『平成日本召還拾遺物語』02


大空を往く影。
 それは、レシプロ機とは全く違うエンジン音を響かせて飛ぶターボプロップ機。
 開発コードがXFE-1、そして開発者の仲間内では烈風なる愛称を与えられた機体である。
 場所はガルム大陸北東部、ボルドー王国の領内だった。


 澄み渡る蒼い空に染み付けられた影。
 良く見ればそれは濃緑であった。
 何とも帝國軍機を髣髴とさせるそれは、緑地帯の多いガルム大陸の植生に合わせてと云う事情もあったが、何よりもダークエルフ族が、伝説の帝國製機械竜を思わせる色に塗った方が色々と都合が良いとの助言をしていた事が大きかった。

 総合商社上がりのスタッフは、『無敵を誇った“帝國”の機械竜の末裔』等というキャッチ・コピーまで考えていた。



「しかし、悪い色じゃないんだがねぇ」

 高度6000mの空でパイロットは、ため息混じりに呟く。
 滞空4000時間を超える超ベテランテストパイロット、大山一尉の航空自衛隊の低視認性や海上迷彩を見慣れた目にはこの濃緑の迷彩、一般にはガルム迷彩と呼ばれるものは、何とも微妙に思えていた。
 無論、“宣伝効果”と云う事は理解していたのだが、なにもここまで露骨にとも思えていたのだ。

 機体には似合っていた。
 訓練機を改造したFL-1が、何処と無くもっさり感――と云うか愛らしさを感じさせるのに対し、最初から戦闘用として開発されているXFE-1は、見るものに鋭利さや、迫力を感じさせていた。

 この機を、ボルドー王国軍にお披露目した時の、士官たちの反応を思い出して喉を振るわせるテストパイロット。
 皆が皆、子供のような目でXFE-1を見上げていた。
 ボルドー王国には更なる先進の機、F-2Eを定数装備した部隊が駐留していたにも関わらずである。
 XFE-1は、輸出用に開発中とは既に宣伝していた。
 何時かは自分のものになるかもしれない機体だから、と云う面もあった。
 だがそれ以上に判りやすさがあったのだ、このXFE-1には。
 形が、色が。

「ま、いいか。俺も嫌いって訳じゃねせからな………何しろ、爺さん達のモンだ」

 丸みを感じさせる顔に、チョコンと乗っかった団子鼻を左手で擦る。
 その時だった。
 右翼に吊るされた、試製レーダーポッドが前方の反応を捉えた。
 MFD(多機能表示ディスプレイ)の液晶画面に表示される情報。
 数は4。
 距離は約40q。

 その情報を地上へと送る。
 地上では、この時間に北部からの騎は報告に無いと告げる。

「アンノウン(所属不明機)は敵か。偵察か或いは奇襲か」

 撃つか、と問う。
 何とも物騒な言い方ではある。
 が、それも仕方のない話ではあった。
 元世界でのスクランブル経験も豊富に持った大山一尉は、同時に、この世界での実戦経験も豊富なベテランであったのだ。
 その実戦を得たファイターとしての経験、意識とが、その言葉を口にさせていたのだ。
 温厚なだけで実戦を生き残る事は出来ないのだから。

『待てパイレーツ01。アンノウンは味方、或いは亡命の可能性も否定出来ない。目視による確認を命ずる』

「パイレーツ01了解。では少しばかり遊んでくる」


 大山一尉は、MFDに表示される情報から敵騎の情報をよみとり、機体に、出来る限り後方から接近する飛行コースを取らせた。


 XFE-1に搭載されているレーダーは、元々ヘリ用の小型レーダーを改修したものであった為、一般的な戦闘機用のレーダに比べればその索敵範囲は狭く、索敵距離も短く、そして精度も荒い。
 だが、設計チームはそれをオプション形式で採用した。
 理由は言うまでも無いだろう、コストだ。
 元々がヘリ用のものを流用している為に、値段が(最新鋭の戦闘機用と比較してではあるが)非常に安く、軽く、そして消費電力も少なかったのだ。
 それを必要時には兵装ステーションに吊るして運用する。
 全機に装備しないと云う事は、コストの更なる削減を可能としているのだ。
 索敵と云う概念に於いて平成日本の電波技術に匹敵し得ない<大協約>側の状況を考えれば、必要十分。
 そもそも、輸出専用の廉価な迎撃用戦闘機を目指すXFE-1としては、文句の付けようも無かった。
 
 
 言うまでも無い話ではあるのだが、輸出戦闘機計画に於いて求められた性能は、先ず何よりも“ワイバーン・ロードに優越する”事であった。
 そして第2に、その優越を維持できる限りに於いて絶対的なまでの廉価さが求められた。
 コレは、普及させる為にはある程度安価でなければならないと云う現実――<連合国>陣営に属する国家の経済規模では、50億円近い価格のFL-1系列機を3桁単位で購入する事が不可能と云う現実があった。
 ある程度の質が近くあれば、後は数の勝負になるのが戦争の常なのだから。
(航空自衛隊は、FL-1系列機の性能でワイバーン・ロードに圧倒出来るとは判断していなかった)

 そしてもう1つ。
 この理由に隠れて高価格である事が示す高性能、即ち、例え同盟国であっても平成日本の戦力的アドバンテージの象徴である高高度先進技術を結晶させた主力装備機に、限定的ではあっても対抗可能な性能を持つ機体を提供する訳にはいかないと云う政治的な要求があったのだ。
 当初は、FL-1の能力低下モデルをとの意見もあったが、そうなると1つ問題があった。  発展余裕だ。
 そして其処に注がれた平成日本の最先端技術だ。
 発展余裕に関しては言うまでも無いだろう。
 元々XFL-1はT-4中等練習機を基に開発された機体なのだ、無理矢理に機体構造を強化してレーダーやら各種戦闘用の電子機器、果ては機銃を積み込みはしたが、その結果として航続距離が減少し、更には整備性が最悪なまでに悪化していたのだ。
 訓練用の小型な機体に色々と詰め込みすぎたのだ。
 整備に掛かる手間が、F-22Jの約2倍。
 第三次メクレンブルク事変に於いて発生した、航空自衛隊の戦力消耗が無ければ、3桁近い発注は無かった
と云うのが専らの評判であった。

 とはいえありったけの技術を投じて作られたのだ。
 それが万が一にも、<大協約>側の列強に流れる――そんな危険性を孕む訳にはいかないのだった。

 そしてもう1つ、整備性の問題も大きい。
 長い時間と手間とを掛けて育てられた航空自衛隊の整備員たちでも、XFL-1の整備には手を焼くのだ。
 それが、航空機の整備を1から教えねばならない――それどころか、機械に触れる事の少ない人間にそれを伝授する困難を考えた場合、FL-1を簡素化して輸出用とするのは困難でありすぎたのだ。



 スロットル・レバーに取り付けられたツマミを調整し、レーダーをアンノウンの居る位置へと絞る。
 一線級戦闘機とは比べ物にならないレーダーの精度ではあったが、大山一尉は僅かな情報から敵騎の位置や高度、速度の大まかな数値を読み取る。
 自機の位置をから、取るべき飛行経路を弾き出し、それからスロットル・レバーをミリタリーへと押し込んだ。



 相手に気取られない様に、やや遠回りをしてアンノウンの後方へ付いた大山機は、目標騎の詳細を把握する。
 アンノウンであったワイバーン・ロードには、<連合国>陣営では一般化しているUN識別標はおろか、国籍標記すらも成されていなかった。
 敵騎、それも不正規戦用の個体の様であった。
 航法用MFDの情報を確認してから、大山一尉はマイク・スイッチを入れて報告する。

「アンノウンは敵、数は2騎。位置はボルドー王国北部、国境線より50km内部。国籍標記無し」

『特記情報無いか?』

「無いな………っと!」

『どうしたパイレーツ01!?』

「気付かれた」

 XFE-1の前で編隊を解き、ブレイクする2騎。
 1騎は低空へと逃げ、1騎は急上昇を取ってくる。

「やるじゃないか。ベテランだな連中」

 大山一尉は、何処かしら嬉しそうに敵の腕を褒めた。


 低空へと逃げるのは戦訓からだろう。
 <大協約>が正面から殴りあったジェット戦闘機は、地上すれすれの様な極低空での運動性能には、難があったのだから。
 そして愚策を承知で急上昇、XFE-1へと真っ向から向かってくる騎は、低空へと逃げた騎を逃がす為の囮だろう。
 動きに動揺は無い。
 手馴れた証拠だろう。

 だが、と笑う。
 逃がしはしない、と。

「コントロール。敵騎は明らかな敵対行動を取っている――どうするよ?」

 機体にインメルマン機動を取らせながら大山一尉は、基地へと尋ねる。
 戦って良いのか、と。

 XFE-1は、そのXの文字が示す通り、まだ正式採用には至らぬ先行量産型なのだ。
 それが実戦へと投入する事は、簡単な決断では無かった。
 偵察任務用の空荷に近いが、武装はしていた。
 連装SAMパック2個を兵装ステーションに吊るし、機銃の弾は満載。
 戦えない状態では無かった。

 小さな、だが鋭い目で低空へと逃げた騎を追いながら返答を待つ大山一尉。
 その返答は、数秒で返された。

『了解したパイレーツ01。やれるか?』

 400km後方にはスクランブルを掛けたFL-1が2機上がっている事から、無茶はするなと告げるコントロール。
 それを大山一尉は笑う。
 ニィっと。

「任せなって。烈風最初の撃墜を上げてみせるさ」

 そう言って、大山一尉は操縦桿を倒しこんだ。




 戦闘は極一般的な空対空戦闘――ドックファイトには成らなかった。
 酷い話ではあるが、大山一尉は先に、降下した騎を狙ったのだ。
 低空を駆けるワイバーン・ロードの背に、ロールしながらの動力降下を仕掛ける。
 無茶な降下で生み出された、音速に迫ろうかと云う速度に機体が異常な振動を始めるが、そもそも経験の乏しいパイロットが運用する事を前提に、極めて頑丈に作られていたXFE-1は、その機能を僅かも損なう事は無かった。
 距離を詰める。
 全力で逃げるワイバーン・ロードではあったが、ターボプロップ機の加速から逃れる事は出来なかった。
 そして距離が3kmを切った時、大山一尉はミサイルを放った。
 2発。

「FOX-2 FOX-2」

 ワイバーン・ロードはフレア――小さく低速の火球を放って、後は無茶苦茶な回避機動を取って、逃れようとするが、21式対空軽AAMは、その原型たる91式携帯SAM譲りのイメージホーミングをもって、火球に惑わされる事無く穿つ。
 火の華が咲く。

 XFE-1最初の撃墜。
 だがその勝利に酔う事無く大山一尉は、機を操る。
 急降下の加速を利用する形でブレーク旋回をさせる。
 速度を喪った大山機ではあったが、そのお陰で背中に近づいてきていたワイバーン・ロードの背を取る事に成功する。
 が、撃たない。
 ワイバーン・ロードが位置エネルギーをまだまだ持ち続けているからだ。
 如何に高機動を誇る21式対空軽AAMではあっても、余力を残したワイバーン・ロードを正面から叩き落とすのは困難だったのだ。
 その事を知悉するXFE-1設計陣は、その対処法としてミサイル飽和攻撃、XFE-1の1機に最大20発の21式対空軽AAMを搭載(5連装AAMポッドの新規開発)し、1騎辺りに4〜5発を発射する事で勝利する事を目論んではいたが、如何せん、今のXFE-1には後、2発しか残っていないのだ。



 その身を襲うGを無視して、コクピットの上に敵騎を眺めながら大山一尉は不敵に笑う。


 スクランブル機は既に上がってきている。
 後少しすれば、容易に撃墜出来るだろう。
 が、それでは面白く無いのだ。
 敵騎が生物的な急機動を取ってくれれば楽ではあったが、“帝國”や平成日本と戦ってきた<大協約>の竜騎士達は、中高度での戦闘では、そんな運動エネルギーを浪費する機動は取らなくなっていた。

「さーて、どうするかな?」

 XFE-1とは、試作1号機からの付き合いである大山一尉は、烈風のデビューに、もう少し“伝説”と云うものを加味してやりたいと思っていたのだ。
 このままシザース機動を続けても勝つだろうが、それも面白く無いのだ。

「いっそ正面からやるか?」

 そこまで呟いた時、相手のワイバーン・ロードが失速する。
 運動エネルギーを失い尽くしたのだ。
 翼を精一杯に開いて揚力を得ようとするが、それよりも先に、大山はXFE-1をミサイルの射点へと到達させた。

「FOX-2 FOX-2」

 親指が操縦桿のトリガーを押す。
 薄い白煙を引いて、ミサイルが飛ぶ。
 音速を超えるミサイルは、ほんの数秒で目標へと到達。
 炸裂した爆風破片効果弾頭は、ワイバーン・ロードのシールドを簡単に圧壊させ、その破片が竜騎士とワイバーン・ロードを襲う。
 血飛沫。
 悲鳴。
 空を駆けたもの達は地へと墜ちる。

「ご愁傷様。これも戦場のならいだ。まぁ恨むなよ?」

 機体の姿勢を正しつつ、大山一尉は一瞬だけ目を瞑った。
 敗者への敬意を示す。

 それから、マイクに敵騎の全騎撃墜を告げた。


inserted by FC2 system