『平成日本召喚』24


――1

 平成日本と<大協約>大議会の間を取り持つ事を約束した<大協約>第14軍団であったが、それで素直に停戦を守る組織では無かった。
 <大協約>へ加盟している周辺諸国へと、内々に、軍の動員を命じていた。
 だがそれは、条約違反では無かった。
 停戦条約は平成日本と<大協約>第14軍団の間であるのだから。
 無論、大々的にと云う訳ではなかったが。

 そもそもロディニア南方に存在するメクレンブルク王国を含んだ17ヵ国は、この“帝國”消滅の余波――マナ現象による混乱、荒廃した世界に於いても尚、貧しい辺境の国家であり、その保有する兵力は、動員分を含めても各国、万を超えてはいないのだ。
 更には外征能力を削ぐ意味で、兵站部門の整備には厳しい制限がつけられていた。

 それでも全ての軍を動員すれば、4万近い戦力が集結するのであった。
 否。
 集結しつつあった。

 メクレンブルク王国から見て北部には<大協約>第14軍団第1401集成野戦師団と第14033集成野戦師団が。
 東部には第1402集成野戦師団が。
 各国の軍を貪欲に飲み込み、大戦力を構築しつつあった。



 豪奢な内装の施された第14軍団、第1会議室。
 そこでは第14軍団の影響下にある諸国の、行動が報告されている。

「集成第1師団に関して言えば、フォアポンメル王国軍が中核ですからそこまでは苦労しておりません。
一月以内には完全編成が出来るでしょう。ですが、本当の寄せ集め(集成第3師団)の方はどうにも成りません」

「どれ程かかりそうかね?」

「そもそも、各国軍の動員自体が上手くいってはおりませんので、どうにも。基幹要員すらも、十分に揃ってはおりませぬから」

「フム、先は長いな。では東部作戦集団はどうかね?」

 その問い掛けに、別の人間が立ち上がって報告する。

「集成第2師団は、集成第3と同様に………」

「どこも緩んでおるな」

 ゴツイひげ面の、第14軍団長は呆れたように呟く。
 参謀が宥める。

「仕方がありません。デンミン王国を筆頭に、集成第2師団の構成国は、どれもこれもメクレンブルクよりも、貧乏な国揃いです。建前では2000名規模の常備軍をもっていますが………」

「どうにも、だな平時に於いては乱世を忘れず――どうにも小人どもは駄目だな」

 侮蔑の色を隠す事無く言い放つ第14軍団長。
 何とも勝手な言い分だった。
 第14軍団の周囲に存在する国家は確かに貧乏ではあったが、そもそも第14軍団によって国費を相当に収奪されているのだ。
 ある程度の規模の戦力を常備出来る筈もなかった。
 更には<大協約>の下で一応は平和な時代が成っているのだから、誰もが好き好んで、軍備を整えようとする筈も無かった。

「ですが、海上戦力の方は十分に集結しつつあります」

 他の人間とは、細部の異なった軍服を着た人間が立ち上がって報告する。
 <大協約>海軍の連絡将校だった。

「南部艦隊第31戦隊の一級戦列艦4隻と、フリゲート艦2隻は集結しておりますし、ヴィルヘルムスハーフェンでは、艦隊主力の整備が行われています。2ヶ月以内には此方へ展開出来るでしょう」

「現在はたった6隻と云う事かね?」

 連絡将校の言葉に、不満げな言葉を漏らした参謀。
 あの“帝國”海軍相手に、それだけの戦力で大丈夫なのか、と。

 一級戦列艦は巨艦であり、備砲は100門にも達する艦ではあったが、それで“帝國”の総鋼製動力船に勝てるかと言われれば、微妙としか言いようの無い話であった。




 否。
 ありていに言って、不可能であると言えるだろう。
 言うまでも無く、砲も装甲も速力も段違いであるからだ。
 参謀の不安は当然であった。

 だがそれを連絡将校は笑う。
 大丈夫ですよ、と。

「何と言っても<対艦用魔法の槍>を、それも大威力の13-B型弾を定数一杯に持ち込んでいますんで」

 13-B型弾。
 それは、<対艦用魔法の槍>でも、最大のものだった。
 威力は500kg級。
 射程は70km。
 速度は600km/h(終末段階では800km/hに到達)。

 無論その高性能さ故に高価格であり、<大協約>海軍のみならず列強の海軍でも、その保有総数は100発を超える事の無い、貴重極まりない兵器であった。
 弾薬庫は用意されてはいても、それが一杯になった事は無い。
 一杯になった艦を操る事が、艦長の夢とも言われる様な、超高額兵器。
 それを定数一杯、一級戦列艦は各艦4発ずつ、計16発も持ち込んできたと云うのだ。
 連絡将校が自信を持つのも道理であった。

 その貴重さと、威力を知る参謀たちも又、納得していた。
 海軍は本気ではあるな、と。

「隻数は乏しいですが、一級の戦力ですよ。それに周辺の武装民間船舶も徴発を掛けています。此方は、せいぜいがフリゲート艦程度のものですが、数があります。少なくとも、“帝國”海軍の戦列へと殴り込みを掛けてならば、何とかなります」

「どれ程かね?」

「一昨日の時点で32隻が集結しています」

「確かに、何とかなりそうではあるな」

 海戦に詳しい参謀が納得の声を上げた。
 彼は、余暇の趣味として“帝國”海軍に関する伝承を調べていた。
 その戦闘方法や、射程など。
 伝承ではあり、資料とは言いがたいものが多かったが、それでも大体の事は判った。
 速度は20ノット前後での、近接戦闘を好む。
 射程は、大きな物で数万を数える距離を飛ぶが、一般的なものは、そこまで達しない。
 戦列艦の備砲の射程、7kmの倍を超える事は少ない。
 ならば、7kmを割り込みさえすれば何とかなる。
 “帝國”海軍の射程内へと潜り込みさえれば、手数で圧倒出来るのだ。
 その潜り込む為に、<対艦用魔法の槍>がある。
 これを打ち込んで、混乱したところへと突入する。
 近づいてさえしまえば後は何とかなる。
 戦列艦4隻で400門。それにフリゲート艦と徴発船の分が合計で1000門を超えるのだから。

 何とかなる。
 そう、参謀や<大協約>海軍が思うのも無理ない話しであった。

「現時点で攻勢作戦は予定されておりません。ですが、一命あればメクレンブルクの港湾へと突入し、ここの停泊する“帝國”海軍を撃滅してごらんにいれましょう」

 <大協約>海軍を背負った連絡将校は、そう堂々と言い放った。




 さて、である。
 戦闘準備の話が終わった後で話題となったのは、平成日本と<大協約>大議会の交渉に関してだった。

 数度の折衝によって、第14軍団は平成日本の代表団が乗った船を、<大協約>の中枢であるチューリッヒまで案内する事とが決まっていた。

「“帝國”側は、準備に2週間を要求しています。まぁ妥当な話ではありますが………」




「無駄な話だ。我々が“帝國”と和解するなどあり得ぬのに」

 若い参謀が言い放った。
 それに唱和する声を上げたのは、又、若い連中であった。
 “帝國”の実物を知らず、更には、“帝國”憎しとの教育を深く受けた連中であった。

「ただ問題は、彼らを殲滅するのに必要な戦力だ。“帝國”軍は強大だ。下手をすると他の軍団から戦力を借りる羽目になるぞ」

「戦力を借りるのは良い。それよりも被害だ。現時点で大隊が1個消滅しとる――」

「被害を恐れるのか、惰弱者め!?」

「馬鹿め。如何に我が軍団の被害を最小限度に抑えようかとの話だ」

「確かに。戦死者が増えすぎては、その見舞金だけで、苦しくなる」

「そうそう。楽に勝ちたいではないか」

「誠に誠に」



 何とも能天気な会話であった。
 彼らは実際に今の“帝國”軍――自衛隊と相対していないのだから、そう考えるのも当然であったかもしれない。
 もし今ここに、戦死した第1421歩兵大隊の指揮官が居たならば、呆れた様に言った事だろう。
 馬鹿め、と。





 <大協約>第14軍団は、和平などを求める積もりは無かった。


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