『平成日本召還拾遺物語』03


 XFE-1の処女戦、その勝利の一報は日本政府の耳に福音の如く響いた。
 当然だろう。
 XFE-1は、資源輸入を継続していく上で大切な、外貨獲得の資金源なのだから。
 無論、陸上兵器も輸出する予定ではあったが、技術機密保持の問題などから、輸出機材の選定などが遅々として進んでいないのが現状である為、輸出の目玉と云えるXFE-1が評価を高める事は、大変に喜ばしい事であったのだから。


 尚、陸上装備が優先されない理由として、陸上兵器売却に関するの諸問題、単価の安さ――儲け難さのみならず、陸上戦闘の性質上ある程度数を出さねば成らず、その管理が困難であると云うものがあった。
 <大協約>陣営への技術漏洩を極度に恐れていたのだ。
 日本政府や会合は、戦場での、部隊や装備の発展具合から<大協約>列強諸国を甘く見ていなかった。
 現時点で、一部国家は一足飛びに産業革命を行いつつあるとすら認識していたのだ。
 無論、政治体制や現行の経済システムとの兼ね合い、或いは宗教的問題から、それが即座に、そして大々的に行われる危険性は、まだ高く無いと判断していたが、何時までも馬鹿にしていて良いものでは無いのだから。

 “会合”参加者の一部には技術の流出を積極的に行うべきとの意見もあった。
 それによって<大協約>軍の装備が性能と共に価格を高騰させ、旧世界の如く、戦争によって得るものより喪うものの多い環境を構築してはどうかと云うのだ。
 これに関しては、不確定要素が多すぎる為、判断が保留されてはいたが。

 この様な技術的問題の他にも、全く新しい装備を提供する事による供与先の軍事的、あるいは組的混乱の回避と云う側面もあった。
 それ故に日本は現在、小銃や大砲(野砲)の如く、整備の手間が掛からず、<連合国>加盟諸国の現用兵器と1対1で交換する様な装備の開発を行っているのだった。



 さて、輸出の目玉商品として売れそうな事が決まったXFE-1ではあったが、1つの波乱があった。
 単価である。
 それは、富士重工業の担当者が漏らした一言によって引き起こされたのだった。

“300機発注して戴ければ、後3億は削れます”

 機体構造こそ新造であったものの、後はエンジンから電子機器、果ては射出座席まで殆どの部品を流用で済ませた結果、XFE-1の値段はFL-1の1/3以下、初回発注数100機とした場合に、1機約16億円(※開発費を含めて)と云う数字を達成したのだ。
 それは自衛隊の兵器開発とその値段とに詳しい者たちは、奇跡とすら表現した数字だった。

 正に、XFL-1の入札時に川崎重工の設計陣からXFL-1(F)を酷評された、富士重工スタッフの意地と執念との結実であった。

 XFE(輸出戦闘機)計画時、出された要求は、1機辺りの単価を(開発費抜きで)20億円以内にする事。
 余裕で達成していた。
 それが更に3億円削れると云うのである。
 迷わぬ筈が無かった。
 何故なら、この“300”と云う数字には、1つのカラクリがあったが為に。
 当初予定の100機に積み増される200機と云う数字は、川崎重工製のFL-1の追加購入予定の数と同じであったのだ。



 日本国防省では第三次メクレンブルク事変の経験から、<大協約>航空部隊から航空優勢を確保し続けるには、各方面に即応として5個の航空隊を配備する必要があると判断していた。
 航空戦力の質的な意味に於いて隔絶しているにも関わらずである。
 これは平成日本の宿痾、専守防衛との縛り故にイニシアティブを握れないが故の事であった。
 即ち、戦術的奇襲が問題であったのだ。


 第三次メクレンブルク事変。
 その発生時にメクレンブルク王国に駐留していた航空自衛隊機は2個航空隊、40機。
 これに500騎を超えるワイバーン・ロード及びワイバーンからなる<大協約>航空部隊が、大規模攻勢を行ったのだ。
 最初の攻撃へと迎撃を行えた自衛隊機は20余機、彼我兵力差で実に25倍に達していた。
 如何に質が高かろうとも、航空管制による効果的な迎撃が行えようとも、補える筈も無い差であった。


 撃破数200余騎。
 攻撃を仕掛けてきた騎の4割を撃破する事に成功したが、その代償は大きかった。  空中及び地上にて、2個航空隊の全機が失われたのだ。
(空中での消耗は、ミサイルを撃ち尽くしても尚、機関砲で迎撃を図った機が数の暴力に屈した――囲まれ、袋叩きにされたのが原因であった)


 この戦いで航空自衛隊は戦術的奇襲の恐怖を、質を凌駕する数と云うものを味わう羽目になり、又、日本国防省は今まで、数を揃える事の重要性を承知しながらも棚上げしていた航空部隊の規模拡大に、本腰を入れたのだった。

 尚、この事変自体は一週間で終結する。
 航空優勢を握った<大協約>航空部隊が、満を持して陸上自衛隊へと攻撃を仕掛けた所、返り討ちに、鏖殺されてしまったからである。
 太平洋戦争での経験から、陸上自衛隊は常に航空優勢は敵に握られているとのトラウマを持っていた。
 そのトラウマによって陸上自衛隊が保有した、各種の充実した対空装備が威力を発揮したのだった。


 さて現在、平成日本が部隊を常駐させている、させようとしている場所は4箇所。
 ロディニア大陸ではメクレンブルク連合王国と原油産出地帯であるバレンバン地方、及び鉄類等の各種地下資源を豊富に産出するケープランバート王国。
 ガルム大陸では平成日本の対外輸出入の橋頭堡にして食料輸入の牙城であるボルドー王国、そして希少資源の輸入先である北東ドワーフ自治領。
 平成日本の生存にとって死命的な意味を持つ重要な場所に配備する分だけででも20個もの航空隊を必要としているのだ。

 この必要量に対し、日本国防省では新採用の軽戦闘機の所要量を当座、15個飛行隊分とした。
 下方修正の理由は、日本国内に配備され続けてきたパトリオットや03式中距離地対空誘導弾等の防空部隊を海外派遣すると決めた事が1つ。
 そしてもう1つの理由には、ダークエルフ族を中心に行われた諜報活動によって得られた<大協約>側の情報、混乱があった。
 如何に大兵力を誇る<大協約>とはいえ、たった一週間で500騎からの航空戦力を損耗したのは想定の範囲外だったのだ。
 しかも、その犠牲によって得られたものは、極々少ない。
 戦闘は勝利――それどころか平成日本の航空部隊を撃破したのは大殊勲であったのだが、地上部隊の侵攻には失敗し、戦争に負けたのだ。
 大規模な航空攻勢に対する深刻な懐疑の念が抱かれるもの当然の事であった。
 又、戦闘に際しては、貧弱な<大協約>通信技術では、500と云う数を管制しきれなかったのも大きかった。

 先の事は判らぬものの、当座は第三次メクレンブルク事変規模の航空攻勢は発生し得ない、と。
 これ等の事によって日本国防省は、当分の間は15個の航空隊の追加整備で状況への対応は可能と、判断したのだった。


 その15個のうち9個が各方面への駐留用であり、残る6個が、緊急展開部隊や、訓練や休息を目的としたローテーション用の部隊であった。
 これに予備機まで合わせれば390機と云う大規模なものであった。
 尤も計画の最終段階で、財務省や神州直轄領開発庁の大反対を受けて若干削られ、1個飛行隊の定数が16に、又、予備機が30機削減されはしたが、それでも300機、1兆5000億円を必要とする一大計画であった。

 失業対策の面もあって大規模に行われている陸上自衛隊の拡張や、何よりもシーパワー、特に輸送船舶や海上保安庁の拡張に莫大な資源や人材、予算を食われて居る現在、これ程の航空戦力の拡張計画は、第三次メクレンブルク事変にて2個飛行隊の40機を消耗していなければ、とてもではないが実現し得なかったであろう。


 だが同時に、その事業規模ゆえに日本国防省内外で常に批判を浴びてきた事業であもあった。
 所詮は2線級でしかないFL-1に、それだけの大金を投じて良いのか、との。
 その事を理解していた富士重工のスタッフは、FL-1事業の反派に積極的な売込みを掛けた。
 殆どネガティブキャンペーン並の勢いで、だ。


曰く――

 FL-1 1機の値段で、XFE-1なら4機揃える事が出来ます。
 追加の200機分1兆円が、300億円以下で済みますよ。
 特殊な素材も極力配していますんで、レアメタルの消費も少ないですよ。
 ライフサイクルコストも安いです。
 空戦性能では若干劣りますが、ミサイル戦でなら、余り速度差は関係ありません。
 それに展開速度が遅くとも、滞空時間が長い(4倍以上!)ですからCAP(戦闘航空哨戒)任務には最適です。
 レーダー能力は劣りますが、支援を受ければ、十分に大丈夫です。
 リンクシステムは最新のを積む余裕はあります。
 ミサイルだって、AAM-5系列の空対空誘導弾を搭載出来る様に改造する事は簡単ですよ。
 ここら辺の上位機種、国内仕様の場合だって値段の上昇は1億円以下には抑えてみせます。

 オマケに、ある程度は艦載機化も考えた構造設計していますんで予算を付けて貰えれば、艦載機も開発しちゃいます。

――など等である


 更にはITやメディアまで利用した。
 高価なFL-1よりFE-1の方が、安くて使い勝手が良いですよ、と。
 富士重工の怨念すらも感じられる、大馬力っぷりであった。

 無論、川崎重工側でも対応はとっていたが、第一次整備計画の契約を取ったとの安心感と、又、富士重工を練習機しかロクに作った事も無い企業だと奢って居たが為、反応が鈍かったのだ。
 川崎重工が、その重い腰を上げた時には、もう完全に外堀が埋められた後だった。

 挙国一致内閣の揚げ足取りに血道を上げていた、某社会主義政党が、大声で血税の濫費を猛追し、その結果、両機の優劣を見る為にFL-1とXFE-1による模擬空中戦を実施し、その上で軽戦闘機計画の、二次整備計画機を選定する事と相成っていたのだ。



 そして空戦。
 両機共に、迎撃戦闘の標準装備で出撃した。
 FL-1はAAM-5×2と、連装携帯SAMパック×2。
 XFE-1は5連装携帯SAMパック×4。
 無論実弾では無く、各々の装備を施していると仮定しての、である。


 行われたのは5回。
 川崎重工及び航空自衛隊のFL-1推進派の人間は、如何にXFE-1が機動性能に優れていても、AAM-5からは逃げられないと読んでいた。
 実際、最初の2回はレーダーの能力もあって先に発見し、先制攻撃を宣言し撃破していた。


 勝った。
 FL-1推進派の誰もがそう思っていた。


 だがXFE-1チームも又、負けたとは思ってはいなかった。

 3戦目に備え燃料の補給や各部の確認と、駐機スポットにて整備を受けるXFE-1 2号機。
 その近くの天幕にて、パイロットの大山一尉はディスプレを睨んでいた。
 整備の人間や、同じXFE-1のテストパイロットと言葉を交わし、作戦を練る。

「やはり連中の機は……」

「ああ。このタイミングで発射宣言が出たんだ。エンベロップは、カタログデータの2割減って所だな」

 80年代に開発された対空誘導弾と比較すると、隔絶したと言って良い程のオフボアサイト能力を持つAAM-5ではあったが、その運用環境の側には数々の問題があった。
 FL-1である。


 それはFL-1の持つレーダー能力の貧しさであった。
 FL-1のレーダーは最大で60km近い索敵レンジを持ってはいたが、LOBL(発射前ロックオン)モード時に、ミサイルへロックオン出来るだけの情報を収集出来る幅が狭かったのだ。

 又、空戦エリアの問題もあった。
 神州島西方の海上に設けられたS-2航空訓練エリアは、それ自体は広大であったのだが手早く戦闘を発生させる為として、戦闘開始時の相対距離が40kmを切っていたのだ。
 FL-1の巡航速度が842km/hで、XFE-1は685km/hの巡航速度を誇っていたのだ。
 2機にとっては至近距離と言っても良いだろう。

 こんな状況では、AAM-5がその能力の全てを発揮出来る筈もなかった。

「HMDの不採用も大きいな」

 それは財務省の強硬な主張によって行われたコスト削減の影響であった。
 AAM-5の能力を十分に発揮させるにはHMD(ヘルメット搭載型ディスプレイ)が必須であり、これを外したのは致命的であった。

 だが仕方の無い事かもしれない。
 ワイバーン・ロードとの戦闘に於いてFL-1は、その300km/hを超える優速を生かして一撃離脱を実施する事が想定されていたのだから。
 一撃離脱であるならば、不要では無いか――そう財務省側は主張したのだ。
 HMDを削除する事によるコスト削減は、そう大きなものでは無かったが、300機からの分ともなると馬鹿に出来るものでは無かった。
 他にも大量に予算を必要とする計画が乱立している為、財務省は少しでも無駄は省きたかったのだ。

 そして実際、実戦配備されたメクレンブルク王国での小競り合いでは、十分に活躍出来ていたのだから。
 優速によるイニシアティブは、それ程のものをFL-1へ与えていた。
 だからこそ、今まではHMDの無い事のデメリットは顕著になっていなかった。

 それが今、出てきているのだった。

「全くだ。ここら辺は財務省様々だ」

 男臭く笑う一同。

擦音

 そこへ急ブレーキの音が響いた。
 富士重工と書かれたライトバンだ。
 転げる様に降りてきたのは設計主任。

「大丈夫か、大山さん」

 開口一番に、そう問いかける。
 それに大山一尉は笑って答える。
 任せろ、と。




 青空を飛ぶXFE-1。
 その中で大山一尉は顔だけで笑いながら冷静な目でMFD、液晶ディスプレイに目を通す。
 3毎の液晶ディスプレイのうち1個を、操縦関連から外して情報処理に特化させているのだ。
 その内容は相手機の機動把握。
 即ち今現在相手機が取っている機動の詳細を、レーダーが拾った大まかな情報に、事前に得ていた
FL-1の運動性能を掛け合わす形で把握するのだ。
 無論、正規のプログラムではない極めて乱暴なものではあったが、大山一尉が1戦目と2戦目を捨てて集めた情報の成果もあり、かなりの精度でFL-1の飛行コースを、そしてその攻撃可能エリアについて読み取っていた。

“チト、反則ではあるが………プロペラ機でAAM-5持ちのジェットに喧嘩を売るんだ。構わんさ”

 このプログラムを仕込む時、設計主任は悪戯小僧の様に笑った、
 大山一尉も笑った。
 此方は、猛禽の様に。


 電子音と共に、MFDの一部にあったカウンターがゼロを示す。
 そして通信機から、模擬空戦3戦目の開始を告げた。

「さぁ、はじめようか」

 大山一尉は、スロットを最大の位置へと押し込んだ。




 神州島の防空指揮所も兼ねている斯波基地中央指揮所の大画面には、FL-1とXFE-1の機動する様が映し出されていた。
 小刻みに機動するFL-1に対し、XFE-1は直線主体である。
 その意味を誰もが理解していた。

「太陽を背にする気か」

 誰かの呟き。
 XFE-1の表示に付けられた高度計は、みるみる数を増していく。
 対してFL-1は、機首を小刻みに振っている様だが高度はさして変更は無い。

 その行動が示すものは一つ。
 XFE-1は相手の場所を把握しているが、対するFL-1はまだ発見出来ていない、と。

「勝てますかね?」

 そう設計主任に問いかけたのは、XFE-1からのデータを管理する為に付き添っていた設計スタッフの一人だ。
 まだ若いスタッフだが、目が輝いている。
 1戦目と2戦目で愛娘――XFE-1が軽く捻られた事の復讐が成る事に喜びを感じているのだ。
 が、それを設計主任は否定する。

「であって欲しいがね。だが一撃目では無理だろ」

「何故です。上空からの、それも太陽を背にしてですよ。これだけ好条件が揃えば………」

「だからさ。大山さんは腕が良いが、それは相手も同じことだ。多分、何処から狙ってくるかは読んでる筈だ」

「んなもんですか」

「んなもんさ」


 確かに設計主任の言う通りであった。
 ディスプレイには、XFE-1が降下に移って僅か後にFL-1が降下機動に移ったのが表示された。
 位置エネルギーを失う機動ではあるが、同時に、運動エネルギーは稼げる。
 FL-1は、優速を利用して、XFE-1を振り切ろうとしたのだ。

 距離がみるみる開いている。
 単純な巡航速度だけを比較しても150km/hからの差があるのだ。
 直線機動では全く追いつける筈も無かった。

「仕切り直しだな」

「大丈夫、ですかね?」

 先ほどとはうって変わって、心配げな表情を見せるスタッフに、設計主任は豪快に笑う。
 大山さんを信じろ、と。

 だが、戦闘は容易な推移はしなかった。
 やはり射程距離と速度の差が如何ともしがたかったのだ。

 空戦開始から5分後、FL-1はAAM-5の射程にXFE-1を捉えたのだ。
 後数秒でロックオン。
 そこで状況がひっくり返る。
 HUDでシーカーがXFE-1を捉えようとした瞬間、XFE-1はフレアをばら撒いて位置エネルギーを放出した。
 が、FL-1のパイロットはミサイル発射を宣言した。

「FOX2!」

 AAM-5はLOAL(Lock-On After Launch 発射後ロックオン)を持つのだ。
 それを考えれば大丈夫だろう。
 そんな概算でだった。


 だがそんな予定は、無常にも否定される。

『デルタ1。ただ今の機動により、AAM-5の回避に成功したと判定す』

「なっ!?」

 FL-1のパイロットは思わず声を上げていた。




「どういう事ですか!? 回避行動だけでAAM-5を避けられる筈も無いじゃないですか!!」

 まだ若い、子供のような見かけのFL-1設計主任が模擬空戦の統制官に食って掛かる。
 確かに回避行動は見事であり、旧世代のAAM-3やAIM-9L辺りなら楽々と回避出来てもおかしくは無い。
 が、発射した(と想定される)のはAAM-5なのだ。
 避けられる筈などなかった。
 それに統制官はディスプレイを指して答える。

「デルタ1は新型のフレアを採用している。回避行動と合わせて、AAM-5の回避に成功したと判定する」

「なっ、新型!?」

 ディスプレイを慌てて確認するFL-1設計主任。
 そこに表示されているXFE-1のスペックを確認、フレアは確かに新型であった。
 XFE-1が搭載するフレアは、斯波基地に併設されている技術研究本部第6研究所で開発された、魔法技術を流用したものだったのだ。
 搭載時に調整し、機体の発する熱量とほぼ同じだけの熱量を放射させ、又、赤外線画像誘導に対してすらも撹乱できると云う優れものだったのだ。
 FL-1の設計主任もその存在は知っていた。
 一時期はFL-1への搭載も考えていたのだからだ。
 だが結局は、必要性の乏しさ(<大協約>側のミサイルは魔法による生体反応追尾型であり、熱源を追尾するシステムは主流では無い)と、コスト削減の兼ね合いから削除されていたのだ。
 それがXFE-1には搭載された。

「そんな馬鹿な」

 呆然とディスプレイを見るFL-1設計主任。
 事前に収集した情報には、模擬空戦に出る機体に、こんなものが装備されるとの情報は無かった。

「別の機体を用意したのか!!」

 猛然と怒鳴り声を上げるFL-1設計主任に、XFE-1の設計主任はしれっと答えた。

「XFE-1は拡張性の高さも特色でな、オプションでアレもついとるんだわ」

「嘘をっ!」

「いや、本当さ。機体後部のフレアユニットを丸ごと交換するんで、30分で済む」

 ヒョイとディスプレイのタッチパネルに触れ情報を呼び出す設計主任。
 そこには、“魔法の槍”対応専用型からフレア専用型、或いは併用型まで、交換は容易である事が謳われていた。

“FE-1は、お客様の様々なニーズに、全力をもってお答えする、富士重工が自信をもってお勧めする戦闘機です”

 暢気なまでのコマーシャルフレーズと共に。

叩音

 思いっきり机を叩いたFL-1設計主任は叫んだ。
 なんてインチキ! と。




 地上での混乱を他所に、空の戦いは決着が付こうとしていた。
 もう一発のAAM-5を回避判定(宣言)されたFL-1のパイロットが頭に血を上らせ、XFE-1相手に、格闘戦を仕掛けたのだ。
 赤外線画像誘導が駄目でも、21式対空軽AAM――91式携帯SAMのイメージホーミングは避けられまい。
 そう判断してだった。
 だが彼は失念していた。
 軽快な中等練習機T-4をベースにしたFL-1は、軽戦闘機へと改造するに当たって様々な電子機器を欲張って満載した結果、機体重量が重くなり運動性能が低下していた事を。
 必要最小限の電子機器を積んだだけの、軽快なXFE-1に格闘戦で勝てる筈も無かった。

 XFE-1のFOX2コールと、FL-1の撃墜判定が出されたのは、格闘戦開始から2分後の事だった。


 その後行われた2戦は、共に引き分けに終わった。
 FL-1は格闘戦を仕掛けなかったが、それに対してXFE-1は低空での回避行動に専念する事で、被撃墜を免れ続けたのだった。

 2勝1敗2分。
 この結果をもって、川崎重工とFL-1推進派はFL-1の性能の高さが実証されたと言ったが、それは彼ら自身ですらも“強弁”の類である事を自覚しての言葉であった。

 4倍近いコスト差があるにも関わらず、圧勝には失敗。
 そもそも、性能差だけでは<大協約>航空部隊に優勢を維持し得ない事が判明したが為に立案されたのが、FL計画なのだ。
 ワイバ−ンロードに優勢を維持できるだけの、性能を持っていさえすれば、後は安ければ安い程に良い。
 そういう基本にあったのだから。


 FL−1の第二次発注分200機がキャンセルされ、XFE−1の2タイプ(A:輸出型 B:本国型)の計300機が発注されたのは、模擬空戦の1週間後であった。


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