『平成日本召喚』29


【えんたく-かいぎ 円卓会議】
@内閣府の外局
 内閣府特命担当大臣(国務戦略調整担当)を委員長に、外務や内務、国防などの関連省庁の代表と、ダークエルフ族の代表、そして一般有識者から成る国務戦略調整委員会の俗称。
 設立後最初に行われた会議の卓が円であった為に付いたとされている。

 設立の理由は、西暦2015年の日本転移時に発生した外交、国防に於いて発生した深刻な諸問題の、回避策としてである。
 発足時は純粋な情報交換および利害調整の場として存在していたが、次第に日本の生存戦略へ深く関わる事となり、現在では内閣第一の諮問機関と成っている。
 又、円状の卓を用いた意外にも由来には諸説あり、漫画等のサブカルチャーの強い影響などとも言われている。

 尚、一部のマスコミ関係者ではこの国家戦略調整委員会の事を、<会合>なる政財官による日本の、戦争への誘導組織の擬装であると批判しているが、政府は<会合>なる存在に関し、その存在を公式に否定している。


[出典:フリー辞書]




――1

 国務戦略調整委員会。
 如何にも大仰な名が付けられた組織は、世間一般が思うような意思決定機関と云うよりも、その本質に於いては完全な組織間調整システムであった。
 <会合>が助言し、内閣が決定した事を実行に移すための実務者会議。
 後の時代では、列強諸国より日本の覇権的膨張主義の権化とも呼ばれる組織の、それが実態だった。


「面倒な話ではありますが、まぁ何とかですな」

 会議の合間の休憩時間。
 インスタント珈琲の入った紙コップを片手に、そうぼやいたのは、だらしなく背広の襟元を緩めた、内務官僚だ。
 緩んだ服装の主に相応しく、表情も緩んでいる。
 意思の強く現れている瞳を除いて。

「無責任な事言わんと下さいな。コッチはヒーヒーなんですよ?」

 難儀だと語調からも漂わせて答えたのは、制服を着込んだ海上保安庁の代表だった。
 此方は悄然と肩を落としている。
 視線は手元の紙コップ、出がらしで薄い色しか付いていない緑茶を見ながら。

 2人が話題としているのは、先ほどの議決された事に関してだった。
 具体的にはガルム大陸東海――ボルドー王国近海への海上保安庁の展開に関してだ。

「ですが海上自衛隊は航路維持で目一杯ですからな。海賊対応では貴方がたがけが頼りなんですよ。
ほら、国を背負うって思えば………ね?」

「ウチは昔から日本の海を背負ってましたよ」

 慰めの言葉をため息で跳ね除ける海上保安庁代表。
 元気が無いのも当然だろう。
 彼の頭の中は、ボルドー王国近海へと如何に船舶を展開させるかで一杯だったのだから。
 日本列島からボルドー王国までの太平洋横断にも匹敵する海路を、さして大型でも無い巡視艇で、如何に乗り越えさせるか。
 食料は水は燃料は、果てはそもそも船は耐えられるのか等と。
 否。
 行くだけならばまだしも、帰りはどうするのか。
 様々な事を考えると、海上保安庁の代表は暢気にしてなどいられなかった。

「ですが、あの御仁よりはマシでしょうから、ね?」

 内務官僚の視線の先には、海上保安庁の代表よりも悲惨な雰囲気を撒き散らせている人が居た。
 警視庁代表だ。
 暗いを通り越している。
 机に突っ伏して、頭を抱えているのだから。


 警察庁代表が心底凹んでいる理由は、かなり自爆に近いものであった。
 海外への機動隊の派遣。
 それだけなら法制上など様々な問題はあるものの、最近、国民の評価躍進が著しい自衛隊への対抗と云う意味からは喜ぶべき事であった。
 警察の組織としてならば。

 特務警備連隊。

 自衛隊への編入である。
 警察庁代表としては、悪夢に他ならなかった。
 この事の発端は警察にあった。
 平素から対抗心のあった自衛隊への賞賛に対し、警察もまた、同じように役に立てるのだと云う事を、国民にアピールしようと考えたのだ。
 警察として特別措置法に一文を入れさせて、桜の代紋を背負ったまま海外に展開しようとしていた。
 目的は警備。
 前線では無い場所で、安全に警察のポイントを稼ごうと考えていたのだ。
 警察上層部では、自衛隊は転移によって職を失った人々の収容先として規模の拡張が求められる為、自然と組織混乱が発生しており、そこに乗じる事で自衛隊にすらも恩が売れると踏んでいた。
 それがひっくり返って、自衛隊への編入である。
 しかも急ぎ制定される緊急食料輸入特別措置法にては、海外へと警察部隊を派遣する際には常に、自衛隊へと編入される事が明記される予定となっていた。
 即ち、前例となるのだ。
 日本の官僚組織の通例として、特別な事情でもない限りは先例は重視される。
 ある意味で、警察庁代表は自分の経歴にシミを付ける羽目になったのだ。
 どれ程に頭を抱えても抱え足りるものでは無かった。

「彼ら、色々と努力して苦労しても、全部“自衛隊”なんですから」

 非常に同情する様に言う内務官僚に、海上保安庁代表は笑う。
 同情する積もりは無い、と。
 それどころか、良い薬だとも。

「仲が悪いんですな。何とも」

「仕事には出しませんよ?」

 意地の悪い笑み。
 少しだけ気分が晴れたのか、そこには落ち込む色は無かった。
 その代わり、底なしの暗闇が口元に漂っていたが。

 海上保安庁の代表が警察庁の代表を嫌うのには理由があった。
 それは代表個人の問題ではなく、警察自体の底なしの拡大主義――日本の管理下にある警に関わる組織は全て警察の管理下に入るべきだとの。
 それは元々持っていた欲求だった。
 海上保安庁を、その管理下に置こうと画策した事も昔から多々あった。
 それが、このF世界に転移してから、益々大きくなったのだ。
 統一された、効率的な警察機構を生み出すべきだと。

 一面、真理ではあった。
 だが、独立独歩の気風の強い海上保安庁が容易に受け入れられる話では無かったのだ。






 様々な意味合いに於いて、各省庁が本音で意思疎通を図れる国務戦略調整委員会は便利な組織であった。
 特に、この巨大な平成日本を効率的に運営する上では極めて効率的な組織であった。

 平成日本は、<会合>と国務戦略調整委員会を得た事で、この専制君主国家の乱立する世界に於いて、伍していけるだけの意思決定、及び執行能力を得たのだった。


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