『平成日本召還拾遺物語』01
――1
島とは云え、日本本土の倍以上の巨大さを持つ神州島。
その大陸東部に設けられた三自衛隊の航空部隊が同居する基地があった。
斯波基地。
4本の4km級滑走路を持つ自衛隊最大の航空拠点である。
その中の1つ。
航空開発実験集団の専用となっている滑走路。
その直ぐ脇の駐機スポットに今、1機の飛行機が格納庫から引っ張り出されてきた。
それは現在の主力機たるF-2E型でも無ければ鋭意開発中のXF-3。或いは数的な意味で主力機と成りつつある
FL-1軽戦闘機でも無かった。
FE-1汎用戦闘機。
輸出用戦闘機計画の名で開発された、ターボプロップ・エンジンを搭載した汎用戦闘機であった。
FE-1とは、ガルム及びロディニアの両大陸に派遣された航空自衛隊の問題――兵站以上に実働機の圧倒的な不足を補う為に、立案された軽戦闘機計画に端を発していた。
航空自衛隊は、高性能ではあるが高価で希少金属等を使用している為に量産性の乏しいF-2E型を補う為の戦闘機を欲したのだ。
性能として要求された事は2点。
数を揃える為に安い事と、そして、武装として長射程化した91式携帯SAMの連装パックを複数(2〜4)搭載出来る事であった。
三菱重工がF-15非J-MISP機の性能向上に技術者を取られていた為、この軽戦闘機計画に応募したのは川崎重工と富士重工の2社のみ。
川崎がT-4中等練習機の再設計機XFL-1(K)を提案し、富士重工は完全な新規設計のXFL-1(F)を提案していた。
この軽戦闘機計画でXFL-1(K)案が採用されたのは、コスト的にはXFL-1(F)案に比べて高額ではあるものの、小規模な改造だけの為、開発への技術的冒険が低く開発期間が短い事と、重要な点として、将来的な発展性として、現在開発中のAAM-6(低価格化、画像ホーミング能力を付与したAAM-5)が2発搭載可能である事が評価されてだった。
XFL-1(F)案は、エンジンではUS-2でも使用しているAE2100Jを採用し、他の部分でも、新規開発では無く、流用を基本とする事で極力低価格化に勤めた機体だった。
無論、その代償としてはAAM-6搭載の様な発展性に乏しい――機体の積載能力では無く、レーダー等の周辺機材の搭載能力が不足していたのだ。
そのお陰で、XFL-1(K)案に比べて3割近い低価格を実現出来る――そう計算されていた。
低価格ではあるが、低性能。
そう烙印を押され軽戦闘機計画では日の目を見なかった本機ではあったが、その2年後、事態は変わる。
それは大内海国家連合――通称<連合国>への加盟諸国に対する軍事物資の提供問題だった。
一触即発の軍事的緊張状態に無いとは云え<連合国>は、<大協約>と対峙している状況なのだ。
高い性能を持つ平成日本の兵器を欲しがるのは必然であった。
とは云え、自衛隊が装備しているものをそのまま渡す訳にはいかなかった。
当然である。
寡兵をもって大軍を討てると云う平成日本の軍事的優越を支える技術的アドバンテージを削る訳にはいかないのだから。
現有兵器に脅威を与える事無く、だが<大協約>軍とは正面から戦える兵器を安く融通する。
又、産業的な問題もあった。
転移当初は自衛隊の規模拡張に伴う装備の大量発注や、神州島開発に関連する事――神州開発公団の行った大規模な機材購入などで仕事を確保していた重工業各社ではあったが、それも一段落した為、新たな仕事を欲したのだ。
<大協約>側の国家へも売却出来る工業製品と云うものは殆ど無く、それ故に、政府へ仕事を求めたのだ。
それを日本政府は無碍に出来なかった。
重工業は即ち、平成日本の生命線であるからに他ならないからだ。
こうして<連合国>装備供給法、所謂“レンドリース”法が制定されたのだ。
――2
「これが富士の執念、か………」
日の下に引き出されたFE-1。
その巨大ではあるが、見る者に引き締まった精悍な印象を与える機体。
それは正に執念の結実であった。
何故ならXFL-1(F)の提案が軽戦闘機整備計画に落ちて以降も、富士重工内は、自衛隊から与えられた、搭乗員規模拡張の為の新しい初等練習機量産計画の傍らで、XFL-1(F)の概念の研究を細々と続けていたのだから。
それから3年。
何時は戦闘機を! その強い思いが雌伏の時間を支えていた。
軽戦闘機整備計画時では酷評された箇所を改定し、又、更なるコストダウンの為の実験を、新初等訓練機の試作機で実験するなど、細部を煮詰め続けていた。
又、大出力プロペラ機での開発では多くの経験を持つ新明和工業の技術協力(裏には、“会合”からの干渉、日本の航空機開発技術の維持と発展を狙って、極秘裏に便宜を図り資金協力を行う代償としての要請があった)を得て進められていた。
それがXFE-1で、花開いたのだ。
飛行前の最終検査をしているXFE-1を白いツナギ姿の技術者と、パイロット装具に身を包んだ壮年の男とが見上げていた。
「何ともゴッツイ雰囲気じゃないか?」
「ああ、格好が良いな」
「そうともそうとも」
優秀な飛行機は、無駄が無い。
無駄が無いから美しいのだ――そんな感慨を抱きながら、技術者はタバコを銜えた。
「そう言えば、知ってるかい?」
「何を?」
「コイツの渾名さ」
「渾名? 開発コード意外に、か?」
「ああそうだ。知らなかったか。まぁそうだな。オマエが本土とコッチの往復に勤しんでいる頃に付けられたからな」
「格好いい名だろうな?」
「どうかな。微妙に不似合いな気もするが………そうだな、俺は好きだがな」
そういって付け加える様に呟く。
烈風。
後に<連合国>の象徴とまで謳われた機械竜の愛称は、そんな開発者たちの間で付けられたのだった。