『平成日本召喚』26


――1

 “帝國”復活の一報は、<大協約>に参加する諸国にとって凶報の名こそ相応しいものであった。
 世界は乱れ、貧困が蔓延していようとも、兎も角、そこに平和があったのだから。
 60年の太平。
 それが喪われようとしているのだから。

 <大協約>の中枢はチューリッヒ。
 そこでは多くの大使達が深刻な顔で話し合っていた。
 多くの人間が、様々な外交を経験してきた老獪な人間が多かったが、それでも半世紀も前の亡霊が蘇ってきた事への不安が、その思考力や判断力を鈍らせていたのだ。

 だが、なかでも一際表情の悪い集団があった。
 ガルム大陸東部域やロディニア大陸西部域の国家の大使たちだ。
 その共通点は1つ。
 平成日本が出した外交使節団を追い払い、威圧して追放し、そして虐殺した国家の大使であったのだ。


「真坂、この様な事になるとは」

 真っ青な顔で、酒を呷る大使。

「“帝國”の出現、それも、伝説どおりに圧倒的な軍事力を持っている連中だ」

「わが国も、詐欺師の類かと思っておったのですがな………」

 彼らが、平成日本の使節団に対して乱暴狼藉に及んだのは理由があった。
 過去に何度もあったのだ。
 “帝國”からの使者を自称した者たちが。

曰く――
 “帝國”が復活しました。同盟国を求めています。
 “帝國”を消滅から呼び戻す方法を発見しました。協力してもらえれば“帝國”はどの様な対価すらも貴方がたへと支払うでしょう。
 “帝國”は消滅しておりません。只、<大協約>と協定を結んだだけです。そしてもう直ぐ、協定は期限切れとなります。今が、同盟の時です。

 どの言葉も、その最後は同じだった。
 ソレを成すには手間が掛かり、最初には少しばかり投資が居る、と。
 そして騙された人間が投資をしたら、その後、見事に遁走するのだ。
 “帝國”詐欺。
 或いは<“帝國”からの使者>騒動とも呼ばれる事件が、幾度もあったのだ。
 それ故に、平成日本からの使者も、その類と判断したのだ。

「考えるだに恐ろしい。“帝國”は呆れる程のプライドが高かったと言う。我らの祖国の無礼に………」

「海沿い故に、あの伝説のYamatoに国を焼き払われるかもしれませぬな」

 1隻で1国を焼き払う事の出来るフネ、焔の王を僕とする戦列艦、それが戦艦。
 その中でも最も恐ろしい力を持っていたとされる魔のフネ、Yamato。
 どの国も、海に面していたが故に、恐ろしさを痛感していた。

 だが、その中でも一際暗い顔をした大使が居た。

「貴方がたはまだ良い。追い払っただけだ。わが国は………」

 悄然と肩を落とし、呟く。
 彼の祖国であるカチン王国では、大使と称した面々を捕殺したのだ。
 止める、諌める声もあったそうだが、気の短く若い当主は、それらを受け入れず、殺害を命じた。
 詐欺師どもへの一罰百戒である、として。


 捉えられ、そしてフネの見える場所で殺された平成日本の外交使節団。
 悲鳴を上げ、小便を撒き散らして命乞いをして、首を刎ねられた人が居た。
 毅然として、カチン王国の判断の誤りを指摘して首を刎ねられた人が居た。
 震えて、何も出来ぬままに首を刎ねられた人が居た。

 外交使節団を乗せた船に武装は無かった。
 護衛すらも居なかった。
 洋上では、海賊対策の面から海上保安庁の大型巡視船が付き添っていたが、港の傍へとは近づかせていなかった。
 威圧を与えては宜しく無いと判断してである。


 外務省は甘く見ていたのだ、この世界の事を。
 そして同時に、外交と云う自らの権限に、自衛隊や海上保安庁、そして警察と云った外部の人間を携わらせたく無かったのだ。
 その結果が、12名の職員の捕殺であった。
 外務省にとって、余りにも大きな授業料だったと言えるだろう。


「戦争ですかな」

「その可能性は高いですな」

 ここまでの非礼を働かれて、素直に引くような国家を彼らは知らない。
 だからこそ、蒼い顔を付き合わせたいたのだ。

「何とかせねば、このままでは国を失いますぞ」

「ですが………何を対価と赦しを請えば」

「そもそも、<大協約>は、“帝國”との個別交渉を禁じている。簡単ではないですぞ」

 個別交渉の禁止は当然だろう。
 そもそもが対“帝國”用なのだ。
 結束を固める為、或いは抜け駆けを禁じて一蓮托生の状態へとなる為にも、そんな事が許される筈も無かった。

「軍団を呼ぶしかありませんか………」

 軍団、<大協約>の正規軍に動いて貰えば、国は護れるかもしれない。
 が、その代償として軍団から、下手な戦争をするよりも遥かに巨額、法外と言える資金協力を要請されるのだ。
 その巨額さは、いっそ開戦して、即座に降伏して、賠償金を払った方がマシでは無いかと思う程であった。
 何とも悩ましく、そして簡単に選べる選択肢では無かった。


 彼らの悩みは尽きる事が無かった。


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