『平成日本召喚』25


――1

 暗がりに沈む部屋。
 質素と云うよりも貧しいと言うのが正しく思えるその部屋には、鉄の燃える匂いが、漂っていた。

 部屋の中央に置かれた、飾り気の殆どないテーブル。
 その両側に、人影があった。
 暗がりゆえに、その姿を良く見る事は出来ないが。
 共に、巌の如き雰囲気を漂わせていた。

沈黙

 共に何かを言おうとするでも無く、ただ黙っている。
 音は、鉄を打ち合うもののみが響いている。

「行かれますか?」

 やや短躯の影が口を開いて問いかけた。
 相対する影――老人は笑った。
 夢を見たのです、と。

「過去の、遠い過去の夢を。ただ無造作に楽園を与えられ、ただただ有頂天になっていた頃の」

「………」

「“帝國”はわれ等を護り、そして導いてくれました。ですが、そこに我々の選択は無かった。
ダークエルフの様な努力は無かった。ドワーフの様な決断も無かった」

 怨嗟の様に言葉を連ねる老人。
 だが瞳には憎悪は無い。

「ただ、救われただけ。持って生まれた力をもって貢献はしましたが、その最初は、果たして我々は、自分たち自身で行った事なのでしょうか」

「しかし“帝國”は………」

「族長殿よ、私とてあの国が善意だけで行ったとは思ってはおりません。この歳まで生きておりますから、
如何な獣人族とは云え、多少は知恵は付きますし、物事の裏も読めてきます」

 ですが、そう言って言葉を切って寂しく笑う老人。
 我々と“帝國”では、どう考えても与えられたものの方が大きかったのだ、と。

「だからこそ、後ろ盾を失えば簡単に瓦解しました。国を作り護る事に真剣ではなかった我々の国は」

「だから行く、と」

「息を潜めておれば生き延びれるでしょうし、何時かは又、我々を当てにするかもしれません。
 ですがそこに我々の選択は無い。努力は無い。だから行くのです」

 今度は自分たちで“帝國”を選ぶのです、と。
 そこにあるのは、修羅場を潜り抜けてきた漢の顔であった。
 老人の名はロイ、獣人族の相互扶助組織である<マケドニア>、その代表であった。


――2

 シュベリン湾に停泊するヘリ護衛艦あまぎ。
 その艦内に特設された<第一次メクレンブルク支援団>の全航空機を管制する統合指揮所。
 そこはではグローバルホークが収集したメクレンブルク王国近辺の情報が整理、分析されていた。
 分析するのは自衛官にみならず、各情報分析セクションから人を集めた情報分析のタクスフォースだった。
 日本本土との距離があり過ぎ、リアルタイムでの情報の遣り取りが出来ない為、それぞれの部署から、このあまぎへと乗り込んで来ていたのだ。


「シュベリン湾より北方300kmの湾に、連中の艦隊と思しき船が約40隻、集結中か。大艦隊だな」

「40!? まさか、その全てが戦闘艦か」

「流石に全てがとは思わんがね」

 その声には苦笑の色がある。
 高高度からの情報収集では、得られる情報には限りがあった。
 事前の情報も全く無い相手を精査する事が出来るだけの情報は、簡単に集まる筈も無いのだから。

「だが(メクレンブルク)王国やダークエルフから得た情報では、船舶の集結する海域は、商業的には余り使われていないそうだから、まぁ、おして知るべしと云った所では無いかな?」

 この時点で既に自衛隊側は、<大協約>側が熱心に

「確かに。偵察隊を出しているのですよね?」

「当然だな。現地の人間の協力を得て、特殊作戦群の小隊を派遣している」

「宜しい。ならば彼らに期待しよう」




 その偵察隊、特殊作戦群第1長距離偵察分隊は今、<大協約>艦隊の停泊地を望む岬に陣取っていた。
 そこで持ち込んだ望遠装備やら、小型鳥形UAVを使っての情報収集に勤しんでいた。

「海が3分で敵が7分、敵が多すぎて海が見えない………そんな感じだな」

 分隊長は、自前の双眼鏡で艦隊を眺めながら、呆れた様に呟いていた。
 古い古い映画の一節を思い出しながら、心底呆れた様に。
 これだけの量を集める、<大協約>軍の経済力に恐怖を感じながら。
 最も、少しピントのズレた事を述べる奴も居たが。

「ゑ、分隊長? それは白くの間違いじゃないんですか??」

 分隊長とは趣味がチョイと違う部下は、これまた古典と類される某映像媒体のネタを口にする。

「はぁ?」

「いえ、なにも………」

 その反応から、同属では無い事を俊敏に察知した部下は、有能な兵士としての顔を取り戻す。
 双眼鏡を手にして、帆船の状態を探る。

「?」

 意味がわからず、首を傾げる分隊長。
 そんな2人の様子を、現場での情報分析官として着いてきた、特務情報科と云う身分を与えられた、ダークエルフ族の若者は微笑ましく見ていた。
 そんな彼の表情が変わったのは、兵の誰かが上げた、訝しげな声だった。

「何だ、あれは?」

 その声に誘われる様に、自らも双眼鏡を持つダークエルフ族の若者。
 若者の知っていた望遠鏡とは比べ物にならない程にクリアな視界。
 その向こうに見えたのは、戦列艦にも匹敵する巨艦だった。

「アレは………」

 絶句した様に言葉を止める特務情報科に、分隊長は視線を走らせた。
 知っているのかと問う。


「直接は知りませんが………第1と第2マストの間隔が長く、その間の側面には、開閉式と思しき扉。
 砲は、片舷1列6門のみか………情報と一致するな」

「何なのだ?」

「ドラゴンクルーザーです」

「竜巣通報艦?」

「はい。艦隊の前衛に配置され、ワイバーンを使用して哨戒任務にあたります。小型な船ならば、独力で払える程度の火力を有する――そういう目的で建造されたと聞いています」

 丁度その時、艦前部側面の扉がゆっくりと開いた。
 2層分の高さはありそうな扉が、上へとロープで引っ張り上げられていく。

「あそこからか!?」

「多分、ですね」

 開口部の直ぐ脇で、両手で旗を振っている人間が居る。
 誘導員なのだろう。
 海の状態。
 風の状態。
 周りの船の状態。
 そんな、その全てを確認する様に首をめぐらせてワイバーンが飛び立つのに危険が無いかを確認し、それから両手の旗を大きく振った。

 数秒で、開口部からワイバーンが飛び出す。
 数度は羽ばたき、それから風を捉えたのかスムーズな流れで、上昇していく。

「呆れたSTOL(短距離離陸)能力だな」

「ですね。船の横幅分の距離で飛べるなんて、なんて無茶な生き物ですか」

 嘆息する自衛官に、特務情報科は否定する。

「違います。アレは、発進口の所に、風を生み出す魔法装置が組み込まれているのです。旗のなびき方が、内側に向かってる筈ですから、それで判ると思いますが」

「フム、確かに。だがそうなると、アレは余程に高額にはならないか?」

 分隊長の疑問は当然だろう。
 魔法装置――風の魔石は高いのだ。
 それを搭載するのが前衛部隊の船、消耗する確率も高いとなると、どうにも勿体無いように思えるのだ。

「だからこそ、外装に鉄が用いられています。あの船は、火力以外の全てに於いて、戦列艦を上回ります。
無論、値段も、ですが」

 そして続ける。
 最近、建造が始まったフネだと言う。
 如何に艦隊の戦闘力が高かろうとも、会敵できなければ意味が無いのだから。
 昔から、帆船の捜索能力には疑問があった。
 特に、“帝國”の海軍を知る人間にとっては、帆船の能力など無いよりはマシ程度のものでしかなかった。
 にも関わらず、最近までそれが放置されていた理由は、各国の経済状態にあった。
 “帝國”消滅による余波で、国が荒れ果て、新しい種類の船の研究と建造に予算を投じる事が出来なかったのだ。
 その意味するところは一つ。

「かの国々にも余力が出て来たといった所かな?」

「どうですかね? 外観からは戦列艦の基本ラインを踏襲してますんで、完全な新設計と云う訳でもないでしょうから」

「まぁ良い。そこら辺の分析は、後方の連中に任せよう」

 分隊長は、更なる情報の収集を命じた。



 洋上では、真っ黒な竜巣通報艦が、更なるワイバーンを吐き出し続けていた。


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