になるのかと思ってな。国家戦略無き状況で交戦状態へと陥り、その果ては見えない状況だ」

「一応、停戦状態が結ばれています」

「停戦? 恐らくは直ぐに破られるだろうな」

「何故ですか? わが国から手を出す事はあり得ないと思いますが」

 戦前ならばいざ知らず、戦後は平成の軍隊――自衛隊の将兵は上から下まで国家国民、その代表である文民政府の指示には絶対と言って良い程に従うのだ。
 栄華栄達を求めて、戦争を引き起こそうと暴走するなどあり得ないのだ。

 ならば敵はと言えばどうだろうか。
 <大協約>第14軍団は、<第一次メクレンブルク支援群>によって散々な目にあっており、自分の側から交戦を仕掛けてくるとは思えない。
 そう秘書は見ていたのだ。

 だが防衛官僚は、口の端を歪めて笑い答えた。
 見方の違いだ、と。

「この世界で破格と言って良い程に巨大な船が40隻近く航行する。その意味を相手はどう見る」

「増援」

「そうだ。優勢な側が更なる増援を受ける。そうなれば益々勝てなくなる。ならば――」


「――やるならば今、ですか?」

「恐らくはな」

 日本の国是が云々とは秘書は口にしない。
 今の平和主義を国是とする日本の性格を知
る国家組織は、この世界には居ない程度の事は理解していた。  誰も彼もが、説明をしても尚、“帝國”と呼ぶのだから。

「………結局は、あの外務官僚が正しかったと云う事でしょうか」

 平和の為には増援を行っては成らない。
 そう主張し、外務省を追放され、果ては公安警察によってその身辺調査が行われている元官僚が。

 しかし、防衛官僚はその論をも否定する。
 あの馬鹿は論外だ、と断言する。

「目的の為に交渉するならば良いだろう。だがアレが考えていたのは、外交交渉をすると云う事だ。
 それが平和であると思い込んでいた。戦争も外交も同じ政治の延長でしかない事を忘れてな」

 TPOを弁えない救いようの無い平和主義者だと言う。

「ではどの道………」

「ああ。戦争だな。馬鹿馬鹿しい話だが仕方が無い」

 傲岸不遜に言い放つ防衛官僚。
 ある意味で自己否定にも繋がる言葉であったが、そこに些かの翳りも無い。
 防衛官僚は、戦争を否定する積もりは無いのだ。
 只、効率の悪い戦争と云うものが、好みでは無い。
 それだけであった。





――2

 日本を立った大船団を最初に察知したのは、ワイバーンを用いる事で帆船としては頭1つ抜け出た広域哨戒能力を備えた竜巣通報艦バトラーであった。


 艦の後部。
 比較的広い場所を与えられた魔法通信室で、哨戒に飛び立ったワイバーンから報告が上がってくる。

 巨大な遠距離通信用の魔法石の前に座った通信士官。
 整った美貌だが、何処かしら冷たさを漂わせているが、今は些かそれが崩れていた。

『信じられない大船団だ。繰り返すぞ全て動力船、数は20を超える。見渡す限り“帝國”船だ!』

「判った。戦闘艦は何隻居る? 戦艦は居るか!?」

『大丈夫。戦艦は居ない。Yamato級もKongou級も、Husou級も居ない。小さなフネばかりだっ!』

「気をつけろよギルバート」

『任せなさいって。エゼン家はワイバーンを落とした事がないのが自慢なんだぞ』

「調子に乗るな馬鹿! 無事に帰って来い」

『了解了解。んじゃ、通信終わる。後でな』

 何とも言い難い、竜騎士との通信を終えた通信士官は、報告のあった情報を纏めると、艦長の下へと向かった。

 “帝國”はやる気なのねと呟きながら。




 防衛官僚の予測は正しく実現していた。
 これが後に第二次メクレンブルク事変と呼ばれる戦いの始まりであった。


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