『平成日本召喚』28


――1

 <第一次メクレンブルク支援団>、特に陸上戦力の状況は、一言で言って悲惨だった。
 第一次メクレンブルク事変が終結時に立てられていた旅団規模以上の増派予定が、尽く潰されていたのだから。
 第1独立装甲連隊が漸く定数を満たしたが、それ以上の部隊派遣は出来なかった。
 そんな無茶な事が行われた理由は、外務省による妨害であった。
 外務省は、明確な戦争準備は<大協約>との交渉へ悪影響を及ぼすと訴えたのだ。
 この意見は、F世界の現実の洗礼として職員12名を無為に喪ってしまった外務の総意では無かったが、先の無防備での外交団の派遣を主導した事務次官が、その失地挽回をと<大協約>との外交交渉の成功を狙ったが為、自身の意見を押し通したのだった。

 防衛省制服組は、<大協約>第14軍団側の動きを察知しているが為、強硬な反対を行ったものの、平和主義的傾向の強い官房長官が、国民が自分も所属する内閣を好戦的な政府だと見られるのを嫌がって賛同したが為、大規模な増援は断念せざる得なかったのだ。
 <会合>からは、その妥協に対する憂慮の念が伝えてはいたが、首相直轄の非公開組織という性格が災いし、官房長官に、その意見を尊重する法的根拠が無いと一蹴していたのだ。
 何とも何とも前世界的な判断であった。
 尚、現実主義者の首相は防衛省の出した、<大協約>第14軍団は交渉を誠実に行う意図に乏しいとの分析に、かなり同意していたが、此方も政治的理由――日本が政治、外交の延長線上としての軍事力の行使に踏み切るにはもう1クッション、或いは政治的ショックが必要だとの判断から、外務省及び官房長官の余りにも旧世界的な判断を通させたのだった。
 但し、全く出来なかった訳では無い。
 何とか基地警備と周辺調査を目的に、山地での機動能力に優れた部隊を派遣すると云う名目を作って、精鋭集団として知られた西方普通科連隊の本隊を、をヘリ部隊込みで派遣する事には成功していた。
 とは云え特殊部隊と俗称される部隊の本質は、精鋭なだけの軽歩兵である以上、連隊規模以上の部隊が正面からぶつかり合うであろう状況での存在価値は、極めて限定的なものでしかなかった。



 陸も悲惨であったが、海は最悪であった。
 陸は更なる部隊派遣こそ認められなかったものの、定数を満たすことは出来たのだから。
 だが海は、減らされたのだ。
 目的はガルム大陸方面、ボルドー王国近海での護衛活動に投入する為であった。
 日本向けの物資の集積の始まり、その搬送作業の支援に人を出す事となった事が原因だった。
 此方は戦闘部隊よりも、施設科や配達業者上がりの軍属の人間が中心になって編成されていた。
 その部隊を乗せた船団の護衛する為である。
 拒否や抵抗が出来る筈も無かった。

 結局、メクレンブルク地方に残されたのは、航空管制を行う旗艦のヘリ護衛艦あまぎとイージス護衛艦きりしま。
 その護衛役として一昔前のミサイル護衛艦にも匹敵する様な防空力を持ったゆきかぜ型汎用護衛艦の、ゆきかぜとまつかぜが居た。
 それだけでは無く、就役したての最新鋭艦、ゆきかぜ型の船体をベースに低価格化と海上自衛隊の伝統に則る対潜重視の装備強化を行ったあやなみ型汎用護衛艦のあやなみが残っていた。
 きりしまを除けば、艦齢は2桁にも達していない新鋭艦揃いだった。
 そのきりしまとて艦齢は長いが、定期的に改修工事を受けているお陰で、防空護衛艦としての性能は第1線のものを維持し続けていた。

 が、それでもたった5隻。
 正面からの戦闘に供せられるのは4隻しか居ないのだ。
 防衛省では哨戒任務用にミサイル艇のはやぶさ型や、あるいは海上保安庁への展開要請も考えてはいたが、それが実現するのはまだ先であった。
 今ある5隻で、40隻を超える帆船を相手にしなければならなかった。


 そんな陸海に比べれば、空は比較的マシであった。
 第305航空隊の展開が何とか出来たのだから。
 第22混成航空団の全機が揃ったが、燃料の備蓄の問題で恒常的に全機を運用する事は出来ないが、それでもその存在意義は大きかった。
 この展開に対してすら外務省事務次官は難色を示したが、此方は事前計画の通りであると、防衛省は強行したのだった。
 無論、外務省の国防問題にも造詣の深い官僚と、意思疎通を行いつつであった。





――2

 某所の喫茶店。
 防衛省が情報管理を行っているそこで、会談が行われる。
 人影は2つ。
 共に、防衛省と外務省を背負っていた。


「御宅の馬鹿大将(事務次官)、まだ日本人の血を流したらんのか?」

「悪い。マジ悪い。今、根回しをしているから、今度の<大協約>との交渉が失敗したら、必ず更迭する」

 大学時代の学友であった気安さから、口調は軽い。
 が、その態度には強い緊張感が漂っていた。

「悪いで済むか。現実問題、第14軍団の連中はやる気だぞ」

「マジで?」

 外務官僚の顔色が変わる。
 外務省にある情報では、<大協約>第14軍団は損害からの再編成を行っており、大規模な戦闘準備は成されていないとなっていた。
 それを防衛官僚は否定する。

「あのな、連中の本隊はダメージを受けておらんのだぞ? つか、そもそも戦っている連中は消滅しとるのに、何を再編成するんだ」

 嘲笑にも似た苦笑いと共に、鞄から書類を出す。

「こんな事もあろうかと、さ」

 差し出された書類には、メクレンブルク王国周辺の<大協約>参加諸国の動向が纏められていた。
 <大協約>第14軍団を除いても、3個師団にも匹敵する規模の戦力が集結しつつある様が示されていた。
 尤も、現時点では全てを合わせても1個師団に届かない程度ではあったが。
 それで3個師団の集結と読んだのは、その集結場所の規模や施設によってだった。

「洒落にならんな………」

 青ざめた顔をする外務官僚。
 防衛官僚の顔色も悪かった。
 此方は、外務省内部の状況が、極めて悪い事を知ってであった。

「情報は上げてるのだが………潰されたか?」

「多分。あの人の権勢欲は相当だから」

 ため息を漏らす外務官僚。
 だが防衛官僚の方は、それで終わっては困るのだ。

「んな馬鹿をトップに置いとくと、それこそ“何時か来た道”だぞ!」

「判ってはいる。が、何の理由も無しには解任はさせられんのさ」

「最初のアレを理由には出来ないのか?」

「今更だ。アレは残念ながらも葬式の時点で決着がついちまった。糞、上手いのさ事務次官殿は」

 葬式、12名の殉職者の葬儀にて、事務次官は首相や外務大臣を差し置いて追悼の辞を述べた。
 その内容は空疎ではあったが、感情を動かす内容だった。
 そう、一般の国民の感情すらも動かしたのだ。
 国民的には、部下を喪ってなお、理想に邁進する英雄と見えていたのだ。
 先の見えない現状に、ファンタジィを求めたのかもしれない。
 或いは、この状況に於いてすらも左翼たる事に意義を見出しているマスコミが、そうしているのかもしれない。
 只、言える事は、連日マスコミは外務省を、外務次官の動きを注目し続けていると云う事であった。

 事務次官へ下手な事は言えない、出来ない。
 そんな雰囲気が外務省に出来上がりつつあった。

「冗談じゃない。そんな馬鹿な理由で国政が壟断されたのでは堪らんぞ。国の為に血を流す事は厭わないが、そんな莫迦野郎の為になんざ、1ccだって真っ平だ。知ってるか? メクレンブルクの現場では、死傷者が出たら、自衛隊を辞めて外務省にカチコミを掛けると息巻いている指揮官だって居るって』

「そんなに血圧を上げるな」

 怒りを隠さない防衛官僚に、外務官僚は背筋に寒いものを感じながら宥める様に言う。
 彼我の戦力差があれば、簡単に完勝するだろうと。
 今だけだと。
 こんな異常事態は、今だけなのだと。

 必死の外務官僚に、防衛官僚は白けた目を向けた。

「戦場に絶対は無い。それが絶対の法則だ。はん。現場を知らない奴は気楽だな。今、あそこで命を張ってる連中を知っているのか、お前は?」

「………」

「知らんだろ? だからそんな事が言える。が、コッチは事前準備で駆け回ったお陰で、中尉以上の連中とはみんな顔なじみになっちまった。一部は、家族の事だってな」


「……しかしだな」

「しかしも糞もあるか。防衛省側の基本的総意だ。外務省が自浄作用を発揮出来ないなら、相応の手段を取る」

 無論、武力とかそういう話では無い。
 事務次官が行った行為――美談として伝えられている内情の一切合財を暴露すると言うのだ。

「おい、穏やかじゃないぞ、それは!」

 暴露によって外務省が受けるダメージは相当なものだろう。
 特に今回のように最初に悪化した評判が逆転、無理矢理に好転化させた状況では、暴露方法次第では、致命傷にも似た被害が出るだろう。

「外務省を潰す気か!」

「メクレンブルクが潰されれば国が滅ぶぞ」

「………」

 国が滅ぶ。
 決して比喩や過大表現では無い。
 メクレンブルクは、今の日本にとっては希望と同義なのだ。
 訳の判らぬ状況で、日本に組する事を表明してくれた国家が、それも大量の原油を持っている。
 精製プラントや輸送手段の問題から、その即時の利用は難しいのが現実だが、それでも我慢していれば状況は好転する。
 そう思われているのだ。
 それが潰えれば、最悪、日本は内乱にて滅ぶ。

 内閣府で纏めた、今後の日本の状況における最悪のパターンには“自滅”の文字が刻まれていた。

 そもそも、ボルドー商人が大内海の何処其処からかき集めている食料を輸送する燃料の問題もあるのだ。
 今は、備蓄分で何とか出来ているが、何時までもある訳では無いのだ。
 メクレンブルク王国を失っては、今ある備蓄分を消費しきる前に新しい供給源を発見し、供給を受ける事を期待するなど、夢物語を通りこしていた。

「どうすれば良い」

 今更ながらに状況を理解した外務官僚が青い顔をして言った。
 彼は事務次官の問題が、ここまで大事に直結するとは想像していなかったのだ。

「自浄作用を発揮してくれ。防衛省からの情報漏洩では問題が後々尾を引くからな」

「………詰め腹1つで良いのか」

「それ以上は求めない。コッチだって基本は軍事が外交に口を出す愚は冒したく無いってのが大勢なんだぜ?」

 外交や政治に軍が口を挟むのは、それこそ何時か来た道である。
 そんな認識を多くの防衛官僚は持っていた。
 だが、それでも尚今回は口を挟まずにはいられなかったのだ。
 口を挟まぬ事による弊害を思うが故に。





 この階段の一週間の後に、外務省の事務次官の事務次官の辞任がニュースとなった。  理由は、健康上のものとされていた。


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