『平成日本召還』19


――1
 早朝、どこまでも高く青い大空を往く戦鳥、F-2の群れだ。
 だがF-2だけででは無い。
 やや後方。
 危険があれば即、シュベリン湾へと停泊している海上自衛隊 第一機動艦隊群に属するイージスシステム艦の支援エリアへ逃げ込める位置でE-2C 2000が支援を行っていた。
 昭和62年より装備が始まり、老朽化の著しいE-2Cではあったが、地上設備に大きな準備が必要なE-767をメクレンブルク王国へと投入出来る筈も無く、航空自衛隊に選択の余地は無かった。

 その電子の目が、メクレンブルク王国領へと接近してくる飛行物の存在を察知した。
 速度やその編制――12の機影は、しっかりとした密度での編隊を組み上げていた。
 敵。
 500km/時近い巡航速度から、E-2C座乗の管制官はそれをワイバーン・ロードと判断していた。

「敵?」

『目的は敵地上部隊への支援と思われ』

「了解したスカイキッド。対応は此方で構わないか?」

『構わないクールエッジ。異例だが指揮官はあんた等で、相手の情報も未確認が殆どだ。こんな時には現場の感覚最優先で、ああ、あんた等が決めてくれ』

 栗原二佐とE-2Cの管制官の会話を聞きながら、神田二佐は自機のレーダーを確認した。
 相手が比較的小型である事もあってか、まだ捉えきれていない。
 さてどうすんべかと唇を舐めた。
 迷っている時間は少ない。
 否、神田二佐にとっては迷う余地は無かった。
 神田二佐のE型機は、搭載ステーションの多さから偵察ポッドと情報収集ポッドの他にもAAMを6発も積めていたが、他の機は爆装した結果として、空対空能力はかなり低下していたのだ。
 無論、爆弾を投棄すれば空戦能力が回復するが、今回の空爆の目的は地上の歩兵部隊へ爆弾を振りまいて、混乱を引き起こさせ陸上自衛隊の攻勢を支援する事となっているのだ。
 簡単に爆弾を捨てられる筈も無かった。
 更には備蓄の問題もある。
 シュベリン航空基地には、もう一度第6飛行隊の全機をフル爆装出来るだけの爆弾が無かったのだ。

「やるか?」

「やるべ。やるべ」

 付き合いの長さから、それだけで意思疎通は出来る。
 栗原二佐は兵装システムを偵察から対空モードへと切り替える。
 中距離AAMと短距離AAMの状態を確認し、異常が無いことを把握する。

「リーダーより各機。状況はマハリト(対空戦闘の危険性下での爆撃)。だが爆撃手順に変更は無し。
コング(神田)機はこれより敵編隊の霍乱に入る」

『コング、12対1です。誰か支援が必要だと思います!』

 常識的に考えれば無理と無茶であり、部下が心配するのも当然であった。
 だがそれを神田二佐は笑う。
 何とかしてみせる、と。
 しかし、と食い下がろうとした部下を、今度は栗原二佐が叱る。
 任務達成を考えろ、と。
 この作戦で<大協約第14軍団>の前衛部隊を壊滅させる事で相手に警戒させ、自衛隊の部隊が集結するまでの時間を稼ぐ――それが目的なのだ。
 部隊の集結も、弾薬の備蓄もロクに出来ていない自衛隊にとっては、失敗する訳にはいかなかった。

『………了解しましたコング。爆撃を済ませましたら直ぐに向かいます。無理はしないで下さい』

 そもそも神田機は、偵察と情報収集のポット吊るしてある以外の兵装ステーションは全てが、対空兵装に充てられているのだ。
 ある意味で、適任であると言えた。

「あーまぁ任せとけ。全機を落とすのは無理だろうが、かき回す程度は出来るしな」

 そこで通信は終了、神田二佐は通信機を切る。


「悪いな栗。巻き添えだ」

「何時もの事だよ」

 神田二佐の詫びに、クールに笑う栗原二佐。
 若い頃から散々に無茶をしてきたのだ。
 それに、と笑う。
 爆装したファントムで腕利きの乗ったイーグルの編隊を相手にした時よりは楽なもんだと笑う。

 無論、そんな冗談染みた理由だけではなく、今後の航空部隊の敵がどの様なものかを把握している必要
があったのだ。
 それらを全て、諧謔に包んで笑う。

「今度は機体をバラバラには出来んぞ、神田」

「了解了解。カンピンは大事にしないとな」

 その時、電子音が鳴った。
 F-2Eのレーダーもワイバーン・ロードの騎影を確認したのだ。
 IFF(敵味方識別装置)に反応が無いとの表示に、あったら怖いと笑いながら、栗原二佐は言う。

「相手は12騎。中々に気合の入った編隊を組んでいるな。錬度が高いぞ神田」

「んじゃ1つ、防空特化だった航空自衛隊の真価を発揮するとするべ」

 バンクを1つ。
 そして垂直尾翼にダンダラ模様の描かれたF-2Eは、何の気負いも見せる事無く一気に加速した。




――2
 世界で始めて行われたワイバーン・ロードとジェット戦闘機の交戦。
 それは彼我のテクノロジーの差を如実にあらわすものであった。

 初手は無論ながらも神田機。
 アクティブホーミングの中距離空対空誘導弾、AAM-4。
 ワイバーン・ロードでは察知出来ない遠距離からの攻撃である。
 竜騎士達が察知出来たのは、自分たちへと急接近するナニカ、と云うだけであった。

「魔法攻撃か!? 各騎、回避自由!!」

 編隊長が、胸元の魔法石に怒鳴る。
 部隊の錬度の高さか、即、12騎のワイバーン・ロードは思い思いの回避行動を取る。
 が、それでAAM-4を避ける事は出来なかった。
 AAM-4に搭載された指向性弾頭は、ワイバーン・ロードのシールドを容赦なく叩き割り、弾頭破片がワイバーン・ロードと竜騎士を襲う。
 落ちてゆく2つの騎影。
 チタンなどの軽量高硬度合金を纏った航空機を撃破する為に生み出されたAAM-4は、その能力を十分に発揮したのだ。

「なっ何事だ!?」

「新型の対空魔法だ! 高空へと逃げた方が安全だ」

「いや、上がるには時間が掛かる。それよりも低空へと降りた方がいい」

「畜生、どっちが正解なんだ!?」

 未知の攻撃に、竜騎士たちが混乱している最中を第2波が襲う。
 更に2発。
 2騎のワイバーン・ロードが、さらに落ちる。


「クソッタレ! マイクとジェクまでが!!」

「ああ、神様!!」

 魔法石の通信ネットワークに、悲鳴と怒号が飛び交う。
 それを中隊長が抑える。

「落ち着け馬鹿者!」

 一言の怒声で、混乱が沈静化する。

「慌てず全騎、高度を下げろ。アレの方向は確認した。敵は恐らく空だ。迫るぞ!!」

 滞空3000時間を越えるベテランの竜騎士の判断は流石に的確であり、落ち着いていた。
 が、しかし、それでも尚、状況を完全に捉える事は出来なかった。
 当然だろう。
 ジェットエンジン、ジェット戦闘機と云うものは彼の想像のはるか外にあったのだから。
 ワイバーン・ロードの咆哮に混じって、轟々とした重低音が空に響く。
「ん?」

「騎影発見しました! 南南西、1つです」

 中隊でも一際目の良い竜騎士が、F-2Eの機影を確認した。

「1つ! 1つだと、舐めやがって!!」

「慌てるな馬鹿者ども! ならば我らの強さを教育してやれば良い! ハンス、貴様の隊は――!?」

 そこまで中隊長が指示を出そうとした時、神田機は近距離空対空誘導弾AAM-5を放った。

「くそ散開! 全騎、回避に専念しろ!」

 指揮を打ち切って、自らのワイバーン・ロードに回避行動を取らせた中隊長。
 その内心には安堵がある。
 既に敵は確認した。
 奇襲でも受けなければ、自分の配下の精鋭たちが落とされる事は無い。
 そう判断していたのだ。
 だが、それは容赦無く叩き潰される。

「無理です隊長、この、コレは追て………てぇ!?」

 魔法石を通じてもたらされた悲鳴。
 振り返った中隊長。
 既に2騎のワイバーン・ロードが落ちていた。
 そして更に2発の<魔法の槍>――AAM-5が味方へと迫るのを見る。
 迫られている2騎は、高価な撹乱呪紙をばら撒きつつ、生物のみが出来る無茶な機動で回避行動を取る。

 その姿に中隊長は少しの満足を覚える。
 ああ、いい腕だ、と。


 だが中隊長は気付くべきだった。
 それ以前にAAM-5によって落とされた2騎も又、手錬であった事を。
 AAM-5は、迷う事無くワイバーン・ロードを追い、そして打ち落とす。
 <魔法の槍>のものとは比べ物にならない程に高い機動性能を発揮したのだ。

「なっ………何なんだ、敵は………………」

 そう呆然と呟いたのが、中隊長の最後であった。
 一挙に距離を詰めてきた神田機による機銃掃射を受けたのだ。




――3
 結局、世界初の空戦はジェット戦闘機の圧勝として幕を閉じた。
 ワイバーン・ロードは全騎が喪われ、対してF-2部隊は1機も喪われていなかった。

 索敵と、そして何よりもミサイルが勝利を支えたのだった。
 神田機は先制のミサイル攻撃で8騎を落としていたのだから。
 そして同時に、接近し、機銃で中隊長騎を落として以降は、3対1と云う数に押される形になっていた。
 生物故の無茶苦茶な機動は、如何に神業の如き技を持つ神田二佐とは云え、簡単に追えるものでは無かったのだ。
 それでも、爆撃を終えたF-2C部隊が来てから、状況をひっくりかえしていた。
 逃げ出そうとしたワイバーン・ロードを撃ち落したのだ。
 残り2騎は、F-2Cが自衛用として搭載していたAAM-5によって叩き落されたのだった。

 正にワンサイドゲームであった。


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